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第2章/人形屋敷の呪い melting of snow
2-①/girl, again
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雨の気配が、完全に消えてから数日が経った。
大学へ向かう朝の道は、拍子抜けするほど穏やかだった。
濡れていたはずのアスファルトも、雲を引きずっていた空も、すっかり乾ききっている。傘を持たずに歩けることに、ほんの少しだけ安堵しながら、僕は駅へ向かった。
——もう、終わったはずだ。
城田 美雪という少女のこと。
彼女が残した時間と、語られなかった想い。
それらは確かに胸の奥に残っているが、日常を侵食するほどの痛みでは、もうなかった。
忘れない、と決めた。
けれど、縛られもしない。
そうやって、自分なりの折り合いをつけたつもりだった。
「──ヤバ。今日、レポート出す日よね?」
背後から声を掛けられ、思考が現実に引き戻される。
幼なじみの朱里だ。
「ちなみに、そのレポート出さないと、単位危ういぞ」
「いやぁ……そうなのよねぇ」
その反応を見るに、やってないな、コレは。
「いや、やってる。やってますとも。ちょーーっと添削だけお願い♡」
そう言って、レポートを渡される。
歩きながら、内容を確認する。
……確かに、最後まで書かれてはいる。が──
「添削どころか……全直しだろ、普通に」
「うわぁ……辛辣」
◆◆◆
大学に着くと、朱里から高そうなチョコレートを手渡された。
「なにこれ?」
「お礼。この間『AZAMI』のチーズケーキくれたでしょ」
──『AZAMI』。アザミさんこと、西園寺 薊さんが営む有名店だ。
西園寺邸での一件の後、寄らせてもらったが、さすが人気店、平日の昼間にも関わらず、長蛇の列だった。
ご挨拶こそできなかったが、アザミさんの嬉々とした接客姿を、見ることができた。『人は見た目によらない』ということを、まざまざと痛感した。
しかもよく見れば、このチョコレートも『AZAMI』の商品だ。
あの大行列に、わざわざ並んだのか……。
律儀な奴だなと思っていると、一限のチャイムが鳴る。
講義を受け、学食で昼を済ませ、いつも通りの時間が流れていく。
平凡で、退屈で、少し眠くなるほどの午後。
——それでも。
胸の奥に、小さな棘のような違和感が残っていた。
理由は分かっている。
あの時、探偵として動いた自分。
そして、「もう干渉しない」と、決めたはずの覚悟。
どちらも、完全には噛み合っていない。
夕方、帰り支度をしていると、携帯が鳴る。LINEだ。
差出人の名前を見た瞬間、嫌な予感がした。
——矢吹 橙子
『至急。顔出して』
簡潔で、要件だけを書いた文。
簡潔過ぎて主語が曖昧だが、行き先は十中八九、明智探偵事務所だろう。
至急、という言葉に、胸がざわつく。
何かあったのだろうか。
いや、違う。
——“また”だ。
僕は、深く息を吐いた。
もう探偵役は終わった。
そう思っていたはずなのに、足は自然と上着を掴んでいた。
◆◆◆
久しぶりに訪れた明智探偵事務所は、相変わらず雑然としていた。
古い書類の匂いと、インスタントコーヒーの香り。
──いつものことながら、父の姿はない。
急な呼び出しに、少しだけ居心地の悪さを覚える。
「蒼空くん、久しぶり」
矢吹さんが、柔らかく微笑んだ。
その表情は、どこか慎重だ。
「急に呼び出してごめんね」
「いえ……何かあったんですか?」
僕がそう尋ねると、彼女は一瞬だけ視線を扉の方へ向けた。
「依頼人が来てるの」
その言い方に、胸が嫌な音を立てる。
「……僕に関係、ありますか」
「うん。ご指名だから」
矢吹さんは、はっきりとそう言った。
ノックの音が、事務所に響く。
促されるまま視線を向けると、扉が静かに開いた。
「失礼します」
聞き覚えのある声だった。
入ってきた人物を見て、思わず息を呑む。
——アリサ。
いや、今はそう呼ぶべきなのだろう。
城田 美雨。
美雪の、双子の妹。
彼女は、以前と変わらぬ落ち着いた佇まいで、僕の方を見た。
一瞬だけ、視線が交わる。
その目には、あの時のような切迫した影はない。
けれど、完全に晴れているわけでもなかった。
「……こんにちは、蒼空くん」
「こんにちは」
それだけの挨拶なのに、胸の奥が、かすかに揺れた。
矢吹さんが、二人の間に入るように咳払いをした。
「では、改めて。今回の依頼人は、こちらの……アリサさんだっけ?」
アリサさんは、小さく一礼する。
「お願いしたいのは……人形の供養、です」
「人形?」
思わず、聞き返してしまった。
「はい」
彼女は、膝の上に置いた鞄を、そっと抱きしめる。
「姉が……大切にしていた人形がありまして。処分する気にはなれなくて。でも、このまま持ち続けるのも、違う気がして」
その言葉は、もっともらしかった。
けれど。
——小さな違和感。
彼女の声は落ち着いている。
悲しみも、迷いも、整理された後のものだ。
なのに、なぜ今になって、探偵事務所へ?
