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第1章/笑うピエロ Missing children
1-③/Laughing Clown
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程なくして、私たちは工場の入り口に到着した。
見た目は港で見かける港湾倉庫。大きな鉄の扉に、古びた南京錠。施錠されていた跡はあるが、完全に錆びて折れ曲がっており、全くその役割を果たしていない。
かなり古い扉で建て付けも悪そうだが、開閉された形跡がある。最近のものだ。
恐らく、警察関係者だろう。いかにも怪しい場所だ、既に警察の捜査も及んでいても不思議じゃない。そういう意味では、今更新しい発見は無いかもしれない·········。
「ここから中に入るぞ」
神津さんは、着くやいなや突入しようとしている。マジで猪突猛進だなこの人。警戒とか心の準備とか、無いんだろうか。
神津さんに続いて中に入ると、薄暗い空間が広がっていた。壁には苔が生え、床には破れた段ボールや錆びた金属片が散乱している。神津さんは懐中電灯を取り出し、周囲を照らしながら進んでいった。
「この工場、何を作ってたんだろ」
何気なく呟いた私の独り言に、神津さんは反応してくれた。
「確か、製菓工場だったって話だ。だから、子供たちが引き寄せられるのも無理はないかもな」
神津さんの言葉に、私は少し心が重くなった。お菓子の工場。子供たちの夢の場所が、今は失踪事件の舞台になっている。胸が締め付けられる思いだ。
歩みを進めると、行き止まりの壁伝いに、階段があった。
「二階か。じゃあ君は──」
と、神津さんはまたしても二手に分かれようと指示しようとするが、私は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「いや、マジで、コレばっかりは、勘弁してください。絶対お供させてください」
私は大きく首を横に振り、全力で拒否する。ただでさえ今にも出そうな場所だ。こんな心霊スポットを一人で徘徊なんて、冗談じゃない。
神津さんも察してくれたのか、特に言及せずに二階へ上がっていく。私も小走りで後に続いた。
階段を上がると、そこはさらに薄暗く、廃棄されたと思われる機械が無造作に置かれている。
神津さんは、周囲を丹念に見回しながら進んでいく。私はその後ろに付いて行くが、心の中では何が起こるのか、そしてどんな真実が待っているのか、想像するだけで恐怖に駆られる。
不意に、風と共に砂埃が舞う。見ると、奥の窓が所々割れている。そこから入ってきているようだ。
その時、ふと何かが目に留まった。床に落ちている赤いその物体は、萎んだ風船だった。まだ膨らませた形跡もない、新品の物だ。確か、林田さんもピエロが風船を持っていたと言っていた。これは、もしかしてすっごい重要な手掛かりなんじゃないだろうか。
いや、だとしたら·········
「──妙だな。こんな分かりやすい証拠品を、警察が放置するとは思えない」
神津さんは手袋をはめ、訝しげにその萎んだ風船を手に取る。彼も私と同じ考えのようだ。
──この工場は既に警察も調べている筈だ。まさしくピエロに繋がりそうなこの風船を、あえて放っておく意味は無い。
「ということは、これは警察の捜査の後に置かれたもの·········?」
「そう考えるのが自然だろうな」
一体誰が、何のために?
