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【第二章】本能寺の変
天正十年(一五八二)六月二日夜明け前のことである。丹波亀山城を発した桔梗の旗は、老坂を越えて沓掛に至り、桂川を目前にしていた。兵の数およそ一万三千。この大軍を率いる明智日向守光秀は、馬上ときおりめまいを感じながらも、かろうじて精神の高揚を抑えていた。そう、今この男日向守光秀は、歴史の巨大な分水嶺にいた。恐らく光秀自身も、そのことを十分すぎるほど察していただろう。
尾張から身をおこし、東海、畿内の大半を手中とし、先年甲斐の武田をも滅ぼした織田信長は、今や押しも押されぬ天下人として君臨し、官位は右大臣。織田軍団の武将達は、滝川一益は小田原の北条征伐、柴田勝家は北陸で上杉景勝の動きに備え、丹羽長秀は四国の長宗我部と対峙し、羽柴秀吉は中国路において毛利家と睨みあってる最中だった。
明智光秀もまた、備中の羽柴秀吉の援軍のため山陽道へ向かうはずだった。その光秀がいかなる理由があって魔がさしたのか、今となってははっきりしたことはわからない。桂川を渡った光秀は、軍配を振りかざすと、
「敵は本能寺にあり」
と全軍に号令した。だが将兵達は、本能寺に宿泊する敵が何者か、誰一人として知るよしもない。知っていたのは斉藤利三、明智秀満等、明智軍の最高幹部のみだった。軍勢の津々浦々にまで知れわたると、将兵の多くは恐れをいだく。光秀の小利口な点はここにあった。
軍勢は山陽道ではなく、都へと乱入し、夜明け前本能寺へと至った。本能寺は無防備な寺ではなく堀・土居・石垣・厩を新設するなど、防御面にも優れた一個の城塞であることが、最近の調査で明らかとなった。だが、小姓を中心としたわずかな供まわりだけでは、明智の大軍に対し無力に等しい。
「是非もなし、今はこれまで」
天下統一を眼前にして、死期を悟った信長は、こうつぶやいたと伝えられる。今川義元に田楽狭間で奇跡的な勝利をおさめ、美濃を奪いやがて上洛。武田信玄、上杉謙信と宿敵達の突然の死。相次ぐ強運。尾張一国の弱小勢力から、昇龍のように天下へ最も近い位置までかけ昇った男・織田信長。その死はあまりにも唐突すぎて、日本国中に波紋を巻き起こさずにはいられなかった。
信長の死、そして信長の一武将羽柴秀吉の電光石火の中国大返し、さらには明智光秀の敗死、世はまさに大きく変容しようとしていた。だが都から最も遠い九州では、島津・大友・龍造寺の三すくみの状態がいまだ続き、数年のうちに秀吉の世が、九州をすっぽり飲みこんでしまおうことなど知らずにいる。
かって九州九カ国のうち六カ国を領有した大友家は、日向耳川の戦いで島津家の前に大敗し、昔日の面影なく衰退の一途をたどっていた。南端の地薩摩から興った島津家は大隅・日向と勢力を拡大し、今また肥後へと支配を及ぼそうとしている。その島津家の前に今また、肥前から、肥後・築前・筑後・豊前と勢力を拡げ、壱岐・対馬の両島と合わせ、五州二島の太守を名乗る龍造寺隆信が大きく立ちふさがろうとしていた。
「己赤星統家! わしを愚弄するか!」
龍造寺隆信はいらだっていた。庇護下にあった肥後の国の有力国人赤星統家に、島津家に気脈を通じる意図がありとして糾弾の使者を送ったところ、病気を理由に使者を追いかえしてきたからである。
「いいだろう、これで赤星統家に二心あること明らかとなった。これに報いる術は一つ」
「もしや、我等のもとに人質としてある赤星統家の幼い子等を、手にかける所存ではありますまいな?」
重臣鍋島信生は、主君のこれ以上の乱心を恐れた。
「何故の人質じゃ? このような時のために人質がいるのであろう」
「しかし幼子を殺す所業、我等のもとに帰参している豪族達は、決して快く思うはずがござりません。島津に寝返る者が今より増えるは必定」
