残影の艦隊~蝦夷共和国の理想と銀の道

谷鋭二

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【第三章】大政奉還

油小路事件

 御陵衛士の主要人物と生国

 三番隊長 斎藤一   播州明石
 八番隊長 藤堂平助  江戸
 九番隊長 三木三郎  常州志筑
 諸志調役 篠原泰之進 久留米
 同    毛利監物  弘前
 同    服部武雄  播州赤穂
 伍長   阿部十郎  羽州
 


 徳川慶喜による突然の大政奉還は、あらゆる方面に驚きと衝撃を与えた。そして新選組もまたこの時代のうねりに、激しく揺さぶられることとなる。
 新選組の歴史は、常に内部粛清と分裂の歴史であった。慶応三年(一八六七)三月、新選組は思想の違いから新選組そのものと、御陵衛士という勤王色の強いグループに分裂する。この御陵衛士のリーダーとでもいうべき人物が常陸国の出身の伊東甲子太郎だった。
  伊東甲子太郎は、この時三十四歳である。水戸で水戸学の洗礼を受け、剣は神道無念流、北辰一刀流を学んだ。いわば文武両道に優れた傑物であった。
 北辰一刀流に関しては、江戸深川中川町の伊東道場で学んだという。そして道場主の伊東誠一郎に認められその婿養子にもなった。この時同じ伊東道場に通っていた新選組の藤堂平助の誘いにより、自らも新選組に身を置くこととなる。
 しかしこの決断は長い目で伊東の将来を考えた時、誤りであったといっても過言ではない。伊東と新選組の近藤では尊王攘夷というところでは一致するかもしれないが、伊東は勤王色が強く、一方の近藤は筋金入りの佐幕派といえた。
 両者の溝は時間の経過と共に深くなる。そして慶応三年三月、ついに伊東は新選組から自らの思想に共鳴する者を引き抜き離脱する。薩摩・長州の動向を探るというのが名目であった。伊東を中心とする新たな組織は、孝明天皇の御陵守護の任も兼ねていることから御陵衛士を名乗った。また東山高台寺の月真院を屯所としたため高台寺党ともいわれる。彼らの中には試衛館以来の近藤、土方達の同士であった藤堂平助もまじっていた。
 表面上は互いにわだかまりがないことになっていたが、実際はそう簡単にはいかなかったのである。

 慶応三年(一八六七)十月の末頃のことだった。あの沖田総司は病のため剣を振ることはもちろん、床から一歩も起きあがれない身となっていた。その沖田を久方ぶりに土方が見舞った。
「聞きましたよ土方さん。徳川幕府がなくなったそうですね?」
 と沖田は力ない声でいう。
「ああ、残念ながらそれは本当のことだ」
「僕たちは一体何のため、今までがんばってきたんでしょうね? 大勢の同士の死は結局何のためだったんでしょうか? 新選組もなくなってしまうのかな」
「なに幕府はなくなったが、徳川は日本国で最大の大名であることに変わりがない。将軍慶喜公も朝廷の公家どもなどに政治はできず、結局自分が仕切ることになるって見こしての政権返上ってわけよ」
「でもかすかに聞くところによると、恐らく薩摩、長州の連中と戦になるとか? 悔しいなあ……戦いになっても自分はもう剣をふることはできない」
 総司はさらに空ろな目をした。そんな総司を見ながら土方は真顔になった。
「いいか総司よく聞け。この先いったいどうなるか、正直もう俺にもわからねえ。だが幕府がなくなっても将軍家が存続する限り新選組は戦う。薩長の連中と戦になるかもしれねえが、その時は俺たちは戦場で戦う。そしてお前はここで病と戦うんだ。いいか決して生きることをあきらめるな。俺たちが全員死んでもその時がお前が生き残って俺たちの墓を守れ。そしてお前が死んでも、俺たちが必ずお前という男が生きた証になってみせる。とにかく俺たちとお前、必ずどちらかは生きのこるんだ」
 沖田はかすかにうなずいた。
「それじゃ俺は用事があるからな。とにかく頑張れよ」
 去り際沖田が土方を呼び止めた。
「藤堂さんは元気かな? さっき藤堂さんと剣の稽古をする夢を見たんだ」
「もちろん元気さ。今はもう新選組じゃないが、別に死んだわけじゃねえしな」
 土方はため息まじりに言った。
 沖田にとっても土方にとっても試衛館以来の同士である藤堂平助は、この時まだ二十三歳だった。非常に愛嬌があり性格も明朗で、この若者こそ好漢という言葉がピッタリくる人物もめずらしかった。
 新選組が京の治安維持にあたるに際し、敵の居場所に真っ先に踏み込む役割を死に番といった。平助は勇敢で度胸もあり、命の危険が極めて高いこの役割を恐れることなくこなした。そのため魁先生などと呼ばれたという。
 沖田は御陵衛士が離脱する時、藤堂が密かに自分に言った言葉を思いだしていた。
「あなただから本当のことをいいます。場合によっては新選組と高台寺党は敵味方にわかれる日が来るかもしれません。その時は沖田さん、遠慮なく僕の首を取りにきてください。あなたに斬られるなら本望です。その代わり、僕もそう簡単には負けませんよ」
 と藤堂は半ば冗談まじりでいったものだった。そしてそれが今、現実のものになろうとしていた。この頃すでに、新選組と高台寺党は後戻りできぬ関係になりつつあったのである。

