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【第三章】新選組壊滅
攻防宇都宮城
しおりを挟む江戸城は新政府側に明け渡され、徳川慶喜もまた水戸へ蟄居するも、幕臣たちの抵抗はなお続いていた。彼らが最も頼りとしたのは、かっての京都守護職・会津藩と松平容保だった。
旧幕臣たちは北を目指す。榎本武揚の旧友にして、適塾出身の大鳥圭介もまたその一人だった。そして配下の幕府伝習隊は、フランス軍事顧問団の教練を受けた旧幕軍きっての精鋭部隊だったのである。一方、近藤と別れた後の土方歳三もまた、なお抵抗を継続するため北をめざしていた。これらの旧幕府勢力は国府台で合流。まず日光を目指すこととなる。
なにしろ日光には日光東照宮があり、旧幕臣たちには聖地といえる場所なのである。しかしその前に立ちふさがったのが新政府側の拠点、宇都宮城だった。
宇都宮城は、近世城郭としては珍しく石垣ではなく土塁に囲まれていた。南北九百メートル、東西に約八百五十メートル。もともと徳川家が北方の外様大名、特に仙台の伊達家に対する備えとして築城した城であったといわれる。
四月十九日、大鳥率いる伝習隊は防備が固い表門から突撃を開始した。一方、新選組と桑名藩兵は比較的防備が手薄な東南方面から攻め入った。この方面は川を天然の防御としており土塁も低く城の弱点だった。いわば陽動作戦であり、城の守備側が表門の防備に重点をおいている間に、東南方面から新選組が揺さぶりをかけるというものだった。
「味方は千、敵は四百決して我らは負けぬ! この土方歳三様についてこい!」
土方歳三はいつになく気合がはいっていた。なぜならこの城の敵将こそは、あの香川敬三だったからである。この時点では近藤はまだ生きていた。土方にしてみれば、なんとしても香川を捕らえて近藤のその後を知りたかったのである。
一方、城を守る兵のほとんどは彦根藩兵だったといわれる。かって彦根藩兵は井伊の赤備えと称され、徳川の最精鋭部隊の呼び声が高かった。しかしかの桜田門外の変では水戸浪士たちの切りこみに対し、警護の彦根藩兵の多くが戦わずに逃げ、むざむざ井伊大老の首を敵に渡してしまう。
さらに第二次長州征伐では、関ヶ原の合戦時とさして変わらぬ鎧・甲冑姿で戦場に出現。洋式の近代装備で武装した長州勢に、狩猟で獲物でも狩るように虐殺されてしまったことはすでにふれた。
はたしてこの時も、その弱体ぶりは相変わらずだった。彼らは新選組と土方歳三の名を聞いただけで恐れをなした。なにしろ宇都宮城は、門の守りさえ破れば郭内に建物らしい建物はなく攻略は容易だった。それだけではない。彦根藩兵が旧式のゲベール銃しか所持していなかったのに比べ、新選組は、この時にはすでに最新式のミニーエ銃を手にしていたのである。
そして今一つ勝敗を決定的にしたものがあった。土方は宇都宮城と周辺の見取り図を頼りとし、城の北方に位置する二荒山神社に注目。ここは城より高台に位置し、この地点に砲台を設置。山を見下ろす形での砲撃に、さしもの堅城も防衛が限界となる。この頃から土方は新選組鬼の副長から、一軍の司令官として大きく変貌しようとしていたのである。
結局、城は一日ともたなかった。二の丸、三の丸と炎に包まれていく中にあって、香川敬三は城を脱出することをやむなしとする。ようやく準備がととのったその時のことだった。突如として障子が勇ましく蹴り倒された。そこに洋式の軍服を着た見慣れぬ男が立っていた。
「何者だお前は!」
「何者はないだろ。俺はお前にずっと会いたかったっていうのによ。内藤隼人(土方歳三が甲府勝沼の戦いの頃から用いていた変名)ってもんだ。ちょっとばっかし、お前さんに聞きたいことがあってよ」
香川は、この内藤隼人なる者に強い殺意を感じ恐怖した。
「お前たち何をしている! かかれ、かかれ!」
周囲の兵に命じるも、土方を守る新選組隊士達にたちまち斬りふせられてしまう。
「何たいしたことじゃないんだよ。大久保大和って奴がそちらに投降しただろ。そいつがどうなったか知りたくてよ」
土方は香川に顔を近づけて聞いた。
「知らん、何も知らん! 近藤がどうなったかなど、わしの知ったことではない!」
土方の表情が豹変した。
「今なんていった? 貴様! 近藤と確かにいったな!」
土方が、事態がほぼ絶望的であることを察したのはこの時だった。一方、香川はすぐに自らの不覚に気付いたが後の祭りだった。
「言え! 近藤さんはどうなった!」
土方が香川の胸をつかんでいう。その勢いに押され香川は、近藤が板橋に送られたことを白状した。
「わしが命じたのではない! 有馬の奴が全て決めたことだ!」
と事実無根のことをいいだすも、すでに土方は冷静さを失っていた。
「何故殺した!」
