奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

文字の大きさ
18 / 76
『家督相続』 享禄元年(一五二八年)

第18話 挨拶回りは大変

しおりを挟む
 季節は過ぎ寒い冬へと移った。
 師走を迎えると城内では、箒やはたきを持った人たちが、あっちにこっちにと動き回り非常に慌ただしい。

 外はパラパラと雪の舞う日も出てきて火鉢が大活躍している。
 城下では毎日のように炭焼きの煙が山の麓から上がっており、遠江の各地から炭の買い付けに商人が訪れている。

 ただどの建物も木造建築である。この時期最も注意すべきは『火の用心』。


 亡き兄に代わり二俣の主となった五郎八郎だったが、ここまでそれほどやる事は無かった。
 特に稲が不作という事も無かったし、大きく天竜川が氾濫を起こしたという事もなかった。流行り病が流行る兆しも無い。
 せいぜい天野家の二人が遊びにやって来るくらいだろうか。

 平穏。
 まさにそんな日々であった。


 だが年が明けるとそんな平穏は一気に過去のものへと変わった。

 まず年越し。
 大晦日の夜は天龍院に行き皆で鐘を突くという大仕事がある。

 そして年が明けると、家中の者が集まり城主へ挨拶を行う。
 挨拶をした後はどんちゃん騒ぎである。
 家中の者たちはさっさとどんちゃん騒ぎで良い。だが五郎八郎は、城主として、領主として、村人からの挨拶もある。結局一日誰彼かが訪れ、おめでとうございますと挨拶をしていった。


 新年二日目。
 今度は馬に乗り駿府へ年賀の評定に向かう。

 到着したからとてのんびりはできず、すぐに今川家中の方々に挨拶をして回る。
 これが非常に面倒なのだ。

 なにせ五日には年賀の挨拶を兼ねた評定がある。実質一日半で主要な方々へ挨拶を済ませないとならないのだ。当然挨拶が漏れれば要らぬ誤解を招く事もある。
 その辺の事はよくわからないため、五郎八郎は、まるで兵庫助の従者のように付いて挨拶に回った。

 まず真っ先に挨拶に伺ったのは、お館様である今川上総介の御母堂、寿桂尼様。
次に筆頭家老で横山城主の三浦上野介こうずけのすけ
次いでお館様の弟で徧照光寺の恵探えたん和尚。
その後、瀬名せな睡足軒すいそくけんの嫡男の瀬名陸奥守、朝比奈備中守、朝日山あさひやま城の岡部左京進さきょうのじょうと挨拶に回った。

 翌日、朝一番で堀越治部少輔に挨拶に伺う。
その後、曳馬城の飯尾いのお豊前守ぶぜんのかみ、土方城の福島上総介、宇津山城の朝比奈下野守、馬伏塚まむしづか城の小笠原おがさわら信濃守しなののかみと回った。


 最後に父兵庫助は久野殿に、五郎八郎は井伊殿に挨拶に向かった。

「初の登城は疲れたであろう。見知らぬ者ばかりへの挨拶回りは大変よな」

 井伊宮内少輔は人の良さそうな顔で烏帽子子を労った。

「粗相をしてはならぬと思うと、余計な緊張をしてしまいますね」

 五郎八郎が弱り顔を見せると、宮内少輔は、さもありなんと気遣わし気な顔をする。

「思い出すなあ。それがしも、最初はそんな感じであった。父の後を付いて、あっちの家こっちの家とな。あれが本当に肩が張るのだ」

 誰しも最初はそう。すぐに慣れる。
 宮内少輔は、そう五郎八郎を慰めた。

「その……山城の事は残念であった。よもや、あの後でかような事になろうとはな……」

 まさかあの酒宴が今生の別れの酒宴になろうとは。
 宮内少輔は遠い目をして唇を噛んだ。

 宮内少輔と兄山城守はかなり気が合ったらしい。
 歳は宮内少輔の方が上ではあった。だが、山城守はあまり物怖じしない性格であったため、遠江の国人の中でも、匂坂六右衛門や、朝比奈備中守の父丹波守など無骨な者たちに可愛がられていたのだそうだ。

 ただ同じ遠江の武骨派の中でも、福島上総介はあまり快く思っていなかったらしい。
 福島上総介は堀越治部少輔と非常に懇意にしている。恐らく讒言などもされていたのだろう。堀越治部少輔は、酒宴に呼んでは山城守に嫌味ばかり言っていたのだそうだ。