「普通は神社で供養、じゃないんですか」
僕がそう言うと、アリサさんは一瞬だけ、言葉に詰まった。
「……人形供養で有名な場所が、あると聞いて」
「有名、ですか」
矢吹さんが口を挟む。
「“人形屋敷”って呼ばれてるところ。正式な名称じゃないですが」
人形屋敷。
その響きだけで、背筋が少し冷えた。
「蒼空くん」
アリサさんが、まっすぐこちらを見る。
「お願い。……一緒に来てほしいの」
その視線には、試すような色が混じっていた。
懇願でも、命令でもない。
——観察。
彼女は、僕を見ている。
探偵としてではなく、人間として。
断る理由はいくらでもあった。
もう関わらないと決めたはずだ。
それなのに。
「……分かりました」
口が、勝手にそう答えていた。
アリサさんの表情が、ほんの一瞬だけ緩む。
その時、胸の奥で、何かが音を立てて動き出した。
——これは、供養なんかじゃない。
そう直感していた。
けれど、もう一度だけ。
僕は、探偵として歩き出すことを、選んでしまったのだった。
◆◆◆
蒼空くん達を見送り、デスクのパソコンに視線を戻す。
画面に写っているのは、通称──『人形屋敷』でお馴染み、『静形堂』。
「静形堂……」
人形供養の施設だとは聞いたことあるが、ネットの掲示板では『心霊スポット』としてよく話題に挙がっている。
静形堂のホームページを開く。いや、むしろホームページなんてあったんだ──と、軽くツッコミを入れてみる。
管理人の爺さんの顔と、ずらずらと並べられた謳い文句が、見れば見るほどに胡散臭い。
──あなたの大切な人形、お預かりします。
──人形の安らぎの場所として、
──込められた想いを、解き放ちましょう。
「想いを…解き放つ……?」
いやいや、
怪しいだろ、どっからどう見ても。
なんで普通に送り出してんだよ、私。
「調べる必要あり、か」
この後予定あるんだけど……これも蒼空くんの為!
──でも。
あの女の子も、
私からすると、怪しいんだよなぁ。
2-①/girl, again~少女、再び~
大学へ向かう朝の道は、拍子抜けするほど穏やかだった。
濡れていたはずのアスファルトも、雲を引きずっていた空も、すっかり乾ききっている。傘を持たずに歩けることに、ほんの少しだけ安堵しながら、僕は駅へ向かった。
——もう、終わったはずだ。
城田 美雪という少女のこと。
彼女が残した時間と、語られなかった想い。
それらは確かに胸の奥に残っているが、日常を侵食するほどの痛みでは、もうなかった。
忘れない、と決めた。
けれど、縛られもしない。
そうやって、自分なりの折り合いをつけたつもりだった。
「──ヤバ。今日、レポート出す日よね?」
背後から声を掛けられ、思考が現実に引き戻される。
幼なじみの朱里だ。
「ちなみに、そのレポート出さないと、単位危ういぞ」
「いやぁ……そうなのよねぇ」
その反応を見るに、やってないな、コレは。
「いや、やってる。やってますとも。ちょーーっと添削だけお願い♡」
そう言って、レポートを渡される。
歩きながら、内容を確認する。
……確かに、最後まで書かれてはいる。が──
「添削どころか……全直しだろ、普通に」
「うわぁ……辛辣」
◆◆◆
大学に着くと、朱里から高そうなチョコレートを手渡された。
「なにこれ?」
「お礼。この間『AZAMI』のチーズケーキくれたでしょ」
──『AZAMI』。アザミさんこと、西園寺 薊さんが営む有名店だ。
西園寺邸での一件の後、寄らせてもらったが、さすが人気店、平日の昼間にも関わらず、長蛇の列だった。
ご挨拶こそできなかったが、アザミさんの嬉々とした接客姿を、見ることができた。『人は見た目によらない』ということを、まざまざと痛感した。
しかもよく見れば、このチョコレートも『AZAMI』の商品だ。
あの大行列に、わざわざ並んだのか……。
律儀な奴だなと思っていると、一限のチャイムが鳴る。
講義を受け、学食で昼を済ませ、いつも通りの時間が流れていく。
平凡で、退屈で、少し眠くなるほどの午後。
——それでも。
胸の奥に、小さな棘のような違和感が残っていた。
理由は分かっている。
あの時、探偵として動いた自分。
そして、「もう干渉しない」と、決めたはずの覚悟。
どちらも、完全には噛み合っていない。
夕方、帰り支度をしていると、携帯が鳴る。LINEだ。
差出人の名前を見た瞬間、嫌な予感がした。
——矢吹 橙子
