戦国九州三国志

谷鋭二

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【第一章】多々良浜合戦

 

 立花山城(たちばなやまじょう、りっかさんじょう)は、元徳二年(一三三〇)に豊後国守護の大友貞宗次男大友貞載により築かれた。標高三百六十七メートルの立花山山頂に築かれ、松尾岳、白岳の山頂を含む大規模な山城である。立花山からは戦国時代に堺と並び、最も重要な国際商業都市として繁栄した博多の街を一望することができる。
 現在、JR博多駅から国道三号線を小倉方面へ走り、約二十分で立花山へと至る。戸次鑑連の尊崇厚かったといわれる六所神社を経て、急勾配の山道を登ると主郭は山頂にある。そこから西へ降りた曲輪には石垣が残り、古瓦が散乱している。更に西へ降りて行くと少削平地が続き、途中から南へ向かって細長く伸びた曲輪へと続く。途中から北の松尾岳へと続く道を北上すると、左側の曲輪には北面に比較的良好な石垣が残っており往時をしのばせる。更に北へ進んで緩やかな傾斜となり、左側には谷のように場所があり、それに対する側面に石垣が施されている。
  

   毛利、大友両軍の将をして、古の源平合戦もはるかに及ばずといわしめた多々良浜合戦は、立花山城城将と毛利軍の駆け引きにより幕を開けることとなった。
 永禄十二年四月下旬、立花山城包囲する毛利軍は、肥前に展開している大友軍が大返しをする事を予測し、迎撃態勢を整えていた。吉川元春は立花山北方。小早川隆景は南の山田方面。宍戸隆家は西の下原。福原貞俊は東口の尾崎。吉見正頼は北西の原上にそれぞれ布陣する。
   その他、吉川家臣の森脇氏・山縣氏・朝枝氏と、小早川家臣の椋梨氏・門田氏・小泉氏らがそれぞれ立花山城を包囲し、また、大友の援軍に対する備えとして、防壁や矢倉を各所に設置する。
   さらに毛利の外交僧安国寺恵瓊は、博多の町衆に堀七十日分の工事を命じることも怠らなかった。だが肝心の立花山城の守りは予想外に固く、毛利方も攻めあぐねていた。


 「うぬ、なにをもたついておる。だれぞ立花山城を落とすため策はないのか」
  毛利軍を率いる吉川元春は、軍議の席上諸将を前にして不満を露わにした。
 「宗麟自ら大軍を率いて来着してからでは遅すぎるのだ。我等早々に城を落とさねばならぬというに、皆ふがいないにもほどがある」
  日が経つにつれいらだちを募らせる元春に、居並ぶ毛利軍の諸将も返す言葉もなく、ただ頭を垂れた。
「恐れながら兄上、一つだけ策がござる。我等こたびの合戦に及び、特別に石見銀山の銀堀人夫を同道させました。山道を穿ち水脈を絶てばあるいは……」
  発言したのは弟の小早川隆景だった。
 「銀堀人夫じゃと?  かような策は外道じゃといいたいが今は一刻を争う時、不本意ではあるがそなたに任せよう」
  元春はやや表情を曇らせながら、隆景の策を採用することにした。元春は自らの武勇に対する自負が非常に強く、事あるごとに策を巡らすことにたけた隆景を、時としてうとましく思うことがあった。両者は大事な戦の場で衝突することも多々あった。だが一方で元春が弟の智謀を認めていたことも事実であった。そしてこの時も隆景の策は功を奏し、立花山城の城兵達は渇水に苦しむこととなった。
「恐れながら、城内の水が底を尽きかけております。我等足軽に至るまで、喉の渇きに苦しんでおります。いかがいたしまするか」
  立花山城将の一人田北民部丞が城内の窮状を、大将の臼杵進士兵衛に訴えた。
 「騒ぐな戦とは腹でするものよ。敵に我等の胸のうち見透かされたら終わりじゃ、わしの申すとおりにせよ」
  臼杵進士兵衛は慌てることなく答えた。
「申しあげます。敵になにやら怪しげな動きがある様子です」
  元春が飯を喉に通している最中、突如として物見が慌しくかけこんできた。
 「どうした! 奇襲でもかけてきたか」
 「それが、城内の兵士がおかしな真似を始めたとか」
 「なに、おかしな真似?」
  毛利軍の将兵達が騒ぎ立てる中、自ら姿を現した元春は思わず唖然とした。なんと立花山城の将兵達は、敵の陣からよく見える場所で米を研いで見せたのである。
 「己、恐らく我等に対して強気にでているのであろう。だが所詮は痩せがまんにすぎぬ。今に見ておれ」
  さしもの元春も苦笑いを浮かべながらいった。

