ワガママな人達の交響曲

三箱

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第四章 転調

病室 1

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 胸に残る疼きが消えない。
 アイツとはほぼ初対面だ。
 なのに何故こうもすっきりしないのだろう。
 どうしてなんだ。
 ボーッと天井を眺める。
 無機質な天井に答えが出てくるはずないのに。

 ソラは大丈夫だろうか。

 純粋な心配が戻ってきた。同時に酷い頭痛も襲ってくる。
 考え過ぎたせいなのか、それとも今まで考えることを放棄していたことの反動なのか。
 ズキズキする頭を抱えながら、ゆっくり立ち上がる。
 一歩ずつ一歩ずつ歩く。
 起きているのか。大丈夫なのか。ちょっと話をしたい。
 いつもならピアノを弾けば忘れられたのに。
 今はピアノすら頼れない。
 歩いていく。歩いていく。歩いていく。
 たぶんここだろうと足を止め、目の前の表札を確認する。

「紅月 空」

 改めて読むと、響きが良い名前だ。
 名字は偶然だと思う。名前はキラキラネームでもない。派手でもない。けどしっくりくる感じである。

 急に何を思っているのだろうか。
 
 本当に頭が疲れている。
 一目見たら家に帰ろうか。
 取手に手をかけながら、そう思った。
 静かに音が極力出ないように、扉を開いた。
 
 やけに静かだなと思ったら、そういうことか。
 真っ白なシーツに、真っ白な布団に、仰向けに眠るソラ。
 包帯を頭に巻いたまま穏やかな寝息を立てながら静かに眠っている。
 椅子に座ってこくんこくんとしている久江とカジ。
 ホシは布団に上半身を預け倒れるように眠っている。
 仲がいいな。
 自然に頬が綻んだ。
 ここにいることにしようか。ソラが目覚めるまでの間。
 それに明日は土曜日だから。
 あと家に帰る気力もない。
 色々話したいことがある。
 謝らないといけないこともある。

 だからソラ起きてくれ。

 俺は空いている丸椅子に座り、軽く壁にもたれかかった。
 こんなにも話をしたいと思ったのも、こんなにも自分の居場所を探したのも、誰かを気にかけたり、協力したり、傷つけてしまった罪悪感になったのも、全て初めてかもしれない。
 変だな。さっきまであんなに苦しかったのに。問題が山積みだったのに、何でだろう……。
 安堵したのか、力が抜けたのか、深い眠りに入っていった。

 瞼を開いた。
 明るい。
 妙に明るい。
 外が朝だから明るいというわけではない。
 何かちょっと青白い。
 月の光か。
 全員寝たまま……。

「ソラ……」

 ソラがベットの上で座ったまま窓の外を眺めていた。
 意識が戻った。
 素直に安堵する。
 彼は俺の存在に気づいたのか、静かに俺の方を向く。
 
「あ、風間君」

 穏やかな表情で見つめる。

「ソラ。ケガは大丈夫か」
「ケガ? ああ。僕は気絶していたのかな」

 覚えていないのか。
 思い出す必要もない。忘れていたらいいとすら思う。

「どうして僕は気絶していたのかな?」
「……」

 当然の質問だ。
 だけど俺はその場にいなかったから……。いや、気絶する瞬間は見ている。
 けどそれを言っていいのだろうか。
 いや事実は伝えるべきか。
 隠そうにも隠しきれるものでもないか。それに俺は嘘はあまりうまくない。

「殴られて、後頭部を打って気絶したんだ」
「……あー。そうなんだ」

 彼はあまり驚いた表情はしない。

「二人は大丈夫だった?」

 二人……。カジとホシか。

「大丈夫だ。無傷だ」
「よかった」

 安堵の表情を見せた。
 自分が痛い目にあっているのに、他人の心配ができるのか。

「スゲェな」
「えっ?」

 ソラは面食らった顔をする。それを見て俺も同じようになる。
 何か変なこと言っただろうか。

「どうした」
「どうしてスゲェと思ったの? あと風間君が誰かを褒めるなんて」
「ああ。言われてみたらそうか」

 そんなこと言ったのか。ああ。確かに、もうずっと言っていなかったな。

「で、何でスゲェと思ったの?」

 珍しくぐいぐいとくる。

「いや。何となくだ」
「えー」

 ジトーとした目線を送る。反応がカジに似てきたな。それはそれで嫌だな。

「まあいいか。たぶん答えてくれなさそうだし」
「わかっているじゃないか」
「慣れたからね」

 理解が早いから助かる。
 
「それで一つ尋ねたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「あの長髪の男性との関係」

 空気が重くなる。はぐらかしてもいい。あまり答えたくない上に、俺もわかっていない。
 スッと顔をあげると、真っ直ぐな瞳が俺を貫く。
 答えなくてはならないか。

「ああ……。そのなんだ」

 どう答えればいい。ハッキリとした言葉を出せない。
 それにあいつとは直接やりあったことはない。
 たぶん。

「俺はあいつとは直接関わりはない。ただあいつの連れを……。その……」
「君が連れを倒したと……」
「そう……みたいだ」

 胃がぎゅっと縮むような痛みを覚える。
 敢えて倒したと言う言葉を使われた気遣いも、正直痛い。

「そう……」

 一言呟き、静かに窓に目線を移す。

「何で暴力を振るったの?」

 落とされる一つの質問。すぐには答えられない。いや昔なら即答した。でも今はすぐに言葉がでない。

「何でそんなに誰かを傷つけるの?」

 容赦ない。いや彼にとっては純粋な疑問でしかないのかもしれない。
 どこから話せば良い。
 どこから。

「君は。たぶん……。一方的に自分から暴力を振るっているとは思わない。だけど……」

 またゆっくりと俺に視線を合わせる。
 
「暴力はいけないことだと思う」

 正論だ。
 これを否定するやつは、一部を除けばいないだろ。俺はその一部だったが……。
 今度は俺が目線を落とす。
 
「それは知っていたつもりだ」
「じゃあ何故?」

 はぐらかしてもいい。誤魔化してもいい。ばか正直に話す必要性などない。
 そう思ってソラの顔を見ると、まあなんとも真剣な眼差しをしている。
 カジといい、ソラもそういう性格か。
 いや、逆に真っ直ぐに聞こうとしてくれた人間も、カジ達と出会うまでいなかった。

「はあ……。何で揃いも揃って、俺のことを知りたがるのかな」

 呆れてしまう。派手に上を見上げてしまう。

「それは……。そうだね。不良なのにピアノ弾けるっていう時点で気になるから」
「お前ら変人だよ」
「君が言う?」
「どういう意味だ?」
「同じく不良なのにピアノ弾けるからだよ」
「別に変ではないだろ」
「変だよ。とりあえず身近な人で聞いたことはない」
「それは偶然だろ」
「そうかな?」
「そうだろ」

 にやっとした顔で見つめるのはやめてほしい。滅茶苦茶むず痒い。
 とはいえここまでの真剣だと、嘘などで誤魔化すのは失礼か。
 俺は体の向きを変えて、ソラを正面に捉えるように座り直した。
 しっかりと見つめるソラ。全く何が好きで俺の話を聞きたがるのだろうか。
 仕方ない。ぼちぼちと話をしようか。
 
「まあ端的にいうと、俺は人が嫌いだ」
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