戦国九州三国志

谷鋭二

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【第二章】丹生島城攻防戦

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 丹生島城は、東西約四百二十メートル、南北約百メートル。大分へは六ヶ追、津久見へは津久見峠、東方へは豊後水道と三方を自然の要害で守られた、海上に浮かぶ巨大な要塞である。
 今、この丹生島城が大友、島津最後の決戦の舞台になろうとしていた。
  島津家久は、白浜重政と野村文綱の二人に二千の軍勢を与え、丹生島城に進出させていた。島津勢来るの報に、教会では緊急を知らせる鐘が乱打される。慌てて家財道具をまとめ逃亡を図る者もあり、城下は騒然となった。

  
   こうした中、丹生島城の主である大友家の前国主大友宗麟は、相変わらず城の一室に設けた礼拝堂にこもり、自ら全軍の指揮をとろうとはしなかった。
 家臣等はあきれたが、今はもう宗麟一人にかまっている余裕はなかった。なんとしても自分達だけで、城を守りぬく策をこうずるより他なかったのである。
  
 
   島津勢は城に迫っていた。島津家では、将兵の略奪、婦女子に対する暴行等は軍規により固く禁じられていた。だがいかに厳格な掟も、時として末端の兵士の欲望を抑えきれない時もある。
 城下の至るところで、女、子供、老人等の非戦闘員が無意味な殺戮の犠牲となる光景が目撃される。そして暴徒と化した島津兵の一部が事もあろうに、この危急の時に、老人や年端いかぬものを安全な場所にかくまおうとしていた、宗麟夫人ジュリアのいる教会へと襲いかかったのである。
「おらー誰かおらぬか、よか、おごじょ(女性のこと)はおらんか!」
  島津兵の叫ぶ声は、イエス像の前にひざまずいていた多くの老若男女を、たちまちのうちに恐怖と混乱におとしいれた。やがて島津兵達は鎧・甲冑の音とともに教会に乱入する。
 「オヤメクダサレ、ココニハ弱イ人間バカリデス、殺サナイデクダサイ」
  南蛮人らしき宣教師が、島津兵に頭をさげ助けを求めたが、一刀のもとに切り捨てられてしまう。勢いにのった島津兵はもう止められなかった。目につく者すべてを切り捨て、壁にかかった絵もずたずたにされ、イエス像までもが破壊された。やがて島津兵は、教会の奥まった一室で小さなマリア像に祈りを捧げる、一人の夫人を発見する。宗麟夫人ジュリァだった。

 
「おい女がいるぞ、しかもなかなかべっぴんな、おごじょじゃなかか」
  女と聞いて、兵士達がどやどやと集まってきた。
 「なんばしちょるこげなところで、おい達と、よかことでもせんか」
  兵士達は口々に宗麟夫人をあおったが、夫人はかまわず祈りを続けた。
 「なんとかいわぬか、ああ!」
  一人の兵士が声を荒げた時だった。夫人は隠しもっていた刃で、兵士を刺しつらぬこうとした。
 「おお、こいはまた気が強かおごじょじゃなかか」
  夫人の抵抗は兵士をさらに刺激した。
 「静かにせんかい! 殺すぞ!」
  兵士が刀を突きつけた時、悲劇はおこった。夫人は自ら突きつけられた刀を、喉元に押しあてたのである。鮮血がゆっくりと地に滴り落ちた。
  切支丹は自殺を禁じられているため、形だけでも他殺として、夫人は自らの生涯に終止符を打ったのであった。

  
   夫人は変わり果てた姿で、宗麟のもとへ戻ってきた。宗麟は拳をかすかに震わせながら冷たくなった夫人の手に、十字架をしっかりと握らせた。
 「恐れながら、悲しんでばかりいる時ではござりませんぞ。島津兵が迫っております。我等も、もはやこれまでかもしれませぬ」
  重臣吉岡甚吉が、宗麟に覚悟を促した。
 「わしに自害でもせよと申すか。いや、まだだ、わしにはまだやらねばならぬことがある。国崩を用意せよ」
 「なんと仰せられた?」
 「女、子供、老人等戦できぬ者全てを城の中に収容せよ。島津に、神の威光のなんたるかを示す」
  その時甚吉は、宗麟の目に戦国大名の闘志を再び見た。
 「かしこまりました!」

