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第ニ章 忙しない夏休み
練習の日々と始まる異変 2
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その一週間後。夕方。
カジは、ほぼ詰まらず弾けるようになった。
ということで、早速二人の演技を合せることになった。
だが当然、最初からうまくいくことなんてない。
「あああ。全然合わない!」
演奏を途中で止めて、カジが後ろに倒れて、目の色を変えて発狂している。
ソラも肩をすくめる。
「ごめん」
「いや。ソラちゃんは悪くない。私が私がもうちょっとうまくなればいいだけだから」
正気になって、もう一度ピアノに向かう。
「おい。また肩に力が入っているぞ。顔が怖くなっているから、ちょっと休憩しろ」
「え。そう?」
パッと明るく無邪気な表情を近づけてくる。
「ッ」
不意打ちにより、一瞬の心拍数が増えたが、顔を逸らして、彼女の肩をやんわりと押し返して距離をとる。
「相変わらず。呑気な二人なことで」
肘をついて白々しい態度のホシ。
「えー。そう?」
「うあ。ウザッ」
満更じゃないカジの反応に、ケッと唾を吐くように顔を歪める。
「まあまあ。シミちゃん。あっちはあっちだから、こっちはこっちだけで、楽しい事すればいいんだよ」
「なるほど」
視線が横にスライドしてソラを見つめる。
何かを感じ取ったソラはゆっくりと俺の後ろに身を寄せてくる。寸分違わず彼女の視線もソラを追っていく。
何やっているのやら。
隣にいる久江が「ヒヒヒ」と魔女みたいな笑い方をしている。
絶対変なこと吹き込んでる。
長引かせると変な方向に連れていきそうだから、話を強引に変えるとする。
「まあいい。それは置いといて、おまえら夏休み終わるまであと一週間だが、そのあとどうする? 特にホシ!」
「ふえ?」
「お前、鍵忘れてから一度も家に帰っていないけど大丈夫か。家族とか」
「え。ああー。アタイは大丈夫だよ。親は一回家に帰ったみたいだけど、すぐ出張で遠くに出かけて帰ってくるのはまだ後出し」
「放人主義もいいところだな」
「あんたに家庭の事情なんて関係ない」
「そうですか」
これ以上追求しても回答を得れそうにない。ただ答えるのに一瞬の間があったことに違和感を覚えるが、まあそれはあとにするしかなさそうだ。
他の面々にも返答を求める。
「私は、親に許可取っているから!」
「僕は夏休み終わったら一度帰らないといけないかな」
カジの家庭も不思議だ。ソラはまあ普通だな。
「私は」
「おまえは仕事あるだろ。帰れよ」
「風間君が仕事について気にした」
「驚くのそっちかよ」
久江が指を加えてウルウルと目を潤している。つうかその年になってよくそんな子供みたいな言動出来るな。
残留組が二人。正直、早く一人になりたいと思っていたが、一方的に放り出すのも多分想像以上の抵抗を受けるから面倒に違いない。
まあ、あと一か月と一週間の辛抱だから、何とかなるか。
「ええー。あんたも残るの?」
「それはこっちのセリフです」
ホシとカジがバチバチと火花を散らし始める。何か今より余計面倒な未来しか見えない気がした。
「おまえら、あと何回投げられたいか、殴られたいか答えろ」
パキッと拳を鳴らしてあげると、二人は面白いように小さく萎んでいく。
「まあまあ、ひとまず休憩して、何か飲み物でも買ってきましょうか」
ソラが気を使って俺と二人の間に入ってくれる。
「そうだな。丁度喉渇いたからな。おまえら何か買ってくるぞ」
すると二人は顔を見合わせる。
「アタイは緑茶で」
「響ちゃん!炭酸で」
「久江は?」
「ブラックコーヒーで」
各々の要望を確認して、俺はソラと一緒に、コンビニに買い物に行く。