「だまれ! 禍根は末代まで断たねばならぬのじゃ!」
竜造寺隆信は、家臣団の反対をおしきって十四歳の統家の嫡男、六歳の娘の二人を磔にした。
『赤星是を聞きよりも、憤怒の気天を衝き、悲嘆の涙血をそそぎ……』(筑後将士軍談)
こうして赤星統家は龍造寺家と決別し、島津寄りの立場を明らかとするのである。さらに龍造寺から島津に鞍替えをはかろうとする者がいた。切支丹大名としても名高い、肥前の有馬晴信である。
天正十二年三月島津義久は、有馬晴信から龍造寺隆信率いる三万の大軍が、島原半島に接近中との急報を受ける。
「恐れながら、すぐに援軍を送らねば、有馬殿のわずかな兵ではもちこたえること無理ごわんと」
と意見したのは島津義弘だった。
「どげんすっか、今、龍造寺とこと構えること賢明か否か? 聞けば三万の大軍とか、まだ肥後の支配とて磐石でないというに」
「おい達を頼ってきたもの見殺しにするは信義に反するかと、肥前、肥後の多くの豪族が、おい等を見限ることにもなりかねもさんぞ」
と、新納忠元が出兵論を口にした。
「じゃっどん、先年おい達のもとに帰参してまいった阿蘇氏の動向が気になる。臣従したといっても、口先ばかりではごわはんか? それに大友とてまだ侮れん。遠く島原まで出兵することが、当家にとっていかほど益になることか……」
一同に重い沈黙が走った。座が有馬晴信見殺しもやむなし、という方向に傾きかけた時だった。
「恐れながら、我が薩摩の武士にとり、信義に反するふるまいは最も恥べきことと思いもす。今兄者自ら動けなくとも、おいだけでも島原へ出兵するちゅうことでよかごわすか?」
口を開いたのは島津家久だった。
「多くの兵はさけんぞ、せいぜい三千ほど、それでも行くか?」
「例え討ち死にしても、戦場での死は薩摩武士の本望ごわんと」
「よくぞ申した。ならばこれにて軍議は打ち切りとする」
一同座を後にし、家久は一つ大きく息をついた。あれいはこの戦で死ぬかもしれない。そう思った時ふと脳裏にうかんだのは、自らの嫡子又七郎豊久の姿だった。
時を経ることなく家久は、島原半島へ三千の軍勢とともに出陣する。又七郎豊久は十四歳で元服をすませたばかり。この合戦が初陣であった。だが龍造寺軍の兵力は予想外で、三万どころか五万はあると思われた。
「又七郎、おはんは今から薩摩へ戻れ」
「何故でございまするか?」
真新しい鎧に身を包んだ又七郎は、突然の父の言葉に動揺を隠せなかった。
「うむ今回の戦のう又七郎、予想外の大戦になる。戦場を知らぬそなたでは無理かと思うのじゃ。二年前、都では織田信長公がみまかった。今こん日本国を動かしておるのは、羽柴秀吉と申す者じゃ。おいにはな、今こん日本国が根底から変貌しようとしているように思えるのじゃ、おいはこん戦で死ぬかもしれぬ」
死という言葉が家久の口から出た時、又七郎には一瞬父が遠くみえた。
「じゃっどん父が死んでも、又七郎には生きてほしい。生きて新たな世を、父の分まであおぎ見てほしいと思っておるのじゃ、故にこたび、そなたを戦場の同行するわけにはいかん」
「父上、そいはあまりのおおせ。こん又七郎、例え初陣とはいえ父上と同じ陣で死ねるなら本望ごわんと」
「聞き分けのなきことを申すものではない!」
家久は思わず声を荒げた。
「じゃっどん、そいでは、おいは父を捨てて戦場から逃げ戻ったと薩摩であざけりを受けましょう。臆病とそしられるは、薩摩の武士にとってなによりの恥辱でごわす」
そういわれると、家久も返す言葉がなかった。家久は又七郎の冑の上帯を固く結び、もし戦に勝利し父子共に生きて薩摩に戻れるなら、自らの手で上帯を切ることを誓った。
