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4.王城での生活
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王城に居室を用意されて半月が経った。当初こそ優雅なお茶会や、国政議論の場へ聴講に行くことで後継者候補らしく振る舞っていたものの、水投げ輪のような会話に疲れ果て、いつの間にか調理場に入り浸ることが増えていた。
「食事と睡眠以外の時間は、陛下の後継者候補として自身を磨くために使ってくださいませ」とは門前で別れた際のウォルターの言で、一人で大丈夫だと彼を邸宅へ返した以上、それをサボることなど許されるわけはなかったが、そうなると必然的に食事の時間が増えるというものだった。
王族用の調理場には、ロイというシェフが常駐していて、リタとほぼ変わらない齢に見えるにも関わらず、前菜、メインからデザートまで、一通り腕を振るえる魔法使いだった。リタがここに入り浸るのは、そんな魔法が生まれる瞬間を見たいという気持ちと、カールのことを王族という目で見ない彼との会話が落ち着くという理由によるところが大きかった。
「ローイー、なんか作ってー」
砂で汚れた革靴を入り口で脱ぎ捨て、裸足になって調理場に入る。本当はシャワーを浴びてくるのが一番良かったが、どうせ今日は午後も憲兵場で訓練だ。目立つ汚れは拭ってきたので、汗臭さは見逃してほしかった。
「また来たのかよ、オレは男のファンをもつ趣味はないって言って……って、おいカールどうした」
オレンジ色の髪をがしがしやりながら奥から顔を出したロイは、リタの頻繁な訪問をうんざりした様子で出迎えて、その姿を認めると、ふいに心配そうな声音に変わった。リタの両手から血が滴っていたためだろう。
「エドワードの野郎に指示された素振り千回、朝晩毎日やってたらついに肉刺が潰れたんだよ。あいつスパルタすぎ……」
エドワードというのは憲兵団の師団長で、リタを目の敵にしているのか、涼しい顔で新兵の三倍の訓練量を課してくる男だった。黒髪を短く刈った精悍な男前なので、アルフレッドとはまた違う種類のイケメンであり、ゲームのなかでは主人公に対し不器用な優しさを見せていたのに、相手が男になったとたん容赦がないタイプの筋肉マンだった。
アルフレッドに勧められ、挨拶に出向いた初日に「自分の身も守れない男が王子だなんて、今年は新兵採用を増やすしかない、一体何人の部下を殺す気ですか」と吐き捨てるような口調で罵られたことを思い出し、眉間にしわが寄った。言っていることは正論だが、もっと平和的な解決策があるはずだ。がむしゃらにトレーニング量だけ増やしたところで、できることとできないことがある。
「でも、ちゃんと言われた量をこなせているから、無事、肉刺が潰れたんでしょうに」
「無事じゃないよ全然」
わずかに記憶に残るカールへの甘い思いがなかったら、こんなのとうに投げ出している。かっこいいカールの評判に傷をつけないために、女リタ頑張ります。
「まあ、第一王子は文武両道だし、同レベルまで引き上げようとしてくれてるんだろ。傷が治るよう、ビタミンたっぷりのスープ作ってやるから、ちょっと待ってろよ」
「ロイぃぃぃぃぃぃー」
スパルタ筋肉マンのエドワードに比べて、ロイはなんて優しい男なんだ。すっかり胃袋と心をつかまれたリタは、もし日本に戻れたら、絶対にロイを攻略すると胸に誓った。
キッチンテーブルに突っ伏して、ちょっとだけ滲んだ涙が引っ込むのを待っていると、入り口の方から聞きなれた声が響いてきた。
「アンネ! ……と、噂のエドワードか。珍しいな」
ロイの声が弾んだ。ロイは、アンネに好意を隠さない。アンネも同じ平民出身のロイとは付き合いやすいのか、親しげな様子を見かけたことがある。
