8 / 57
【第一章】多々良浜合戦
立花山城(たちばなやまじょう、りっかさんじょう)は、元徳二年(一三三〇)に豊後国守護の大友貞宗次男大友貞載により築かれた。標高三百六十七メートルの立花山山頂に築かれ、松尾岳、白岳の山頂を含む大規模な山城である。立花山からは戦国時代に堺と並び、最も重要な国際商業都市として繁栄した博多の街を一望することができる。
現在、JR博多駅から国道三号線を小倉方面へ走り、約二十分で立花山へと至る。戸次鑑連の尊崇厚かったといわれる六所神社を経て、急勾配の山道を登ると主郭は山頂にある。そこから西へ降りた曲輪には石垣が残り、古瓦が散乱している。更に西へ降りて行くと少削平地が続き、途中から南へ向かって細長く伸びた曲輪へと続く。途中から北の松尾岳へと続く道を北上すると、左側の曲輪には北面に比較的良好な石垣が残っており往時をしのばせる。更に北へ進んで緩やかな傾斜となり、左側には谷のように場所があり、それに対する側面に石垣が施されている。
毛利、大友両軍の将をして、古の源平合戦もはるかに及ばずといわしめた多々良浜合戦は、立花山城城将と毛利軍の駆け引きにより幕を開けることとなった。
永禄十二年四月下旬、立花山城包囲する毛利軍は、肥前に展開している大友軍が大返しをする事を予測し、迎撃態勢を整えていた。吉川元春は立花山北方。小早川隆景は南の山田方面。宍戸隆家は西の下原。福原貞俊は東口の尾崎。吉見正頼は北西の原上にそれぞれ布陣する。
その他、吉川家臣の森脇氏・山縣氏・朝枝氏と、小早川家臣の椋梨氏・門田氏・小泉氏らがそれぞれ立花山城を包囲し、また、大友の援軍に対する備えとして、防壁や矢倉を各所に設置する。
さらに毛利の外交僧安国寺恵瓊は、博多の町衆に堀七十日分の工事を命じることも怠らなかった。だが肝心の立花山城の守りは予想外に固く、毛利方も攻めあぐねていた。
「うぬ、なにをもたついておる。だれぞ立花山城を落とすため策はないのか」
毛利軍を率いる吉川元春は、軍議の席上諸将を前にして不満を露わにした。
「宗麟自ら大軍を率いて来着してからでは遅すぎるのだ。我等早々に城を落とさねばならぬというに、皆ふがいないにもほどがある」
日が経つにつれいらだちを募らせる元春に、居並ぶ毛利軍の諸将も返す言葉もなく、ただ頭を垂れた。
「恐れながら兄上、一つだけ策がござる。我等こたびの合戦に及び、特別に石見銀山の銀堀人夫を同道させました。山道を穿ち水脈を絶てばあるいは……」
発言したのは弟の小早川隆景だった。
「銀堀人夫じゃと? かような策は外道じゃといいたいが今は一刻を争う時、不本意ではあるがそなたに任せよう」
元春はやや表情を曇らせながら、隆景の策を採用することにした。元春は自らの武勇に対する自負が非常に強く、事あるごとに策を巡らすことにたけた隆景を、時としてうとましく思うことがあった。両者は大事な戦の場で衝突することも多々あった。だが一方で元春が弟の智謀を認めていたことも事実であった。そしてこの時も隆景の策は功を奏し、立花山城の城兵達は渇水に苦しむこととなった。
「恐れながら、城内の水が底を尽きかけております。我等足軽に至るまで、喉の渇きに苦しんでおります。いかがいたしまするか」
立花山城将の一人田北民部丞が城内の窮状を、大将の臼杵進士兵衛に訴えた。
「騒ぐな戦とは腹でするものよ。敵に我等の胸のうち見透かされたら終わりじゃ、わしの申すとおりにせよ」
臼杵進士兵衛は慌てることなく答えた。
「申しあげます。敵になにやら怪しげな動きがある様子です」
元春が飯を喉に通している最中、突如として物見が慌しくかけこんできた。
「どうした! 奇襲でもかけてきたか」
「それが、城内の兵士がおかしな真似を始めたとか」
「なに、おかしな真似?」
毛利軍の将兵達が騒ぎ立てる中、自ら姿を現した元春は思わず唖然とした。なんと立花山城の将兵達は、敵の陣からよく見える場所で米を研いで見せたのである。