  

   さらに立花山城の城兵達は、夜陰密かに敵の陣地へ矢文を打ちこみ、毛利家を非道とそしるなどして戦意を見せつけた。だが抵抗もこれまでだった。ほどなく城内では水だけでなく、食糧も尽き始めたのである。城外の大友軍も立花山城守備隊を援護しようと、補給部隊を夜陰に乗じて送ろうとするが、ことごとく毛利軍に阻止された。この状況に、さすがにこれ以上の篭城は無理と城将達は判断し、忍びを高良山に走らせ大友宗麟の指示を仰ぐ事になった。宗麟は城兵の奮闘を労い開城を命じた。
「兄上、城は落ちましたが、降伏した大友軍の将兵をいかがいたしまする」
  隆景の問いに元春はしばし思案にふけった。
 「敵は我等の陣に矢文を打ちこみ、我等を非道とそしった。本来なら皆殺しにしたいところではあるが、ここはむしろ我が毛利家の懐の深さしめすのもよかろう」
  元春は桂能登と浦兵部らに命じ、立花城兵を大友陣地に丁重に送り届けるよう命じた。臼杵進士兵衛・田北民部丞らは無事、大友軍と合流した。硬骨漢として知られる元春の面目躍如たるものがあった。
  ついに五月五日、大友家が誇る豊州三老、すなわち戸次鑑連に吉弘鑑理、臼杵鑑速が博多へと姿を現した。他の諸将とも合流し三万にも及ぶ大軍勢だった。
 「よいかただちに別働隊を城の背後にまわせ。敵の兵站線を叩くのじゃ、なんとしても敵が城にこもれないようにするのじゃ。この戦野戦にて決着をつける」
  大友軍立花道雪は素早く指示をだした。そして五月六日、道雪は長尾に陣取る毛利勢に最初の攻撃を仕かけた。

  
   この最初の戦は、両軍とも互いの手の内を探りながらの、こぜり合いに終始した。
 「我こそは大友家家臣田尻鑑種なるぞ、敵の大将、出会えそうらえ!」
  大友方の田尻鑑種は功を焦り、無謀にも敵陣近くまで一人攻め入り大音声をあげた。
 「何者だ? 小癪にもほどがある。馬引けい」
 「恐れながら、大将がたやすく陣を動くべきではござりませぬ」
  元春が自らが合戦に及ぼうとするのを、側近が必死に止めたが、
 「なに、すぐに戻る案ずるな」
  といって、元春は聞く耳を持とうとしない。
 元春は敵味方入り乱れる中鑑種を発見すると、馬を急加速させ、そのまま弓を構えた。鑑種が気がついたときには、黒塗筋兜を着用し全身筋肉の鎧のような荒武者が、弓の射程距離まで迫っていた。恐怖を感じるまもなく鑑種の左の肩を矢が貫通し、ゆっくりと馬から転げ落ちる。
 「ちい! 仕損じたわい」
  元春はただちに馬を取って返し帰陣した。
「かような戦のさなかに負傷とは、それがし悔しゅうござる」
  この日の戦は毛利、大友両軍痛み分けで終わり、戦いの後見舞いに訪れた戸次鑑連に鑑種は無念を訴えた。
 「なに案ずることはない。武士たるもの武功を立てるには運不運がある。そなたはこたび、たまたま不運にみまわれただけのこと。今はゆっくり養生せよ。それよりも人に先がけようとして、戦の場にてあまり功を焦るな。かようなことで討ち死にしては、君に対して不忠なるぞ。身を大事にしたうえで、君のため尽くすのだ」
  普段から尊敬してやまない鑑連の言葉に鑑種は感激し、決意を新たにせずにはいられなかった。

