ワガママな人達の交響曲

三箱

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第四章 転調

始まる絡まる 2

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 冷たくて真っ暗な世界。
 何も見えず、何もいない。
 ひんやりとして、どこかわからない。
 俺は今どこにいる。
 どこで何をしている。
 何が起きた。
 いや。何をしたかった。
 いや。何者だ。

 俺は誰だ。
 
「わたしはあなたの恋人」

 恋人?
 恋人なんているのか。
 恋人か。
 恋なんてわからない。
 恋をするほど、好意を持つ人間など一人もいなかった。
 人なんてめんどくさくて、計算高くて、自分より優れている人を引き摺り下ろすことしか考えない。自分を上に上がる努力をしない。

「わたしがあなたの恋人」

 恋人か。

「おまえは誰だ。姿を見せろ」

 すると呼応するかのように放たれた光、そこから現れたのは黒髪の女性。
 透き通った肌に、うっとりしたような表情に、吸い寄せられそうな瞳。セーラ服姿の女性。
 見たことはない。
 というか、素直に出てくるのだな。

「ちょっと。待ってもらえる?」

 現れたのはもう一つの光。
 そこから出てきたのは赤い髪の赤い瞳の女性。
 そしてセーラー服か。
 一体何だこの空間。
 現れた二人の女性。その二人は互いに睨みあい、顔を歪めていた。
 だが気がつくと二人ともその場から消えていった。
 その直後体に走った電撃のような痛み、血管が沸騰するような熱さ。そして金縛りのように動かなくなった自分の体。全身を針で刺されたような痛みと束縛。

「ぬあああああっ!」

 猛烈な苦痛が俺を襲い続ける。
 意識が飛ぶことはない。
 叫んでも叫んでも痛みが消えることはない。ただずっと続く痛み。
 
「かわいそう。あなたが身を引けばこの子の痛みは消えるのに」
「あら。あなたが身を引けばいいじゃない。そうすれば痛みは消せるはず」

 状況とは反するうっとりした声。
 暗闇からすっと白い腕だけが伸びてくる。俺の頬に手が触れて、ゆっくり撫でていく。
 その撫でた部分だけ痛みが引いていく。
 ゆっくりとゆっくりと。
 また全く別の腕と手が、後ろから肩から首元にかけてすっと絡み付いた。
 そして触れた箇所は徐々に痛みを消していく。
 首元、胸元、背中、足と、俺の体を四本の白い腕が、少しずつ撫でていき、痛みを消していく。
 時には複雑に絡まり、時にはスルッとほどけていく。声にもならない痛みだったのに、今では変に心地よくすら思えてしまった。
 先程の激痛はもう消えていた。
 そして徐々に消えていく闇、周りが光に包まれていく。
 奥に見えた青々と広がる草原の世界。
 そこに佇む一人の姿。
 俺に手を差し伸べている。
 呼んでいる気がする。
 誰かわからない。でもそこはとても心地いい場所なのだろうか。
 俺は無意識にその手を掴もうと腕を伸ばす。

「行ったらダメ!」

 どこからともなく聞こえてきた声に、俺は手を止める。
 戸惑ったように目の前の白き人は首を捻る。
 そしてその白き人は自ら手を伸ばして俺の手を掴もうとした。
 咄嗟にその手から距離を置いた。
 白き人は苛立ったのか、二回程激しく地面を踏んだ。
 今度は体ごと飛びつくように俺に向かってきた。
 直後俺の体は後ろに引っ張られた。
 そして暗闇に引きずり戻された。
 真っ暗な世界。何も聞こえない世界。自分が何者なのか何なのか分からない。
 ただ。ただ。何ナノカ。何なのか……。
 何もわからなかった。
 分からずに俺は暗闇に飲まれていった。



 ここは何処だ。
 ゆっくりと起き上がる。どこかの部屋か。どこなのだろうか。
 本棚、ソファー、テーブルか。そして床は派手に散らかっている。服や紙、靴下、本、あまり綺麗ではない。
 そして、アレは……。何だ。
 壁の横に引っ付く様に置かれた茶色い横に長い物体。
 その物体の前に椅子がある。
 何だ。用途が分からない。
 分からないが、こうビリッと疼く感覚があるのは何故だろう。
 グッと手に力をこめると布団のフワッとした感触ではない。生暖かい感触が返ってきた。
 恐る恐る隣を確認すると、見知らぬ女性が横で眠っていた。
 銀色の髪の女性が、背を向けて眠っていた。白いタオルケットに包まってすやすや穏やかな顔で眠っていた。
 誰だ。
 ゾワッと駆け上がってきた寒気。
 すると、その方向と反対の腕にヌアッとした絡みつかれる様な気持ち悪い感じが襲ってきた。
 反対を見ると今度はまた別の女性が眠っていた。茶髪の女性。同じく白いタオルケットに包まっていた。
 誰だ。
 というかどういう状況だ。
 目が覚めて見知らぬ所で、女性二人に挟まれて寝ているとか。
 俺一体何をしたのだろうか。
 というか俺……。
 あれ?
 俺って一体。