 高台寺党は薩摩、長州の動向を探るのが目的であったはずが、次第に高台寺党の方から薩長に接近し始めていた。これは新選組の側からすれば、許しがたい裏切り行為だった。そして十一月をむかえた。伊東甲子太郎は長州の品川弥次郎と、とある老舗料亭で密会し、大政奉還後の政局についてしばし議論した。
「それで、何でおまえさん達は同士の新選組を見限る気になったのでござるか?」
 と弥次郎は酒を飲みながら聞いた。
「されば、あの新選組の近藤とは議論する以前の問題でござった。それがしには相応に意見もあり、思想もござる。近藤は口に愛国や佐幕をとなえまするが、意見も思想もなく議論になり申さん。あの副長の土方に至っては、近藤よりまだひどいものでござった。しょせんあの者たちは、だた戦うだけの集団でござる。今の日本をどちらに持っていくかなどという次元には到底及びませぬ。それ故道を違えることとなったのでござる」
 弥次郎は、一々頷きながら伊東の言葉に聞き入った。
「なるほど時はかわる。これから徳川が討伐されるというに、幕府の犬に従うはあまり利口とは申せぬしのう」
「やはり戦になりますかな?」
 と伊東は改めて聞いた。
「今、我らは薩摩とも共同の上で朝廷から、徳川慶喜に全国にある七百万石の領土を返上するよう働きかけるよう工作をしておるところだ」
 この言葉に、さすがに伊東甲太郎も驚きの色を隠せなかった。
「何と! しかしそれは徳川に対しあまりに酷ではござらぬか。慶喜公も、幕臣も黙っているわけがござらぬ。だいたいすでに政権を返上した慶喜公に、そこまでするはちとやりすぎでは?」
「左様、必ず戦になる。我らにしてみれば大政奉還などでは生ぬるい。徳川は断固として討伐しなければならぬのじゃ。下手すれば五年、いや十年かかるやもわからぬ。なれど戦するしかないのじゃ」
「もし戦長引けば国土は荒廃し、徳川が倒れたとて、この国が諸外国の植民地になることも十分考えられるのでは?」
 伊東の言葉に、さすがに弥次郎もしばし沈黙した。
「しかしな伊東君、しょせん綺麗ごとでは世の中動かん。今のこの国の動乱は、例えば戦国の頃とは異なる。最も強い者が天下を取れば、それで治まるというような簡単なものではないのだ。君のいうように異国のこともある。この国を根本から作りかえねばならぬのだ。そのための絵図面というものを、わしらも、そして薩摩も実は持ってはおらぬのよ。それが見えてくるまで、我らは戦するしかないのだ」
 この弥次郎の言葉に、伊東は内心呆れた。
「されば不肖この伊東甲子太郎、ぶしつけながら新たな国家の構想らしきものを意見してもよろしゅうござるか?」
「面白い。承りもうそう」
 そこで伊東が弥次郎に多少の意見を具申した。その内容というのは、まず日本は諸外国と堂々と交易して国力の増強を図ること、ただし五畿内だけは鎖国同然とし異国の風俗も禁止とする。国民皆兵制とし、軍は天皇が掌握するなどというものだった。
「貴殿も元は低い身分の出身と聞いておりまする。すでに長州では奇兵隊が創設されており、その他武士ではない諸隊の活躍によって幕府軍を撃退したゆえ、おわかりいただけると思う。国防は国の要。有能な者であれば百姓であれ、町人であれ軍において相応の地位につけるようするが肝要と存ずる」
「なるほどようわかりもうした」
 と、弥次郎は半ば感心しながらいった。
「それにしても貴殿ほどの者を、近藤もやすやすと手放すとは、ずいぶんと惜しいことをするものよのう」
 伊東は、しばし弥次郎が何をいわんとしているのかわからず、いぶかしんだ。
「よもや貴殿は今でも新選組と通じており、我等の情報を新選組に流しているというわけではあるまいな?」
「なんと仰せか?」
 伊東は瞬時にして顔色をかえた。
「いや失礼した。なにしろ我等長州にとり新選組は池田屋以来の不倶戴天の敵……」
「つまりいかがせよと申される?」
「可能なら近藤の首を……」
 伊東の眼光がさらに鋭くなった。
「いや戯れじゃよ戯れ。わしらは決して貴殿を疑っているわけではないので、聞き流してくれ」
 しかし伊東は、戯れといいつつも、弥次郎の言葉に真意が隠されていることを敏感に感じていた。