  
    五月十八日、両軍決戦の時が来た。

  
   毛利両川は四万の軍勢を出撃させ松原に進軍した。これに対して戸次鑑連・臼杵鑑速・吉弘鑑理ら大友三老は、一万五千の兵を三手に分け先陣とする。大友軍も総勢約四万、九州の近世最大規模の合戦は、立花隊が法螺の音とともに前進を始めることにより幕を開けた。
 「撃てぃ! 撃てぃ!」
  毛利方の鉄砲部隊が、大友軍の最前線の足軽部隊に鉄砲を撃ちはなち、大友軍の兵士数名が鉄砲弾に当たって倒れた。
 「かかれぇ!」
  大友軍は一斉に津波のように毛利軍めがけて殺到する。
  戸次隊の攻撃は激しく、毛利軍の楢崎・多賀山隊はたちまち危機におちいった。だがこの日も元春は自ら前線で奮闘し、かろうじて楢崎・多賀山隊は体勢を立てなおした。やがて両軍入り乱れること数刻、毛利軍の効率的な鉄砲運用の前に、大友軍は次第に押され始めた。
 だがここでも戸次鑑連は鋭く、多々良川の東岸に位置する、小早川隊の左翼の備えが薄いことを察知していた。道雪は素早く小早川隊左翼の方角へ軍配を向けた。同時に鑑連を乗せた輿は、百余人のえりぬきの精鋭部隊に護衛され、手薄の小早川隊左翼へと突撃する。
  自ら愛刀雷切を抜刀して果敢に挑んでくる戸次隊に、小早川隊左翼はたちまち崩れはじめた。
 「戸次隊に続け!」
  大友勢は次から次へと小早川隊に突入し、ついに小早川隊は東に向かって退いた。これを機に毛利全軍が浮き足立った。毛利両川は退却を決断。大友勢は重要な戦で勝利を得たのだった。

  

   以後、両軍は幾度となく交戦を繰り返すも、ついに決着を見ることはなかった。やがて九月を迎え、ついに宗麟は全軍に撤退を命じた。老齢の毛利元就は長府にあって、安芸国に帰陣する事もままならず、宗麟の豊後帰陣の報に接したのだった。やがて元就をもってしても予測不可能な事態がおきた。
 宗麟は帰国するとただちに、大内家で政争に敗れ、大友氏に亡命した大内輝弘を呼び出し、海路で山口にのり込み撹乱する奇襲作戦を打ち明けた。これに応じた輝弘は、大友軍の援兵六百とともに周防の合尾浦に上陸。毛利軍が九州戦線に忙殺され、手薄となった隙を安々とついたのだった。そしてついに十月十二日、途中大内家旧臣の援兵を得て、三千までふくれあがった大内輝弘の軍勢は、毛利家にとって最も重要な拠点である山口高嶺城を陥落させた。
  この危機に際し、元就はただちに立花表の毛利両川に撤退命令を出すも、さらに尼子家旧臣山中鹿之助が、出雲で尼子家再興の籏印のもと挙兵、月山富田城へと迫った。
  毛利両川は十一月十五日ついに九州より撤退。元就は一度ならず二度までも、宗麟の知略の前に煮え湯を飲んだのだった。


 毛利家は九州より去った。二年後毛利元就は世を去り、それから後も東方で織田信長との戦いが激化し、二度と九州に上陸することはなかった。北九州の在地勢力、特に肥前の龍造寺隆信は後ろ盾を失い大いに動揺した。翌元亀元年(一五七〇)、再び怪しい動きを始めた隆信を、大友宗麟は六万の大軍でもって本拠佐嘉城へとおいつめた。龍造寺隆信に、絶体絶命の危機が訪れようとしていた。


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