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 アウローラは元の席へと戻り、最後まで見届けてくれていた。いまは俺の両親と抱き合って背中を叩いたりと忙しそうだ。
 さっきまで喧嘩していた奴らも周囲にいたお偉方に絞られたのか、決勝戦のあいだは大人しく座っていた。
 
 わざわざ王都まで見に来ていたかつての同僚たちに囲まれて喋っていると、右ストレートで殴られていた男が帰り際、アウローラに話しかけるのが見えた。
 往生際悪くまた文句をつけに来たのか? 反射的に彼らの方へ向かって足を踏み出す。

 しかし男はアウローラの前で跪き、手を取って甲にキスの真似事をした。周りの男たちがぴゅうっと口笛を吹く。

「美しくも強い貴方に惚れました。どうかオレと……交際してください!」
「えぇ……やだよ」
 
 アウローラは素気なく返したが、男は手を握ったままだ。にやにやと笑う母親の横を通り抜け、やいのやいのと囃し立てる男たちを押しのけ……俺はアウローラの腰を抱き寄せた。バシッと男の手をはたき落とす。

「悪いが、先約はこっちだ。俺は、デートを賭けて優勝したんだからな……とんだ高嶺の花だよ」

 キャー! と、今度は婦女子の黄色い歓声が沸き起こった。ポカンとしている男から引き離すように、アウローラを連れて闘技場を出る。はじめは素直に付いてきていたが、闘技場を出た瞬間アウローラは俺の腕を腰から引き剥がした。

「ねぇ。僕、デートするって……頷いてないよね?」
「今日くらい、ご褒美くれたっていいじゃないか?」
「えっ……今日のつもり? この恰好で!?」

 俺は明日休みを貰えるが、今日休みを取って応援に来ていた奴らはほとんどが明日出勤だ。それでも「祝い酒だ!」と騒いでいたけど……さっきので察してくれただろう。両親も明日会う約束をしているから問題ない。
 いつもより少しだけ俺に絆されてくれているアウローラ。今日を逃したら、またスイスイと上手く逃げられる気がする。

「え。おしゃれして出かけてくれるつもりだったのか?」
「ちっ、違う!」

 髪は結び直していたものの、俺の何倍もヨレヨレの恰好をして、手には包帯、頬には湿布が貼られている。ガーゼを当てられている額の傷は浅くて、跡が残らなさそうだったから良かった。
 なかなか頷いてくれないアウローラに構わず、手を取って歩き出す。傷に響かないようなるべく優しく握ったが、嫌がっても離さない。あの男に手を握られていたのが、結構……むかついていたのだ。

 途中の店でちょこちょこ食べ物をテイクアウトして酒も買って、アウローラの家に直行する。「なんで僕の家なんだよ……」と文句を言いながらも、外でのデートではなかったことに安心したらしい。
 俺はいまだ寮住まいだから、アウローラの家に上げてもらえるだけで特別感を感じて、嬉しくなった。

 リビングに足を進めたアウローラがハッと何かに気づいたような顔をして、寝室へと走って行く。

「そこから動かないでね!」
「……」

 おおかた、アウローラのおもちゃが並べられているのだろう。一人暮らしが長くなると、家の中での緊張感はまるきり失ってしまうらしい。
 今度はどんなモノを使って自分を苛めて楽しんでいるのか少し……すげぇ気になったが、見てしまったら自分が我慢できなくなる気がした。

 戻ってきたアウローラは手慣れた様子でテーブルに皿を並べ、ゴブレットに酒を注いだ。いつも買ってきたものを家で食べていると言っていたから、これが日常なんだろう。

「誰か……呼ぶことあるのか? この家に」
「へ? なんで」
「どうして食器が二個ずつあるんだ」
「あー……」

 アウローラは気まずげに指先で頬をかこうとして、そこに湿布が貼られていることに気づき、手を彷徨わせてから諦めたように答えた。

「洗うの、その、面倒くさくて……別にいいでしょ! ほら、座って!」
「ふっ。ははっ」

 嫉妬で陰りそうになっていた心が、一瞬で晴れる。たしかに、使用人がいる家で育った者にとって、家事は面倒以外の何物でもないはずだ。食器を買い足して解決しようとする姿を想像して、面白くなってしまった。

「もう~! 一杯くらい付き合ってあげようと思ったけど、やっぱり水にしよ……」
「待て待て、悪かった。乾杯くらい酒でさせてくれ」

 席を立ちかけたアウローラを慌てて引き留めて、ゴブレットを掲げる。
 アウローラは先輩らしく祝いの言葉を紡いでくれた。

「テルル、今日は優勝おめでとう。君の勇敢さに」
「ありがとう。アウローラの勇敢さに」

 俺のために怒ってくれたアウローラに、内心スタンディングオベーションを送りつつ、ゴブレットをカツンとぶつけた。
 
 まだ窓の外は明るく夕飯には早い時間だけど、たまにはこんなのもいい。大会で勝利を収め、好きな人の家で好きな人と酒を飲みながら食事をしている。
 西日がアウローラのローズブロンドを照らして、金色の光に透ける。食卓に蝋燭なんてなくても、最高にロマンチックなご褒美だ。

 今日の対戦相手の話や久しぶりに会った同期の話をして、アウローラからは客席であった珍事を教えてもらった。少量の酒で酔う男の飲み物を途中から水にすり替えたが、アウローラはすぐに饒舌になった。トロンと赤くなった目元がかわいい。

「緑ってあんなやつばっかりなの?」
「あー……みんなじゃないけど、平民上がりの荒くれ者も多いしな。でも、強い」
「まぁ実力はあるんだろうね。ルールは守ってほしいけど、大会に出てない人も強そうだった」
「あいつは……よかったのか? お前に告白してきたやつ」


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