  伊東が長州や薩摩の要人と接しているという報は、間者を通じて新選組に逐一知らされていた。新選組としてはこれ以上、伊東をはじめとして高台寺党を放置することはできぬこととなった。
 十一月十六日、高台寺・月真院に近藤から一通の書状が届いた。そこにはかねてより伊東が近藤に借用を依頼した金子の用意が整ったので、七条醒ヶ井の近藤の妾宅へ取りに来るようと書かれていた。
「何やら怪しゅうござる。近藤は先生を呼び出して命を奪う魂胆では? 決して誘いにのってはなりませぬ」
 と猛然と反対したのは、高台寺党の中でも最も剣の腕が立つといわれる服部武雄だった。他の者もまた服部に同調した。そして伊東もまた、この件には熟慮に熟慮を重ねることとなる。
 
 翌日の夜半、伊東は高台寺党の同士で篠原泰之進と斎藤一を自らの部屋へ呼んだ。
 「篠原、斎藤、わしは近藤さんの申し出をうけようと思う」
 伊東はしばしの沈黙の後、重い口を開いた。この一言にもちろん二人とも驚きの色をうかべた。
「正気でござるか? いかなる罠が待ち受けているかわかりませぬぞ」
 と篠原は即座に反対する。
「何、案ずることはない。わしにも剣の心得がある。やすやすと斬られはせぬ。だいたい仮にもあの方は新選組の局長だ。堂々と一人でやってきた者を斬り捨てたとあっては、新選組の名に傷がつくというものだ」
「伊東さん、近藤はあんたが考えてるほど簡単な相手ではないぞ!」
 と斎藤もまた反対した。
「いや、むしろ向こうにすきがあれば、こちらこそ近藤の首をいただこうとさえ考えておる。その首をみやげとし、その後すぐに薩摩そして長州の要人と会談する予定だ。手ぶらで行くのもなんだしな」
「馬鹿な! 近藤さんは、たやすく首をとれる相手ではないぞ!」
 と斎藤はなかば呆れ顔でいう。
「もしできればの話しだ」
「それで、薩長の要人との会合の場所はどこだ?」
 斎藤が、いささか眼光を鋭くしてたずねた。
「それはお主たちにもいえんな」
「薩長の要人とは? 具体的な名を聞いてもよいか?」
「薩摩の西郷吉之助、大久保一蔵、長州の山縣狂介。この件はかなり重要なものとなる。恐らく徳川を滅ぼし、あらたなる日本国を創生するための会合となるだろう」
 大物ばかりである。斎藤はしばし沈黙した。しかし斎藤よりも篠原のほうがはるかに動揺の色をありありとうかべていた。篠原の心配事は他にあったのである。

 やがて斎藤は去り、部屋には篠原と伊東だけになった。
「伊東殿! 貴殿は一体何を考えておられるのか? あの斎藤が新選組の間者であることはもはや疑いようもないこと貴殿も存じておろう! あれでは何もかも近藤に筒抜けではござらぬか」
 顔を青くしていう篠原に対し、伊東は突如として不敵な笑みをうかべた。
「わしは、のこのこ近藤のところに出向いてゆき斬られるほど愚かではないぞ。わからぬか? わしが何を考えておるか」
 その時、突如として障子が開いた。篠原は思わず驚きの色をうかべた。入ってきた男はまさに伊東と瓜二つ、篠原は瞬時、伊東が二人になったと錯覚した。
「この男はな、わしの遠い親戚だ。よう似ておるだろう。名は伊東伝介という。わしの影武者として近藤のところに出向いてもらう」
「それではこの者が、先生に身代わりとなって……」
「なに案ずることはない。先ほどの話しを斎藤から聞いた近藤は、おそらくこの男を斬ることはない。わしが会合するはずの薩長の要人の居所をつきとめるまでは、生かしておくだろう。やがて探索方の報告が入り次第、新選組が踏みこむ。薩長の要人ということになれば、池田屋の変の時同様、幹部連中も出動することになろう。こやつは即座に抜け道から逃げる手はずになっていて、新選組が踏み込んだところで、我らの同士で屋敷に火をかけ新選組を一網打尽にする」
 伊東の眼光が鋭くなった。
「なるほど、これでようやく合点がいきましたぞ。つまり間者である斎藤を逆に利用して、新選組に偽りの情報を流すのでござりますな」
 篠原は思わず伊東の顔をまじまじと見た。たいした策士だと思った。
「今の斎藤のような者のことを欧米ではスパイという。そしてわしが読んだ西洋の軍事に関する本では、このスパイを使って逆に偽の情報を敵に流すことをダブルクロスとよぶ」
 御陵衛士では、隊士たちは将来に備えて英語の勉強までしていたという。
「まあ本物のわしは、久方ぶりに女の顔でも見にゆくとするか」
 そういって、伊東は再び不敵な笑みをうかべた。

