8 / 11
07.そろそろやっと旅に出ようと思え始めた
しおりを挟む
10月末、とても久しぶりに仙台へ行ってみた。
前回は2019年末以来のような気がしている。
きっかけはなんてことない、周りで旅行に行き始めている人が増えてきたので、今なら行けると思った。
会社に所属し家族と一緒に生活をしている中で、いかに他人の都合を気にして身動きが取れなかった数年だったろうと今では思う。
久々の旅は、行き慣れていたはずの仙台にしてみた。
関東にも行ってみたかったけれど、旅のリハビリに選ぶには思い切り過ぎのように感じて次の機会にしてみたのだ。
それは正解だったと感じている。
行き慣れていたはずの仙台で、変わらない景色の数々を見ることができ、
大好きなお店も変わらず存在していることはよく分かった。
素直に楽しかったと思っている。
牛タンを食べに行った後は、書店を3店巡って仙台駅に戻り、前からオーダーしてみたかった改札向こうのカフェのラテを飲んでまったりと新幹線を待っていた。
自分の頭が、大量の久々な風景情報を処理しきれていなかったように感じたので、夕方までいる予定だったけれど早めの時間に帰宅することにした。
思った以上に脳疲労が短時間で爆増していて、それは何に対してだっただろうと考える。
ただ単に気圧の問題とかもあったかもしれないけれど、前の晩寝不足だったせいかもしれないけれど、唐突に決めすぎて心の準備が追いついていなかったかもしれないのだけど。
いかにこの数年、同じ景色をルーティンを繰り返し続けてきたのだろうと、ふと思った。
この数年別に家にこもりきりだったわけではない。
在宅勤務はできない仕事をしていたので、出社で通勤移動はほぼ毎日のようにしていたし、休日も図書館などにはよく行っていた。
今年になってローカル線に何度か乗る機会を作り、月1で電車にも乗る習慣はできていたのに。
新幹線の車窓から見える景色の懐かしさを見つめるまではよかった。
本当はこの段階で目や脳が疲れるだろうと思っていたのだけれど、
いざ降り立った旅先の土地の広さに、大きさに、都市感に、圧倒されるほうが強かった。
あんなに何度も行っていた場所であったはずなのに、だ。
いかに自分が認識する世界が小さくなっていたか、痛感した。
同じくらい、また価値観や世界が思考がどばーっと広がっていく感覚があった。
やけにえぐかった脳疲労はこのせいだったのだろうと感じている。
僕は別に地元が嫌いなわけではない。
先月はnoteのクリエイターフェス勝手に略しクリフェスで一ヶ月毎日更新していて、
最後の記事も地元について旅先から戻ってきて打ったものだ。
それでも、また「世界が広がっていく感覚」というものが、始まってしまったように思う。
行動範囲を制限された世界でもなんとか満足できるんだ、ということは、この数年いろんな方法で、たまに失敗しながらも毎日を楽しもうとしてきたことから実証済みだ。
それでも僕は、旅がしたいんだな、と改めて思った。
そして本当に住みたい土地というものも、もう定めてみたりしている。
そこに向かって少しずつ、本当は繋がりがないはずだった歩みを少しずつ続けてきて、だんだんに動きやすい世界というものへ向かい始めている。
ただ、最初から本当は世界もその土地も変わってはいなかったんだ、とも感じたりした。
変わってしまったのは僕の価値観だった。
世の中とか周りの、とは言わない。僕自身の価値観だった。
本当に旅をしたかったなら、さっさと所属を手放して誰にも気兼ねなく旅をすればよかった。
こっそりとでも行ってみればよかったのだ。
まあ家族には嫌な顔をされるかもとは思ったけれども。それも僕の勘違いだったかもしれないってことが、「これから関東とかにも行ってみたいと思っている」と告げたときの家族の反応で分かったりもしたけれど。
本当にそうしたかったなら、さっさとそうすればよかった。
どうしようもなく精神的に追い込まれて、何も手につかない時期も経験したからこそ、今ではそう感じる。
僕の世界を勝手に狭く捉えてしまったのは、僕自身なのだ。
それをすごく痛感したからこそ、これからは物理的にも精神的にも、旅に出ていこうと思う。
えっと精神的にもって意味分からないかもだけど、なんでかこう出てきた。たぶん僕はしにましぇん。思考ももっと広く旅立たせたい。
まだまだ目に見えないものとの闘いは続くのだろうけど、もともとそこは気にしていなかった僕がいる。
それだって捉えようだったし、それならなおさら見たい景色を見に行くことに躊躇う必要は無かったよなと思ったりするのだった。
前回は2019年末以来のような気がしている。
きっかけはなんてことない、周りで旅行に行き始めている人が増えてきたので、今なら行けると思った。
