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【第三章】文禄の役・日明和議と晋州城攻撃
この頃加藤清正は安辺で、小西行長が平壌で大敗したという報に接した。時を経ることなく馮仲纓という者が、明国朝廷の使節として乗りこんできた。口上は、
一 清正が捕らえた朝鮮二王子の返還
二 日本の部隊は平壌で敗北した後、少しずつ南に退きつつある。降伏は時間の問題であること
三 汝、清正は咸鏡道において揮下の将兵に婦女子への暴行、その他略奪等を禁じ、朝鮮二王子にも礼をもって接したと聞く。殺すにはおしい仁故、助命してつかわす。降伏か、さもなくば明軍四十万の精鋭が、雪崩をうって攻め込むであろう
というものであった。むろん、この時清正は碧蹄館での日本側の勝利を、まだ知らずにいる。
「使者の口上あいわかった。遠路はるばるこの安辺まで、ご苦労でござった」
清正は一通り聞き終わると、ひとまず使者の労をねぎらった。
「さりながら」
と清正は、かすかに眼光を鋭くする。
「捕らえた二王子のことは、すでに太閤殿下に報告ずみである。二王子をいかようにするかは太閤殿下が決めること。それがしの一存では事を決することができぬ故、その点は御容赦願いたい。
また平壌にて小西行長が大敗したこと、すでにそれがしも聞き及んでいるが、行長は元が堺の薬問屋の家に生まれた者。若年のおり朝鮮に渡り地理に詳しい故、道案内役として、こたびの遠征軍の列に加えられただけの者でござる。降伏か否かを決するは、かの薬売りに非ず、それがしをおいて他にない」
と清正はここでも、行長を歯牙にもかけぬ様子をしめした。
「明国が四十万の兵をもって、それがしを討伐に参ると申すが、ここ咸鏡道は天険の要塞。我等この地に籠もり抗戦に及べば、明軍四十万といえど恐れるに足らぬ。ゆくゆくこれを平らげ、やがては北京に達し明国皇帝を虜とするであろう」
馮仲纓は、かすかに額に汗を浮かべた。半ば大言壮語であろうが、馮仲纓とて咸鏡道をも越え、兀良哈まで攻め入った清正の武勇のほどは聞き知っている。使者が一時動揺したのを見計らった清正は、
「さあ客人のお帰りであるぞ、誰ぞ門の外まで丁重にお迎えせよ」
と大音声をあげた。
「いずれ後悔されますぞ」
結局馮仲纓は、何一つ得ることなく安辺を後にするより他なかった。
小西行長は、この間も和平交渉に奔走している。碧蹄館の敗戦以後、明側もまた和平に傾きつつあった。明朝廷では宋応昌という者と、あの沈惟敬をまたしても行長のもとにつかわした。
沈惟敬は行長に面会を許されると先刻の件につき、まず謝罪したうえで、自らはあくまで和平を進めるつもりであったが、明朝廷内部の主戦派の勢いが強く、自らの力では事をどうすることもできなかったと、真偽定かならぬことをいった。そのうえで宋応昌と沈惟敬は、日本軍が朝鮮から兵を退き、朝鮮二王子を返還し、秀吉が明皇帝に謝罪を行えば、明国皇帝は秀吉を日本国王に封じるであろうと、条件を提示した。
こうして和平工作を進める一方、明軍は決死隊を募り、漢江沿岸の龍山(現在のソウル市龍山区)にある日本側の穀物倉二十三ヶ所を焼き討ちにする。これにより日本軍は、さらなる兵糧不足に苦しむこととなった。
一方、島津勢と島津義弘は江原道の金化城にいた。金化は咸鏡道・慶尚道に挟まれ、守備位置として最も危険であるばかりか、周囲は険しい岩山に阻まれ、穀物はおろか野菜すら育たない。金化城からわずかに離れた場所に春川城があり、この城には、今は亡き島津家久の遺児豊久が、五百の手兵で籠もっていた。この城に明兵六万が攻め寄せてきた。だが救援にかけつけた義弘は、五百の決死隊をもって明軍の本陣に夜襲をかけ、見事これを撃退してしまう。この時の義弘は、何者かに憑かれたかのような戦ぶりであった。危機を救われた豊久は、以後義弘を実の父のように慕い、やがては命すら捨てることになるのである……。だが一方で、義弘には新たな不幸が襲おうとしていた。
明朝廷と日本側で和平交渉が進んでいる間、島津家中では陣中の暇をもてあまし、虎狩りなどをして時間を費やすことが多々あった。
虎は潅木に生き餌として子牛などをつなぎ、その出現を待つ。果たして虎は現われた。
「来ましたぞ若殿」