 十八日の夜半のことである。伊東の影武者である伝介は、七条醒ヶ井の近藤の妾宅で新選組の歓待を受けた。土方歳三、原田左之助、吉村貫一郎といった早々たる顔ぶれが並んでいた。伝介は、幹部連中が全て顔を並べていることに疑念をもった。しかしどうすることもできず、ついつい近藤にすすめられるままに盃を重ねた。やがて酔いが回るころ、土方が近藤の耳元で何事かをささやいた。近藤が伝介に近づいてきた。
「ささ、もう一杯いかがでござるか甲子太郎先生、いや伊東伝介と申しましたかな?」
 伝介は正体を見破らていることに気付き、とっさに刀に手をかけた。しかしもう遅かった。土方はじめその場に居合わせた新選組隊士たちが一斉に抜刀して、たちまちのうちに伝介を無残な屍にしてしまった。重傷の伝介は最後に命乞いをしたが、土方は情けも容赦もなしに伝介の喉元を刀で深々とえぐった。

 同じ頃、本物の伊東甲子太郎は事態を露知らず、やはり妾宅を出てほろ酔い気分で木津屋通りを東へ曲がった。油小路へ出たところで、突如として槍の一突きが首筋めがけて飛んできた。瞬時にして鮮血がまるで噴水のように飛び散った。
「伊東、策士策に溺れるとはよういったものだな。斎藤さんは正体を見破られてることにうすうす気付いていたんだ。そして間者である自分に大事を打ち明けることに疑念を持ったというわけさ」
 と薄笑いをうかべながらいったのは、新選組の大石鍬次郎だった。他にも横倉甚五郎等合わせて五名ほどの隊士がそこにいた。
「ぬぬ! ぬかったか!」
 伊東は歯ぎしりしたが、もうどうにもならなかった。剣の達人であるとはいえ、大量の出血で意識が朦朧となり、ついに本光寺の門前で力尽きたのだった。


 

 (現在の本光寺)

「片付いたか?」
 と近藤勇は空ろな目でいった。敵味方にわかれてしまったとはいえ、近藤は伊東の剣の腕、そして何より学識を尊敬していた。
「かねてからの手はず通り、後は伊東の屍をおとりとして、残りの高台寺の連中も一気にせん滅する!」
 と、やや赤みを帯びた顔でいったのは土方だった。
 出動しようとする隊士に近藤が待ったをかけた。
「藤堂だけは、何とか逃がしてやってくれ」
 その顔には苦渋の色がありありとうかんでいた。その様子に同じく試衛館以来の同士である永倉新八の表情もまた曇った。
「近藤さん、何をいっているんだ。藤堂といえど遠慮する必要はない。過去はどうあれ今となっては敵であることにかわりはない」
 と土方が無情にもいう。
「土方! 俺は池田屋で藤堂と共に戦った。奴がいなければ俺は死んでいたかもしれない。それを斬れとおまえはいうのか!」
 永倉は副長といわず土方と呼び捨てにし、そして怒号をあげた。しかし土方は沈黙したままだった。土方もまた必死に苦痛に耐えている様子だった。永倉は業を煮やしたようにその場を後にした。
「近藤さん、泣いて馬謖を斬るって昔からいうだろ。藤堂もそうだしあの永倉もだ。あの永倉は幾度俺たちにさからったと思う」
 と二人きりなると土方は、密かに永倉を斬るべきだと近藤にもちかける。
「今は高台寺党のことが先だ。他のことを考えている余裕はない」
 と近藤は、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。