その後も二人で辺りを調べてみたが、ピエロに関係しそうな手掛かりは見つけられなかった。
周りにあるのは、何に使うかも分からない機材ばかり。お菓子の製造に使うのだろうが、私にはさっぱり分からない。それぞれの機械にコンセントを挿してみたが、動かない。廃工場だし、流石に電気は通っていないか。
そして奥には、外へ続くと思われる扉がある。入る際に外から階段が伸びているのが見えたから、恐らくそこに繋がっているのだろう。
初めからダメ元ではあったが、これだけ汗だくになって探して何も無いと、やはり気が滅入る。
「いや、全くの無駄骨という訳でもなさそうだ」
見ると、神津さんは不敵に笑みを浮かべている。
「何か見つけたんですか?」
「床の砂埃だよ」
「砂埃?」
「見てみろ。割れた窓の隙間からこんなに砂が入ってきてる」
薄暗くてよく分からなかったが、確かに、よく見ると床一面に砂が飛び散っている。そんな話をしている間にも舞い上がった砂が目に入りそうになる。
「なのに、落ちていたこの風船には全く砂が付着してない。つまり──」
「なるほど、最近になって置かれたばかりの物かもしれないってことですね?」
「ああ。最近どころか、ついさっき置いた奴が居た可能性もある。例えば·········」
神津さんは睨みつけるような鋭い眼差しを、奥の扉に向ける。
「その扉の影に隠れてる奴とかな」
言われて、背筋に悪寒が走る。その瞬間、ガタッという音が響いた。──誰か居る。少し開いたその扉から、人影が覗いていた。
その人影はスッと消えると共に、階段を駆け降りる音が響き渡る。
「追うぞ! 君は降りて入口の前へ!」
なるほど、挟み撃ち。
何者かのいた扉の向こうは外へと続いているが、そこは螺旋階段だ。普通の階段と違って、降りるのに時間が掛かる。先回りできる。
神津さんはそいつを追って螺旋階段を降りていく。
私は来た道を駆け足で戻った。
大急ぎで工場入口まで来ると、ちょうどそいつが階段を降り終えたところだった。陽の光に照らされたその姿は──
──初めに脳裏に過ったのは、サーカスの光景。子供の頃に連れて行ってもらった、微かな記憶。
真っ白な顔に大きく丸い赤鼻、大きなボタンが付いたゆったりとした白いブラウスと幅広の白いパンタロン。目元には黒い涙のようなメイク。
人々を笑わせるはずの道化師は、この場所ではただの異物だった。
「ピエロ·········」
その瞬間、心臓がドクンと音を立てた。目の前に現れたピエロは、まるで悪夢から飛び出してきたかのような異彩を放っている。私は思わず後ずさりしてしまう。
ピエロは硬直している私の横を駆け抜け、工場脇の草むらへの方へと消えていった。
神津さんは追おうとするが、既に姿が見えなくなってしまっていた為、諦めたようだ。
「クソっ、もう少しで捕まえられたのに」
「すみません……、私がちゃんと道を塞いでれば……」
「気にするな。あんなのがいきなり出てきたら誰だって戸惑う」
神津さんは荒れた息を整えながら、汗を拭う。
まだ鼓動が脈打っている。別にピエロに対して苦手意識は無かったが、満面の笑みで迫ってくるあの姿が、頭から離れない。普通に見てこんな状態だ。本気出していたら、どうなっていただろう。
私たちはひとまず、団地まで戻ることにした。まだ住人達の聞き込みを全て終えた訳ではない。一旦終わらせてから、ピエロについて考えるのは、それからにしよう。
1-③/Laughing Clown~笑うピエロ~
見た目は港で見かける港湾倉庫。大きな鉄の扉に、古びた南京錠。施錠されていた跡はあるが、完全に錆びて折れ曲がっており、全くその役割を果たしていない。
かなり古い扉で建て付けも悪そうだが、開閉された形跡がある。最近のものだ。
恐らく、警察関係者だろう。いかにも怪しい場所だ、既に警察の捜査も及んでいても不思議じゃない。そういう意味では、今更新しい発見は無いかもしれない·········。
「ここから中に入るぞ」
神津さんは、着くやいなや突入しようとしている。マジで猪突猛進だなこの人。警戒とか心の準備とか、無いんだろうか。
神津さんに続いて中に入ると、薄暗い空間が広がっていた。壁には苔が生え、床には破れた段ボールや錆びた金属片が散乱している。神津さんは懐中電灯を取り出し、周囲を照らしながら進んでいった。
「この工場、何を作ってたんだろ」
何気なく呟いた私の独り言に、神津さんは反応してくれた。
「確か、製菓工場だったって話だ。だから、子供たちが引き寄せられるのも無理はないかもな」
神津さんの言葉に、私は少し心が重くなった。お菓子の工場。子供たちの夢の場所が、今は失踪事件の舞台になっている。胸が締め付けられる思いだ。
歩みを進めると、行き止まりの壁伝いに、階段があった。
「二階か。じゃあ君は──」
と、神津さんはまたしても二手に分かれようと指示しようとするが、私は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「いや、マジで、コレばっかりは、勘弁してください。絶対お供させてください」
私は大きく首を横に振り、全力で拒否する。ただでさえ今にも出そうな場所だ。こんな心霊スポットを一人で徘徊なんて、冗談じゃない。
神津さんも察してくれたのか、特に言及せずに二階へ上がっていく。私も小走りで後に続いた。
階段を上がると、そこはさらに薄暗く、廃棄されたと思われる機械が無造作に置かれている。
神津さんは、周囲を丹念に見回しながら進んでいく。私はその後ろに付いて行くが、心の中では何が起こるのか、そしてどんな真実が待っているのか、想像するだけで恐怖に駆られる。
不意に、風と共に砂埃が舞う。見ると、奥の窓が所々割れている。そこから入ってきているようだ。
その時、ふと何かが目に留まった。床に落ちている赤いその物体は、萎んだ風船だった。まだ膨らませた形跡もない、新品の物だ。確か、林田さんもピエロが風船を持っていたと言っていた。これは、もしかしてすっごい重要な手掛かりなんじゃないだろうか。
いや、だとしたら·········
「──妙だな。こんな分かりやすい証拠品を、警察が放置するとは思えない」
神津さんは手袋をはめ、訝しげにその萎んだ風船を手に取る。彼も私と同じ考えのようだ。
──この工場は既に警察も調べている筈だ。まさしくピエロに繋がりそうなこの風船を、あえて放っておく意味は無い。
「ということは、これは警察の捜査の後に置かれたもの·········?」
「そう考えるのが自然だろうな」
一体誰が、何のために?
