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11.クヴェルの嫉妬
しおりを挟むせっかくの休暇だからと、二人で食事を兼ねて酒場に向かう。任務の合間にみんなで酒を飲んだことはあるし、その時にイーリスが酒に強いことは知った。
だから、クヴェルは油断していたのだ。出会ったときの状況も忘れて……
「っ、イーリス! イーリスか!?」
「やだあ! 騎士様になったイーリスが私を迎えに来てくれたわっ」
「ちょっと自惚れないでよ! 僕に会いに来たんだってば!」
酒場の扉をくぐり抜けた瞬間、こちらに視線を向けた店員の男性が声を上げた。シン……と一瞬静まり返った店内は瞬く間にドッと湧き、あちこちで歓声が上がる。
駆け寄ってきた小柄な男女が飛びついてこようとするのを、イーリスは慣れた仕草で両手を上げて躱した。
「寄るな寄るな。おれはこの人と、飲みに来たんだよ」
「あら、こっちも素敵……」
「おい。手を出すんじゃねぇぞ?」
この人、と親指で示されたクヴェルは容易く誇らしい気持ちになる。
クヴェルに向かって誘うような視線を向けてきた女性の前に、イーリスが立ちはだかってくれた。彼はこういうところが最高に男らしい。
(それにしても……イーリスは本当に人気があるな)
あまり気安く笑ったりしないためか、クヴェルの容姿は近寄りがたいとよく言われる。それに対しイーリスはすぐ笑うし、笑っていなくても親しみやすい甘さのある顔立ちだから簡単に人を引き寄せる。
貴族然とした雰囲気が出てしまうクヴェルと比較して、イーリスの一匹狼のような野性的な雰囲気も魅力の一つとなっているのだろう。
過去のことを思い出し心配になったクヴェルは、入り口近くの席につきながらイーリスの耳元で囁いた。
「イーリス……また変なものを飲まされないでくれよ?」
「っ、当たり前だろ!」
近づきすぎて、唇が僅かに耳に当たってしまう。耳たぶを真っ赤にしたイーリスが目を潤ませながらクヴェルを睨む。ぞくっと腰に興奮が走ったが、素知らぬ顔をしてクヴェルは椅子に腰かけた。
今夜は耳から愛撫を始めるのがいいかもしれない。帰ってからが楽しみだ。
その後は知り合いがたまに声を掛けてきてイーリスと乾杯していくくらいで、平和な時間が過ぎていく。
飾り気のないどこにでもあるような酒場であるものの、イーリスお勧めの店というだけあって意外なほど料理は美味い。普段飲みすぎないようにしているクヴェルも酒が進む。
いつの間にか、心地よい酔いを感じていた。そろそろ二人きりになりたい。客はひっきりなしにやってくるから常に満席だ。イーリスとアイコンタクトをしてそろそろ帰ろう、と腰を上げたときだった。
「おい、まさか……イーリスじゃねぇか!」
「ボニート!」
店に入ってきた男が声を上げ、イーリスの顔もパッと明るくなる。明らかに他の知り合いとは違う反応で、仲の良いことが窺えた。
ボニートと呼ばれた男はイーリスの赤髪に似た赤銅色の頭髪をしている。こちらも冒険者なのかなかなか立派な体格だ。
イーリスはボニートに歩み寄り、強く抱擁し合う。クヴェルは二人を引き離そうかと本能的に考えたが、抱擁は一瞬だった。
「冒険者やめて騎士になったとは噂で聞いてたんだ。大出世じゃんか! 元気そうだなあ……!」
「へへ、おれは変わんねぇよ。お前も元気か? もしかしたら今日会えるかもって、期待してたんだ」
(あいつに会えると期待してこの店を選んだのか……?)
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