上 下
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番外編

嫌わないで、愛して 上

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最後といいながら終わらないのが番外編……
上下編をお届けします!





――――――――――





「あれっ、君。ウェスタだよね? 久しぶり!」
「あー……ヒトチガイです」
「いやいやいや、そこの酒場で何回か会ったじゃん。あと、おれの家でさ……?」

 耳元で意味ありげに囁かれて、嫌悪感に鳥肌が立った。とっくに、とっっくの昔に関係を解消した男に出会ってしまったのは、僕がかつて借りていた家の近くだ。
 セレスの家に住み始めてから、この辺りを訪れる機会はほとんどなくなってしまった。だから、たまたま来たタイミングで会いたくもない相手から声を掛けられるなんて、運が悪すぎる。
 
 それに……今はまずい。まずいんだって!

 僕が元いた部屋はもう別の人が借りているけど、退去するときお世話になった縁もあって、大家さんとはいまや茶飲み友達だ。
 「いつでもおいで」という言葉に甘えてたまに訪れる最上階の部屋は広く、見晴らしもよくて気持ちいい。けれど窓の下の雑踏や、建物の造りなんかに懐かしさを感じて落ち着く空間でもある。
 僕がディルフィーに行くと言ったとき真っ先に知人を紹介してくれた親切な人で、なんというか……お母さんみたいな存在だ。
 
 セレスも世話になったと言うから二人で挨拶にきたとき、大家さんは部屋の隅に僕だけを呼び寄せ「あの人から逃げてたとかじゃないわよね? 無理やり連れ戻されたんだったら、味方になってあげるから言いなさい」と心配そうに聞いてきた。
 そんなに話したこともないはずなのに、セレスの執着を見抜いているのがすごい。めちゃめちゃ疑われているが。僕は驚きつつも笑顔で誤解を解くと、心底ほっとした表情で僕の帰りを喜んでくれた。

 なぜかセレスからの信頼も厚く、大家さんとの関係は良好。今日は彼女に、茶飲みがてら空き部屋がないか聞きにきていた。ルキウスが孤児院を出て王宮で働くことになり、住む場所を相談されたからである。
 場所柄マイラみたいな女の子にはおすすめできないけど、大家さんは良い人だし、ルキウスなら大丈夫だろう。近々退去予定の人がいると聞いたから、これから孤児院へ行ってルキウスに報告しようと思っていた。

 それで――冒頭に戻る。
 
 黄みがかった茶髪の男が、道端でしつこく話しかけてくる。僕は曖昧に返しつつ、早くこの場を離れたいなぁと内心うんざりしていた。かつてはこの男に、淡い恋心を抱いたこともある。いま思えば完全に失敗だが、それほど僕は愛に飢えていたのだ。
 出会ったばかりの男となんとなく肌を重ねて、相性が良ければ何回か会って……心を許しかけた途端に裏切られる。そんなことを繰り返していた。

「僕はここで人と待ち合わせしているだけなので、話しかけないでもらえますか?」
「えー、なんか綺麗になったじゃん。また嘘ついて男と会ってんの? 魔力なしは可哀想だよなぁ。あ、でも……寝るだけならまた相手してやってもいいぜ」

 僕の言葉を無視して自信満々に笑う男の顔を見遣って、ため息をこらえた。
 この男は僕を、見下して貶しても許される対象だと認識している。さらにはこれでも僕に、優しくしてやっているつもりらしい。こういう人はたくさんいるが、関係を持ったことのある人だとタチが悪かった。
 
 腰を引き寄せするりと撫でられて、さすがに我慢の限界を迎えたときだった。――もうここから逃げよう。大家さんのところへ戻るか、待ち合わせ場所からは離れるけど馬車に戻っちゃうか……なんて選択肢を思い浮かべた、そのとき。

「ウェスタ」
「あっれぇ~、魔法師長様じゃないすか! え。知り合いなの? ウェスタ……高望みはやめとけって。たまになら、おれが相手してやるからよ」

 基本的に冷静なセレスの、地の底を這うような声が聞こえてきて僕はピェッと震えあがった。クリュメさんに散々叱られてから魔力が漏れ出すような失態は起こさないが、その雰囲気だけで周囲の温度がガクッと下がった気がする。
 
 しかも男は鈍感なのか、はたまた恐ろしく度胸があるのか、べらべらと聞きたくも……聞かせたくもない内容を喋り続けている。非常にまずい。
 思わず物理的に彼の口を手で抑えようとしたとき、男の声が止んだ。そんな急に黙ることある? と思ったら、彼の口はパクパクと動き続けている。男は自分の喉に手をやり、焦ったような表情で僕の腕を掴む。痛いほどの力で握り込まれ、なにかを必死に訴えかけられているけど、無音なのが怖い。

 どうしたらいいのか分からず僕の脚はその場に凍りついていたが、ぐいっと身体を引かれて次の瞬間にはセレスの腕の中に収まっていた。セレスは完全に無表情だ。これは絶対に、怒っている。

「せ、セレス…………んう!?」

 おそるおそる話しかけると、いきなり両手で顔を挟まれ……セレスの唇が重なった。えええ~~~!?
 説明しよう。ここは普通に往来のある、王都の道端である。そして目の前には、たぶんセレスが魔法でなにかした、昔の男。えええぇぇ…………
 
 セレスとのキスは大好きだけど、それどころじゃなくてまったく集中できない。なのに彼は顔を傾け、唇の隙間からぬるりと舌を滑り込ませてくる。
 混乱したまま舌を絡め取られ、甘く吸われ、上顎をざらりと撫でられると……だんだん、他のことが考えられなくなってきた。大きな両手で耳まで覆われているから、ピチャピチャと水音が頭に響く。自然に目が閉じてしまうせいで、感覚すべてがセレスに支配されていた。

「あっ。んぅ……んん」

 気持ちいい。前戯のように深いキスを与えられて、身体の芯がふにゃふにゃになってくる。ついには舌を強く吸われて、快感で付け根がジンと痺れたとき……僕は身体の奥で甘く達し、ガクッと腰が抜けてしまった。

「ッん~~~!! ……っはぁ、っはぁ」
「帰るぞ」
 
 すかさず僕を抱き上げたセレスは、周囲を一瞥もせず歩き出す。おそらく馬車のある方向へと運ばれながらも、例の男を含めポカンとした表情の人々から注目を浴びているのが恥ずかしくて、目を伏せた。みんな一様に顔を赤らめているのは……明らかに性的なキスを見せつけてしまったからだろう。
 

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