「カール様の手の治療のために来たの。少し消毒箱を広げていい」
「もちろんだよ。ああ、天使のようなアンネに手当してもらえるなんて、カールの傷など一瞬で治ってしまうだろうね」
そんなはずあるか、とリタは内心で毒づいた。前言撤回、ロイは女性に対して軟派すぎる。
ようやく気持ちがすっきりしたので、顔を上げた。消毒液にガーゼを浸しているアンネに、エドワードが憮然とした表情で付き添っていた。目が合ったが、こちらから外すのも癪で、何しに来たんだという強い視線で応戦すると、彼は何度か瞬きをして、ため息とともに視線を外した。そのままロイに何か耳打ちして、調理場を後にする。
アンネの小さな手がリタの傷だらけになった手を包み、ガーゼをあてていく。傷口がしみて奥歯を噛んだ。包帯を手慣れた仕草で巻いていくさまに見とれていると、アンネの公式プロフィールを思い出した。弟が一人いたはずだが、きっとやんちゃなのだろうな。リタはくつくつと笑った。
食欲を誘う香料が鼻をくすぐり、リタのお腹が音を立てる。ロイはこしらえたばかりのスープを銀製の器に注ぎ、テーブルに置いて片目を瞑った。「召し上がれ」
包帯を巻いてもらったばかりの手で器ごと掴み、そのまま喉の奥へながしこむ。ほっと胃と心が温まっていく。
「スプーン使えばいいのに」
「そんなことしていたら、せっかくロイが作ってくれたスープが、冷めちゃうだろ」
もっといえば、包帯を巻いた手でスプーンはつかみづらい。公式な晩餐会であれば控えるだろうが、どうせあと半刻もしないうちに、またあのスパルタ筋肉マンにしごかれる時間が再開するのだ。つかの間の休息時間くらい、無礼を許してほしかった。
「エドワードは報われないねぇ」
ロイがやれやれと肩をすくめるので、剣呑な口調で「なにが」と応じた。
「さっきオレに、午後の訓練に向けて消化しやすくてたんぱく質の豊富な間食にしてほしいと助言してきたのも彼だし、アンネに手当を頼んだのも、きっと彼だろう?」
リタは、先ほどの憮然とした男の顔を思い出し、ロイの発言を綺麗に無視することにした。
「食事と睡眠以外の時間は、陛下の後継者候補として自身を磨くために使ってくださいませ」とは門前で別れた際のウォルターの言で、一人で大丈夫だと彼を邸宅へ返した以上、それをサボることなど許されるわけはなかったが、そうなると必然的に食事の時間が増えるというものだった。
王族用の調理場には、ロイというシェフが常駐していて、リタとほぼ変わらない齢に見えるにも関わらず、前菜、メインからデザートまで、一通り腕を振るえる魔法使いだった。リタがここに入り浸るのは、そんな魔法が生まれる瞬間を見たいという気持ちと、カールのことを王族という目で見ない彼との会話が落ち着くという理由によるところが大きかった。
「ローイー、なんか作ってー」
砂で汚れた革靴を入り口で脱ぎ捨て、裸足になって調理場に入る。本当はシャワーを浴びてくるのが一番良かったが、どうせ今日は午後も憲兵場で訓練だ。目立つ汚れは拭ってきたので、汗臭さは見逃してほしかった。
「また来たのかよ、オレは男のファンをもつ趣味はないって言って……って、おいカールどうした」
オレンジ色の髪をがしがしやりながら奥から顔を出したロイは、リタの頻繁な訪問をうんざりした様子で出迎えて、その姿を認めると、ふいに心配そうな声音に変わった。リタの両手から血が滴っていたためだろう。
「エドワードの野郎に指示された素振り千回、朝晩毎日やってたらついに肉刺が潰れたんだよ。あいつスパルタすぎ……」
エドワードというのは憲兵団の師団長で、リタを目の敵にしているのか、涼しい顔で新兵の三倍の訓練量を課してくる男だった。黒髪を短く刈った精悍な男前なので、アルフレッドとはまた違う種類のイケメンであり、ゲームのなかでは主人公に対し不器用な優しさを見せていたのに、相手が男になったとたん容赦がないタイプの筋肉マンだった。
