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第3話 魔族と冒険者
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しおりを挟む自室にけたたましく警鐘の音が響き渡り、スナイデルは飛び起きた。
耳を澄ませば「魔族が現れたぞーッ」という声が繰り返し聞こえてくる。にわかに人々が動き出す気配があり、スナイデルもこうしてはいられない。例の魔族なら近くの魔物たちをけしかけてくるだろう。これから大騒動になるはずだ。
いつもの装備を整えると、部屋を出た所でユリウスとはち合わせた。
「ユリウス……!?」
焦りを感じながら問うと、ユリウスはとても強ばった顔で口を開いた。
「スナイデル、聞いてくれ。魔族には勇者がいないと太刀打ちできない。だから接近してきたときには、迷わず転移結晶で離脱するんだ。足止めもしなくていい」
「は……!?」
スナイデルは耳を疑った。
近くに住人がいても撤退しろというのか。
しかしユリウスは一歩も引かなかった。
「魔物の討伐に人手が必要だ。無駄に戦力を削ることは許されない。いいね?」
騎士としての眼差しで言われ、ぐっと喉が詰まった。
そして迷いを抱きつつ、頷いた。
「わかった……」
「約束だよ」
硬い声で重ねて言われ、「ああ」と答える。
ユリウスが頷き、それから玄関へ走った。
彼は王城へ向かい、スナイデルはギルドの統制で動くため、別行動になる。
外に出ると焦げた香りがして、建物からいくつか煙が立ち昇っている。
迂回して氷魔法で鎮火しながら、ギルドに指示をもらおうと向かう。すると道中の避難所に魔物の群れが押し寄せてきており、見慣れた冒険者たちが必死で応戦している。スナイデルも飛び込んで剣を走らせた。
兎や、馬や、狼や、蜘蛛型の魔物が雑多に合わさっており、普段は群れることのないものたちが錯乱して狂暴化しているようだ。
ふと見れば一羽の兎が冒険者の首に齧りつこうとしており、すぐに一刀両断にする。すると冒険者は心底感謝した声を上げた。
「た、助かった! ありがとう!」
「……いや」
日頃恐れられているのに、こういう事態で言葉を交わせてしまい、何だか複雑な想いに駆られる。
そうしてある程度しのげたところで、ギルドマスターが長剣で魔物たちを滅多打ちにしているのが見えた。
スナイデルも魔物を切り伏せながら、騒ぎに負けないくらいの声で尋ねる。
「状況はどうなってる!?」
「ああ、スナイデルか! 東西南北の門が全部破られちまってな! ここはぎりぎり持ちこたえてるよ!」
ギルドマスターが角の生えた馬の首を跳ね、それがはく製にできそうな状態で飛んでいく。
豪胆な剣さばきを見つつ、続けて問うた。
「何かできることはあるか! 人がいない場所がいい!」
「なら南門に向かってくれ! 壊滅状態で戦線が後退してるんだ!」
「わかった!」
向かおうとすると「気を付けて!」と付近の冒険者たちに言われ、「そっちも!」と返してから駆ける。
やはり複雑な気分だけれど、少しは彼らの役に立てたかな……などと思ってしまう。
南門に近づくと、大通りで奮闘している兵たちがいた。門から四百メートルほど後退している。
即席の魔法の防壁が造ってあり、防壁の向こうは魔物がすし詰め状態だ。
スナイデルは迂回して南門へ向かった。道中は魔物たちは我が物顔で駆け回っており、凍らせながら走る。
そして門にたどり着いてみると、意外と魔物の数は少なかった。
もう壁内に入り込んでしまったのだろう。
開門したままだと危険なので、氷塊を作って埋めておく。
その瞬間、背後から殺気が襲いかかってきた。
反射的に振り返って凍結しようとしたけれど、切りかかられ、防御重視の氷の盾で防ぐ。
しかしバリンと砕け、氷の破片が降りかかってきた。
スナイデルはすぐさま後ろに飛んで、剣を抜きながら体勢を整えようとした。しかし瞬時に間合いを詰められ、苦しい姿勢でギンッと剣がかち合う。
「テメェ、よくも殺そうとしてくれたな……!?」
「え……!?」
ギリギリとつばぜり合いながらスナイデルを睨みつけてくるのは、六羽の冒険者、ゾルグだった。目深にかぶった黒いフードと、がっしりとした体格、物騒な雰囲気などが一致している。
しかし切りかかられる今の今まで、人の気配など感じなかった。「いたのか」とまず驚く。さらに殺気を向けられ、誤解を招いていると気付いた。魔法に巻き込んでしまったのだ。
「ご……誤解だ! 殺そうとなんてしていない!」
「ハッ、よく言うぜ、氷で押し潰そうとしただろうがよッ」
言うと同時に剣圧が強まり、次の瞬間、使いなれた剣が手からすっぽ抜けていた。あまりにも予想外の事態に目が丸くなる。剣はくるくると飛んでいき、つい目がそれを追いかけたとき、ゾルグの剣が胸元に迫ってきた。
慌てて氷の盾を作ると、全く関係ない背後にも氷が発生していて、同時にゾルグの手が止まった。スナイデルは急いで横に飛びのいた。
「俺は魔法の制御ができないんだ、わざとやったわけじゃない……!」
説得するスナイデルに対し、ゾルグはすでに殺意が失せた様子だった。
剣の峰を肩に置きながら、小馬鹿にするよう言う。
「ははぁ……なるほど、気色悪ィペンダントしてやがんな?」
「え?」
急に態度がゆるんでいて、スナイデルは戸惑った。
ゾルグはクッと喉を鳴らして笑う。
「例のエセ野郎の贈り物か?」
「……誰のことを、言ってる……」
ゾルグは面倒そうに言った。
「チョロチョロしてる鬱陶しいのがいただろうがよォ」
「……ハロルドのことを言っているのなら、何ももらっていない……」
「そうか。まぁいい。自由にしてやるよ」
「は?」
直後だった。ゾルグが何の前触れもなく切りかかってきて、スナイデルは驚愕に息を吸い、どうにか再び氷の盾を作った。
いっそ彼を丸ごと凍結させてもいいんじゃないかと思うけれど、先に魔法に巻き込んで攻撃してしまったのはこちらだし、人間相手で躊躇してしまう。部分的に凍結するような余裕はない。
その迷いがいけなかったのか、鋭く光る刃だけに注意が向いていたのか。下腹部にゾルグの拳が深くめり込んでいた。
「ぐッ……!?」
ねじれるような激痛が込み上げてくる。
顔が歪んで汗が噴き出し、膝をついて腹を抱えてしまう。
「その顔もエロいな」
高慢に嘲笑されるけれど、睨み返すだけで精一杯だった。回復魔法を使おうとするけれど、集中できず魔力が上手く作動しない。
ゾルグからは直接の殺意は感じないものの、殺伐とした気配を纏う彼に畏怖を感じる。
「なにが……目的、だ」
「自由にしてやるっつってんだろ?」
ほくそ笑むように言ったあと、ゾルグはふと顔を横に向けた。
何だ、と思ったとき、パッと人が転移してきた。
しかしすぐに、それが人ではないと気付いた。
短めの銀髪に、中肉中背の理想的な体躯。その耳は尖っており、さらに夜の闇の中でうっすらと光っている赤紫の瞳が、人とは異質だった。
魔族だ。
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