日が少しずつ沈む、綺麗な夕焼けだった。
というか最近この時間帯の空を見る回数が増えている気がした。
「ふう。風間君。怒りすぎだよ」
「あー。あいつらはあれくらい言わんと、すぐ喧嘩するからな」
「まあ。確かにね」
笑う。
これはたぶん愛想笑い。
「つうか。今さら思ったけど、俺ら二人で来て大丈夫だったのかな」
「ああー。確かに星川さんか渚さんのどっちか引っ張ってくるべきでしたね」
「まあ。久江がいるから大丈夫か」
「かなり無責任だね」
「そうだな」
ぼんやりと上を向くとカラスが一羽空を横切り、カーという掠れ声を一つ落としながら去っていく。
「珍しい」
「そうなのか」
ソラが抱いた感想に、理解が追い付かなかった俺は、カラスの過ぎた方向に視線を追いかける。
「僕の個人的な印象ですけど、カラスって群れてるところはよく見ますけど、一羽だけはあんまり見たことないです」
「そんなものか」
動物の生態系とか、全く興味ないから、説明してくれたところで頭に入らない。
オレンジの空をのんびり眺める。
「そういえば、風間君と二人って久しぶりですね」
「そうだな」
言われて気が付いた。たぶんオカルト研で待ちあ合わせた以来か。でも二人になったとはいえ特に意識するわけではない。
「風間君って、渚さんのこと好きですか?」
「ブッ」
突然何を聞いてくるんだ。二人だからってそんな核心に切り込んでくるとは。
「何故?」
「気になりますよ。渚さんは見たままですけど、風間さんの対応がよくわからないというか、怒っているのか、怒っているふりをしているのか。それらをひっくるめて渚さんの事をどう思っているのか。一か月半ぐらいの付き合いですけど、気になりますよ」
飄々としていると思っていたけど、割と見られているものだな。
だが、問いかけられても、俺も知りたい事だ。
「好きかどうかと言われても、好きではない」
「では嫌いと」
「うーん。嫌いだった。いや今でも嫌いか」
「何でしょう。その微妙なニアンスは」
「最近よくわからなくなっている。まあ鬱陶しいのは変わりないのだが」
「複雑そうですね」
端的にまとめるソラ。
言葉ではすっきりしたけど、その中身は一言では言えないモヤモヤとした感情が、右往左往したり、暴れまわったりと、要領を得ない感じだ。
「そういうソラは、ホシをどう思う?」
「と言いますと?」
「あいつのソラに対する行動、特に最初にお前に抱き着いたときとか」
初対面でいきなり抱きつくという、カジでもしなかったことをしたホシ。突拍子の無さでは下手しカジを抜く勢いではないだろうか。
「うーん。星川さんは僕が人生に出会った中で二番目位に、変な人だと思います」
「どこをどう?」
「それは見たままだと思いますよ。でも抱き着いたときは驚きましたね。たぶん人生で過去に一回あったか無かったかのレベルだったので」
「俺が聞くのは多少変だが、驚く以外の感情は出なかったか」
「うーん。その状況を冷静に気づく前に叩かれたので、細かい感情はちょっと」
それもそうか。もしソラの立場なら俺も驚いて、抱き着いた相手を投げ飛ばすか、殴り飛ばすかのどっちかをしたであろう。
この感じだと、俺と同じ「分からない」だろうな。
「んじゃあ。お前の人生で一番目に変な人ってカジか?」
「いえ。渚さんは三番目です」
即答だった。
シレッと覗き見たが、ソラはいたって平凡な表情で歩いている。
「じゃあ一番は?」
「うーん。風間君に言われると思って考えていたんですけど、出てこないですね」
「なんだそれ」
結果的には、ホシ一番、カジ二番じゃないか。それか別の理由があるのか。
「物足りないのか」
「そんな感じですね」
「自分で聞いててアレだが、変人度合いに物足りなさなんているのか?」
「要らないはずなんですけど、何か胸に引っ掛かりがあるというか」
