奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

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『小豆坂の戦い編』 天文十一年(一五四二年)

第53話 久々に三人が揃った

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「三河にも松井五郎八郎の名は聞こえてきてたよ。今川家に無類の戦上手がいるってな。聞いた事の無い名前だったから隠れた名将ってのはいるもんだと思っていたんだが、まさか宗太、お前だったとはな」

 長坂九郎こと親友の信也が、お館様への挨拶の翌日に駿河城下の五郎八郎の屋敷を訪ねてきた。五郎八郎こと宗太は、小姓の弥三に誰も近づけないようにとお願いし、二人だけで会う事となった。

「僕ほら、あの会社がプレステ2で出した部隊動かすゲーム好きだったんだよ。だからそれを実践でやってるだけだよ。国盗りの方のゲームも結構役立ってるかな。だけど信也も凄い活躍だったって昨日吉左衛門さんから聞いたよ」

 久々の再会に笑顔で酒を酌み交わしている二人ではあるが、この世界では山と谷ほどの身分の差がある。当主は同じ今川義元であるが、松井五郎八郎は現状では雪斎と共に義元の側近。片や血鑓ちやり九郎こと長坂信政は、松平三郎の家人の本多吉左衛門の郎党である。

「俺さ、あの会社の一騎当千のアクションゲーム大好きだったんだよね。だからこの世界に来て、ああいうのがやりたかったんだよ。やればやるほど色んなアクションを思い出してさ。気が付いたら三河平定よ!」

 清康との戦は楽しかったと信也は嬉しそうな顔をして酒を飲んだ。
 そんな信也を宗太は相変わらず血の気が多い奴だと笑った。だが内心では昔とちっとも変わらない姿に安堵していた。

「しかし、この世界は矯正力が強いんだな。俺も『守山崩れ』の事は覚えてたからさ、『三河の麒麟児』を生き延びさせて織田家を滅ぼしてやろうとか考えてたんだけどさ、無理だったよ」

 織田信秀が討てれば、その後の歴史は完全に変わる。そう思ってなるべく早く三河を統一させ、尾張に進出させた。少なくともそこまでの味方の損害はそこまで多くはなかったはず。
 守山城の攻略の時が危険だとわかっていたから身辺警護を買って出たのだが、直前になって追い出され、結果、清康は弥七郎に斬られてしまった。

「それなんだよね。僕のこの松井宗信って桶狭間で討死するらしいんだよ。だから、そうならない為に矯正力を超えないといけないんだよ。桶狭間の戦いを起こさせないか、もしくは勝利するか」

 『するらしい』というのは誰から聞いたんだとたずねる信也に、さも当然のように宗太は友江だと答えた。色々あって友江は今自分の妾となってこの屋敷にいると。

「え? お前らそういう関係なの? うぅわ、聞きたくなかったわぁ。よく友ちゃんをそういう目で見れたな。三つ子の兄弟みたいなもんだっただろ? 気色悪い奴だなあ」

 信也が軽蔑した目で見てくるので、宗太は慌てて手は出してないと断言した。だが、信也は「どうだか」と言って宗太から顔を背け酒を飲む。
 怒り出した宗太はすたと立ち上がり、「直接友江に聞け」と言って部屋を出て行った。


 すぐに宗太は戻って来て、暫くたって友江が盆にお銚子を乗せてやってきた。

「え? 信也? うそっ! 信也じゃん! 久しぶり!」

 友江は部屋にいる男性が信也だとわかると、手を取り肩をパンパン叩いて大喜び。その距離の詰め方に信也がかなり気圧されている。この露骨な嫌がり方、昔とちっとも変っていない。

 「宗太の妾になってんだって?」と信也が聞くと、友江は下品にもけらけらと笑い出した。

「そうなのよ! 聞いてよ信也。宗太ったらさ、この私を妾にしたってのにさ、夜になると私の部屋から出てくのよ? 失礼だと思わない? この間まで奥さん妊娠中だったはずなのに、それでも奥さんのとこ行くんだよ。失礼しちゃうよね」

 友江の赤裸々な発言に、信也の方が聞くんじゃなかったという感じになってしまっている。
 宗太は実に嫌そうな顔でかわらけに口を付けて無言で飲んでいる。
 一人友江だけが楽しそう。


 そこから三人は酒を飲みながら昔の距離感で昔話に花を咲かせた。ある程度昔話が済むと徐々に話はこの世界の事になっていった。

「そうだ、信也からも宗太に言ってやってよ。私さ、今川家で天下統一しようって何度も宗太に言うんだけどさ、宗太はやる前から無理だ難しいって言うんだよ」

 今川家は幕府の守護大名だから、鎌倉の御家人の足利氏が幕府を開いたように、上洛さえできれば今川家が幕府を開く事だって可能なはず。
 その為には桶狭間の戦いを回避すれば良い。武田家と北条家と三国同盟を結んだって、その二家を上回る早さで勢力を拡張すれば、その二家は従うしかなくなるはず。
 今川家は源氏だから征夷大将軍の宣下も受けやすいはず。
 そう友江は信也に力説した。