  
 一方島津勢は、平清水口に本陣を置いていた。時を置かず島津軍の総攻撃は開始された。だが宗麟自ら城壁の前に姿を現わしたことに、大友軍の将兵は勇みたった。
 『こげな城、一気にもみ潰せ!』
  殺到する島津軍、だがその時南蛮渡来の国崩砲が、突如として火を噴いた。一撃目は島津軍の密集する地点にある松の大木に命中し、倒れた松の木の下敷きとなり、多くの島津兵が死傷する。二発目、三発目、国崩砲が炸裂する度砂塵がおこり、人馬共に宙天高く舞った。直撃を受けた兵士は瞬時にして肉塊と化す。
  島津方の陣地は各所で火に包まれ、兵士達が火消しに追われることとなる。丸十字の旗差しが倒れ、島津方には丹生島の要塞そのものが、味方を呑みつくす一個の怪物にさえ思えた。

 
『命を惜しむな、名こそ惜しめ』
  この機を逃さず、古庄丹後入道 、葛西 周防入道 等は城から打って出て、莵居島の島津軍と一戦を交える。城の南西側の丘陵にある 仁王座口では、吉岡甚吉、利光彦兵衛尉、吉田一祐らが奮戦し敵を退散させる。
  天徳寺(旧姓柴田)礼農、統勝父子は、島津方に寝返った柴田紹安と同族で、そのため一時は謀反の疑いすらかけられた。礼農父子は汚名返上のため、島津軍を討つため臼杵鎮順らと平清水口に出撃する。
 礼農は銃弾が数発貫通してもなお阿修羅のように奮戦し、やがて壮絶な討ち死にを遂げた。父の死を知り、統勝もまたとって返し若い命を散らせた。

  
 やがて、にわかに天空が暗くなり、激しい雨が降りだす。雷光が天を裂き、ついには島津兵の密集する地点に落雷が直撃する。雨で大砲こそ使えなくなったが、代わりに今度は落雷が島津勢を苦しめることとなった。再び島津方の陣は各所で炎上した。
 宗麟はしばし天を仰ぎみた。そして天にむかい何事かを語りかけると、かすかに笑みさえうかべた。宗麟は天の彼方に何者かの影を見ているかのようだった。
 やがてかすかに陽の光が、暗雲の間から差し込んだ時だった。不意に宗麟は軽いめまいを覚え、たちまちのうちに意識が混濁した。手にしていた刀が鈍い音をたてると同時に、宗麟はそのまま、ゆっくりと地に伏した……。


 「大殿、敵がひるんでおりまするぞ! 大殿……」
  重臣吉弘統幸は、眼前の不幸な光景を間のあたりにする。そこに、かっての六カ国守護の哀れな末路を見た。
 「大殿! しっかりなさいませ大殿!」
 「敵に……知られてはならぬ」
  すでに顔色に生気はなく、聞きとれぬほどの声だった。宗麟はただちに城の奥へと収容される。
  
 
 宗麟の重病を伏し籠城戦は続けられた。包囲四日目、再び降りだした激しい雨の中、天を裂く落雷が、一団の軍勢の姿を鮮明に浮かべあがらせた。小早川隆景、吉川元春等に率いられた毛利勢が、関白秀吉の先遣隊として到着したのだった。島津勢は状況の不利を悟り撤兵を開始した。

  
 こうして島津軍は丹生島城攻略に失敗した。それは同時に、島津家の九州制覇の野望がついえたことでもあった。
 島津、大友、龍造寺、三者による九州の覇権をかけた戦いは、ここに終わりを告げる。そして、より強大な軍馬の足音が九州の地に近づいていた。

  

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