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1.急募・最強のベータを躱す方法
ど、ど、どどどどうしよう!?
アウローラは窮地に立たされていた。
白く美しい近衛騎士の服に身を包んでいたのは数十秒前の話だ。今や上半身は裸に剥かれ、両手は金色の飾り紐で後ろ手に拘束されている。
自分だって騎士として……まぁ強い方とは言えないけれど、こんなにも簡単に自由を奪われるなんて!
目の前にいるのは入団直後から“最強のベータ”と名高い、テルル=ヴィミナーレ。
肩上まで長さのある銀白色の髪はオールバックで纏められ、サファイヤブルーの瞳が獲物を見据えたように細められる。
「ヒッ」
「……もう逃さないからな」
アルファの自分よりもよっぽど上背のある男に迫られて、アウローラの背筋にたらりと汗が伝う。
後輩なのに……相手はベータなのに……いとも簡単に拘束されて壁際に押しやられている。
絶対にテルルには敵わない。そう実感するほどアウローラの目は潤み、頬は紅潮した。
彼は内心、感涙にむせび泣いていた。
(どうしよう……! 最っっっ高に、滾るシチュ!!!)
騎士でアルファの父、可憐なオメガの母から生まれた僕は、幼い頃から女の子と見間違えられることが多かった。
ローズブロンドのふわふわとうねる髪に、ワインレッドの瞳。色合いも然ることながら、顔立ちは母に似て繊細で、性格も筋金入りの人見知りだったからである。
とはいえ身体は健康そのもの。双子でふたつ年上の兄たちに鍛えられ、すくすくと成長した僕の二次性判定はアルファだった。
まぁ、アルファだからといって性格が変わるわけではない。基本的に内気で、人と深く関わるのは未だに苦手だ。
現在26歳の兄たちは、片方が実家の伯爵領にいて、父のそばで家督を継ぐための勉強中だ。もう片方は王宮で文官をしている。
僕はアヴェンティーノ伯爵家の三男で、24歳。白騎士団に所属する騎士だ。
騎士といっても体育会系の明るい奴らもいれば、僅かながら僕のように集団生活が苦手なタイプもいる。かつて青騎士団の副団長を務めていた父も、寡黙なタイプだった。
父は見た目からして正統派の騎士だったし、同じアルファだった兄が昔「騎士になりたい」としきりに宣言していたおかげで、僕も騎士になるんだと自然に思っていた。
体を動かすのは得意で、入団試験も訓練も卒なくこなすことができた。最初はみんなの距離感が近くてほんと戸惑ったけど。
僕は一番小規模でレアと言われる白騎士団に配属された。大所帯の青騎士団や、とにかく強さが求められる緑騎士団と違って、白は王族と王宮を守る近衛騎士だ。
なにか一つの能力が抜きん出ているなど、近衛騎士には特別な審査基準があるらしい。見目も考慮して選ばれるという噂もあるがどうなのだろうか。
王族にはアルファが多いため、有力貴族や他国からオメガの姫君や王子が嫁いでくることもある。そのため近衛騎士には番のいるアルファやベータが多い。もちろん強さや素行の良さも重要なのだが、二次性による事故が起きないようかなり慎重に選別されているのだ。
最近はちらほらオメガの騎士も増えてきた。それは伝説の緑騎士団団長がオメガだったという前例を作ったからに他ならない。体質的に大変だろうが、自分自身も母のおかげでオメガは身近だったから嬉しい変化だなと思う。
近衛にもオメガの団員はいる。この国では男性オメガの数が圧倒的に少ないため、オメガの王族警護にぴったりなのだろう。
もちろん自分のようなアルファは着任前にフェロモン耐性をつける訓練がなされる。しかし万が一を考慮して、近衛騎士のなかでも王宮の端など、王族とは全く相見えない位置に配備されている。
おかげで、僕にとっては気楽でぴったりの仕事だ。たまに文官の兄と会えるボーナスだってある。
それに、ひと気のない場所で密会する貴族や官吏に見ないふりをしたり、王宮に訪れる様々な人々を黙ったまま観察できる。
なにを隠そう、僕は人見知りのくせに……とある妄想が大好きだから、とても都合がいい。
「ローラ、食事中くらい妄想をやめなよ」
「兄さん……だって、見た? あの文官兄さんの同僚じゃないの」
数カ月ぶりに時間が合って、兄のフォルトゥーノと庭園でランチ中である。王宮内には広い庭園があって、王族だけが入れる場所もあれば内部で働く者たちに開放されている区画もあるのだ。
