7 / 57
【第一章】肥前の熊
毛利・大友両家は永禄七年に一旦は正式に和解したにも関わらず、筑豊の在地勢力達は毛利の後ろ盾を背景にし、勝手に対大友戦を継続していた。永禄八年には豊前の長野家や筑前の立花家が、そして永禄九年には筑前南部で、宝満山城督の任にあたっていた高橋鑑種までもが、謀反に踏み切ったのである。長らく大友家家臣団の中において重鎮的な存在だった鑑種の謀反は、宗麟にとって深い衝撃であり、許しがたい裏切り行為だった。この乱が沈静化した後も、筑豊の豪族達の中には表裏定かならぬ者が多くいた。肥前の国の龍造寺隆信もまたその一人であった。
龍造寺氏は北九州の名家少弐家の被官だった。だが隆信若年のおり龍造寺家は謀反の疑いにより、主家である少弐家の掃蕩を受けた。天文十四年(一五四五)のことである。祖父家純、父周家を同時に失った隆信は曽祖父家兼に器量を見込まれ、僧籍から還俗して水ヶ江龍造寺家を継ぐこととなった。隆信十七歳の時だった。
その後、仇敵少弐冬尚を討ち滅ぼした隆信ではあったが、圧倒的勢力を誇る大友家には敵しようもなく、長年にわたって半隷属状態を余儀なくされる。そうした中毛利家の北九州介入は、隆信にとって戦国大名として真の独立のため千載一遇の好機とうつった。
もちろん大友宗麟も隆信の動きに黙ってはいない。永禄十二年(一五六九)一月、隆信討伐のため、約五万の大軍をもって筑後国高良山吉見岳に布陣した。ところがこの直後、毛利元就直々の陣頭指揮のもと、約四万の大軍の九州侵攻の噂が流れ事態は一変することになる。
毛利元就は三月上旬、ひとまず長府に本陣を置いた。毛利家を支える二本の柱といわれるのが、吉川家に養子に入った次男吉川元春と、小早川家に養子に入った三男小早川隆景である。
「元春、隆景大儀である。こたびの戦、恐らくただならぬ大戦となろう」
毛利元就はやや沈痛な表情で、二人の息子に語りはじめた。元就はこの年七十一歳、二年前永禄九年には、長年の宿敵であった山陰の尼子家を月山富田城に追い込んで降伏させ、一代で中国八カ国の大大名にまで成長していた。だが老いた元就はそれほどの英傑であるというよりむしろ、どこか一個の老人の暗さを感じさせた。
「もとより我等天下など望むべくもない。尼子が滅びた今、戦続けることにさほどの意味があるとは思えん。なれど隆元すでに亡く、輝元は残念ながら凡庸である」
元就が毛利家の将来を託した嫡男隆元は永禄六年四十歳で急逝した。急遽後を継ぐことになった孫の輝元はまだ十五歳であるが、元就の見たところ器量に問題があり、大毛利家の跡取りには不足とうつっていた。
「大友宗麟と申す者小ざかしき輩にて、我亡き後輝元にとって必ずや脅威となるであろう。大友宗麟さえ滅ぼせばこの西国に、もはや我等に抗うすべ持つ者おるまい。故に我等今一度戦せねばならぬ。元春、隆景、恐らくそなた達ほどの器量あらば、いかに甥とはいえ器足らぬ主君に仕えるは不満であろう。なれど、この爺の願いを聞いて輝元に終生捧げてやってはくれぬか。吉川、小早川両川ともに末の世まで毛利の家を支えることこそ、わしにとって最後の望み」
「なにを申されます父上、我等は一族、若君を終生お守りするのに不満などありましょうや」
口を開いたのは次男の元春だった。三十八歳と隆景と三つ年が離れた元春は、声が鐘のように大きく、肩幅が異常に広い。あごが角ばり、隆景が大毛利家の貴公子といった風貌をたたえているのとは対照的に、仁王を思わせた。
