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11.世界の崩壊(1)
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ある日、これまでになかったルディグナの寝台の汚れに気がついた巫女がいた。
裸足で歩けば、足の裏が汚れる。
ルディグナがその事に気がついたのは、つい最近の事だった。
御社の中を移動するのでさえ輿に乗せられて運ばれていたので、そんなことを知る機会もなかったのだ。
いつもは気をつけていた。足の裏を布でぬぐって土を落とすなどの気配りをしていたのだが、前日は調子が良いように思え、いつもより多く歩く練習をした。
そのため、歩いた後に足の裏をふくのも忘れ、疲れてそのまま寝入ってしまったのだ。
****
今厳しい顔をした大巫女がルディグナの前に座っていた。
彼女は、ルディグナを育てた御守役でもあった。
彼女は御社の最年長の巫女だった。
すでに雪のように白くなった髪は、長い三つ編みにされて頭の上で巻かれ、年老いてもなお、しゃんと伸ばされた背筋は老いを感じさせなかった。
その威厳ある態度は。大勢の巫女や神官たちを従えるのに十分な貫禄があった。
そんな彼女は、今、ルディグナを詰問していた。
「姫様、いったいどういうおつもりですか?」
「わたしはただ、一人で歩けるようになりたかっただけだ」
ルディグナは、自分の御守役である老婆に正直な気持ちを打ち明けた。
それを聞いた大巫女は、大きなため息をついた。
「いくら足枷が外れたとはいえ、姫様の御身は姫様一人のものではありませぬ。もうじき河の神のもとへ嫁ぐ大切な御体だというのに、何をそのように焦ることがありましょうか?」
ルディグナは言った。
「わたしの足は穢れてしまった。
もはや水底の宮殿に行っても美しい尾ビレは授けてもらえないだろう。
だから、せめて人並みに歩くくらいのことはできるようになりたいと思ったのだ。」
ルディグナは、先日の侵入者に与えられた屈辱を思い出し、唇を噛み締めた。
けれど、常に一方的に命じるだけで、自分のことを相手に理解してもらえるように話す、という経験の少ない彼女にとって、自分の身に起こったことを説明するという選択肢は思い浮かばなかった。
そんな少女に対し、大巫女は告げた。
「姫様、何もご心配なさることはありません。あなたさまは河の神の名を授かった、河の神の花嫁となるべきお方。美しい尾ビレを得る資格を失ったとお嘆きのようですが、御心配にはおよびません。
ーー水底の宮殿にも侍女たちは大勢おりましょう。
これまで通り、姫様はただお命じになるだけで良いのです。
絹でも黄金でも宝石でも何でも欲しいものを手に入れることができるでしょう。食べ物も飲物もすべて侍女たちが用意いたします。姫様は指一本動かす必要はないのです。
これまでと同じように、ただそこにいてくださだけでいいのです。尾ビレなどなくとも、何の差し障りもございません。」
まるでわがままを言う子供を、たしなめるような口調だった。
けれど、それを聞いたルディグナは、言葉を失った。
(ただ、そこにあれ。というのか? 飾り物のにんぎょうのように。ただ、そこにあるだけでいいと)
ルディグナは、予想だにしなかった大巫女の見解に驚いていた。
ルディグナは、何も好き好んで巫女たちにかしづかれていたわけではなかった。
自分としては、河の神の花嫁としては生活に制限が多すぎりるため、やむを得ず巫女たちの手を借りているだけのつもりだった。同じ年の頃の巫女見習いの少女たちのように気軽に歩くことも許されず、河の神への祈りの言葉以外は口にしてはいけないとされる厳しい戒律に縛られた窮屈な生活も、何も好き好んでやっていたわけではない。
これまで、ずっとルディグナは、我慢してきたのだ
ーーいつか水底の宮殿に行き、河の神にお仕えする日のためだけに。
裸足で歩けば、足の裏が汚れる。
ルディグナがその事に気がついたのは、つい最近の事だった。
御社の中を移動するのでさえ輿に乗せられて運ばれていたので、そんなことを知る機会もなかったのだ。
いつもは気をつけていた。足の裏を布でぬぐって土を落とすなどの気配りをしていたのだが、前日は調子が良いように思え、いつもより多く歩く練習をした。
そのため、歩いた後に足の裏をふくのも忘れ、疲れてそのまま寝入ってしまったのだ。
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今厳しい顔をした大巫女がルディグナの前に座っていた。
彼女は、ルディグナを育てた御守役でもあった。
彼女は御社の最年長の巫女だった。
すでに雪のように白くなった髪は、長い三つ編みにされて頭の上で巻かれ、年老いてもなお、しゃんと伸ばされた背筋は老いを感じさせなかった。
その威厳ある態度は。大勢の巫女や神官たちを従えるのに十分な貫禄があった。
そんな彼女は、今、ルディグナを詰問していた。
「姫様、いったいどういうおつもりですか?」
「わたしはただ、一人で歩けるようになりたかっただけだ」
ルディグナは、自分の御守役である老婆に正直な気持ちを打ち明けた。
それを聞いた大巫女は、大きなため息をついた。
「いくら足枷が外れたとはいえ、姫様の御身は姫様一人のものではありませぬ。もうじき河の神のもとへ嫁ぐ大切な御体だというのに、何をそのように焦ることがありましょうか?」
ルディグナは言った。
「わたしの足は穢れてしまった。
もはや水底の宮殿に行っても美しい尾ビレは授けてもらえないだろう。
だから、せめて人並みに歩くくらいのことはできるようになりたいと思ったのだ。」
ルディグナは、先日の侵入者に与えられた屈辱を思い出し、唇を噛み締めた。
けれど、常に一方的に命じるだけで、自分のことを相手に理解してもらえるように話す、という経験の少ない彼女にとって、自分の身に起こったことを説明するという選択肢は思い浮かばなかった。
そんな少女に対し、大巫女は告げた。
「姫様、何もご心配なさることはありません。あなたさまは河の神の名を授かった、河の神の花嫁となるべきお方。美しい尾ビレを得る資格を失ったとお嘆きのようですが、御心配にはおよびません。
ーー水底の宮殿にも侍女たちは大勢おりましょう。
これまで通り、姫様はただお命じになるだけで良いのです。
絹でも黄金でも宝石でも何でも欲しいものを手に入れることができるでしょう。食べ物も飲物もすべて侍女たちが用意いたします。姫様は指一本動かす必要はないのです。
これまでと同じように、ただそこにいてくださだけでいいのです。尾ビレなどなくとも、何の差し障りもございません。」
まるでわがままを言う子供を、たしなめるような口調だった。
けれど、それを聞いたルディグナは、言葉を失った。
(ただ、そこにあれ。というのか? 飾り物のにんぎょうのように。ただ、そこにあるだけでいいと)
ルディグナは、予想だにしなかった大巫女の見解に驚いていた。
ルディグナは、何も好き好んで巫女たちにかしづかれていたわけではなかった。
自分としては、河の神の花嫁としては生活に制限が多すぎりるため、やむを得ず巫女たちの手を借りているだけのつもりだった。同じ年の頃の巫女見習いの少女たちのように気軽に歩くことも許されず、河の神への祈りの言葉以外は口にしてはいけないとされる厳しい戒律に縛られた窮屈な生活も、何も好き好んでやっていたわけではない。
これまで、ずっとルディグナは、我慢してきたのだ
ーーいつか水底の宮殿に行き、河の神にお仕えする日のためだけに。
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