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狐と鳥と聖夜を……

【11】

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 街ではジングルベルが流れ、プレゼントやケーキを抱える男親の姿も見かける。幸せそうに手をつなぎ、微笑むカップルや、サンタの格好をしている慈英を見て、目を丸くして、次の瞬間母親に優しく声を掛けられて、

「サンタさ~ん」
 可愛い声を上げて、手を振る小さな子供を見て、誰からも見えてない姑獲鳥はそっと慈英の袖を握る。
 はっと彼が振り向くと、彼女は涙を浮かべた潤んだ瞳でじっと慈英を見つめる。

「どうしたの?」
「……私、この子を産んであげたかったんです」
 先ほどまでの、茫洋とした視線が意思を持ち始める。華やかなクリスマスイブの夜の街の中で、くすんだように見えていた姑獲鳥は徐々に存在感を増す。

「あの……この物の怪の気配の一番強い場所がみつかったみたいなんですが」
 姑獲鳥の様子に気を取られていた暁月は、次の瞬間肩に飛び乗るように現れた式神の言葉に頷いた。
「……どこや、そこまで案内してくれへん?」
 きっと、そこに行ったら何かが見えてくる、暁月はそんな予感がした。


***


 なんて切なげな表情をしているのだろう。そして、なんて儚い瞳をしているのだろうと姑獲鳥を見て慈英は思う。
 その瞳は何を思って、何を考えているのかわからない。なのに、たまらなく自分の気持ちを虜にするのだ。

 今まで見たことのある姑獲鳥は、もっとなんていうか……か弱さとか、儚さ、とか、そういうものとは縁遠い存在だった。だから、慈英は目の前の姑獲鳥を見たときには、なんだかすごく不思議な気がしたのだ。

 その落差が気になって、つい暁月に怒られることを承知で、神社まで連れてきてしまった。きっとこんな風変わりな姑獲鳥に彼女がなってしまったのには、それなりの理由がある。

 苦しそうなその表情も、きっと明るい笑顔を浮かべたらどんなに綺麗で可愛らしいことだろう。

 少しだけ怒ったように、凛と背筋を伸ばし歩く暁月の姿を後ろから見つめる。
 なんだかんだ言っても、暁月は邪魔だから害を為すからと言って、単純に物の怪を始末するだけの陰陽師ではないと思う。

 正直、この兄に任せておけば、まあ何とかしてくれるだろう、という甘えもある。そしてそのくらいの厄介をこの男にかけてもかまわないだろうという強みもある。
 自分がこんな姿になったのも、故郷と離れたこんなところで、こんな長い間死ぬこともできずに生き続けているのは、もとはと言えばこの兄のせいなのだから。

 慈英は腕の中で、目的地が近づくに連れて、小刻みに震える姑獲鳥の肩に手を回しながら、

(だから、この子ぐらいは護ってあげよう)
 そう自らの思いを強くしていた。
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