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「……ふぅ」
手続きはベリエに任せてシェリールは先に外へ出た。いつの間にか太陽はだいぶ傾いている。
多くの商会を見て回るし、つらそうな境遇にあるオメガを見つけていく作業は肉体的にも精神的にも疲れる。
自分は裕福な貴族に生まれついたからよかったものの、そうでなかったら同じ立場になっていたかもしれないと考えるだけで胸が軋んだ。
「おや。そこにいるのは、ブランディーユ卿じゃないか」
「マラディ侯爵。ご無沙汰しております……」
思わず「げっ」と声に出しそうだった。アルファらしい立派な体格に、洒落たちょび髭。声を掛けてきたマラディ侯爵は高位貴族のなかでもオメガ好きとして知られていて、屋敷には番にした愛人と使用人が多くいるという。
王都に店を構えている奴隷商に行きつけがあるとレグリスに聞いたことがあったが、こうして地方の奴隷市にまで顔を出すとは。立場が立場だけにシェリールが無視することもできない。
「ああ、オメガのなかでも君は本当に美しいな。前にも夜会で見かけたことはあったが……あのときは発情期が来ていなかったのかな? ブランディーユ家は始まるのが遅いと言うし。今は……匂い立つような色気だね」
「……いえ、それほどでも」
人の見た目で発情期前だとか想像しているのも気持ち悪いし、二次性徴について口にされるのも虫唾が走る。マラディの舐めるような視線が気になって、服の下でさぁっと鳥肌が立った。
「噂は聞いているよ。ブランディーユ領に美しいオメガばかり揃えているというじゃないか。今日はいいオメガが見つかったかい?」
「ええ、まぁ」
美しい奴隷だからこそ搾取され尽くしてボロボロになるんです! なんて言えるはずもなく、曖昧に頷いておく。いちいち噂を否定していたら日が暮れてしまうし、早く会話を切り上げてほしかった。
「今度うちの屋敷に招待しよう。君好みのオメガと遊んでいってもらって構わないよ。――そうだ! 今日取っている宿にも数人待機させているんだ。どうだい? 今から……」
「あ、いや、あの……」
マラディがシェリールの腰に手を添え、自分と一緒に歩かせようとする。咄嗟のことに反応できず、ついて行ってしまいそうになった。
どうしよう。ここを離れたらまずい。ええっと、なんて言えば……
「シェリール。どこへ行く?」
ふっと、風が通り抜けた。次の瞬間――シェリールはルイの腕の中にいる。朝の森のような香りに包まれると、身体のほうが無条件に安心してしまう。
こちらを見て目を丸くしているマラディに対し、ようやくシェリールは笑みを向けることができた。
「マラディ侯爵、紹介します。僕の夫のルイです」
「……へぇ、君が」
「お会いしたばかりで恐縮ですが、私たちはそろそろ」
「申し訳ありませんが、今日中に帰らなくてはいけなくて」
マラディは片眉を上げてルイを見ていたが、それ以上なにも言わなかった。ルイが切り出してくれたおかげでシェリールも暇を告げることができ、マラディから離れる。
停めてある馬車の方へ歩き出してから、ルイを見上げてシェリールは微笑んだ。自分の顔にはきっと、マラディに向けたものとは違って自然な笑みが溢れていると思う。
「ルイ、ありがとう!」
「目を離して悪かった」
「ううん、すっごくかっこよかった!」
「…………」
あんな風に一瞬でシェリールを救ってくれるなんて……自分は前世でどれほど徳を積んだんだろう!?
幸せを噛みしめることで精一杯だったシェリールは、ルイの頬が赤く染まっていたことには気づかなかった。
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