戦国九州三国志

谷鋭二

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【第二章】立花宗茂の初陣

    耳川の合戦における大友軍の大敗は、九州全土の勢力図を大きくぬりかえることとなった。
  肥前の龍造寺家や、肥前の筑紫家等は次から次へと大友家から離反し、大友という大きな歯止めを失った九州は新たなる乱世をむかえようとしていた。衰退する大友家を支えるものは、もはや立花城の立花道雪と、岩屋・宝満両城の主高橋紹運をおいてない。

  
 天正九年(一五八一)、大友方の筑後井上城主門註所鑑景が、島津家と気脈を通じる秋月種実のもとへと寝返った。同族の長巌城主門註所統景は、ただちに宗麟に救援を要請。豊後から朽網宗暦という者が兵三千とともにはせ参じ、これに道雪、紹運の軍五千が加わった。
  事態は意外な成行きとなる。豊後国内でおきた内乱のため、朽網宗暦は宗麟のもとへ戻ることとなり、秋月種実は井上城に籠もって動こうとしない。埒があかずと見た道雪、紹運の二将は、秋月領の嘉麻郡や穂波郡に次から次へと火を放ちながら撤退。これに対し秋月種実もまた追撃を開始した。両軍は穂波郡八木村の石坂であいまみえることとなった。
  石坂は名のとおり、山へと連なる耕作にてきさない石の多い荒地である。急坂が続き、両側は深い樹林となっていた。道雪は素早く伏兵を左右の樹林に配置する。そして紹運は坂の途中に前段を鉄砲、二段を弓、三段を槍の順で固める。


 この合戦に、唐綾縅の鎧に鍬形を打った兜、塗籠めの弓という一際目立つ軍装をした若武者がいた。高橋弥七郎宗茂は、この時が初陣で十五歳だった。
 「父上敵が攻め寄せてまいります。いかがいたしまするか」
  宗茂は片膝をついて、床几に腰をかけた父紹運の指図をあおいだ。
 「ここは戦場じゃ、己の身は己で守れ。わしもそちを助けん」
  と、紹運は厳しい表情でいう。
 「かしこまりました」
  そういうや否や宗茂は、手勢百五十人とともに紹運の陣を離れた。
 「恐れながら若君、御館様の側を離れるは危険にござりまする」
  と忠告したのは、宗茂の初陣後見役有馬伊賀だった。
 「馬鹿を申すな。わしが父上と同じ陣にいたら、皆父上の命で動き、誰もわしの指図を受けんではないか」
  といい、宗茂はかすかに笑みをうかべた。
 やがて地鳴りのように敵が押し寄せてくる。紹運は頃あいを見計らい、
 「放てぃ!」
  と号令を下した。同時に鉄砲が一斉に火を噴いた。秋月勢は倒れた味方を踏み越えて迫ってくる。鉄砲隊は退き、槍隊が秋月勢に応戦した。
  この様子を興奮をおさえきれない様子で見守っていた宗茂は、
 「者共わしについてこい」
  と下知し、秋月勢の脇腹を突こうとする。
 「あそこに見えるは、名のある大将に違いない。討ち取って手柄にせん!」
  一際目立つ軍装の宗茂は、たちどころに敵兵の標的となった。
 「若、危ない!」
  有馬伊賀は宗茂をかばい、敵兵を三人まで斬り伏せる。だがそこにすかさず、堀江備前と名のる剛の者が攻めかかってきた。宗茂が弓を引きしぼると、矢は見事堀江備前の左の手に突きささった。だがこれがさらに堀江備前の闘争心を刺激することとなった。宗茂と備前は組み合い、互いに馬から落ちた。上になり下になり、ついに宗茂は備前を抑えこみ配下の者に首を落とさせた。
「今じゃ者どもかかれい!」
  道雪の軍配一閃、左右の伏兵部隊が秋月勢を突いた。こうなると秋月勢は分が悪く、ほどなく崩れ壊走した。宗茂は逃げる秋月勢を追い存在を誇示する。
  道雪は初陣であるにも関わらず、なんら臆ことない宗茂をじっと見つめていた。
 「うむ、見事な若武者ぶりじゃ、やはりあの者をおいて他に適任はおらん」
  道雪の胸には、ある思いがあったのである。

  
 合戦の後始末も一段落し秋の風が吹く頃、立花道雪は四人担ぎの輿にゆられ、軽装で紹運の岩屋城へとやってきた。
 「何と申された御老体?」
  道雪直々にたずねてきたと聞き、礼を尽くして出迎えた紹運は、道雪が持ち出した、あまりの無理難題に一瞬首をかしげた。
 「いや、わしは決して戯れで御嫡子宗茂殿を我が立花家の婿養子に、などと申しているわけではない。あの耳川での無残な大敗以来、我が大友家の威光衰えるばかり。これを支えるはわしと貴公をおいて他にない。なれどわしも来年で七十じゃ。男子はおらず跡継ぎは娘のぎん千代のみ」
  道雪には十三になるぎん千代という女子がおり、六歳にして立花城の世にも珍しい姫城督となっていた。
 「貴殿には、すでに二人の男子がおる。まだ三十四で、この先いくらでも男子を授かる望みがある。わしは立花家のためだけではない。ゆくゆくは大友家のために申しておるのだ。この老人終生の願いなれば、切にお聞きとどけ願いたい」
  白髪頭で必死に懇願する道雪の姿は、紹運には哀れにすら思えた。だが難題といえば、あまりに難題である。紹運も即座に答えを出すわけにはいかなった。後日の返答を約束され道雪は城を後にした。