アルフレッドに勧められ、挨拶に出向いた初日に「自分の身も守れない男が王子だなんて、今年は新兵採用を増やすしかない、一体何人の部下を殺す気ですか」と吐き捨てるような口調で罵られたことを思い出し、眉間にしわが寄った。言っていることは正論だが、もっと平和的な解決策があるはずだ。がむしゃらにトレーニング量だけ増やしたところで、できることとできないことがある。
「でも、ちゃんと言われた量をこなせているから、無事、肉刺が潰れたんでしょうに」
「無事じゃないよ全然」
わずかに記憶に残るカールへの甘い思いがなかったら、こんなのとうに投げ出している。かっこいいカールの評判に傷をつけないために、女リタ頑張ります。
「まあ、第一王子は文武両道だし、同レベルまで引き上げようとしてくれてるんだろ。傷が治るよう、ビタミンたっぷりのスープ作ってやるから、ちょっと待ってろよ」
「ロイぃぃぃぃぃぃー」
スパルタ筋肉マンのエドワードに比べて、ロイはなんて優しい男なんだ。すっかり胃袋と心をつかまれたリタは、もし日本に戻れたら、絶対にロイを攻略すると胸に誓った。
キッチンテーブルに突っ伏して、ちょっとだけ滲んだ涙が引っ込むのを待っていると、入り口の方から聞きなれた声が響いてきた。
「アンネ! ……と、噂のエドワードか。珍しいな」
ロイの声が弾んだ。ロイは、アンネに好意を隠さない。アンネも同じ平民出身のロイとは付き合いやすいのか、親しげな様子を見かけたことがある。
「カール様の手の治療のために来たの。少し消毒箱を広げていい」
「もちろんだよ。ああ、天使のようなアンネに手当してもらえるなんて、カールの傷など一瞬で治ってしまうだろうね」
そんなはずあるか、とリタは内心で毒づいた。前言撤回、ロイは女性に対して軟派すぎる。
ようやく気持ちがすっきりしたので、顔を上げた。消毒液にガーゼを浸しているアンネに、エドワードが憮然とした表情で付き添っていた。目が合ったが、こちらから外すのも癪で、何しに来たんだという強い視線で応戦すると、彼は何度か瞬きをして、ため息とともに視線を外した。そのままロイに何か耳打ちして、調理場を後にする。
アンネの小さな手がリタの傷だらけになった手を包み、ガーゼをあてていく。傷口がしみて奥歯を噛んだ。包帯を手慣れた仕草で巻いていくさまに見とれていると、アンネの公式プロフィールを思い出した。弟が一人いたはずだが、きっとやんちゃなのだろうな。リタはくつくつと笑った。
食欲を誘う香料が鼻をくすぐり、リタのお腹が音を立てる。ロイはこしらえたばかりのスープを銀製の器に注ぎ、テーブルに置いて片目を瞑った。「召し上がれ」
包帯を巻いてもらったばかりの手で器ごと掴み、そのまま喉の奥へながしこむ。ほっと胃と心が温まっていく。
「スプーン使えばいいのに」
「そんなことしていたら、せっかくロイが作ってくれたスープが、冷めちゃうだろ」
もっといえば、包帯を巻いた手でスプーンはつかみづらい。公式な晩餐会であれば控えるだろうが、どうせあと半刻もしないうちに、またあのスパルタ筋肉マンにしごかれる時間が再開するのだ。つかの間の休息時間くらい、無礼を許してほしかった。
「エドワードは報われないねぇ」
ロイがやれやれと肩をすくめるので、剣呑な口調で「なにが」と応じた。
「さっきオレに、午後の訓練に向けて消化しやすくてたんぱく質の豊富な間食にしてほしいと助言してきたのも彼だし、アンネに手当を頼んだのも、きっと彼だろう?」
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