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しおりを挟むドッと沸き起こった喝采を浴びながら、馬上から相手を見下ろす。落馬した相手が剣を落としたのだ。
剣術大会は騎馬で戦う一騎打ちだ。剣術を競うものではあるが、乗馬の腕もかなり問われる。相手が降参するか、戦闘不能と審判が判断したとき、あるいは剣を落とした時点で勝利となる。
互いにヘルムを外すと、さらに大きな歓声が聞こえた。女性の黄色い声が混じるのは、勝者の、また勇ましく戦った者の容姿がまみえる瞬間を心待ちにしていたからだろう。
そして白騎士団の人気はこれなのだ。
王宮の景観のためなのか王族のためなのかは分からないが、見目の整っている者が多いし、逆にむさ苦しく雄々しい体格の者は少ない。俺はどちらかというとこっち寄りなのだが、顔立ちや色合いは――歓声を聞く限り――合格らしい。
これでもう二回勝ち上がったため、次は準決勝だ。そこで勝てば決勝、負けても三位決定戦となる。
勝てたことによる高揚と、少しホッとした気持ちを抱きながら控室に向かって踵を返すと、観客席からよく通る声で名前を呼ばれた。
「テルル! さすが俺の子だ!!」
「うげっ。母さん……来てたのか」
もちろん父さんも隣にいる。母を挟むようにアウローラも座っていた。階段状の客席中腹に座っている三人はかなり注目を浴びていて、特に騎士団関係者から母への熱視線がすごい。
オメガという二次性を物ともせず団長に成り上がった母は、その強さだけでなく並外れたカリスマ性で、荒くれ者が多いと言われる緑騎士団の団長を長年努めた経歴がある。
引退した今も伝説として語り継がれ、会ったことのない若い騎士でも憧れとして挙げるのを聞いたことがある。
いまの一言で母の存在に気づいた人もいるようで、その一帯だけざわついている。
アウローラは周囲の誰とも目を合わせないようにしながら、幼いころから懐いている母に引っ付き……まっすぐに俺を見つめていた。その顔はまだ心配そうに眉をひそめている。
俺は「勝つから、見てろよ」という合図に二本の指を自分の目に向け、アウローラの目に向けた。そして余裕そうに見える表情で、笑った。
今度こそ闘技場を後にする。母がぴゅうっと口笛を吹いて囃し立てるのが聞こえた。
準決勝まで勝ち残ったのは、白騎士団からは俺ひとりだった。青からも一人、緑からは二人。すれ違いざまの一瞬で決着がつく試合もあったが、ここまで来ると力は拮抗し、見ごたえのある試合になる。
前の試合は青騎士団の青年が勝利し、それでもいい試合を見せたふたりに盛大な拍手が送られた。
いよいよ自分の出番だ。俺は籠手の下で手を握りしめて気合を入れる。
さっき手袋越しに触ったアウローラの手を思い出していた。細い指だが、ところどころ硬くなった騎士の手だ。
騎乗して指定の位置から向き合うと、一陣の風が闘技場に吹き下り、肩から羽織ったサーコートが靡いた。自分の所属する団の色だ。
相手のサーコートは、緑。俺よりも大柄で体格のいい男だ。異動前に会ったことはないから、最近入ったやつだろう。
ヘルムの隙間から見える相手の瞳が、挑発的に煌めいた。
その時ばかりは観客も息を潜め、開始の合図を待つ。闘技場が静けさに包まれて、一瞬の後。
審判の旗が大きく振り下ろされた。
合図と同時に軍馬の横腹を蹴る。乗り手の意図を汲む優秀な馬は、砂埃を巻き上げて疾走した。
身を低くして風の抵抗を殺していた俺は、すれ違いざまに体勢を戻してロングソードを振り下ろす。手に重い衝撃が走り高い金属音が鳴ったが、これくらいじゃ相手も剣を落とさない。
すぐに体勢を整え、馬首を返して駆け戻る。たちまち激しい剣戟となった。
刃金を打ち合わせるたびに衝撃音が鳴り響く。相手がブンッ、と横薙ぎに振るった剣を、身体を捻ってかわす。
だがなんと相手は、返す太刀の勢いで俺の馬を狙ってきた。実戦ならまだしも、立派なルール違反である。
慌てて手綱を引き距離をとる。一瞬の出来事に、殆どの観客はなにが起きたのか分かっていない。不運にも審判からは死角だったようだ。
自分の親の叫び声が聞こえる気がする。だが周囲の様子を一旦切り離して、俺は目の前の敵に集中した。
そう。悪意のある攻撃を向けてきた時点で、こいつはもう敵だ。
次の一撃で決める。
俺は目を眇め、剣を振りかざして疾走してくる相手を見据えた。周囲の音が遠くなる。俺と相手との空間だけが別時空に切り離されたような心地でもあった。
右手で持つ剣に気合を込めて、一閃をふるう。銀色のきらめきが観客の目に残像を残した瞬間、手から剣を飛ばされ胸甲を激しく打たれた男が落馬した。
観客が一斉に立ち上がり、快哉を叫び拍手を打ち鳴らす。
素人目には早すぎて分からない部分も多かっただろうが、目を瞠るような試合だったことは間違いない。そんななか相手の緑騎士団の仲間だろうか、ブーイングまで聞こえてきたからぷっと笑ってしまった。
審判が俺の勝利を宣言し、ヘルムを外す。籠もった熱気が闘技場の空気に溶けていく。
――しかし相手は起き上がったもののなかなかヘルムを取ろうとしなかった。
この一戦を無事乗り越えたことで気が抜けていた俺は、そのままこちらの方へ突進するように歩いてきた男を見て感動の握手か、抱擁か? などと束の間考えた。
「おい、君。早くヘルムを取りなさい」
「テルル!!!」
戸惑った審判の声や喧騒を突き抜けてアウローラの声が俺の耳に届き、ハッと我に返る。男が籠手に仕込んだ短剣で切りつけようとしている。
それを間一髪で避け、反射的にアッパーカットで顎下から殴り上げた。
「ぐぁっ! ……」
脳震盪を起こした男は、そのまま立っていられなくなり地面に崩れ落ちた。
「なんと卑怯な真似を……」
呆れ果てた審判の声が聞こえたのも束の間、観客たちは敗者の卑劣な行動に激しいブーイングと野次を浴びせかけた。
その声は想像以上に大きい。盛り上がりが最高潮だったからこそ、その反動は大きかったのである。
わぁっという声が聞こえて振り向くと、俺に対してブーイングをしていた緑騎士団の奴らと周囲の騎士団関係者たちが取っ組み合いになっている。
中心にいたのは……俺の両親、そしてアウローラだった。
「うわ……まじか!」
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