『至急。顔出して』
簡潔で、要件だけを書いた文。
簡潔過ぎて主語が曖昧だが、行き先は十中八九、明智探偵事務所だろう。
至急、という言葉に、胸がざわつく。
何かあったのだろうか。
いや、違う。
——“また”だ。
僕は、深く息を吐いた。
もう探偵役は終わった。
そう思っていたはずなのに、足は自然と上着を掴んでいた。
◆◆◆
久しぶりに訪れた明智探偵事務所は、相変わらず雑然としていた。
古い書類の匂いと、インスタントコーヒーの香り。
──いつものことながら、父の姿はない。
急な呼び出しに、少しだけ居心地の悪さを覚える。
「蒼空くん、久しぶり」
矢吹さんが、柔らかく微笑んだ。
その表情は、どこか慎重だ。
「急に呼び出してごめんね」
「いえ……何かあったんですか?」
僕がそう尋ねると、彼女は一瞬だけ視線を扉の方へ向けた。
「依頼人が来てるの」
その言い方に、胸が嫌な音を立てる。
「……僕に関係、ありますか」
「うん。ご指名だから」
矢吹さんは、はっきりとそう言った。
ノックの音が、事務所に響く。
促されるまま視線を向けると、扉が静かに開いた。
「失礼します」
聞き覚えのある声だった。
入ってきた人物を見て、思わず息を呑む。
——アリサ。
いや、今はそう呼ぶべきなのだろう。
城田 美雨。
美雪の、双子の妹。
彼女は、以前と変わらぬ落ち着いた佇まいで、僕の方を見た。
一瞬だけ、視線が交わる。
その目には、あの時のような切迫した影はない。
けれど、完全に晴れているわけでもなかった。
「……こんにちは、蒼空くん」
「こんにちは」
それだけの挨拶なのに、胸の奥が、かすかに揺れた。
矢吹さんが、二人の間に入るように咳払いをした。
「では、改めて。今回の依頼人は、こちらの……アリサさんだっけ?」
アリサさんは、小さく一礼する。
「お願いしたいのは……人形の供養、です」
「人形?」
思わず、聞き返してしまった。
「はい」
彼女は、膝の上に置いた鞄を、そっと抱きしめる。
「姉が……大切にしていた人形がありまして。処分する気にはなれなくて。でも、このまま持ち続けるのも、違う気がして」
その言葉は、もっともらしかった。
けれど。
——小さな違和感。
彼女の声は落ち着いている。
悲しみも、迷いも、整理された後のものだ。
なのに、なぜ今になって、探偵事務所へ?
「普通は神社で供養、じゃないんですか」
僕がそう言うと、アリサさんは一瞬だけ、言葉に詰まった。
「……人形供養で有名な場所が、あると聞いて」
「有名、ですか」
矢吹さんが口を挟む。
「“人形屋敷”って呼ばれてるところ。正式な名称じゃないですが」
人形屋敷。
その響きだけで、背筋が少し冷えた。
「蒼空くん」
アリサさんが、まっすぐこちらを見る。
「お願い。……一緒に来てほしいの」
その視線には、試すような色が混じっていた。
懇願でも、命令でもない。
——観察。
彼女は、僕を見ている。
探偵としてではなく、人間として。
断る理由はいくらでもあった。
もう関わらないと決めたはずだ。
それなのに。
「……分かりました」
口が、勝手にそう答えていた。
アリサさんの表情が、ほんの一瞬だけ緩む。
その時、胸の奥で、何かが音を立てて動き出した。
——これは、供養なんかじゃない。
そう直感していた。
けれど、もう一度だけ。
僕は、探偵として歩き出すことを、選んでしまったのだった。
◆◆◆
蒼空くん達を見送り、デスクのパソコンに視線を戻す。
画面に写っているのは、通称──『人形屋敷』でお馴染み、『静形堂』。
「静形堂……」
人形供養の施設だとは聞いたことあるが、ネットの掲示板では『心霊スポット』としてよく話題に挙がっている。
静形堂のホームページを開く。いや、むしろホームページなんてあったんだ──と、軽くツッコミを入れてみる。
管理人の爺さんの顔と、ずらずらと並べられた謳い文句が、見れば見るほどに胡散臭い。
──あなたの大切な人形、お預かりします。
──人形の安らぎの場所として、
──込められた想いを、解き放ちましょう。
「想いを…解き放つ……?」
いやいや、
怪しいだろ、どっからどう見ても。
なんで普通に送り出してんだよ、私。
「調べる必要あり、か」
この後予定あるんだけど……これも蒼空くんの為!
──でも。
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