「ああ。深層心理的に一番と認めたくないのか」
「そうですね」
変な奴だな。
俺の中ではソラも変な奴ランキングの上位に入るからな。まあそれでもこのふわっとした感じが悪くはない。
他が強すぎるせいで、余計にソラが落ち着ける人だと勘違いをしているかもしれないけど。
結局ソラはあれから考えたらしいが、変人一番は出てこなかった。
日が沈み、空のオレンジ色の面積が減っていく。
漆黒の闇が昼を食べ、また昼が漆黒の闇を食べていく。空は同じことの繰り返し。
あと三十七回繰り返したら本番で、一段落する。
とりあえずそれまでの間、あいつらを世話しなくてはいけない。最初と比べたら慣れたけどな。早く終わればいいと考えるのと同時に、時間がもう少し欲しいとも思う。
カジは頑張っているが、このままのペースだと時間が足りない。
教えている立場としては、何とかしてカジのピアノを完璧にしてあげるのが務めだからな。
「ソラ。間に合うかな」
「何とかするんじゃないですか。渚さんが」
「そうだといいんだが」
「珍しいですね。風間君が心配するなんて」
ジッと見つめてくるソラ。正直怖いというか、なんというか。
「そんなに珍しいか」
「はい。今までの行動を観察していたら特に」
ズバッとぶった切られた感じだ。
確かに冷静に考えてみたら、途中で投げ出すわ、失踪するわ、放り投げるわ、全く心配とは無縁だな。
でも何でだろうな。
俺は、歩むのを止めて、立ち止まる。
「たぶん。あいつに弾かせるのが、怖いと思っているからか」
「それはどういう意味ですか?」
「言葉のままだ」
ソラの頭に見事なはてなマークが出現した。
正直説明できない。これは思いついただけだ。
本当にそう思っているかすらわからない。ただそう思いついただけだ。後付けするなら、本当は俺が弾きたいけど、カジが弾く。カジがミスしないか、それが怖いからだと思う。
そうだと思いたい。
「ああ悪い。ちょっとソラのウォークマンを貸して欲しい」
「急にどうしたのですか?」
理解できていない状態で、注文を追加したので、ソラの声がひっくりかえる。
面白い。
「ああ。ちょっと曲を聞き直したくなった。カジに少しでも上達してほしいからな」
「あー。そうですね。いいですね」
ソラはポケットからウォークマンを取り出して、画面を見ながら演奏曲を選曲してくれた。
そしてウォークマンとイヤホンをポンと俺に渡してくれた。
俺は受け取り、イヤホンを耳に差し込みながら歩き始める。
曲が始まる。リズミカルでノリのいい曲。
踊り出しそうなテンポで駆け抜けるサビ。
本当にいい選曲している。
っとちょっとノリ過ぎた。真剣に聞かないと。
耳を聞くモードから、聴くモードにシフトした。
流れるメロディー。
アップテンポのリズム……。リズミカルでノリのいい……。
「……」
俺は一度、イヤホンを外した。
気のせいだよな。気のせいだと思いたい。
「どうしました?」
心配そうに見つめるソラ。
「いや大丈夫だ」
もう一度、イヤホンを耳に差し込む。
アップテンポのリズム……。リズミカルでノリのいい……。
足を止めた。
イヤホンを耳に押し付けて聴く。
音楽が途切れて聞こえる。何かが遮る様に音が聞こえなくなる箇所がある。全部聞こえない訳ではない。だが確実に消えていく音。ソラのウォークマンが壊れたのか。
ボタンを操作し違う曲に変更して聞き直す。
結果は同じだった。
音が途切れ途切れで聞こえてくる。
やはり、ソラのウォークマンが壊れたのか。
俺は平然を装い、「ありがとう」と一言添えて、ウォークマンを返した。ソラは少し釈然としないものの、特に聞きもせずそのままソラはイヤホンを耳に差した。ソラはいつも通り聞いている。特にイヤホンを見返したり、聴きこんだりなど、普通とは違う動きはしていない。
じゃあ何だったんだ。