武勇並びなき者と称せられる一方どこか単純なところがある兄が、父の一語、一語に心動かされているのとは異なり、西国きっての智将といわれてきた隆景は、冷静に元就の言葉を受けとめていた。
隆景は父元就の望みにより、幼い輝元の養育係を引き受けていた。輝元幼少のおりには、
『この隆景、もし若君が仕えるに足らずと思えば、いつでも謀反し若君の首頂戴いたしまするぞ、それでもよろしゅうござるか!』
といい、時に体罰もいとわなかった。
乱世といわず人の世の常として、両川と毛利宗家が末の世まで一心同体であるなどありえようか? げんに目の前の父でさえ若年のおりには、家督相続をめぐる争いから、自らの弟を滅ぼしているのである。余談だが中国の毛利元就といえば、芸州高田郡吉田のわずか三千貫の小領主から、山陰山陽十数カ国の主にまでなった傑物として、日本六十四州津々浦々にまで高名なりわたり、同時代を生きた群雄の間では、その評価はずばぬけていたといっていいだろう。
それほどの父だからこそ、もはや老い故にくる妄言としか隆景には受け止められなかった。ことに嫡男に先立たれた元就の衝撃は計り知れず、以後の元就は、それ以前の元就からすれば蝉の抜け殻のようにさえ思えた。果たしてこれから始まる対大友戦に備えて大丈夫であろうか? 隆景は一抹の不安を感じずにはいられなかった。
九州では、大友宗麟が高良山に陣を敷いて二ヶ月が経過した。この間宗麟は毛利元就の動向が気になり、なかなか肥前侵攻の最終決断を下せずにいた。だが業を煮やした戸次鑑連等の説得により、ついに宗麟は全軍に出陣を告げた。大友勢の一隊は、龍造寺方の生葉郡の妙見城の星野鎮忠を攻めたが埒があかず、代わって筑後勢の田尻氏と浦上氏を攻めた。
一方仁比山勢福寺城の攻略を任されたのは、戸次鑑連に吉弘鑑理・臼杵鑑速の三人である。この三人は大友家中でも最も重きをなし、世に豊州三老といわれた。三老は神埼郡に火を放ち、仁比山勢福寺城に殺到するも、勢福寺城を守る江上武種は三老相手によく戦い、城は容易に落ちなかった。
「まだ援軍は来着せぬのか、殿は一体なにをしておられる」
城の兵糧も底をつき始め、武種は焦りをつのらせ始めていた。
「昨日、狼煙をあげましたが殿も他の戦線に忙殺されており、今しばらく時がかかるとか」
「なんと、殿は我等をお見捨てになるご所存か」
武種は唇を強く噛んだ。数日の後、城はついに陥落した。奮戦も空しく江上武種は敵に降ったのである。
「江上武種が敵に降伏した次第、大友軍は肥前の野を大軍でもって荒らしております。いかがいたしましょうや」
居城佐嘉城で、龍造家家臣鍋島信生(後の直茂)が隆信にたずねた。隆信の生母は、再婚の後信生の父鍋島清房のもとに嫁ぎ、いわば両者は主従であり義兄弟でもあった。
この時隆信は、持っていた扇子を怪力でもってねじ上げてしまった。隆信は人並み外れて巨大な体躯の持ち主で、肥前の巨熊と人は呼んだ。容貌雄偉にして眼光烱々とし、怒髪天を突くと、長年主のもとに仕えてきた信生でさえ背筋に冷たいものが走る。
「武種の妻子、いまだ我らのもとにあったはず、捕えて余の前で釜ゆでにせよ」
隆信が重い声でいうと、
「まだ年端いかぬ童もおりまするが、いかがいたしまする」
と信生が重ねて問いかえした。
「構わぬ、童なればこそ禍根は早めに断つにかぎる」
隆信はそのどこか閻魔にも似た容貌を、かすかに紅潮させていった。