その中でも生け垣で周囲から隠れている場所が何箇所かあり、密会とまではいかなくともちょっとしたデートにぴったりだと僕は知っている。見覚えのある近衛騎士と文官の制服を着た男ふたりが、お弁当を持ってコソコソとそこへ入っていく。
くすくす笑いが聞こえた気がして、僕はその声を勝手に喘ぎ声へと変換した。
『あっ、ちょっと……んん! 午後からも仕事なんだからぁ……跡、つけないでよ』
「ふふ、ふふふふ……」
「こら。もう、この子は……。ねぇ聞いて、来月隣国から同盟更新のために大使が来るでしょう? なにか気になることはない?」
「コホン。うーん、最近は特になにもないかな。でも直前に感じることもあるし、そのときはすぐに報告するから」
「そっか……ありがとう。上司にもそう報告しておく」
これが、僕が近衛騎士に選ばれた理由だ。
僕はなぜか……昔から勘がとてもいい。言葉を覚え始めた頃からこうだから、普通の大人ならさぞかし不気味に思っただろう。でもそんな僕の言葉を真面目に捉え、個性として伸ばしてくれたのがうちの両親だ。
おかげで僕の勘は先見の明とか予言などと持て囃され、騎士団でも重宝されている。万能ではないものの、王族の公務先での事故を未然に防いだ実績もある。
地味だけど一番得意なのが赤ん坊の性別当てで、絶対じゃないから! と言い含めても、同僚が休日に奥さんを連れて会いにくるのは日常茶飯事だ。
王族の公務管理にも関わっているトゥーノ兄さんが僕にちょこちょこ会いに来てくれるのも、この能力のおかげなのである。
「そういえば、聞いた? テルルが白へ配属になるって」
「ゔ。聞いた……」
「まだ苦手なの? 昔はあんなに可愛がってたのに」
「だって……あんなの別人じゃん!」
テルルは4歳年下で、僕が初めて性別を当てた子だ。テルルの母親は伝説と呼ばれた騎士団長をやっていた人で、父親も副団長だったというサラブレッドだ。僕の父親と騎士同士面識があり、妊娠中にうちを訪れた時に僕が『おとこのこ!』と言い当てた……らしい。
そんな幼いときのこと、覚えてないし。
僕の母とも男のオメガ同士ということで、出産後も意外に仲良くやっていたようだ。華奢なうちの母と、男らしく逞しいテルルの母では、見た目が天と地ほどに違うけど。
しばらくは年に一度ほど会っていて、僕はテルルが大好きだった。神秘的な銀色の髪に、きれいな青い瞳。僕の下には妹しかいないから、積極的に抱っこしてあやして、弟みたいに思っていたのだ。
7歳になったとき、父が本格的に伯爵位を継承するため、王都から離れた領地へと家族で移り住むことになった。その後も何度か王都邸を訪れることがあったのだが、テルルと会う機会はめっきりなくなってしまった。
久しぶりに再会したのが五年後。10歳のテルルは……めちゃくちゃ成長して顔つきも大人っぽくなり、別人だった。
そこで発揮されたのが僕の人見知りである。兄の言うとおりすごく可愛がっていたのに、怖くて話しかけることもできず。両親も戸惑うほど震え上がって、僕は逃げた。
そしてテルルは、――恐ろしいことに――怖がる僕を追いかけてきたのだ!
それ以来、僕が騎士団に入団するまで、会えば逃げる。追いかけられる。もっと逃げる。を繰り返してきた。
もう二度と会うことはないって、安心してたのに……
「あいつが一番距離感おかしいんだよ……どうにかして躱す方法ないの!? 助けてよ兄さん~~~」
「犬がじゃれついてるようなものでしょ。とにかく、後輩になるんだから仲良くね」
「犬どころか猛獣だって。無理だよぉ~~~!」
なんとかして避けようと思っていても、仲間内で顔合わせはある。限られた空間での警護のため、全員の顔をきちんと覚える必要があるのだ。
「テルルは緑騎士団で頭角を表した傑物だ。まぁ、親があの伝説の番だからな。近衛としても期待してるぞ!」
「はい。若輩者ですが期待に添えるよう頑張ります」
「アウローラと旧知なんだって? ちょうどいいからしばらく一緒に仕事して、宮中警護について学んでくれ」
「え……」
お断りします! ――なんて言えるはずもなく。口元に不敵な笑みを乗せたテルルの教育係を、僕は担うことになってしまったのだった。
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