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10.訓練

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  世話役の巫女たちが下がった深夜、ルディグナは、自分の足で歩けるようになろうと決意した。
 長い間使われてこなかったルディグナの足の筋肉は、立とうとする彼女の意思に逆らって、彼女の体を支えることができなかった。
 少女の体は、寝台から転げ落ちた。

「………っ!」
 その際、そばにあったついたてを倒してしまったので、大きな音があたりに響きわたった。

 異変を察して、部屋の外から世話役の巫女たちが戸口まで走ってくる衣擦れの音がした。
「姫様?! どうかなさったのですか? 何かお困りのことがありましたら、わたくしどもにお申し付けくださいませ」
 河の神の花嫁たる姫巫女の部屋に許可なく立ち入ることができるのは、御社広しといえども、大巫女ただひとりだけだった。そのため、下級の巫女たちは主人であるルディグナの許可なくば、部屋に入れない決まりになっていた。

 ルディグナは、地面に横たわったまま叫んだ。
「何でもない。何人たりとも、わたしの部屋に入って来てはならぬ!」

「…………」
 戸惑うような気配が扉越しに伝わってきたが、やがて巫女たちの去ってゆく足音が聞こえた。

 部屋の外に人の気配がなくなってから、ルディグナは、上半身を起こして自分の腕の力だけで寝台の上に這い上がった。
(やはり、いきなり歩くというのは無理だったか。)
 彼女はそんな感想を抱いた。

 次は、寝台に腰掛け、両手を使って足を寝台の端に垂らすことに成功した。
 長い間、使っていなかった足は、自分の体の一部でありながら、まるで言うことをきかなかった。
 ルディグナは、その事に気がついた時に思った。
(ならば、歩けるようになるまで鍛えて見せるまでのこと!!)

 不意にルディグナの脳裏で、憎き侵入者の声がよみがえった。
(筋肉は衰えているようだけれど、骨の方は丈夫に育っているみたいだね。この分だと少し訓練すれば歩けるようになるだろう。)
 自分の長年の夢を打ち砕いた憎い敵の顔を思い出し、ルディグナは、くじけそうになった心に再び闘志を燃え上がらせた。
 
(そうだ。わたしはあの日誓ったのだ。必ずやあの侵入者を追いかけ、わたしの身を辱しめた復讐をするのだ、と)

 ルディグナは、自分の手で足を支えるようにして持ち上げることを繰り返した。

 巫女たちがしずしずと音もなく歩く様子をイメージしながら、両足を交互に持ち上げてみたのだった。

 ずっと足枷により戒められていた足の筋肉からは、少しの反応も返ってこなかった。
 けれど、ルディグナは、諦めずに努力を続けた。

****

 ルディグナは、夜ごと、歩くための訓練を重ねていた。

 涙ぐましい努力の結果、最初のうちは反応さえなかった足の筋肉が、やがて弱々しいながらも動きを見せるようになりはじめた。

 ルディグナは、思うようにならない自分の足を叱咤しながら、歯を食いしばって歩く練習をした。
ーー何度も転びながら。

 そんな努力の甲斐もあって、寝台につかまりながらではあるが、ルディグナが自分の足で立ち上がれるようになるまで、そう時間はかからなかった。
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