と最初低くいった。
「何故殺した!」
と香川の胸をつかんで、土方はついに激高した。
「待て! まだ死んだと決まったわけではない!」
しかし土方はすでに理性を失っており、一刀のもとに斬りふせられてしまう。その場で慟哭するも、この後重体の香川は奇跡的に命をながらえることとなる。
だが土方には近藤の不幸を悲しんでいる余裕すらなかった。新政府側はすぐに一度奪われた宇都宮城を奪還すべく動いていたのである。
「敵主力は四月二十日には壬生城に入り、さらに安塚に進出して姿川を挟んで我が軍と対峙したとのことでござる。兵力で劣る敵方は陣地を固く守り防御に徹し、鳥取藩の援軍の到着を待ち反撃に転じたとのこと。我が軍は支えきれず、この城めがけて撤兵した由にござる」
軍議の席上、新選組の物見が戦況を報告した。
「御苦労であった下がってよい」
と命令したのは、かっての新選組の三番隊隊長・斎藤一だった。
「それにしてもこんな大事な時に、副長はどうしておられるのだ?」
と不安げにいったのは、同じく新選組の島田魁だった。
「あの方は当分の間無理だ。局長の安否が絶望的になり、今は戦どころではない。なんとしても、我等だけで当面この城を守る策を講じるのだ」
軍議の席に重苦しい空気が漂った。
二十二日、新政府軍は宇都宮城の西の六道の辻へと進軍する。ここには例の大鳥に率いられた幕府伝習隊が待っていた。ちなみに大鳥は後の箱館戦争では連戦連敗をくりかえし、この時から始まった土方との確執もからんで、愚将のレッテルを貼られてしまう。しかし、この時の戦いぶりは中々のものがある。いや、配下の伝習隊が踏ん張ったといっていいだろう。
伝習隊というのはそもそもが正規の武士ではない。ごろつきや博打うち、ならず者といった、いわばまっとうな社会からはみだした者を集めた部隊であったといわれる。
さしものフランス軍事顧問団も当初は、兵として使えるかどうか危ぶんだものである。しかしこの戦いでは、天下にその精強をうたわれた薩摩兵相手に一歩も退かず、むしろ薩摩兵が押された。指揮官の野津七次は負傷し撤退。薩摩藩兵はおろか、友軍の大垣藩兵にまで動揺が広がるも、この様子に同じ薩摩の大山弥助が業を煮やした。
「薩摩武士らしくもない不甲斐なさよ! こんおいが真の薩摩武士のゆっさ(戦)ばみせちゃる!」
大山弥助は、あの西郷吉之助の従弟にあたる。はるか後年、日清・日露の戦いで陸軍を率いて活躍し「海の東郷、陸の大山」といわれることになる大山巌の若き日の姿である。この時二十六歳。
「大砲前へ!」
号令と共に十二ドイム臼砲が引き出されてきて、城を守る伝習隊めがけて炸裂した。大山は十二ドイム臼砲や四斤山砲の改良を手がけており、これらの大砲は「弥助砲」といわれ後年の日露戦役まで使用されることなる。その破壊力の前に、ついに伝習隊の守りはやぶられた。
新政府軍は城の外郭にあたる松ケ峰門に到達するも、ここには新選組が待ちかまえていた。しかし土方の姿はない。斎藤一が新選組の指揮にあたっていた。もしやしたら土方は近藤の後追い自殺をするのではと、斎藤が心配になるほど土方の心の傷は大きかった。
新政府軍は容赦なく迫りくる。守備側の士気はふるわかなった。土方不在、そして近藤が死んだという怪情報も乱れ飛び、隊士たちに少なからず動揺をあたえた。やがて敵兵が土塁をよじ登ってくる。
「ひいい! 助けてくれ!」
一人の末端の隊士が、敵を恐れて戦線を離脱しようとする。しかしその隊士の前に仁王のように立ちはだかる者がいた。
「この卑怯者め!」
次の瞬間、その隊士は斬りすてられていた。敵兵ではなく土方だった。予期せぬ出現に全隊士に緊張が走る。
「斎藤、手ぬるいぞ! これからは俺が指揮をとる。敵を恐れる者は何人たりとも斬る!」
土方は目が真っ赤だった。その気迫の一声に全軍の空気が豹変する。何しろ内部粛清は日常茶飯事の新選組であったが、さすがに戦場で味方が味方に斬殺されたことは今まで一度もなかった。退路を失った隊士たちは、もはや覚悟せざるをえなかった。新政府軍も苦戦し城を攻略することができない。しかし昼頃、その土方もまた左太腿を銃弾で打ち抜かれてしまう。
「土方さん! その傷ではもう無理です。後は我等が引き受けます」
斎藤が、土方に後方に退くよう懇願した。
だが土方の目はなおも闘志を失っておらず、まるで怨霊のように敵の方角を向き、引き続き全軍を統率しようとした。
「何としても我等で……誠の旗を……」
重傷の土方はついに城の奥へと担ぎこまれた。
この後、結局宇都宮城は陥落。旧幕府軍の勢力は会津を目指すこととなる。だが近藤を失ってなお、土方歳三の戦いは続くのだった。
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