ほどなく、武種の妻子及び家の使用人をも含めて十数名の釜ゆでが、大勢の家臣達が見守る中実行に移された。阿鼻叫喚と呪いのうめきが周囲にこだまし、人々の多くが目をそむけたが、隆信は巨大な眼光をいからせ身じろぎ一つしようとしなかった。
大友軍は順調に進撃を続けていた。大友軍の大挙肥前侵攻に対し神代長良・馬場鑑周・八戸宗暘他、数多の諸将は大友軍に参陣し龍造寺攻めの一手となった。特に神代は一千騎をもって案内役をした。また、筑後の五条鎮定・上妻氏も龍造寺攻めに参戦する。三月も中旬をむかえ、ついに大友軍は大軍をもって佐嘉城を攻囲する。戸次鑑連は阿禰村に、臼杵鑑速は塚原に、吉弘鑑理は水上山にそれぞれ布陣した。
四月六日、龍造寺隆信は三千の兵をもって多伏口で大友軍と対峙した。頃合を見計らって隆信は通常の倍はある巨大な軍配を大きく右から左へと振った。
「それー!」
同時に龍造寺軍が、圧倒時多勢の大友軍のただ中へ真一文字に突撃する。大友軍の総大将は吉弘鑑理だった。
「進め我が精鋭達よ! 大友軍を一人としてこの肥前の地から生かして帰すな!」
隆信は絶叫するが、なにしろ多勢に無勢である。たちまち龍造寺軍は押されはじめた。
「ひいい助けてくれ」
一人の兵士が恐れをなして戦場から離脱し逃げようとした。それを目撃した隆信は、
「あの者を斬れ、そして味方からよく見える場所に首をさらすのじゃ、敵に恐れをなす者へのみせしめじゃ!」
果たして兵士の首がさらされると、龍造寺軍は死にもの狂いになり、たちまちのうちに大友軍の第一陣、第二陣が崩された。第三陣は戸次鑑連である。
鑑連は常に十六人担ぎの頑丈な輿に乗り、かたわらに二尺七寸の刀と種子島銃を携え、百余人のえりぬきの精鋭部隊を従え戦場に臨んだ。だが立花隊もまた、決死の勢いの敵にやや押され気味となった。
「ひるむな! 敵に恐れをなす者はわしを敵中にほうり捨ててから逃げよ!」
鑑連は常々人に語っていたという。
『武士である以上、弱兵などというものはありえない。もしかような者がおれば、その者ではなく大将に問題があるのだ。わしのもとによこせば、勇猛な兵士に変えてみせよう』
果たしてこの時の戸次隊は想像以上の勇猛さを発揮した。たちまち息を吹き返したのである。元々数で劣る龍造寺軍は、大友軍の圧倒的物量を前に大いに崩れ、夕刻には佐嘉城に撤退した。
「殿いかが致します。このままでは我等の命運は風前の灯。何か策を練らねば、毛利軍の襲来まで間に合いませぬ」
さしも名将の誉れ高い信生も、この事態にやや焦りをつのらせずにはいられなかった。
「なに案ずることはない、策ならすでに打ってある」
隆信はかすかに笑みをうかべた。信生は隆信との長い付き合いから、主君の眼光の奥にやどる悪謀を見てとった。そして異変は大友軍の吉弘鑑理の陣でおきた。
「申し上げます。一大事にござりまする」
本格的な佐嘉城攻めの準備に忙殺される吉弘鑑理の陣に、突如として使者が慌しくかけこんできた。
「どうした! 敵の奇襲でもあったか」
「はっ、それが我等の陣中にて多くの兵士が腹痛や嘔吐を訴えており、ただならぬ様子でござりますれば」
「なんと、どういうことだ!」
この異常事態のしらせに吉弘鑑理を取りまく諸将は一斉に立ち上がったが、鑑理は床几に腰かけたままである。と、突然鑑理自身がうめき声とともに倒れてしまった。龍造寺方の放った忍びが井戸に毒を入れたのである。
「たわけ!」
報に接し宗麟は激怒した。
「なぜ敵が井戸に毒を入れることぐらい予測がつかん。ましてや一軍の将たる者、長対陣の最中にあって毒味もさせずに食をとるとは言語道断! 吉弘鑑理には腹を斬らせよ!」