「ん。んー。ん?」

 隣の銀髪の女性が静かに寝返りをうった後、モゾモゾしながら、ムクッと体を起こした。
 そして目をくしくしと擦り、朧気な瞳ですっと俺を見つめる。
 ぼんやりとしていた瞳が少しずつ大きくなり、瞼がしっかりと持ち上がった。

「きょ、響ちゃん!」

 思いっきり飛びつかれた。
 避けることなど出来ずにそのまま直撃し、押し倒された。
 そして横にいた女性にも直撃する。

「うぐっ!?」

 天井が二回ほど回って見え、そして程無くして止まった。
 気がつけば二人の女性が俺の上にのっかっていた。

「響ちゃん!」
「風間君!」

 二人が目に涙を潤しながら、顔を鼻先まで近づける。
 顔を真っ赤にしている。
 でも俺はこの二人のことがわからない。

「すまん。正直に言う。二人とも俺の記憶から全く思い出せない」 
「えっ」
「えっ」

 二人の顔が青ざめていった。
 信じられないと言わんばかりの絶望の色が濃くなっている。

「ちょっと待って! 自分の名前は思い出せないの?」

 ぎゅっと肩を掴まれる。
 自分の名前、えっと確かさっき呼ばれたな。「風間」と「響」だったか。

「風間響という名前なのだろうか?」
「だろうかって。わからないの?」
「まあ。そうだな」

 二人の女性は互いに視線を合わした。
 二人が焦っているのはわかるけど、こっちも全く状況が飲み込めていない。
 何で女性が二人もいるんだ? 
 姉弟か?
 親には見えないな。
 いやでも一人は名字で言っていたな。
 じゃあ一体……。

『あなたの恋人』

 頭の中から甦ってきた声。
 どこかでそんなこと聞いていたような。無いような。
 恋人にしても、二人はありえない。
 それだとおかしい。
 どっちかが親戚でないといけない。
 もしそうでなかったら俺は俺を殴り倒してやる。

「もしかして、俺の親戚か何かか?」
「えっと?」
「それは」

 言葉を詰まらせる二人。そして何故か顔が妙に赤く染めている。
 どういう意味だろうか?

「それは、親戚になれたら嬉しいけどさ」
「まあ。それはちょっと唐突というか」

 銀髪の女性は何故か顔を背けてたじろぎ、茶髪の女性は口をへの字に曲げる。
 この反応は違う。
 ということは、嫌な予感しかしない。

「なあ。とりあえず起き上がりたいから二人ともどいてくれないか」
「うん」
「わかった」

 俺の一言で二人は素直に離れてくれた。
 ゆっくりと体を起こし、自分の来ている服を確認する。
 ジャージか。ちょっとサイズがきついか。
 記憶もない。女性二人と添い寝。
 しかも親戚ではないときたか。
 これはあまりにも状況が怖い。
 早めに脱出するべきか。
 全くわからない状態で外に出るのも若干の不安があるが、正直ここにいるのはよくない気がした。

「すまん。トイレどこだ?」
「廊下入ってすぐの扉だよ」
「わかった」

 トイレに行くと見せかけて外に逃げるとするか。
 だがそう考えた矢先に、俺の手をぎゅっと握られる感触があった。

「響ちゃん。逃げたりしないよね」

 銀髪の女性が俺の右手を両手でぎゅっと包むように握り、じっと俺を見つめていた。
 何故判ったのか。それとも勘なのか。
 正直末恐ろしい。
 ただ……。
 俺を握っている彼女の手は微かに震えていた。
 理由はわからない。
 わからないが、彼女は俺を疑っているわけではないかもしれない。
 必死に止めようとしているのだろうか。
 わからない。わからないが。
 
「逃げる何から?」
「え。いや。何でもない」

 すっと手を引いた銀髪の女性。素早くさっと手を背中の後ろに隠した。
 対する茶髪の女性はむすっとした表情をしている。
 逃げたら許さないと言っているかのようだった。
 あっちには疑われているが、手前の女性は違うか。
 まだ状況はわからない。わからないが。

 今はまだここに居ようかと、そう心が引き留められたのだった。
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