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しおりを挟む翌日が非番の日、テルルの歓迎会があった。普段は僕もこういう会に呼ばれないのだが、テルルの教育係として一応声をかけられたみたいだ。
基本的に断るので呼ばれなくなった経緯がある僕は、今回いつの間にかテルル経由で参加の返事をされていて驚いた。怒るのは当然だよね?
しかも知ったのは当日である。
「ねぇ、なんで勝手に……」
「ただでさえ少ない独身が、非番なのに参加しなかったらおかしいだろ?」
「僕だって用事とかあるかもしれないでしょ!」
「あるのか?」
「……」
用事というか、やりたいことは……あった。いつものアレだけど。
家族と会うとか適当に誤魔化せばよかったのに、夜のめくるめくストレス解消法を頭に思い浮かべてしまった僕は、若干涙目になって目を逸らし、黙り込んだ。
「は……? なにその顔。まさかデートでもあったか?」
「もういい。行けばいいんでしょ!」
ごめんごめんと繰り返すテルルがいつも以上に近づこうとしたから、走って逃げる。相変わらず追いかけてくる男に苛立ちを感じながら、僕は悶々としていた。
(僕だってこんな人に言えない趣味……やめたほうがいいってわかってる)
妄想で収めておけばよかったのだ。アルファなのにこんな、抱かれたいとか無理矢理されたいとか思うのは間違っている。
けれど思春期を迎えた頃から僕が想像するのはそっち側で、しかも抗えない状況に興奮してしまう性質は変えようがなかった。
別にパートナーを作るつもりもないし作る必要もない。五人も兄妹がいれば変なのが一人いたっていいだろう。
人に言えないだけで、これは僕の愛すべき趣味で、大切な用事なのだ。
それを全否定された訳でもないのに、なぜか苛々してテルルにぶつけてしまった。
たぶん、あんなに苦手だったテルルと働くことに慣れてきてしまったことへの戸惑いとか、妄想を妨害されていることへの八つ当たりとか、いつまで経っても後ろでイケないことへの焦りとか……いろんなものが混ぜこぜになっているせいだ。
わーっと叫び出したい気分になって、僕は走り続けた。
酒なんて普段飲まないけど、今日は飲まなきゃやってられないよ!
自宅で身なりを整えてから出かける。振り向きざま、未練がましく寝台横に用意したおもちゃたちを見つめた。
もし早く帰ってこれて、もし動けないほど酔っ払ってなかったら、新しい遊びをしよう。待っててね、僕の癒したち……
会場は自宅からほど近い酒場だった。自分の空間が大好きな僕は、食事も買って帰るばかりで外食をしない。見慣れない場所に、顔は知っているけど仕事の会話以外しない人たち。
席に着いた時点で、僕のストレス度はMAXだった。歓迎会なんて、自分のさえ行ったかどうか記憶がない。しかもいつも近寄ってこない同僚さえ、酒を飲むと「一度話してみたかったんだ!」と距離を詰めてくる。
いや、ちょ、ちょっと離れてください……と普段なら逃げ出すはずの僕だけど、この日は違った。
「アウローラさぁん! その、予言って、急に降ってくるものなんすか?」
「おれ、感動しました! あの事故を防いだとき……」
「おいお前割り込むなよ」
「ふふっ、そうだねぇ……急に『あ、やばい!』って降ってくることが多いかな」
「まじすか! すっげーーー!」
なんだ、みんな楽しくて良い人ばっかりだ! 酒を飲み始めてからずっと、僕は口元を緩ませ同僚たちの質問に答え続けていた。
――滅多に飲まないから忘れがちなのだが……僕はめっぽう酒に弱かった。
「うちの子はアウローラのおかげで早々に性別がわかったんだ。あんなに可愛い女の子が生まれてくるなんて……先に聞いておかなかったら心臓発作で死んでたよ!」
「あはは! 団長のお役に立てて、僕……うううれしいですぅっ……ぐすっ」
今度は泣けてきた。なんかよくわかんないけど、よかったなぁ……
ずびずび鼻を啜っていると、隣に座った後輩が頭を撫でてくる。人に頭を撫でてもらうなんて子どもの頃以来で、その懐かしさにまたじんわりと涙が浮かんだ。
「アウローラさん、ほんと可愛いっすね……ぅわ!?」
「泣き上戸かぁ? 団長、いつもこの人こんななんですか……」
僕の頭に置かれた手をベシっと払い除けたのはテルルだった。テルルがこっちのテーブルに来たことで、周囲はまた盛り上がりを見せる。
「聞いたよ。テルルお前、仕事を覚えるのも早いんだって? さすがサラブレッドは違うな!」
「アルファじゃないなんてもったいないっすよねー!」
「……ありがとうございます」
基本的に僕と行動しているはずなのに、もうテルルは団員の中で馴染んでいた。これがコミュ強ってやつか。
しかし皆が褒めているように話した内容に違和感を感じて、僕は横から口を出した。
「団長。この子はすごく周りを観察してるし、教えたことは休憩時間に書き起こしたりしてるんです。ちょっと生意気だけど、誰よりも努力家で……出自なんて関係なくこの子がすごいんです! テルル自身を評価してあげ、て……くださいよぉぉ~~~。うわ~ん」
「お、おぉ……分かったから、泣き止んでくれ。それ以上泣くと可愛い目が溶けるぞ?」
自分がなにを言っているのかもわからなくなって、ただただ悲しい。僕は目の前にあった布に顔を擦り付けて、声を上げて泣いた。
「なんか……悪かったな」
「いえ…………。この人、俺が送っていっていいですか?」
頭の中で自分の声がエコーして、周囲の音が聞こえない。僕の涙をたくさん吸収したハンカチが勝手に離れていって、また目の前に白い布が広がる。団長に「背負ってもらえ」と言われて素直にそうした。
白いシャツを着た、大きな背中だった。
「ふふっ、父上みたい……」
「アウローラ、ほんと家族大好きだな……」
「うん……だいすき」
「……」
「テルルのご両親もだいすきだよ?」
「……俺は?」
「ふわあぁ……ねむいな」
僕も身長は高い方だし重いはずなのに、運んでくれる背中は危なげない。優しい石鹸の香りと高い体温に安心しきって、ウトウトしながらも僕は家まで右左と道を伝え、あっという間に我が家へ到着した。
「ありがと。じゃ~おやすみなさい……」
「おい、送ってやったんだから茶くらい出せよ」
「う、うちは男子禁制なので……」
「意味わからん」
「あはは。僕も……あ、ちょっと待っ……う、うぷ」
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