思いあまって宗麟は鑑理に切腹を命じてしまった。
「まあ待たれよ殿、確かにこたびは吉弘殿の不覚。なれど戦の最中に吉弘殿ほど功績のある将に腹を切らせたとあっては、味方はたちまちのうちに士気を失うことになりましょう」
戸次鑑連がすぐさま主君を諌めた。
「恐れながら、それがしからもお願いでござります。今までの功績に免じどうか、こたびだけは父をお許し下され」
と命ごいにはいったのは、鑑理の実子吉弘鎮種(後の高橋紹運)だった。
諸将にかわるがわる命ごいされ、宗麟もようやく冷静さを取り戻した。大友軍はひとまず長瀬まで兵を退いた。龍造寺隆信は首の皮一枚で、かろうじて策略により命を拾ったのである。
「そなたもわしを卑怯とそしるか信生よ?」
佐嘉の城内でさえも、隆信を卑怯という者がいた。
「こたびは生きるか死ぬかの瀬戸際なれば、かような策も詮なき仕儀とこころえます。なれど我等ゆくゆく信失うことになりますれば……」
「いいや違うぞ信生」
隆信は、信生がまだ全ていい終わらないうちかぶりを振った。
「人とは所詮不義なる者、不忠なる者、不仁なる者、そして不孝なる者。故に我らこの乱世に人に先んじて人あざむかねばならんのだ」
隆信は顔を紅潮させいいはなった。だがその隆信をもってしても、はるかな後年自ら亡き後の龍造寺家を、今目の前にいる信生が乗っ取ってしまうことになるとは、夢にも考えつかなかった。
この間、小早川隆景、吉川元春の毛利の両川は三月半ばには九州上陸。門司城を陥落させ、さらに企救郡にある三岳城をも陥落させ怒涛の勢いで博多へと迫る。そして四月十五日、ついに毛利軍の前衛部隊が立花表へと姿を現した。この事態に大友宗麟は戸次鑑連・臼杵鑑理・吉弘鑑理ら三将を通じて龍造寺隆信との和議を成立させ、ただちに筑前へ向かって軍を反転させた。大友、毛利両勢力が再び北九州を舞台に激突しようとしていた。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
久遠の海へ ー最期の戦線ー
koto
歴史・時代
ソ連によるポツダム宣言受託拒否。血の滲む思いで降伏を決断した日本は、なおもソ連と戦争を続ける。
1945年8月11日。大日本帝国はポツダム宣言を受託し、無条件降伏を受け入れることとなる。ここに至り、長きに渡る戦争は日本の敗戦という形で終わる形となった。いや、終わるはずだった。
ソ連は日本国のポツダム宣言受託を拒否するという凶行を選び、満州や朝鮮半島、南樺太、千島列島に対し猛攻を続けている。
なおも戦争は続いている一方で、本土では着々と無条件降伏の準備が始められていた。九州から関東、東北に広がる陸軍部隊は戦争継続を訴える一部を除き武装解除が進められている。しかし海軍についてはなおも対ソ戦のため日本海、東シナ海、黄海にて戦争を継続していた。
すなわち、ソ連陣営を除く連合国はポツダム宣言受託を起因とする日本との停戦に合意し、しかしソ連との戦争に支援などは一切行わないという事だ。
この絶望的な状況下において、彼らは本土の降伏後、戦場で散っていった。
本作品に足を運んでいただき?ありがとうございます。
著者のkotoと申します。
応援や感想、更にはアドバイスなど頂けると幸いです。
特に、私は海軍系はまだ知っているのですが、陸軍はさっぱりです。
多々間違える部分があると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
