脅されて香水屋αのおもむくままに愛される不良Ωくん

市川

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まる

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 家につくと、ミカエルが部屋の扉の前で立っていた。
 何でコイツがここにいるんだろう。
 ミカエルは俺の姿を見るなり、悪戯っぽく微笑んだ。

「来ちゃった」

 俺はカッとなって殴りかかっていた。ミカエルは反応しきれずに俺の拳をくらった。
 よろめいて壁にぶつかる。奴の口の端は切れて、血が滲みだした。
 街灯の光を受けて、蜂蜜色の髪と琥珀色の瞳が輝いている。

「…………本ッ当に粗暴だよね。急に殴るとかある?」

 ミカエルは眉をしかめ、手の甲で血を拭った。
 俺は息を荒げていた。今コイツの顔は見たくなかった。
 俺がオメガ性である秘密を握って遊ぶゲス野郎。

「お前、何しに来たんだよ」
「朗報があったから届けに来たの」
「朗報?」
「神父のこと」
「神父?」

 ここじゃ話せないと言う。部屋に入れるしかない。俺に拒否権なんてない。
 薬瓶の並んだ手狭なキッチンには、薬草の匂いが漂っている。

「この傷、手当したいんだけど」
「勝手にしろよ」
「じゃ好きにするね」

 ミカエルは薬草瓶を選ぶと、調合を始めた。自分の庭のように手際が良い。ラベルのつけていない瓶も中身がわかるようだった。鼻で嗅ぎ分けているのか。

「チェス、また同じベータの女の匂いしてるね」

 不意に話しかけられて、肩が跳ねた。

「付き合ってるの?」
「付き合ってねえ」
「フラれたわけだ」

 上から目線で笑うミカエル。俺は唇をかんだ。
 ミカエルは――もしかしてわかっていて、嫌がらせでキスマークを付けたんじゃねえのか。
 今作ったばかりの塗り薬をつけた薬指をのばし、ミカエルは俺の唇をなぞってくる。

「まあ、オメガって認めたくないのはわかるけど。ベータの女の子と付き合うなんてバカだよねえ…………」

 笑みはひそめ、慰めるような口調だった。
 俺はその手を払いのけた。

「朗報って何だよ」
「ああ、神父を処罰できたの」
「神父…………?」
「チェスがヒートを初めて起こした夜に、チェスを襲おうとした神父。オメガのフェロモンにあてられたってことで無罪になってたでしょ?」

 何の話だ、と思った。
 そうだったか、と記憶を探る。
 神父に襲われた? なにも覚えていない。いや、そういえば怖い目にあった気もする。
 十二歳の夜。初めてヒートを起こした日。みんなが荒れ狂って、ミカエルが最後に立っていて、俺はそれを見上げて――そのあとどうなった?

「あのときとっくに抑制剤効いてたのにね。オメガって立場弱いよね」

 ミカエルは薄く笑う。

「こっちの貴族から手を回してもらってね。あの夜の取り調べをやり直してもよかったんだけど、いっそ別の罪状を捏造した。シスターも協力してくれたよ」

 知らないところで話が進んでいたらしい。
 俺の記憶じゃ、神父は乱暴な俺を毛嫌いしていて、愛想のいいミカエルを猫可愛がりしていたはずだ。

「感謝してもらうほどのものでもないけど」

 ミカエルはふうと溜め息をつくと袖をまくって、匙やすり鉢やすりこぎ棒を水道で洗いだした。
 俺は頭は整理が追いついてこない。
 しかし、何かから解放された感覚だった。目の奥が唐突に熱くなっていた。

「ちょ、泣いてるの? チェス」

 ミカエルが動揺した声を上げる。
 俺は顔を背けた。今の自分の顔を見せたくない。
 嬉しくも悲しくもないのに涙が込み上げていた。
 クロエとのショックも合わさって訳がわからない。
 ミカエルは濡れた手のまま、俺を抱きしめてくる。

「ううん? 慰めてあげるのはやぶさかじゃないけど」
「…………用は済んだろ、帰れよ」
「えー、八つ当たりがひどすぎない?」

 茶化した声でいうミカエル。
 俺はひとまずミゾオチに一発喰らわせた。ミカエルは「ぐっ」と身をかがめる。

「――あ、そう。チェスは乱暴なのがお望みなんだ?」

 顔をゆがめながら、片側の口角を上げるミカエル。
 その間にさっと家を出て、俺は夜の街に繰り出した。



 後日の木曜日、ミカエルが押しかけてきて、俺は扉を開いたとたんにベッドにもつれこまれたのだった。


(終)
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