「己、恐らく我等に対して強気にでているのであろう。だが所詮は痩せがまんにすぎぬ。今に見ておれ」
さしもの元春も苦笑いを浮かべながらいった。
さらに立花山城の城兵達は、夜陰密かに敵の陣地へ矢文を打ちこみ、毛利家を非道とそしるなどして戦意を見せつけた。だが抵抗もこれまでだった。ほどなく城内では水だけでなく、食糧も尽き始めたのである。城外の大友軍も立花山城守備隊を援護しようと、補給部隊を夜陰に乗じて送ろうとするが、ことごとく毛利軍に阻止された。この状況に、さすがにこれ以上の篭城は無理と城将達は判断し、忍びを高良山に走らせ大友宗麟の指示を仰ぐ事になった。宗麟は城兵の奮闘を労い開城を命じた。
「兄上、城は落ちましたが、降伏した大友軍の将兵をいかがいたしまする」
隆景の問いに元春はしばし思案にふけった。
「敵は我等の陣に矢文を打ちこみ、我等を非道とそしった。本来なら皆殺しにしたいところではあるが、ここはむしろ我が毛利家の懐の深さしめすのもよかろう」
元春は桂能登と浦兵部らに命じ、立花城兵を大友陣地に丁重に送り届けるよう命じた。臼杵進士兵衛・田北民部丞らは無事、大友軍と合流した。硬骨漢として知られる元春の面目躍如たるものがあった。
ついに五月五日、大友家が誇る豊州三老、すなわち戸次鑑連に吉弘鑑理、臼杵鑑速が博多へと姿を現した。他の諸将とも合流し三万にも及ぶ大軍勢だった。
「よいかただちに別働隊を城の背後にまわせ。敵の兵站線を叩くのじゃ、なんとしても敵が城にこもれないようにするのじゃ。この戦野戦にて決着をつける」
大友軍立花道雪は素早く指示をだした。そして五月六日、道雪は長尾に陣取る毛利勢に最初の攻撃を仕かけた。
この最初の戦は、両軍とも互いの手の内を探りながらの、こぜり合いに終始した。
「我こそは大友家家臣田尻鑑種なるぞ、敵の大将、出会えそうらえ!」
大友方の田尻鑑種は功を焦り、無謀にも敵陣近くまで一人攻め入り大音声をあげた。
「何者だ? 小癪にもほどがある。馬引けい」
「恐れながら、大将がたやすく陣を動くべきではござりませぬ」
元春が自らが合戦に及ぼうとするのを、側近が必死に止めたが、
「なに、すぐに戻る案ずるな」
といって、元春は聞く耳を持とうとしない。
元春は敵味方入り乱れる中鑑種を発見すると、馬を急加速させ、そのまま弓を構えた。鑑種が気がついたときには、黒塗筋兜を着用し全身筋肉の鎧のような荒武者が、弓の射程距離まで迫っていた。恐怖を感じるまもなく鑑種の左の肩を矢が貫通し、ゆっくりと馬から転げ落ちる。
「ちい! 仕損じたわい」
元春はただちに馬を取って返し帰陣した。
「かような戦のさなかに負傷とは、それがし悔しゅうござる」
この日の戦は毛利、大友両軍痛み分けで終わり、戦いの後見舞いに訪れた戸次鑑連に鑑種は無念を訴えた。
「なに案ずることはない。武士たるもの武功を立てるには運不運がある。そなたはこたび、たまたま不運にみまわれただけのこと。今はゆっくり養生せよ。それよりも人に先がけようとして、戦の場にてあまり功を焦るな。かようなことで討ち死にしては、君に対して不忠なるぞ。身を大事にしたうえで、君のため尽くすのだ」
普段から尊敬してやまない鑑連の言葉に鑑種は感激し、決意を新たにせずにはいられなかった。
五月十八日、両軍決戦の時が来た。
毛利両川は四万の軍勢を出撃させ松原に進軍した。これに対して戸次鑑連・臼杵鑑速・吉弘鑑理ら大友三老は、一万五千の兵を三手に分け先陣とする。大友軍も総勢約四万、九州の近世最大規模の合戦は、立花隊が法螺の音とともに前進を始めることにより幕を開けた。
「撃てぃ! 撃てぃ!」
毛利方の鉄砲部隊が、大友軍の最前線の足軽部隊に鉄砲を撃ちはなち、大友軍の兵士数名が鉄砲弾に当たって倒れた。
「かかれぇ!」
大友軍は一斉に津波のように毛利軍めがけて殺到する。