と老臣羽生藤左衛門がいうと、若武者久保は、
「よし、まだだ、わしがよしというまで撃つな」
と、自らもはやる心を抑える。
「今だ、放てい!」
久保の号令一下、左右の茂みから鉄砲が虎めがけて一斉に発射される。そのうちの数発が虎に命中し、虎は断末魔の叫びとともに倒れた。
「若殿、お見事でごわす」
一同が一斉に骸になった虎にかけよった時、予想外の事態が待ち構えていた。この光景を、もう一匹の虎が見下ろしていたのである。巨獣とは思えぬ敏捷さで山を降り、久保とその配下に襲いかかる。
「己、畜生め!」
久保はとっさに刀を抜こうとしたが、動揺しうまく抜けない。その隙に虎は唸り声とともに、久保の左肩を深々と傷つけた。もんどりうって倒れる久保を横目に、虎はさらに久保配下の侍達に襲いかかる。一人は顔面を傷つけられ血まみれになり、またある者は爪で何メートルも引きずられ命を落とす。
その時、義弘が配下とともにかけつけた。
「おはんの敵はわしじゃ!」
義弘が大音声をあげると、虎もまたそれに応じるかのように、よだれを滴らせながら義弘をも、その爪と牙で一撃にしようとする。
「チェストォォォ!」
義弘は、幾度もの戦場で敵兵を凍らせた大音声を、虎に向かってはなった。虎もまた目をいからせたまま、瞬時棒立ちとなる。次の瞬間、義弘の体捨流の奥義を極めた致命の一太刀が、虎を真二つにした。虎は鮮血とともに絶命した。
久保は一命はとりとめたものの、以後寝たきりとなってしまう。傷口から感染症に罹ってしまったのである。責任を感じた山元勘三衛門、田中三右衛門等が、腹を切って詫びる事態にまでなった。そして久保はついに、二十一歳の若い命を散らしてしまうのである。
「久保しっかりせえ! 今の島津家には、おはんが必要なのじゃ。おはんが死んだら、おい達はどげんしたらよかか!」
義弘は必死に危篤の久保に呼びかけた。
「父上……」
久保はかすかに口をきいた。
「父上とともに……今一度戦場に……」
それが久保の最後の言葉だった。もともと勇猛の士に似合わず、どこか子煩悩なところがあった義弘は、その場に泣き崩れ、いつまでも嗚咽し続け、ついには冷たくなった久保を背負い、
「帰ろう、おまんとともに薩摩に」
と、正気から外れた行動にでてしまう。
「おやめ下され! かようなことをしても若殿は生き返りませぬ!」
近臣の一人が、これもまた泣きながらいうと、義弘は再びその場に伏して嗚咽した。
文禄二年四月十八日、ついに日本軍は漢城から釜山目指して、一斉に撤退を開始する。加藤清正もまた、朝鮮二王子を伴い南下を開始した。
五月、小西行長・石田三成は、明使節二名を伴い名護屋へ帰国する。だが行長も三成も、この二名の者が明皇帝から任命されたわけでもない、いわば偽りの使節であることを知らずにいた。
偽りの使節謝用梓と徐一貫は、肥前・名護屋で徳川家康、前田利家等に毎夜のように饗応を受けた。さらに名護屋城内の山里丸にある金の茶室で、秀吉への謁見も許される。秀吉は両名に対し、勘合貿易の復活、明皇帝の公主の降下、朝鮮の南四道を日本の領土として認めることなどを、和議案として提示した。
このうち朝鮮の南四道割譲を既成事実とするため、秀吉は朝鮮在陣諸侯に対して抜け目なく、ある計画を命じていた。
晋州城は慶尚南道にあり、慶尚から全羅道へぬける重要な拠点であった。また晋州城周辺は穀倉地帯ともなっており、秀吉がこれを欲したのも、いわば当然の成り行きであった。晋州城をめぐっては、文禄元年十月、すでに日本軍が一度攻略に着手している。だが城将金時敏を始め、昆陽県監・李光若らが指揮する約三八〇〇人の兵士に加え、多くの避難民が城内で防戦に努め、日本軍はついにこれを陥落させることができなかった。
第二次となる今回の晋州城攻略には、日本軍はおよそ九万の兵力を投入し、対する守備兵は約七千。六月十五日、加藤清正等に率いられた日本側の部隊は、喚声をあげて城に迫るが前回同様、守備側の必死の抵抗により、苦戦を強いられることとなる。そこで日本側は軍議の末、小早川秀包を先鋒とし、晋州城に夜討ちをかけることなった。
小早川勢は、夜陰音を消し静かに城に迫る。ところが、ようやく小早川勢の前に晋州城の城郭が露わになった時、異変はおこった。突如として、城壁の影に身を潜めていた朝鮮側の守備兵が姿を現わし、弓矢を雨あられと撃ちこんできたのである。日本側の夜襲は、すでに察知されていたのである。