頬に一筋の汗が流れ落ちた。
気のせいか。気のせいだよな。
そう言い聞かせて俺は歩いて行った。
カジは、ほぼ詰まらず弾けるようになった。
ということで、早速二人の演技を合せることになった。
だが当然、最初からうまくいくことなんてない。
「あああ。全然合わない!」
演奏を途中で止めて、カジが後ろに倒れて、目の色を変えて発狂している。
ソラも肩をすくめる。
「ごめん」
「いや。ソラちゃんは悪くない。私が私がもうちょっとうまくなればいいだけだから」
正気になって、もう一度ピアノに向かう。
「おい。また肩に力が入っているぞ。顔が怖くなっているから、ちょっと休憩しろ」
「え。そう?」
パッと明るく無邪気な表情を近づけてくる。
「ッ」
不意打ちにより、一瞬の心拍数が増えたが、顔を逸らして、彼女の肩をやんわりと押し返して距離をとる。
「相変わらず。呑気な二人なことで」
肘をついて白々しい態度のホシ。
「えー。そう?」
「うあ。ウザッ」
満更じゃないカジの反応に、ケッと唾を吐くように顔を歪める。
「まあまあ。シミちゃん。あっちはあっちだから、こっちはこっちだけで、楽しい事すればいいんだよ」
「なるほど」
視線が横にスライドしてソラを見つめる。
何かを感じ取ったソラはゆっくりと俺の後ろに身を寄せてくる。寸分違わず彼女の視線もソラを追っていく。
何やっているのやら。
隣にいる久江が「ヒヒヒ」と魔女みたいな笑い方をしている。
絶対変なこと吹き込んでる。
長引かせると変な方向に連れていきそうだから、話を強引に変えるとする。
「まあいい。それは置いといて、おまえら夏休み終わるまであと一週間だが、そのあとどうする? 特にホシ!」
「ふえ?」
「お前、鍵忘れてから一度も家に帰っていないけど大丈夫か。家族とか」
「え。ああー。アタイは大丈夫だよ。親は一回家に帰ったみたいだけど、すぐ出張で遠くに出かけて帰ってくるのはまだ後出し」
「放人主義もいいところだな」
「あんたに家庭の事情なんて関係ない」
「そうですか」
これ以上追求しても回答を得れそうにない。ただ答えるのに一瞬の間があったことに違和感を覚えるが、まあそれはあとにするしかなさそうだ。
他の面々にも返答を求める。
「私は、親に許可取っているから!」
「僕は夏休み終わったら一度帰らないといけないかな」
カジの家庭も不思議だ。ソラはまあ普通だな。
「私は」
「おまえは仕事あるだろ。帰れよ」
「風間君が仕事について気にした」
「驚くのそっちかよ」
久江が指を加えてウルウルと目を潤している。つうかその年になってよくそんな子供みたいな言動出来るな。
残留組が二人。正直、早く一人になりたいと思っていたが、一方的に放り出すのも多分想像以上の抵抗を受けるから面倒に違いない。
まあ、あと一か月と一週間の辛抱だから、何とかなるか。
「ええー。あんたも残るの?」
「それはこっちのセリフです」
ホシとカジがバチバチと火花を散らし始める。何か今より余計面倒な未来しか見えない気がした。
「おまえら、あと何回投げられたいか、殴られたいか答えろ」
パキッと拳を鳴らしてあげると、二人は面白いように小さく萎んでいく。
「まあまあ、ひとまず休憩して、何か飲み物でも買ってきましょうか」
ソラが気を使って俺と二人の間に入ってくれる。
「そうだな。丁度喉渇いたからな。おまえら何か買ってくるぞ」
すると二人は顔を見合わせる。
「アタイは緑茶で」
「響ちゃん!炭酸で」
「久江は?」
「ブラックコーヒーで」
各々の要望を確認して、俺はソラと一緒に、コンビニに買い物に行く。
日が少しずつ沈む、綺麗な夕焼けだった。
というか最近この時間帯の空を見る回数が増えている気がした。
「ふう。風間君。怒りすぎだよ」
「あー。あいつらはあれくらい言わんと、すぐ喧嘩するからな」