その後も二人で辺りを調べてみたが、ピエロに関係しそうな手掛かりは見つけられなかった。
周りにあるのは、何に使うかも分からない機材ばかり。お菓子の製造に使うのだろうが、私にはさっぱり分からない。それぞれの機械にコンセントを挿してみたが、動かない。廃工場だし、流石に電気は通っていないか。
そして奥には、外へ続くと思われる扉がある。入る際に外から階段が伸びているのが見えたから、恐らくそこに繋がっているのだろう。
初めからダメ元ではあったが、これだけ汗だくになって探して何も無いと、やはり気が滅入る。
「いや、全くの無駄骨という訳でもなさそうだ」
見ると、神津さんは不敵に笑みを浮かべている。
「何か見つけたんですか?」
「床の砂埃だよ」
「砂埃?」
「見てみろ。割れた窓の隙間からこんなに砂が入ってきてる」
薄暗くてよく分からなかったが、確かに、よく見ると床一面に砂が飛び散っている。そんな話をしている間にも舞い上がった砂が目に入りそうになる。
「なのに、落ちていたこの風船には全く砂が付着してない。つまり──」
「なるほど、最近になって置かれたばかりの物かもしれないってことですね?」
「ああ。最近どころか、ついさっき置いた奴が居た可能性もある。例えば·········」
神津さんは睨みつけるような鋭い眼差しを、奥の扉に向ける。
「その扉の影に隠れてる奴とかな」
言われて、背筋に悪寒が走る。その瞬間、ガタッという音が響いた。──誰か居る。少し開いたその扉から、人影が覗いていた。
その人影はスッと消えると共に、階段を駆け降りる音が響き渡る。
「追うぞ! 君は降りて入口の前へ!」
なるほど、挟み撃ち。
何者かのいた扉の向こうは外へと続いているが、そこは螺旋階段だ。普通の階段と違って、降りるのに時間が掛かる。先回りできる。
神津さんはそいつを追って螺旋階段を降りていく。
私は来た道を駆け足で戻った。
大急ぎで工場入口まで来ると、ちょうどそいつが階段を降り終えたところだった。陽の光に照らされたその姿は──
──初めに脳裏に過ったのは、サーカスの光景。子供の頃に連れて行ってもらった、微かな記憶。
真っ白な顔に大きく丸い赤鼻、大きなボタンが付いたゆったりとした白いブラウスと幅広の白いパンタロン。目元には黒い涙のようなメイク。
人々を笑わせるはずの道化師は、この場所ではただの異物だった。
「ピエロ·········」
その瞬間、心臓がドクンと音を立てた。目の前に現れたピエロは、まるで悪夢から飛び出してきたかのような異彩を放っている。私は思わず後ずさりしてしまう。
ピエロは硬直している私の横を駆け抜け、工場脇の草むらへの方へと消えていった。
神津さんは追おうとするが、既に姿が見えなくなってしまっていた為、諦めたようだ。
「クソっ、もう少しで捕まえられたのに」
「すみません……、私がちゃんと道を塞いでれば……」
「気にするな。あんなのがいきなり出てきたら誰だって戸惑う」
神津さんは荒れた息を整えながら、汗を拭う。
まだ鼓動が脈打っている。別にピエロに対して苦手意識は無かったが、満面の笑みで迫ってくるあの姿が、頭から離れない。普通に見てこんな状態だ。本気出していたら、どうなっていただろう。
私たちはひとまず、団地まで戻ることにした。まだ住人達の聞き込みを全て終えた訳ではない。一旦終わらせてから、ピエロについて考えるのは、それからにしよう。
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