戸次隊の攻撃は激しく、毛利軍の楢崎・多賀山隊はたちまち危機におちいった。だがこの日も元春は自ら前線で奮闘し、かろうじて楢崎・多賀山隊は体勢を立てなおした。やがて両軍入り乱れること数刻、毛利軍の効率的な鉄砲運用の前に、大友軍は次第に押され始めた。
だがここでも戸次鑑連は鋭く、多々良川の東岸に位置する、小早川隊の左翼の備えが薄いことを察知していた。道雪は素早く小早川隊左翼の方角へ軍配を向けた。同時に鑑連を乗せた輿は、百余人のえりぬきの精鋭部隊に護衛され、手薄の小早川隊左翼へと突撃する。
自ら愛刀雷切を抜刀して果敢に挑んでくる戸次隊に、小早川隊左翼はたちまち崩れはじめた。
「戸次隊に続け!」
大友勢は次から次へと小早川隊に突入し、ついに小早川隊は東に向かって退いた。これを機に毛利全軍が浮き足立った。毛利両川は退却を決断。大友勢は重要な戦で勝利を得たのだった。
以後、両軍は幾度となく交戦を繰り返すも、ついに決着を見ることはなかった。やがて九月を迎え、ついに宗麟は全軍に撤退を命じた。老齢の毛利元就は長府にあって、安芸国に帰陣する事もままならず、宗麟の豊後帰陣の報に接したのだった。やがて元就をもってしても予測不可能な事態がおきた。
宗麟は帰国するとただちに、大内家で政争に敗れ、大友氏に亡命した大内輝弘を呼び出し、海路で山口にのり込み撹乱する奇襲作戦を打ち明けた。これに応じた輝弘は、大友軍の援兵六百とともに周防の合尾浦に上陸。毛利軍が九州戦線に忙殺され、手薄となった隙を安々とついたのだった。そしてついに十月十二日、途中大内家旧臣の援兵を得て、三千までふくれあがった大内輝弘の軍勢は、毛利家にとって最も重要な拠点である山口高嶺城を陥落させた。
この危機に際し、元就はただちに立花表の毛利両川に撤退命令を出すも、さらに尼子家旧臣山中鹿之助が、出雲で尼子家再興の籏印のもと挙兵、月山富田城へと迫った。
毛利両川は十一月十五日ついに九州より撤退。元就は一度ならず二度までも、宗麟の知略の前に煮え湯を飲んだのだった。
毛利家は九州より去った。二年後毛利元就は世を去り、それから後も東方で織田信長との戦いが激化し、二度と九州に上陸することはなかった。北九州の在地勢力、特に肥前の龍造寺隆信は後ろ盾を失い大いに動揺した。翌元亀元年(一五七〇)、再び怪しい動きを始めた隆信を、大友宗麟は六万の大軍でもって本拠佐嘉城へとおいつめた。龍造寺隆信に、絶体絶命の危機が訪れようとしていた。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
久遠の海へ ー最期の戦線ー
koto
歴史・時代
ソ連によるポツダム宣言受託拒否。血の滲む思いで降伏を決断した日本は、なおもソ連と戦争を続ける。
1945年8月11日。大日本帝国はポツダム宣言を受託し、無条件降伏を受け入れることとなる。ここに至り、長きに渡る戦争は日本の敗戦という形で終わる形となった。いや、終わるはずだった。
ソ連は日本国のポツダム宣言受託を拒否するという凶行を選び、満州や朝鮮半島、南樺太、千島列島に対し猛攻を続けている。
なおも戦争は続いている一方で、本土では着々と無条件降伏の準備が始められていた。九州から関東、東北に広がる陸軍部隊は戦争継続を訴える一部を除き武装解除が進められている。しかし海軍についてはなおも対ソ戦のため日本海、東シナ海、黄海にて戦争を継続していた。
すなわち、ソ連陣営を除く連合国はポツダム宣言受託を起因とする日本との停戦に合意し、しかしソ連との戦争に支援などは一切行わないという事だ。
この絶望的な状況下において、彼らは本土の降伏後、戦場で散っていった。
本作品に足を運んでいただき?ありがとうございます。
著者のkotoと申します。
応援や感想、更にはアドバイスなど頂けると幸いです。
特に、私は海軍系はまだ知っているのですが、陸軍はさっぱりです。
多々間違える部分があると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
