【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川

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第2話 勇者と冒険者

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 二人での作業は効率良く、羽ばたく黒い姿は見る間になくなった。しかし谷間に潜んでいるものや息の残っているものがいるはずなので、警戒は怠れない。

「お強いんですね! わくわくしちゃいました!」

 しかしそこに、男が笑顔で駆けよってくる。「警戒しろ」と言う前だった。彼の声に反応するように、地面に落ちていたガーゴイルがピクリと動き、死に際の全力のように飛びかかった。金髪の男は気付いていない様子で、背後を取られている。まずいと剣を抜いて踏み出し、スナイデルは今にも襲いかかろうとする魔物を搔っ切った。

「……油断するな」

 間に合って安堵しつつ、剣を振って、ビシャッと血を地面に振り払う。
 ガーゴイルは今度こそ絶命し、ぴくりともしなくなった。
 男はすっかり青ざめて魔物を見つめながら言った。

「あ、ありがとうございます……」
「……いや。こちらこそ加勢してくれて助かった……」

 気を付けてほしかっただけなのに、必要以上にきつく言ってしまったようだった。上手く伝えられなくて歯がゆく思いつつ、剣をさやにおさめる。
 そして彼を見ると、ふと間近で目が合った。
 同時に彼は「あ……」と声を漏らし、口を半開きにしている。先ほどとは一転し、頬は赤い。
 初対面の人間にありがちな反応で、彼らはスナイデルの顔を見ると、胸が苦しくなって、心臓が飛び跳ね、息ができなくなるのだという。
 いちいち面倒くさい顔にうんざりしつつ、ひとまず怯えていないなら良いかと片づける。

「……俺は、生き残りを始末しに行く。報酬の取り分は半分でいいか」

 思考が止まっているようなので言うと、彼は即座に我に返った様子になった。

「あっ、いえ! 報酬は結構です!」
「そういうわけには……」
「ええと、本当に結構です! ここに来たのは息抜きだったんで!」

 スナイデルは困惑して小首を傾げた。
 息抜きでデッセンの山に来る人間がいるのだろうか。
 グアグアと奇怪な魔鳥が飛び交い、紫やピンクの瘴気があちこちにわだかまっていて、可憐な花を摘もうとすれば花に齧りつかれるような場所である。
 すると、彼は頬を染めながら控えめに微笑んだ。

「その……俺、勇者なんです。だから、当然のことをしたまでで……」
「え」

 勇者と聞いて、スナイデルは内心で仰天した。
 それが本当なら、彼は女神に選ばれし存在で、人間たちの救世主だ。魔族を祓う光の力を宿していて、現役の間は人間たちが繁栄する時代がやってくる。

「俺、ハロルドって言います。その……お名前を聞いても?」
「……スナイデルだ……」

 答えつつ、「勇者とはこういう者が選ばれるのか」と観察する。体格は均等が取れていてしなやかで、何よりエメラルドの瞳はくもりがなく美しい。
 勇者というのはきっと真実だ。その成長は尋常でなく早いと聞く。さっき目にした強さと、警戒の抜けたアンバランスさは、そこから生まれたものなのだ。

 そこまで考えたところで、スナイデルはハッと脚が竦むような感覚に襲われた。このまま勇者が順調に成長していけば、いずれ進軍し、魔族に奪われた領土を取り返しに行くのだろう。上手くいけば人間の勢力圏を大幅に拡大できるはずだ。
 しかし……進軍時には、国の兵や騎士たちも同行するのだ。中には魔族と戦って命を落とす者もいる。

 ……もし……ユリウスがその一人になってしまったら……。
 想像するだけで臓腑が凍えそうだった。自分も傭兵として参加したいけれど、集団戦ならば足を引っ張ってしまう。どうすれば……。
 目を伏せていると、偶然、ハロルドの肘の近くに傷を見つけた。小さいけれど深いらしく、タラタラと細く出血が続いている。

「……怪我をしてる」
「あっ、さっき背後からやられてしまって……」

 恥ずかしそうにしていて、やはり隙が多いのだなと感じる。
 同時に不思議に思って尋ねた。

「回復魔法は使えないのか?」

 歴代の勇者は、たしか全属性の魔法が使えたはずだ。
 するとハロルドは面目なさげに眉を下げて答えた。

「使ったんですけど、苦手で。まだ浅い傷しか治せないんです……」
「……そうか……」

 魔法制御ができないスナイデルは、その点には踏み込めない。

「……早く帰って治療したほうがいい。転移結晶はあるんだろう」

 そう言うと、ハロルドはとんでもない!と言うように顔を上げた。

「でも、討伐が残ってるんですよね?」
「ああ」
「そのくらいならお手伝いできます!」
「いや……怪我を甘くみるな。動きが鈍くなるし、体力も奪われる」

 ユリウスの受け売りだ。
 ハロルドはぐぬ……と悔しそうな不本意なような顔になる。
 中々転移しようとせず、そのうち、スナイデルもせっかく共闘できたのにここで別れるのが惜しくなってきた。

「その……凍えてもいいなら、回復できるが……」

 思わず口にした瞬間、ハロルドは「えっ」と瞳を輝かせてきた。
 その期待した様子を見て、即座に心底、後悔する。
 スナイデルは自分には問題なく回復魔法を使えるが、誰かに使うと低体温症にさせ、最悪の場合、殺しかけてしまうのだ。これまでも何度このやり取りを繰り返したか。

「い、いや、凍えたら余計に戦えなくなるだろう。やはり止めたほうが――」

 慌てて撤回しようとすると、ハロルドがさえぎった。

「お願いします!」
「いや、止めたほうが――!」
「火魔法で暖を取れるんで! それに寒冷耐性もあるんで、平気だと思います!」
「……う……」

 勇んだ様子で言われ、たじたじとしてしまう。

「どうぞお願いします!」

 さらに傷口を差し出されてしまい、そして耐性があるのなら大丈夫か……と考えた。
 おずおずと手をかざし、回復魔法を発動する。直後に白色の光が洩れて、傷口がきれいに癒えていく。しかしホッとしたのも束の間、ハロルドは「うっ!?」と悲鳴を上げ、ブルルッ!と大きく震え上がった。唇は見事な紫色に染まっており、ガクガクと全身で激しく震えている。
 例にもれず凍えさせてしまったようだ。
 内心、縮こまっていると、ハロルドはあっと気付いた顔になった。

「へっ、平気ですよ! 平気なんですけど、少し暖まります……!」
「……そうしてくれ……」

 そして両手に抱えるほどの火の玉を生み出して手をかざした。
 ふう……九死に一生を得たような顔をしている。
 スナイデルは委縮しっぱなしだった。

「その……すまない……」

 沈んだ声で言うと、ハロルドは首を振り、朗らかに笑った。

「いえ、本当に平気です。それより……そのペンダントって、魔道具ですよね?」

 魔法を発動する中で気付いたのだろうか。
 未熟ながらもさすがだな……と感心する。
 そして銀のペンダントを愛おしく見つめながら答えた。

「ああ……魔法の制御する力がこめられている」
「……そうなんですか……?」

 まじまじとペンダントを見つめられ、魔道具があっても制御しきれていないからな……と内心で心苦しくなる。
 そして贈ってくれた彼の顔を思い浮かべているときだった。

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