「まあ。確かにね」
笑う。
これはたぶん愛想笑い。
「つうか。今さら思ったけど、俺ら二人で来て大丈夫だったのかな」
「ああー。確かに星川さんか渚さんのどっちか引っ張ってくるべきでしたね」
「まあ。久江がいるから大丈夫か」
「かなり無責任だね」
「そうだな」
ぼんやりと上を向くとカラスが一羽空を横切り、カーという掠れ声を一つ落としながら去っていく。
「珍しい」
「そうなのか」
ソラが抱いた感想に、理解が追い付かなかった俺は、カラスの過ぎた方向に視線を追いかける。
「僕の個人的な印象ですけど、カラスって群れてるところはよく見ますけど、一羽だけはあんまり見たことないです」
「そんなものか」
動物の生態系とか、全く興味ないから、説明してくれたところで頭に入らない。
オレンジの空をのんびり眺める。
「そういえば、風間君と二人って久しぶりですね」
「そうだな」
言われて気が付いた。たぶんオカルト研で待ちあ合わせた以来か。でも二人になったとはいえ特に意識するわけではない。
「風間君って、渚さんのこと好きですか?」
「ブッ」
突然何を聞いてくるんだ。二人だからってそんな核心に切り込んでくるとは。
「何故?」
「気になりますよ。渚さんは見たままですけど、風間さんの対応がよくわからないというか、怒っているのか、怒っているふりをしているのか。それらをひっくるめて渚さんの事をどう思っているのか。一か月半ぐらいの付き合いですけど、気になりますよ」
飄々としていると思っていたけど、割と見られているものだな。
だが、問いかけられても、俺も知りたい事だ。
「好きかどうかと言われても、好きではない」
「では嫌いと」
「うーん。嫌いだった。いや今でも嫌いか」
「何でしょう。その微妙なニアンスは」
「最近よくわからなくなっている。まあ鬱陶しいのは変わりないのだが」
「複雑そうですね」
端的にまとめるソラ。
言葉ではすっきりしたけど、その中身は一言では言えないモヤモヤとした感情が、右往左往したり、暴れまわったりと、要領を得ない感じだ。
「そういうソラは、ホシをどう思う?」
「と言いますと?」
「あいつのソラに対する行動、特に最初にお前に抱き着いたときとか」
初対面でいきなり抱きつくという、カジでもしなかったことをしたホシ。突拍子の無さでは下手しカジを抜く勢いではないだろうか。
「うーん。星川さんは僕が人生に出会った中で二番目位に、変な人だと思います」
「どこをどう?」
「それは見たままだと思いますよ。でも抱き着いたときは驚きましたね。たぶん人生で過去に一回あったか無かったかのレベルだったので」
「俺が聞くのは多少変だが、驚く以外の感情は出なかったか」
「うーん。その状況を冷静に気づく前に叩かれたので、細かい感情はちょっと」
それもそうか。もしソラの立場なら俺も驚いて、抱き着いた相手を投げ飛ばすか、殴り飛ばすかのどっちかをしたであろう。
この感じだと、俺と同じ「分からない」だろうな。
「んじゃあ。お前の人生で一番目に変な人ってカジか?」
「いえ。渚さんは三番目です」
即答だった。
シレッと覗き見たが、ソラはいたって平凡な表情で歩いている。
「じゃあ一番は?」
「うーん。風間君に言われると思って考えていたんですけど、出てこないですね」
「なんだそれ」
結果的には、ホシ一番、カジ二番じゃないか。それか別の理由があるのか。
「物足りないのか」
「そんな感じですね」
「自分で聞いててアレだが、変人度合いに物足りなさなんているのか?」
「要らないはずなんですけど、何か胸に引っ掛かりがあるというか」
「ああ。深層心理的に一番と認めたくないのか」
「そうですね」
変な奴だな。
俺の中ではソラも変な奴ランキングの上位に入るからな。まあそれでもこのふわっとした感じが悪くはない。