三月二十一日早朝、有馬晴信の居城日野江城を望む海岸で家久は将兵の見守る中、船の纜をことごとく切り払い自ら薩摩への帰路を断った。
「よいか! 薩摩の軍法に退却という文字はない。敵を倒すこと意外に道なしとこころえよ!」
家久は全軍に強く号令した。肥前の熊と鬼島津、雌雄を決する時が近づいていた。
尾張から身をおこし、東海、畿内の大半を手中とし、先年甲斐の武田をも滅ぼした織田信長は、今や押しも押されぬ天下人として君臨し、官位は右大臣。織田軍団の武将達は、滝川一益は小田原の北条征伐、柴田勝家は北陸で上杉景勝の動きに備え、丹羽長秀は四国の長宗我部と対峙し、羽柴秀吉は中国路において毛利家と睨みあってる最中だった。
明智光秀もまた、備中の羽柴秀吉の援軍のため山陽道へ向かうはずだった。その光秀がいかなる理由があって魔がさしたのか、今となってははっきりしたことはわからない。桂川を渡った光秀は、軍配を振りかざすと、
「敵は本能寺にあり」
と全軍に号令した。だが将兵達は、本能寺に宿泊する敵が何者か、誰一人として知るよしもない。知っていたのは斉藤利三、明智秀満等、明智軍の最高幹部のみだった。軍勢の津々浦々にまで知れわたると、将兵の多くは恐れをいだく。光秀の小利口な点はここにあった。
軍勢は山陽道ではなく、都へと乱入し、夜明け前本能寺へと至った。本能寺は無防備な寺ではなく堀・土居・石垣・厩を新設するなど、防御面にも優れた一個の城塞であることが、最近の調査で明らかとなった。だが、小姓を中心としたわずかな供まわりだけでは、明智の大軍に対し無力に等しい。
「是非もなし、今はこれまで」
天下統一を眼前にして、死期を悟った信長は、こうつぶやいたと伝えられる。今川義元に田楽狭間で奇跡的な勝利をおさめ、美濃を奪いやがて上洛。武田信玄、上杉謙信と宿敵達の突然の死。相次ぐ強運。尾張一国の弱小勢力から、昇龍のように天下へ最も近い位置までかけ昇った男・織田信長。その死はあまりにも唐突すぎて、日本国中に波紋を巻き起こさずにはいられなかった。
信長の死、そして信長の一武将羽柴秀吉の電光石火の中国大返し、さらには明智光秀の敗死、世はまさに大きく変容しようとしていた。だが都から最も遠い九州では、島津・大友・龍造寺の三すくみの状態がいまだ続き、数年のうちに秀吉の世が、九州をすっぽり飲みこんでしまおうことなど知らずにいる。
かって九州九カ国のうち六カ国を領有した大友家は、日向耳川の戦いで島津家の前に大敗し、昔日の面影なく衰退の一途をたどっていた。南端の地薩摩から興った島津家は大隅・日向と勢力を拡大し、今また肥後へと支配を及ぼそうとしている。その島津家の前に今また、肥前から、肥後・築前・筑後・豊前と勢力を拡げ、壱岐・対馬の両島と合わせ、五州二島の太守を名乗る龍造寺隆信が大きく立ちふさがろうとしていた。
「己赤星統家! わしを愚弄するか!」
龍造寺隆信はいらだっていた。庇護下にあった肥後の国の有力国人赤星統家に、島津家に気脈を通じる意図がありとして糾弾の使者を送ったところ、病気を理由に使者を追いかえしてきたからである。
「いいだろう、これで赤星統家に二心あること明らかとなった。これに報いる術は一つ」
「もしや、我等のもとに人質としてある赤星統家の幼い子等を、手にかける所存ではありますまいな?」
重臣鍋島信生は、主君のこれ以上の乱心を恐れた。
「何故の人質じゃ? このような時のために人質がいるのであろう」
「しかし幼子を殺す所業、我等のもとに帰参している豪族達は、決して快く思うはずがござりません。島津に寝返る者が今より増えるは必定」
「だまれ! 禍根は末代まで断たねばならぬのじゃ!」
竜造寺隆信は、家臣団の反対をおしきって十四歳の統家の嫡男、六歳の娘の二人を磔にした。
『赤星是を聞きよりも、憤怒の気天を衝き、悲嘆の涙血をそそぎ……』(筑後将士軍談)
