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 初めてアウローラに会ったのはほんの赤ん坊の頃らしく、さすがに覚えていない。でも年に一回ほどしか会えていなかったのに、俺はいつの間にかアウローラに会える日を心待ちにしていた。
 ふわふわのブロンドを遊ばせたアウローラは天使みたいに可愛くて、幼い俺にはべたべたに甘くて……初恋だった。

 正直、5歳頃までは女の子だと思っていたのだ。
 俺の母は男のオメガだが騎士団長をやっていた逞しい人で、父も副団長で同じくらい逞しかった。母の性格は誰もが認める男前だったし、父は母に心酔し崇め立てていたから、立場が逆だと思っていたくらいだ。
 母から乳を貰っていたと聞いたときはかなり驚いたなぁ。父は神々しくて目が潰れそうだったとか言っていて、ちょっと意味が分からなかった。

 そんな家族を見ていたから、内気で愛らしい見た目を持つアウローラを、勝手に女の子だと思ってしまったのは仕方がないと思う。
 会えないあいだに両親から男だと教えてもらって驚いたものの、好きという感情の前では些細なことだ。

 恋といっても幼かったし、寂しいとかよりも「会うのが楽しみだな~会えば遊んでもらえるかな~」と思っていた程度のものだ。五年の時を経て再会するときもわくわくしていただけだった。
 なのに、アウローラは成長した俺に怯えて逃げてしまったのだ。自分だって成長したくせに……。それは、思春期を迎えようとしていた俺にとって、雷に打たれたような衝撃だった。

 あんなに可愛がってくれてたのに……!
 
 だから両親に「嫌がっているのに追いかけるのはやめとけ」「押せばいいってもんじゃないぞ」と再三言われても、納得できなくて会うたびに追いかけてしまった。
 毎回アウローラに逃げられても、俺が長年めげなかったのには理由がある。家族は俺がずっと嫌われていると思っていたが、実はそうでもない。

 アヴェンティーノ伯爵家は広くて、年上のアウローラの足は速かった。けれど人見知りを発揮した彼が逃げ込む先はいつも同じ場所で。

 使用人が使う小さな小さな物置――アウローラが頻繁に来るから綺麗に整えられた居心地のいい空間だった――で見つけて、その端っこと端っこでぽそぽそと会話する。
 アウローラも自分のテリトリーで安心していたのか、その時だけは心を開いて話してくれたのだ。それが嬉しかった。
 
 頑張って距離を縮めても、次会うときに人見知りは復活してしまっている。それでも数年後にアウローラが騎士として入団してしまうまで、同じことを繰り返した。

 それからは勉強や騎士になるための訓練に邁進した。二次性判定はベータだったものの、アルファに劣らないくらい俺は強くなった。

 俺が入団してから戸惑ったのは、どこへ行っても両親の影がつきまとうことだった。周囲の期待に応えるための努力は欠かせない。しかし結果を出しても、二言目には「ま、当然か」と切り捨てられる。
 それを打ち破るくらいの結果を残すことが俺の目標で、色恋になんて目を向けないまま20歳になり、白騎士団への異動が命じられたのである。

 さすがにもう淡い恋心は消えたと思っていた。仕事を教えてもらうことになって、またいちいち逃げられるくらいなら、他の先輩の方がよかったとさえ思っていた。
 
 ――それなのに。

 『誰よりも努力家で……出自なんて関係なくこの子がすごいんです! テルル自身を評価してあげ、て……くださいよぉぉ~~~』

 酔っ払いの口上なんて聞き流せばよかったのだ。でもアウローラの言葉は深く俺に突き刺さり、心を強く揺さぶった。
 恋人がいるのかと勘違いしたときはめちゃくちゃ焦ったぜ……

 それに趣味。アウローラは後ろめたさを感じているようだったけど、あんなのが他人に知られてしまったらお相手希望者が殺到するに違いない。彼は自分の魅力に鈍感すぎるのだ。
 どうかあのまま他人との距離を置き続けて、趣味も徹底的に隠しておいてほしい。もう二度と他人の前で酒は飲ませらんねぇな。

 あーーー、早く俺のものになってくれよ…………

 たぶん俺との性行為をアウローラは気に入っていたし、忘れていない。性的快楽に弱すぎるのが問題だが、俺はそこに付け込もうとしている。
 童貞を卒業したばかりの俺にテクニックなんてものはないだろう。けれども、アウローラの望むことを汲み取れる自信ならある。伊達に長年追いかけ続けてはいないのだ。

 仕事ではアウローラに惚れ直すことばかりで、俺が良いところを見せられる場面もなかったしなぁ。結局俺もその他大勢と同じで、叶わない恋の餌食になっているだけの可能性は高い。
 唯一の希望は、俺の気持ちを知っても背中を押してくれた、ソル団長の言葉だった。

『アウローラが後輩を褒めるのはずっと見てきたけど、お前のことを褒める時が一番、熱が入ってたよ。昔から知ってるってのは大きいかもなぁ。泣くほどだし……くくっ』
『あれはただの酔っ払いでしょう』
『いや、実際酒には弱いが……あんな抱きついて泣いたり、負ぶわれて帰るなんてこと、今までなかったさ』

 無意識に心を許してくれているのかもしれない。どうせならちゃんと、意識してほしい。
 少しでも可能性があるのなら……いや。可能性が今のところゼロだとしても、やっぱり俺にはアウローラしか考えられない。
 どうしても、振り向かせたい。

 いいところを見せるチャンスが巡ってこねーかな。
 そんなことを考えていた俺に舞い込んできたのは、二年に一度全騎士団合同で開催される、剣術大会の知らせだった。


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