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しおりを挟む(クヴェルって、確か、次男だったよな……?)
その辺りも曖昧なくらい、イーリスはクヴェルから家族のことを聞かされていない。
「婚約者、なのか……?」
「そうだよ」
「っ!?」
ぽつりと呟いた独り言に返事があり、イーリスはハッと顔を上げた。
先ほどの場所にはもう誰もおらず、目の前にはいい身なりの男性が立っている。クヴェルと並んで馬車を見送っていた人だ。
黒に近い濃紺の髪にグレーが混じっている。背丈はクヴェルよりも低いが、平均よりはやはり高い。顔はあまり似ておらず、ただ耳の形がよく似ていた。
「イーリス君、だね? 私は伯爵のフェルゼ・ヴェルトライゼ。クヴェルの父親だ」
「えっ、えっと……初めまして! おれ、あ。わ、私は……あの、クヴェルさんと」
会いたいとは思っていたけど、こんなに急かよ!?
突然の邂逅に焦って上手く言葉が出てこない。
必死にちゃんとした挨拶をしようとしていると、イーリスの話を遮ってフェルゼは切り出した。
「知っている。だが、別れてくれるかな? 息子と」
「え……」
穏やかな声で、かつ命令の響きを伴わせてフェルゼが言う。
認めてもらえないかもとは覚悟していた。でもクヴェルが怒るだろうから、イーリスも簡単には引き下がらないつもりだった。しかし今は一人で、淡々と話されると逆に委縮してしまう。
「息子には我が家と釣り合った家柄の令嬢と結婚してもらう。それが息子のためにもなるんだよ。君には悪いが、お遊びの恋愛はもう終わりだ」
「で、でも……! クヴェルは、それを認めているんですか?」
「君も見ていただろう? 両家の親を置き去りにして、二人きりで楽しそうに話していたよ」
「…………」
見ていた。だからフェルゼの言っていることが嘘ではないと分かってしまう。クヴェルは、あの女性と、結婚するのか……
「君みたいな男と息子が付き合っているだけでも、相手方の女性に不名誉な噂が付きまとうんだ。分かるだろう?」
男が好きで、平民と必要以上に仲良くしている男と結婚することは、貴族の女性にとっては不名誉なのだろう。
イーリスは何も言い返せなかった。暴言や、きつい言葉を投げかけられているわけではない。だが確実にイーリスの急所を狙った細い矢が、何本も突き刺さっている。
フェルゼは感情を読ませない表情で静かにイーリスを見つめ、立ち去った。イーリスは一人になってからもしばらく、その場に立ち尽くしていた。
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