 「背後に伏兵!」
  逃げる島津兵を追う道雪は、不意に後方にそびえる山から姿を現した新手の島津勢に陣を乱された。
 「己、島津勢め! 今日こそ目にもの見せてくれん!」
  十人担ぎの輿から采配を奮う道雪は力戦奮闘するも、味方の兵は次から次へと討ち取られていく。
 「覚悟!」
  島津方の豪の者が繰りだした槍は、深々と道雪の脇腹をえぐった。直後に鮮血が勢いよくふきだす。
 「御老体! しっかりされよ御老体!」
  重体で担がれたきた道雪に、紹運は必死に声をかけるが、道雪はすでに意識が朦朧としていた。
 「わしのことなら心配いらん。戦場で死するは武士にとって本望。ただ残念なるは跡取りがおらず、立花家がわしの死で途絶えることじゃ……」
  そういうと道雪は、ほどなく息絶えた。
 「御老体! 死んではなりませぬぞ御老体!」
  紹運はようやく悪夢から覚めた。ショックで大量に汗をかいていた。

  
 数日して再び道雪は岩屋城を訪れた。紹運はついに折れた。道雪は他家からの養子とはいえ、齢七十を前に立派な息子を授かったことに、思わず感涙にむせんだ。
  やがて岩屋城では、父子別れの宴が開かれることとなった。紹運は自ら宗茂に盃をあたえる。
 「一つそなたにたずねる。わしと道雪殿は長年の盟友なれど、有為転変の激しい世なれば、もしやしたら敵味方に別れて争うことになるかも知れぬ。かくなった時、そなたは道雪殿とわし、いずれの陣にて戦うや」
  宗茂はしばし沈黙した。
 「父上と同じ陣で戦いとうございます」
 「父とは、いずこの父のことなりや?」
  宗茂は言葉を失った。
 「たわけ! わしとそなたは明日から父でもなければ子でもない。もしその時は、遠慮なくわしを取りにくるがよい。道雪殿は厳格な方じゃ。そなたを見込んだといっても、いつかそなたの器量に愛想をつかし、父子の縁を切られるやもしれぬ。その時は決して、わしのもとに戻ろうとは考えるな。潔く腹を切るがよい」
  そういうと紹運は、自らの愛刀備前長光を別れの品として宗茂に授けた。宗茂の目に光るものがあった。
 翌早朝、宗茂は立花家からの迎えの使者に導かれて、わずかな従者とともに岩屋城を後にする。別れ際、厳格だった紹運はかすかに笑みをうかべた。やがて岩屋城は遠くなり、霧の中へと消えた……。
  岩屋城から道雪のいる立花城まではおよそ四里(約十六キロ)ほど。城では道雪と、まだつぼみを開く前の娘ぎん千代が待っていた。うやうやしく宗茂を出迎えるぎん千代。宗茂は幼い頃一緒に川で遊び、釣った魚のことで大喧嘩をした際のことを思い出していた。今はあの頃の面影も消え、すっかりしおらしくなったものとばかり思っていた。それが間違いであることに気付くのは、立花城での暮らしにも、ようやくなれた頃のことであった……。

  
 その頃肥前では、龍造寺隆信が大友家の衰退につけこみ、なりふりかまわぬ領土拡張政策により勢力を広げていた。その版図は肥前から、肥後、築前、筑後、豊前に及び、壱岐、対馬の両島と合わせ、五州二島の太守と呼ばれるまでに成長していた。家督は事実上息子政家に譲ったとはいえ、その野心は止まることを知らない。
 隆信が次に狙ったのは筑後柳川で、柳川は蒲池鎮並の治める土地である。かって隆信は城も領土も失い落はくの身だった時代があった。鎮並の父鑑盛は隆信に三百石を与え、隆信はそれにより龍造家再興の糸口をつかんだ。
 以来両家の仲は良好だった。鎮並の妻は隆信の娘にあたり、鎮並にとって隆信は義理の父ということになる。だが鎮並は龍造寺家の急激な勢力拡張にともない、次第に残忍酷薄な隆信を恐れ、島津とよしみを通じるようになった。隆信はこの鎮並の裏切りを許せなかった。
  
 
 天正八年(一五八〇)、ついに隆信は大軍をもって柳川城を取り囲んだ。柳川城は別名・舞鶴城といった。城のシルエットが鶴が舞うかのように美しいという意味である。外堀に囲まれた御家中(現在の柳川市城内地区)の中央よりやや南西よりに本丸と二の丸が東西に並んでおり、内堀を隔てた三の丸が本丸・二の丸を取り囲んでいた。掘割に包まれた天然の要害をなし、城内、市街には無数の堀が縦横に交わり今も柳川の堀川として現存する。
 攻略には三年かかるとまでいわれた九州屈指の名城で、さしも圧倒的な龍造寺軍をもってしても攻めあぐねる。籠城戦は実に一年有余にも及び、結局、龍造寺軍と城方は一旦和を講じることとなった。しかし隆信は、決して柳川城をあきらめてはいなかった。
 「恐れながら殿、蒲池鎮並殿と和睦の宴をもよおすと聞き及びましたが、もしや何事か策略などございますまいな」
  龍造寺家家老鍋島信生は、近年ことに残忍な所業が多くなった主君を、あらかじめ諌めるかのようにいった。すると隆信は不意に刀をぬき殺気を露わにした。
 「殿なりませぬぞ!」
 思わず直茂は声を荒げた。
 「もう遅いわい。すでに刺客を手配してしまった」
  信生はがっくり肩を落とした。
  鎌倉以来の名族蒲池家に、今まさに存亡の危機が迫ろうとしていた。

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