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愛の日には苦い薬を……

【17】

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「……あ。そうだ」
 そんな頬を緩めている慈英をみながら、ふと思い出したみたいに、小雪が小さなバックから、小さな紙袋に入った、何かを出してくる。

「これ、バレンタインデーだから」
 そう言って小雪が渡してくれたのは、どうやらチョコレートみたいだった。

「これ、俺がもらっていいの?」
 慈英の言葉に小雪ちゃんは少しだけ難しい顔をしながらも小さく頷く。

「……もし、小雪にジェイさんの全部をくれるなら、もらっていいよ」
「うん、全部上げるよ」
 何一つためらわず、笑って慈英は答える。今すぐ可愛らしくラッピングされた包みを開けていいものか、少し迷っていると。

「あのね……小雪、ジェイさんに話したいことがあるんだ」
 小雪は固い声で、慈英に告げた。

「……何?」
 その言葉に、チョコを食べるのは後にしようと、慈英はコートのポケットにチョコをしまう。四阿の下は屋根があるから雪は落ちてこない。けれど、徐々に雪は本格的に、世界を真っ白に染め上げていく。

 雪あかりで微かに明るい公園を一瞬見渡すと、小雪はそっと慈英の肩に手を置いて、顔を近づける。

「──っ」
 一瞬、慈英の唇に触れたのは冷たい小雪の唇だ。次の瞬間、小雪からキスをされたことに気付いて、慈英は目を丸くする。

 ふぅ……。次の瞬間、小雪は慈英に冷たい呼気を吹き付けた。ゾクリとした感覚が体にこみ上げてきて、慈英はそのまま体が固まっていく感覚を味わう。

「あのね、小雪、雪女なんだ」
 手袋を外した小雪の手は、氷そのものの様に冷たい。その指先でそっとジェイの頬を撫でていく。

「……うん、知ってたよ」
 小雪が生きた年月はせいぜい数十年。それに対して妖狐である慈英は数百年生きている。
 長く生きれば生きるほど妖力は強くなる……とばかりは限らないが、慈英はその生の長さに引けを取らないだけの強い妖力を持っているのだ。

 冷気は寒さとして慈英は感じることは出来ないけれど、肌にピリピリと感じるのはきっと冷気なんだろうと慈英は思った。多分手を一振りすれば、この程度の妖力は霧散させられるのに、慈英はそっとそのまま力を抜いて、小雪の膝の上に頭を乗せる。

「……ジェイさん?」
「小雪ちゃんは、俺を凍らせたいの?」
 頭を小雪の冷たい膝に乗せたまま、ゆっくりと慈英は手を伸ばし、自分を覗き込む小雪を見上げる。

「うん、ごめんね」
 小雪は何も言い訳をしなかった。その事に慈英はなんだかホッとした。

「なるほどね。そっか。……じゃあ、好きにしていいよ。今夜逢えるんだったら好きにしていいよ、って俺、小雪ちゃんに約束したもんね」
 にっこりと笑った慈英を見て、何故か小雪は泣きそうな顔をする。
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