こうして赤星統家は龍造寺家と決別し、島津寄りの立場を明らかとするのである。さらに龍造寺から島津に鞍替えをはかろうとする者がいた。切支丹大名としても名高い、肥前の有馬晴信である。
天正十二年三月島津義久は、有馬晴信から龍造寺隆信率いる三万の大軍が、島原半島に接近中との急報を受ける。
「恐れながら、すぐに援軍を送らねば、有馬殿のわずかな兵ではもちこたえること無理ごわんと」
と意見したのは島津義弘だった。
「どげんすっか、今、龍造寺とこと構えること賢明か否か? 聞けば三万の大軍とか、まだ肥後の支配とて磐石でないというに」
「おい達を頼ってきたもの見殺しにするは信義に反するかと、肥前、肥後の多くの豪族が、おい等を見限ることにもなりかねもさんぞ」
と、新納忠元が出兵論を口にした。
「じゃっどん、先年おい達のもとに帰参してまいった阿蘇氏の動向が気になる。臣従したといっても、口先ばかりではごわはんか? それに大友とてまだ侮れん。遠く島原まで出兵することが、当家にとっていかほど益になることか……」
一同に重い沈黙が走った。座が有馬晴信見殺しもやむなし、という方向に傾きかけた時だった。
「恐れながら、我が薩摩の武士にとり、信義に反するふるまいは最も恥べきことと思いもす。今兄者自ら動けなくとも、おいだけでも島原へ出兵するちゅうことでよかごわすか?」
口を開いたのは島津家久だった。
「多くの兵はさけんぞ、せいぜい三千ほど、それでも行くか?」
「例え討ち死にしても、戦場での死は薩摩武士の本望ごわんと」
「よくぞ申した。ならばこれにて軍議は打ち切りとする」
一同座を後にし、家久は一つ大きく息をついた。あれいはこの戦で死ぬかもしれない。そう思った時ふと脳裏にうかんだのは、自らの嫡子又七郎豊久の姿だった。
時を経ることなく家久は、島原半島へ三千の軍勢とともに出陣する。又七郎豊久は十四歳で元服をすませたばかり。この合戦が初陣であった。だが龍造寺軍の兵力は予想外で、三万どころか五万はあると思われた。
「又七郎、おはんは今から薩摩へ戻れ」
「何故でございまするか?」
真新しい鎧に身を包んだ又七郎は、突然の父の言葉に動揺を隠せなかった。
「うむ今回の戦のう又七郎、予想外の大戦になる。戦場を知らぬそなたでは無理かと思うのじゃ。二年前、都では織田信長公がみまかった。今こん日本国を動かしておるのは、羽柴秀吉と申す者じゃ。おいにはな、今こん日本国が根底から変貌しようとしているように思えるのじゃ、おいはこん戦で死ぬかもしれぬ」
死という言葉が家久の口から出た時、又七郎には一瞬父が遠くみえた。
「じゃっどん父が死んでも、又七郎には生きてほしい。生きて新たな世を、父の分まであおぎ見てほしいと思っておるのじゃ、故にこたび、そなたを戦場の同行するわけにはいかん」
「父上、そいはあまりのおおせ。こん又七郎、例え初陣とはいえ父上と同じ陣で死ねるなら本望ごわんと」
「聞き分けのなきことを申すものではない!」
家久は思わず声を荒げた。
「じゃっどん、そいでは、おいは父を捨てて戦場から逃げ戻ったと薩摩であざけりを受けましょう。臆病とそしられるは、薩摩の武士にとってなによりの恥辱でごわす」
そういわれると、家久も返す言葉がなかった。家久は又七郎の冑の上帯を固く結び、もし戦に勝利し父子共に生きて薩摩に戻れるなら、自らの手で上帯を切ることを誓った。
三月二十一日早朝、有馬晴信の居城日野江城を望む海岸で家久は将兵の見守る中、船の纜をことごとく切り払い自ら薩摩への帰路を断った。
「よいか! 薩摩の軍法に退却という文字はない。敵を倒すこと意外に道なしとこころえよ!」
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