脅されて香水屋αのおもむくままに愛される不良Ωくん

市川

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トラブル

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 森の中は静かだった。
 身をかがめたまま、俺はゆっくりエモノに接近していく。位置はエモノの風下。エモノの雄鹿は草を食んでいる。耳はぐるぐると動いていて、警戒しているが、こちらにはまだ気づいちゃいない。
 茂みにひそみながら、俺はそっと弩を構えた。
 そのとき遠くで、ギャッと怪鳥が鳴いた。
 鹿は気を取られて首を上げる。一瞬の隙。今だ。
 茂みの中から矢を発射する。矢は喉元に命中し、雄鹿はその場で打ち倒れた。

 近寄って見てみると、それは見事な体躯の雄鹿だった。血が流れているので数キロ圏内の肉食の魔物たちがすぐに寄って来るだろう。その前に目当ての香嚢を腹部から切り取っていく。

 この香嚢からは、麝香が作れる。
 都市にいくつ香水店があるのか知らないが、もしかしたらミカエルのところに届くのかもしれない。


「クロエ。今日この後空いてるか?」

 清算を済ませがてら、カウンターのクロエに訊くと、クロエは「そっちから誘うなんて珍しいわね」と微笑んで答えた。

 俺の陰茎は復活した…………と信じたい。
 それに今日は月曜日で、次の日曜日には間があいている。あの調香師の鼻をごまかすなら月曜以外にない。
 そしてクロエの家に行き、手作りのシチューを食べて、タオルをまいて浴室から出たときだ。
 クロエが微笑んだまま言った。

「ねえチェスター。聞きたいことがあるんだけど」
 
 俺の気合いは充分だ。

「なに?」
「貴族の社交サロンに通ってたわよね?」
「ああ。最近は行ってねえけど」
「そこでツバメをしてる…………とかそういう噂を聞いたんだけどね。本当?」

 その瞬間、体が凍った。
 クロエは不自然なほど平静な声で「そう」と述べた。俺は焦った。

「最近は行ってねえから」
「ツバメをしてたのは本当なんだ」
「…………止めたから。もう行く予定もねえから」
「ねえチェスター、気付いてないの? その鎖骨のとこ」
「は?」

 見下ろせば、鎖骨まわりの皮膚が虫刺されのように赤くなっている。なんだこれは。

「キスマークじゃないの?」

 視界が暗くなった。ミカエルだ。遊び半分で付けたに違いない。

「…………訓練場でこすったんだろ」

 汗をかきながら言うと、クロエは悲しさのこもった目を向けてくる。

「なんで嘘つくの?」

 修羅場だった。

「社交サロンでつけた訳でもないなら、どこで付けたの?」

 俺は口を薄く開いたまま固まっていた。

「私ね、浮気されてても、いつか止めるって思ってたんだよね。でも最近、私のこと全然見てないし。隠し事がどんどん増えてるっていうか」
「…………そんなことは」
「私に反応しなくなったけど、考えてみたら、その前から無理してる感じだったし」

 今オメガ性なんだと秘密を告白すれば、この状況をどうにかできるのか。いや無理だ。もっとひどくなる。俺は無理していたのか?
 ただ「ごめん」と口にしていた。
 クロエとの将来を考えたら、オメガだと隠したまま、付き合いつづけることはできなかった。前々から分かっていた。

「ううん。付き合ったときも私から一方的だったし。迷惑だったでしょ」

 迷惑じゃなかった。それまで転々としていた俺がこの都市に居つくくらいには、クロエの存在は大きかった。

「…………悪かった」

 俺はまた謝っていた。
 クロエは目を伏せる。

「訓練場の仕事は、できたら続けてね。サムさんが、まるでアルファみたいだって褒めてたから」

 俺はうなずいた。呆気なかった。

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