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愛の日には苦い薬を……

【6】

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「東京でこんなに雪が降るとこ見たのなんて、初めて」
 そりゃ、まだ二十歳そこそこの小娘は、こんな景色を見たことはないやろうけど……と、暁月は思いつつ、それにしたって自分もこんな光景、何十年も見てないと再確認する。

 さすがに異常気象だ。何かややこしい原因がなければいいのやけど、と思ってしまうのは、意外とこういう異常気象などは、表側からわからない『裏』事情があったりする場合も多いことを、経験的に暁月はよく知っているからだ。

「なんか色々とおかしいよね。物騒な事件も増えているらしいし……」
 ちらりと、豆腐店の店内のテレビに、なごみが視線を向けている。そこには、

『雪の中の怪奇現象? 行方不明者続出』とワイドショーのテロップが踊っている。
 それを見て、髪の毛を一筋引っ張られているような、チリチリとした妙な違和感を暁月は感じていた。

(面倒やな……)
 思わず小さくため息を吐き出すと、うっかり変な手紙をもらわないようにと改めて心の中で祈る。だが、元々勘の鋭い暁月の事。大概そう言う予感は当たってしまうもので……。

「暁月ぅ。お館様から、お手紙やで」
 帰宅すると、部屋に上がり込み、勝手に台所を使って、甘酒を作って飲んでいる娘をみて、暁月はため息をついた。

 年の頃は十五歳くらい。学生服を着て、高校生ぐらいに見える美少女の頭の上には、まるで慈英の様に耳が生えている。慈英は狐だが、こいつは猫の化生なのだ。とはいえ、『お館様』の仕事を引き受けることで、化生は化生でも、相当に徳が上がっていて、この神社の結界ぐらいはわけなく抜けてくる。

「猫。それだけ飲んだら、はよ帰りや」
 少なくとも、猫がここにいると言う事は、猫がお館様と呼んでいる、暁月の属している陰陽師の組織の頭領からの手紙が届いたと言う事だけは、間違いなくて。

(開けたら仕舞やろな……)
 都度都度、厄介ごとを持ちかけてくる組織上位の存在が疎ましい。すでに千年も生きている年寄りを、たかだか百年も生きてないような小僧が顎で使うな、とも思っている。

「そうはいきまへんえ。寒いのに頑張ってきたんやから、暁月に読んでもろて、引き受けてもらわへん事には、うちは帰れまへんのや」
 そう言いながら、猫は飄々とした顔で手のひらで湯呑を包んで、美味しそうに甘酒を飲んでいる。

 妙な仕事を引き受けるのは気が引けるが、この猫に居付かれても面倒な事には変わらない。

「……わかった。手紙を読むから、渡しぃや」
 暁月の言葉に、猫はにんまりと笑って学生服のカバンから、手紙を一つ出してきたのだった。
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