「友ちゃん、宗太の話もちゃんと聞いてやんなよ。その『桶狭間の戦いを回避すれば』ってのが現状極めて困難だって宗太は言ってるんだろ? それに、それを抜けても矯正力で斎藤道三にやられるかもしれんじゃん」

 信也の指摘に宗太はうんうんと頷く。さすが信也はわかっていると。
 そんな二人の態度に友江はイラっとしたらしい。だったらどうやったら矯正力とやらを排除できるか考えたら良いだけの話と怒りだした。

「僕だって友ちゃんの言いたい事はわかっているよ。だけどそのやり方がわからないんだよ。僕は僕なりに、こうじゃないかって手は打ってるんだけどね。だけどまだはっきりとは矯正力を脱せている気がしてないんだよね」

 宗太は友江の目を見ずにじっとかわらけを見ながら言った。
 そんな宗太に信也は、具体的にはどんな手を打ってきたのかとたずねた。

「最初はこのドマイナーな武将が今川家で出世したら何かが変わるんじゃないかって思ったんだ。だけど友ちゃんの話だと史実でも松井宗信ってそれなりに有能で地位も高い人だったらしいんだよ。しかも戦上手で」

 つまりは自分の努力は史実の流れからは大きくぶれてはいない。むしろ歴史に埋没した方が史実からは大きくぶれたかもしれなかったらしい。
 ならば北条綱成を家人にできれば何か変わるかもと期待したのだが、家臣にできたのは綱成の兄貴の孫二郎だけ。北条家に行けと言ったら喜んで行ってしまった。

「なあ宗太。お前、桶狭間の戦いの敗戦って何が原因だと思ってるんだ?」

 信也にそう問われ、宗太はこの世界に来る前に見た歴史番組の特番を思い出した。『雪斎が亡くなった事が痛恨であった』という番組の結論を。

「そうか! 雪斎の後継者をちゃんと用意できれば良いんだ! 僕はそれなりに発言力を得たんだから、賢そうな人を探して雪斎に師事させれば良いんだ!」

 信也はそれに頷いたのだが、友江は桶狭間の敗因はそれだけじゃないと言い出した。少なく見積もってももう三つあると。

「一つは駿河衆に対して遠江衆と三河衆の地位が低すぎた事。それと大将軍朝比奈泰能の病死。最後は雪斎の後釜が朝比奈親徳っていう石頭だった事」

 朝比奈泰能はこの世界では私の長兄である備中守の事。朝比奈親徳は駿河朝比奈家の当主だと友江は説明した。

「もしそうだとしたら、一つ目の解消はあと一歩ってとこだと思う。病死しちゃう人はどうにもならないけど、それは代役を見つければ良い話だと思う。そうなると残りは、その朝比奈親徳とかいう奴を排除する事か……」

 「親徳って誰?」と聞く信也に、友江は朝比奈信置の親父だと説明。だとすると、あの初めての評定で自分を蹴って大騒ぎになり蟄居となった丹波守の息子という事になるだろう。確か現在は隠居した父に代わって丹波守を名乗り、雪斎の甥庵原安房守と共に牢人の採用を担当していると聞いた。
 ならばあの人物を失脚させて、別の誰かを据える事ができれば、もしかしたら……


「ねえ信也、信也もうちに来ちゃいなよ。三人で一緒に今川家で天下統一しようよ!」

 そろそろ縁もたけなわ、そんなタイミングで友江は信也を誘った。
 かなり酔ってる。友江を見て宗太も信也もそう感じた。
 うんと言うまで帰さないと友江は猫なで声で信也の袖を掴んだ。

「今は駄目だ。俺は本多忠豊にここまでにしてもらった恩がある。松平清康に可愛がられたという恩を広忠に返したいというのもある。せめて忠豊の嫡男の忠高が初陣を迎えるまでは」

 やんわりと断る信也に友江は「ケチ!」と悪態をついた。続いて「私たちと一緒にいたくないの?」と感情に訴えかける。

「一緒にゲームしてた時に感じてたんだけど、宗太って意外と人使いが荒いんだよね。おまけに口が上手くてさ、あれしてこれしてってやたらおねだりしてきて。そういう奴の下で働くって、ちょっと考えちゃうよね」

 信也が宗太から視線を反らすと、友江はじっとりした目で宗太を見つめた。
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