 日付も変わる頃になった。月真院にいる高台寺党のもとに、伊東が何者かに殺されたため、遺体を引き取りにきてほしいと町役人より通報があった。一同は愕然とした。
「己! 新選組のほうが一枚上手であったか!」
 この時、月真院に居た高台寺党の者は篠原、三木、服部、毛内、藤堂、加納、富山の七名だった。
「罠だ! これは罠に決まっている。遺体を引き取りにいけば最後、新選組が我等が来るのを待ちかまえているぞ!」
 と服部武雄が血相を変えてさけんだ。
「いや、例え罠だったとしても先生の遺体を放置するわけにはいかない。皆ここはもう覚悟を決めよう」
 と深刻な表情でいったのは三木三郎だった。この一言に一同沈黙した。
 高台寺党の面々は相談の上で、万一の時は大袈裟に武装した姿では、臆病のそしりは免れないので平服で現地へゆくこととなった。ただ服部だけは鎖帷子を着こんで油小路へ赴いた。
 果たして油小路では新選組が待ちかまえていた。新選組側は四十人、一方の高台寺党は八人である。勝負は最初から目に見えていたが、高台寺党の獅子奮迅の戦いぶりは新選組を手こずらせた。しかも元は同じ新選組隊士なのである。高台寺党の中には、かって親しく酒酌み交わした者もおり、新選組側の士気は鈍った。
 七人のうち毛内堅物は、新選組の重囲の中でほどなく討ち死にした。藤堂平助は、近藤の命令もあって隊士たちが暗黙の了解で逃げ道をつくった。しかし藤堂は逃げることなく、新選組最強といわれる永倉新八に襲いかかった。
 上段から刀を振りおろしてくる藤堂の刀を、永倉ががっしりと受ける。
「わしはお前を斬りたくない。近藤さんも土方も他の者も皆同様だ! 早く逃げろ!」
 と永倉が刀で激しく鎬を削りながらも、藤堂の耳元でささやく。
「逃げろ? どこに逃げろというのです? 高台寺党は今日で終わりです。新選組にも戻れない。もう僕にはゆくところがないんです」
 藤堂は二、三歩後退するも再び永倉めがけて刀を振りおろす。次の瞬間、永倉の額がざっくり割れ、鮮血がしたたり落ちた。さすがに他の隊士が加勢に入ろうとする。
「手出し無用!」
 と永倉は後年、七十を過ぎてなお、やくざ者を震え上がらせたという殺気を露わにして叫んだ。この一喝で、他の何人も両者の間合いに入ることができなくなった。
 藤堂がやはり上段から刀を振り降ろしたところを、永倉が冷静に胴を払った。
「見事です永倉さん。あなたと一緒に池田屋で戦えたことは僕の誇りです。もしかなうなら、最後まで共に戦いたかった」
 そういって藤堂は永倉の胸の中で息絶えた。藤堂は享年二十三歳だった。

 一方、御陵衛士側でただ一人鎖帷子を着こんだ服部三郎は、迫りくる新選組の猛攻にも死の恐怖にも動ずる気配すらみせなかった。腰に提灯を差し、民家の門扉を背にして、徹底抗戦を構えをしめす。なにしろ服部は二刀流が使えたうえに、柔術は槍術にも通じた豪傑である。剣の腕ということになると、沖田や永倉に匹敵するとまで噂されたほどである。
 しかも民家を背にしている以上、新選組は正面からしか攻撃できない。もちろん新選組隊士たちの多くは服部の剣の腕を知っている。二、三名が服部のために斬られるとたちまち怖気づいた。
 しかし相手は四十名である。いかに服部といえど体力には限界がある。同時に刀もまたぼろぼろと化した。ただ服部が新選組の注意を引きつけている間に高台寺党の他の篠原、三木、加納、富山たちは、この修羅場から脱出することに成功してしまう。こうして戦場には服部ただ一人となった。
「goodby my friend  You guys live a new era」
(さらば我が友よ おまえたちは生きろ新しい時代を)
 と服部は習ったばかりの英語でいった。
「刀では手に負えん! 槍でつけ!」
 永倉の言葉で最後は槍の達人原田左之助が、全身十数カ所に傷を負い、息も絶え絶えな服部にとどめをさしたという。
 事件後の現場を目撃した桑名藩士の残した記録がある。
「なかんずく服部氏の死に様は、最も見事である。手に両刀を握ったままで、恐らく四十数人相手に決して背を向けることがなかったのか、敵に向かい大の字に倒れていた。頭額前後左右より肩並びに左右腕腹ともに満身二十余創。流血おびただしく、死してなお生けるが如く……」
 
 こうして高台寺党は壊滅した。時代の狭間で、またしても貴重な命が失われた。しかし時はとどまることがない。薩摩はついに武力による徳川打倒へと、大きく舵を切ることとなるのである。
 
 







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