会社に所属し家族と一緒に生活をしている中で、いかに他人の都合を気にして身動きが取れなかった数年だったろうと今では思う。
久々の旅は、行き慣れていたはずの仙台にしてみた。
関東にも行ってみたかったけれど、旅のリハビリに選ぶには思い切り過ぎのように感じて次の機会にしてみたのだ。
それは正解だったと感じている。
行き慣れていたはずの仙台で、変わらない景色の数々を見ることができ、
大好きなお店も変わらず存在していることはよく分かった。
素直に楽しかったと思っている。
牛タンを食べに行った後は、書店を3店巡って仙台駅に戻り、前からオーダーしてみたかった改札向こうのカフェのラテを飲んでまったりと新幹線を待っていた。
自分の頭が、大量の久々な風景情報を処理しきれていなかったように感じたので、夕方までいる予定だったけれど早めの時間に帰宅することにした。
思った以上に脳疲労が短時間で爆増していて、それは何に対してだっただろうと考える。
ただ単に気圧の問題とかもあったかもしれないけれど、前の晩寝不足だったせいかもしれないけれど、唐突に決めすぎて心の準備が追いついていなかったかもしれないのだけど。
いかにこの数年、同じ景色をルーティンを繰り返し続けてきたのだろうと、ふと思った。
この数年別に家にこもりきりだったわけではない。
在宅勤務はできない仕事をしていたので、出社で通勤移動はほぼ毎日のようにしていたし、休日も図書館などにはよく行っていた。
今年になってローカル線に何度か乗る機会を作り、月1で電車にも乗る習慣はできていたのに。
新幹線の車窓から見える景色の懐かしさを見つめるまではよかった。
本当はこの段階で目や脳が疲れるだろうと思っていたのだけれど、
いざ降り立った旅先の土地の広さに、大きさに、都市感に、圧倒されるほうが強かった。
あんなに何度も行っていた場所であったはずなのに、だ。
いかに自分が認識する世界が小さくなっていたか、痛感した。
同じくらい、また価値観や世界が思考がどばーっと広がっていく感覚があった。
やけにえぐかった脳疲労はこのせいだったのだろうと感じている。
僕は別に地元が嫌いなわけではない。
先月はnoteのクリエイターフェス勝手に略しクリフェスで一ヶ月毎日更新していて、
最後の記事も地元について旅先から戻ってきて打ったものだ。
それでも、また「世界が広がっていく感覚」というものが、始まってしまったように思う。
行動範囲を制限された世界でもなんとか満足できるんだ、ということは、この数年いろんな方法で、たまに失敗しながらも毎日を楽しもうとしてきたことから実証済みだ。
それでも僕は、旅がしたいんだな、と改めて思った。
そして本当に住みたい土地というものも、もう定めてみたりしている。
そこに向かって少しずつ、本当は繋がりがないはずだった歩みを少しずつ続けてきて、だんだんに動きやすい世界というものへ向かい始めている。
ただ、最初から本当は世界もその土地も変わってはいなかったんだ、とも感じたりした。
変わってしまったのは僕の価値観だった。
世の中とか周りの、とは言わない。僕自身の価値観だった。
本当に旅をしたかったなら、さっさと所属を手放して誰にも気兼ねなく旅をすればよかった。
こっそりとでも行ってみればよかったのだ。
まあ家族には嫌な顔をされるかもとは思ったけれども。それも僕の勘違いだったかもしれないってことが、「これから関東とかにも行ってみたいと思っている」と告げたときの家族の反応で分かったりもしたけれど。
本当にそうしたかったなら、さっさとそうすればよかった。
どうしようもなく精神的に追い込まれて、何も手につかない時期も経験したからこそ、今ではそう感じる。
僕の世界を勝手に狭く捉えてしまったのは、僕自身なのだ。
それをすごく痛感したからこそ、これからは物理的にも精神的にも、旅に出ていこうと思う。
えっと精神的にもって意味分からないかもだけど、なんでかこう出てきた。たぶん僕はしにましぇん。思考ももっと広く旅立たせたい。
まだまだ目に見えないものとの闘いは続くのだろうけど、もともとそこは気にしていなかった僕がいる。
それだって捉えようだったし、それならなおさら見たい景色を見に行くことに躊躇う必要は無かったよなと思ったりするのだった。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
夫に愛想が尽きたので離婚します
しゃーりん
恋愛
次期侯爵のエステルは、3年前に結婚した夫マークとの離婚を決意した。
マークは優しいがお人好しで、度々エステルを困らせたが我慢の限界となった。
このままマークがそばに居れば侯爵家が馬鹿にされる。
夫を捨ててスッキリしたお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる