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【第三章】新選組壊滅
流山
しおりを挟む下総に流山という土地がある。近藤勇と土方歳三は、残された古参の隊士では横倉甚五郎、中島登、島田魁等それに、新たに募集した隊士二百名と共にこの地に赴くこととなった。
一方、板垣退助に率いられた東山道先鋒軍は甲府での圧勝の後、多摩地方一帯を徹底的に調査する。そして勝沼の戦いでは大久保大和と偽名を名乗っていた謎の敵将が、実は新選組局長近藤勇であることを薄々突きとめていた。
四月三日、東山道総督府の先鋒部隊およそ三百は、流山に正体不明の部隊がいると聞きこれを強襲した。この時、近藤と土方の不幸は部隊の多くが野外訓練に赴いており、手元に残された兵はわずか数人にすぎなかったことだった。官軍を率いるのは薩摩人で有馬藤太、副参謀格は水戸出身の香川敬三という者である。
「万事休すか……」
近藤は弱気になっていた。とりあえず土方と長々と話し合った末、一旦は敵の本営に近藤自らが赴くこととなる。官軍に叛意がないことを了承させたうえで、攻囲を解いてもらうようしむけるしかないということだった。
近藤は出頭し、官軍の香川敬三に面会を申しいれた。
「それがしは、この部隊の長で大久保大和と申します。世上不穏のおりなれば周辺の治安維持にあたっておりました。官軍に歯向かうなどという意思は毛頭ござらぬ」
と大久保大和と偽った近藤は頭を下げる。この時、近藤の不覚は、自らの正体がすでに半ば露見していることに気付いていないことだった。
この香川敬三なる人物は水戸の出身であるが脱藩して、後に土佐の陸援隊に入隊した者である。陸援隊の頭は、かの坂本龍馬と共に暗殺された中岡慎太郎である。龍馬の暗殺に関しては、土佐人は下手人は新選組であると信じきっていた。当然、敬三は新選組と近藤を憎んでいる。しかも近藤にとって不幸なことに、この東山軍には土佐出身者が多かった。
もちろん香川は近藤本人にじかに会ったことはないが、その特徴のある面相については聞き及んでいた。
「間違いない!」
瞬時、香川の両の眼光に殺意が宿った。
近藤は、取り調べのため東山軍の本営へ連行されることとなった。その前にわずかな猶予が許され自らの陣営に戻ることができた。ここで今後の身の振り方をめぐって土方と近藤が激論になった。
「近藤さん逃げよう。ひどく嫌な予感がするんだ。敵の本営になど赴く必要はない」
土方の必死の説得にも近藤は首を横にふるばかりである。
「逃げたら必ず追ってくる。もう俺たちには逃げ場所なんてないぞ。もし俺に何かあってもお前さえ生きていれば俺は安心だ」
と近藤は力ない笑顔をうかべた。
「俺はな歳よ、正直お前さんのその異人のような恰好を見た時あまりいい気分はしなかった。だが今ではそれもありじゃないかと思っている。俺には見えるんだ。この先十年後、二十年後、変わっていくお前さんの姿が……。人は常に変わっていく。お前さんも変わっていく。しかし俺はもうこれ以上変わることができない。だが幾たび変わっても忘れるな。俺たちがあの誠の旗のもと共に戦い続けたことを……」
「近藤さん、そんな悲しいこといわないでくれ。日野にいた頃からずっと一緒だったじゃないか! これからもずっと一緒だ!」
必死の形相で土方がつめよるも、結局近藤を止めることはできなった。
土方は緩い下り坂に消えていく近藤をただじっと見つめていた。いつの間にか二人の心の中のどこかですれ違いがおこっていた。この時にいたって時は戻らない。やがて近藤の姿は消えた。土方はついに泣く。そして両者が再び会うことはなかった。大久保大和の正体はすぐに露見する。あの御陵衛士の残党が、その正体が近藤勇であることを公にしたのである。
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