「あの、一つ伺いたい事があるのですが。葛山中務少輔殿というのはどのようなお方なのでしょうか? その……人となりとか」

 突然予想だにしていない名が出て、宮内少輔は腕を組んでしばし考えた。

「それなりの齢の人物だよ。そなたの父兵庫殿よりも上だ。世継ぎがおらんでな、確か甥子を養子になされたと聞いたな。武よりも智に明るい人物で、そういうところは父に似たのであろうな」

 そこまで話を聞く限りでは、いわゆる『古狸』という感じの印象を受ける。

「中務少輔殿の御父上は、そんなに智に明るい方だったのですか?」

 五郎八郎の問いに、「古今比類無き智将だ」と宮内少輔は笑い出した。

「葛山殿の父上は、先代のお館様の母君『桃源院』様の弟御だよ。今の小田原殿、左京大夫の父君『宗瑞入道』だ」

 宮内少輔の説明に五郎八郎は吃驚仰天だった。

 『宗瑞入道』
 この名前は宗太の知識としてよく知っている。戦国期でもトップクラスの有名人で通称『北条早雲』。
 美濃の斎藤道三、大和の松永久秀と並んで『下剋上の代名詞』として有名な人物である。
 実は早雲は最後まで伊勢姓を名乗っており、北条姓を名乗り始めるのは二代目の氏綱かららしい。

 考えてみれば、今川家の現当主上総介様からしたら、宗瑞入道は大叔父に当たる人物なのだ。
 北条姓を名乗っている現当主の左京大夫は、上総介様の父治部大輔様からしたら従弟という事になる。当然、弟の葛山中務少輔も同様。

 恐らくは北から武田が攻めてきた際、そのような人物に葛山城を与えておけば、北条の援軍が望めるという計算なのだろう。

 だが、だとしたらそんな人物が兄山城守に一体何の用事があったというのだろう?

「その……何だ、色々あって戸惑っている事とは思うが、決して思い切った行動に出てはならんぞ。今川の家だって、決して捨てたものではないからな。その……困った事があったら、それがしに相談にくれば良いから」

 宮内少輔が何を言い出したのか、五郎八郎は一瞬わからなかった。
 だがその少し引きつった作り笑顔で、北条家への内応や出奔を疑われたのだという事に気付いた。

「嫌だなあ。私は兄上から二俣の城と松井家を頼まれたのです。遠江衆の一員として、兄上の顔に泥を塗るような真似はいたしませんよ」

 五郎八郎は大笑いした。
 宮内少輔も笑いはしたが、明らかに乾いた笑いだった。


 しかし、義姉上といい宮内少輔殿といい、そんなに私は謀反人面をしているのだろうか?
 心外だなあ……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

アブサードカード ~ある日世界がダンジョン化した件について~

仮実谷 望
ファンタジー
ある日、主人公の目の前にアブサードカードと呼ばれる謎のカードが出現した。それを拾うと世界が一変した。謎の異形、怪物と出会ってしまったため戦いの日々に巻き込まれる。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~

山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。 与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。 そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。 「──誰か、養ってくれない?」 この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~

仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。

異世界帰還者の気苦労無双録~チートスキルまで手に入れたのに幼馴染のお世話でダンジョン攻略が捗らない~

虎柄トラ
ファンタジー
 下校帰りに不慮の事故に遭い命を落とした桜川凪は、女神から開口一番に異世界転生しないかと勧誘を受ける。  意味が分からず凪が聞き返すと、女神は涙ながらに異世界の現状について語り出す。  女神が管理する世界ではいま魔族と人類とで戦争をしているが、このままだと人類が負けて世界は滅亡してしまう。  敗色濃厚なその理由は、魔族側には魔王がいるのに対して、人類側には勇者がいないからだという。  剣と魔法が存在するファンタジー世界は大好物だが、そんな物騒な世界で勇者になんてなりたくない凪は断るが、女神は聞き入れようとしない。  一歩も引かない女神に対して凪は、「魔王を倒せたら、俺を元の身体で元いた世界に帰還転生させろ」と交換条件を提示する。  快諾した女神と契約を交わし転生した凪は、見事に魔王を打ち倒して元の世界に帰還するが――。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...