他が強すぎるせいで、余計にソラが落ち着ける人だと勘違いをしているかもしれないけど。
結局ソラはあれから考えたらしいが、変人一番は出てこなかった。
日が沈み、空のオレンジ色の面積が減っていく。
漆黒の闇が昼を食べ、また昼が漆黒の闇を食べていく。空は同じことの繰り返し。
あと三十七回繰り返したら本番で、一段落する。
とりあえずそれまでの間、あいつらを世話しなくてはいけない。最初と比べたら慣れたけどな。早く終わればいいと考えるのと同時に、時間がもう少し欲しいとも思う。
カジは頑張っているが、このままのペースだと時間が足りない。
教えている立場としては、何とかしてカジのピアノを完璧にしてあげるのが務めだからな。
「ソラ。間に合うかな」
「何とかするんじゃないですか。渚さんが」
「そうだといいんだが」
「珍しいですね。風間君が心配するなんて」
ジッと見つめてくるソラ。正直怖いというか、なんというか。
「そんなに珍しいか」
「はい。今までの行動を観察していたら特に」
ズバッとぶった切られた感じだ。
確かに冷静に考えてみたら、途中で投げ出すわ、失踪するわ、放り投げるわ、全く心配とは無縁だな。
でも何でだろうな。
俺は、歩むのを止めて、立ち止まる。
「たぶん。あいつに弾かせるのが、怖いと思っているからか」
「それはどういう意味ですか?」
「言葉のままだ」
ソラの頭に見事なはてなマークが出現した。
正直説明できない。これは思いついただけだ。
本当にそう思っているかすらわからない。ただそう思いついただけだ。後付けするなら、本当は俺が弾きたいけど、カジが弾く。カジがミスしないか、それが怖いからだと思う。
そうだと思いたい。
「ああ悪い。ちょっとソラのウォークマンを貸して欲しい」
「急にどうしたのですか?」
理解できていない状態で、注文を追加したので、ソラの声がひっくりかえる。
面白い。
「ああ。ちょっと曲を聞き直したくなった。カジに少しでも上達してほしいからな」
「あー。そうですね。いいですね」
ソラはポケットからウォークマンを取り出して、画面を見ながら演奏曲を選曲してくれた。
そしてウォークマンとイヤホンをポンと俺に渡してくれた。
俺は受け取り、イヤホンを耳に差し込みながら歩き始める。
曲が始まる。リズミカルでノリのいい曲。
踊り出しそうなテンポで駆け抜けるサビ。
本当にいい選曲している。
っとちょっとノリ過ぎた。真剣に聞かないと。
耳を聞くモードから、聴くモードにシフトした。
流れるメロディー。
アップテンポのリズム……。リズミカルでノリのいい……。
「……」
俺は一度、イヤホンを外した。
気のせいだよな。気のせいだと思いたい。
「どうしました?」
心配そうに見つめるソラ。
「いや大丈夫だ」
もう一度、イヤホンを耳に差し込む。
アップテンポのリズム……。リズミカルでノリのいい……。
足を止めた。
イヤホンを耳に押し付けて聴く。
音楽が途切れて聞こえる。何かが遮る様に音が聞こえなくなる箇所がある。全部聞こえない訳ではない。だが確実に消えていく音。ソラのウォークマンが壊れたのか。
ボタンを操作し違う曲に変更して聞き直す。
結果は同じだった。
音が途切れ途切れで聞こえてくる。
やはり、ソラのウォークマンが壊れたのか。
俺は平然を装い、「ありがとう」と一言添えて、ウォークマンを返した。ソラは少し釈然としないものの、特に聞きもせずそのままソラはイヤホンを耳に差した。ソラはいつも通り聞いている。特にイヤホンを見返したり、聴きこんだりなど、普通とは違う動きはしていない。
じゃあ何だったんだ。
頬に一筋の汗が流れ落ちた。
気のせいか。気のせいだよな。
そう言い聞かせて俺は歩いて行った。
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