「申しあげます。小早川勢苦戦しておりまする!」
物見に知らせに立花宗茂は、
「よし、毛利と小早川には今まで幾度も危機を救われた。今度はわしが小早川を救う時じゃ」
とただちに馬上の人となると、一隊を率い城の搦め手にまわり、朝鮮守備兵をかく乱する。
新手の敵の出現に、朝鮮守備兵も最初動揺したが、ただちに体制を立てなおし反撃にうつる。秀包、宗茂の力戦も空しく、この日、日本軍は城を陥落させることができなかった。
数日して、今度は晋州城の城兵が宗茂の陣に夜襲をしかけてきた。宗茂は奮闘するも、揮下の将兵は次から次へと討ちとられていく。宗茂も最早これまでかと観念した時、周囲の山々から一斉に鉄砲の音が響きわたり、立花勢を援護することとなった。宗茂は、かすかに朝日に照らされた軍旗をあおぎみた。それはまぎれもなく丸十字の旗印、島津勢の旗だった。島津勢は大将島津義弘の号令一下、一斉に山を降り朝鮮守備兵に迫る。これに動揺した晋州城の城兵達は半刻(約一時間)を待たずして城に退いた。
合戦が終わり立花宗茂は、この時初めて島津義弘という人物とじかに接することとなった。床机に腰かけていた義弘を仰ぎ見た宗茂は、思わず片膝をついた。
「若殿、なにも膝をつかなくとも!」
側近の一人があわてて宗茂をたしなめた。いかに窮地を救われたとはいえ、実父の仇に等しい人物である。まして宗茂も義弘も豊臣政権下の同格の大名である。本来ならば膝をつくなどありえなかった。だが親子ほど年齢の離れた義弘の仁徳とでもいうべきものが、宗茂をして自然と膝をつかせた。
「そなたは年はいくつになる?」
義弘が尋ねるので、宗茂は二十七と返答する。
「そうか……若いのう。我が息子久保とどこか似ておる」
その時宗茂は、老将の目にかすかに光るものを見、一時困惑せずにはいられなかった。
六月二十六日、日本軍は獣の皮で覆った大櫃の中に兵を入れ、仕寄普請にかかった。これに対し城方は、大石等を落として対抗する。一方城の東門においても、日本側は大木を立て、その上に囲いをもうけて兵を潜ませ城内に火矢を放った。だがこれも朝鮮守備兵が大砲等をもって応戦したため、成果はあがらなかった。大将の宇喜多秀家は、城内に降伏勧告を行ったが城側に拒絶された。
さらに日本軍は、亀甲車と命名された新たな兵器を開発していた。亀甲車とは四輪車に大櫃を取り付け、その中に兵士が入り轍を回して進むものである。これにより火矢を防ぐことが可能になった。加藤清正の家臣森本儀太夫、飯田覚兵衛等は亀甲車により晋州城北面にまわり、足軽や職人等とともに、鉄梃で石垣を崩しにかかる。
六月二十八日、晋州城正門の石垣にも穴を開けた日本軍は、ここに攻撃を集中、城方の忠清兵使黄進が討ち死にした。万を持して日本側は翌未明、総攻撃を開始する。城方は火矢を集中して防戦につとめるも、亀甲車には通用しない。
西門からは黒田長政の一隊が城の攻略に着手する。やがて城内への潜入に成功した黒田方の武者が、
「我こそは、黒田家家臣後藤又兵衛なり!」
と亀甲車の中から出現し、大音声をあげた。さらに他の諸隊も、次から次へと城への潜入に成功し城の命運は決した。城方の金千鎰・崔慶会等は南江の流れに身を投じ、七千で九万の敵に対すること十四日、ついに晋州城は日本側の手に落ちたのである。
この間も講和交渉は進行していた。石田三成と小西行長は、虚々実々の駆け引きをもって明側と交渉し、ついには秀吉をも欺いた。いや、明国朝廷もまた欺かれたといってよい。清正は捕虜にした朝鮮二王子を返還することとなり、ここに和平は実現を見たかに思えた。だが、戦乱は終局したわけではなかった、。
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応援や感想、更にはアドバイスなど頂けると幸いです。
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多々間違える部分があると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
