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許される人、許されない人
しおりを挟むニールセン行きつけのバー〈雀っ子クラブ ピーチクパーチク〉は雑居ビルの2階にあった。
薄汚れた狭い階段を上ってドアを開けると、他に客はいないようで女の子達が3、4人コーナーソファに固まってヒマそうにダルそうに煙草を吸ったりしていた。
そのうちの一人がニールセンに気がつくと、パッと営業用の笑顔を貼り付けて近寄ってきた。
「も~う、ニールたん一週間も来てくれないからルビー待ちくたびれちゃったよ~」
ぷく~ぅ、とほっぺを膨らませて見せる。
「一週間も待っててくれたの?」
「そうだよォ。ずう~っとここで待ってたんだからっ」
どれどれ、とニールセンがルビーちゃんのそばに寄って匂いを嗅ぐ動作をして、
「ホントだ!クサイ!」
「ひっどぉ~」
「だって一週間ずっとここにいたから風呂に入ってないんだろ?」
「お風呂はちゃんと入ってるもん」
「ホントかぁ?一緒に入って俺がすみずみまで洗ってやるぞ?」
「いや~ん、ニールたんのエッチ~!」
ニールセンの後ろでアベルは目が点である。
『なんだ?この店』
「あ、そうそう。今日は友達を連れて来たんだ」
そう言ってニールセンがアベルを紹介すると、ルビーは愛想良く
「いらっしゃいませ~。楽しんでいってね!」
と微笑んだが、その前にホンの一瞬彼女の顔に侮蔑の感情が浮かんだのをアベルは見逃さなかった。
第三者の視点からだと、超絶美形であり且つ富豪の御曹司アベルは常に周囲からチヤホヤされていて、底辺の人間の気持ちなど考えたこともないだろうと思われがちなのだが、実際のアベルはどちらかというと底辺の人間にシンパシーを感じるし、自分が所属しているのもその階層だと思っている。
だからアベルは馬鹿にされたりヒソヒソ陰口を叩かれたりすることにとても敏感なのだ。
「コイツさ、良い奴なんだけど真面目過ぎて女の子と上手く話せないんだ」
ルビーともう一人ナターシャという女の子が二人に付いて4人は飲み始めた。
「女の子と話せないなんて、き、・・キャワイイ!」
『今、キモイって言おうとしただろう?』
「とりあえず褒めればいいのよ。
ちょっと試しに私のこと褒めてみなよ」
今度はナターシャが言った。
甘えた喋り方をするルビーと違ってクールな感じのする女の子だ。
「ほ、褒める・・・」
アベルは愛するエリー以外の女性を褒めるのは裏切りのような気がしてきた。
もう何日も会ってもらえていないが目に浮かぶのはエリーの姿ばかりである。
「か、髪がキレイだ。赤銅色の輝くような艶のある髪が風になびくと、いい匂いがするんだ。
エメラルドみたいに鮮やかな翠の目が好奇心一杯に輝くと俺はドキドキするんだ。
それから君は優しいんだ。
口は悪いけど、ホントはすっごく優しい。
俺はちゃんと知ってるんだ」
「ちょっと~!それ、全然私じゃないじゃない!」
「私でも無いわよね」
「なに、アンタ好きな子いるの?」
「・・・好きな子っていうか、妻、なんだが・・・逃げられたっていうか・・・」
アベルが結婚式はしたけど届け出の前に実家に帰られた、という話をすると、ルビーとナターシャはゲラゲラ笑って、
「それ妻じゃないじゃん!」
と容赦なくツッコミを入れた。
「まあ、さっき言ったようなことを素直に伝えてみれば?
愛が伝わるかもよ?」
「でも、なんか重すぎない?」
「そうねぇ、重くて硬いかも」
「・・・硬い、だろうか?」
「うん。そうだね!重くて硬くて面白くない!」
『・・・重い、硬い、面白く無い・・・つまり苦痛・・・』
「もうちょっと、ニールたんみたいにライトなノリ?
そういうのが大事」
「・・・ライトなノリ・・・」
「ちょっとエッチなのとかね」
「・・・・」
アベルは頭がぐるぐるした。
『ライトでエッチで気の利いた事・・・・頑張れ俺!』
アベルは意を決してナターシャに向き合った。
「ははは・・・き、君の・・・君のパンティーをナイトキャップにしちゃおうかなっ、・・・なんてネ・・・ははは・・・」
サーーーッとナターシャから表情が消え去った。
そして店内の温度が一気に氷点下になった。
「マジでキモイんだけど」
「あ、あの・・・」
「そりゃあさ、こういう店で働いてる女だから何言ってもいいって思ってんだろうけどさ」
「い、いや、・・・」
「私だって革命で国を追われてこの国に来たけど、向こうにいた時は支配階級だったのよ。
まあ、そんなこと言っても今更だけど、落ちぶれて蔑まれる惨めさも悔しさも人一倍わかってるつもりよ」
「ち、違う、そそ、そんなつもりじゃ、ゴメン!」
「悪いけどニールたんも今日は帰って」
ルビーが困ったように笑う。
「アンタは出禁!」
『えっ?なんで?
ニールセンの方がヤバいこと言ったよね?
ニールセンの時はむしろ喜んでたよね?
なんで?なんで、アイツは良くてオレは出禁なの?』
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