壁越しの饗宴

おもちDX

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3.絵本の中の夢

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太陽みたいに笑うあの人は、おれにとっての王子様だった。

小さい頃は女の子みたいな顔をしていたおれは、母親の少女趣味もあいまって、小学校に上がるまでよくスカートを履いていた。学校に入ってすぐ、それが変なことだって気づいてやめたけど。

おれの家は両親とも仕事で忙しくて、母親が仲良くしていた近所の家でよく遊ばせてもらっていた。
そこにいた男の子があゆむだ。歩には何個か上のお兄ちゃんもいるみたいだったけど、忙しいのかほとんど家にいなかった。

親たちがみんな『あゆちゃん』と呼ぶからおれもあゆ、と呼んでいた。歩は小学校からずっとサッカーをしていて、日に焼けた肌と笑顔が似合う爽やかな少年だった。

おれは歩が大好きで、年長になるころにはそれが恋だと自覚した。遊びに行くときはお気に入りのワンピースを着て、絵本を持っていく。
歩の脚の間に座って絵本を読んでもらうと、胸の中がそわそわして、落ち着かないのに幸せだった。

母親が用意する絵本にはよく王子様とお姫様が登場した。歩はそれを、『かっこいい王子様』『かわいいお姫様』と表現した。
歩はかっこいい。だから王子様。それならおれはお姫様じゃない?

ふたりは恋をして、結婚して、しあわせに暮らすのだ。

保育園の先生に聞いて結婚という概念を学んだおれは、さっそく歩に突撃した。

『あゆ、こうと結婚して!』
『あはは、わかった。こうがお姫様になったら、この絵本の中の王子様みたいに迎えにいくからな』

隣の部屋にいた歩の母親は吹き出して、テンネンかチューニビョーかと笑っていた。でもそんなの気にならない。歩は白い歯を見せてニカッと笑って、頷いてくれた。結婚してくれるって!

その後すぐ、おれは転勤になった親と引っ越す羽目になった。泣く泣く別れたけど、歩はそこまで悲しそうじゃなかった。
今になって思えば、部活動や青春に忙しくて、おれのことなんてただの近所の子としか思っていなかったんだろう。

だんだんと成長したおれは、自分が歩と結婚できる性別ではないことに気づいた。でも、だからなに?って感じだ。しあわせに暮らせれば、それはすなわち結婚みたいなものだ。
女になりたいと思ったことはないけど、歩の前ではお姫様になりたかった。

絵本の中のお姫様は金髪で、水色のドレスを着ていた。歩の好みがこのお姫様なら、おれだって、これくらいできる。

しかし成長するにつれ、可愛いと言われていた顔は平凡になり、おれは焦った。だから高校生になっていきなり金髪に染めたのだ。ピアスはただ似合うかなと思ってついでに開けた。
親は笑って許し、友人はドン引きし、先生は恐れおののいた。でも勉強だけはできたから文句は言わせなかった。

高校を卒業したら歩に会いに行こう。そう決めていた。
歩の動向はSNSで調べているからわかっている。ちょっとハッキングしてやれば全てのやりとりが見えたし。
たまに彼女がいるみたいだったけど、キリキリ歯を食いしばって我慢した。ふたりが行き違うよう、お互いが送ったメッセージをたまに消したりしたけど。

歩はかっこいいから仕方ない。おれが迎えに行くまでの間だけ、貸してやってるだけだ。
……おれはもう、歩は決して迎えに来ないと分かっていた。それならおれが迎えに行くだけだ。

地元の大学に進学し想像以上に忙しくなっていたおれは、どうやって時間を作り、どうやって理由づけして会いに行こうか悩んでいた。
だから歩が転勤で帰ってくることを知って、飛び上がって喜んでしまった。
嬉しい。もうこれは、迎えに来てくれたと解釈してもいいんじゃない?

歩の決めたアパートの隣の部屋がちょうど空いていたから、すぐに引っ越した。
歩の来る前にセキュリティを確認し、作戦を練る。というか古いアパートに、セキュリティなんて全くなかった。ベランダを伝えば行き来も簡単だ。

それどころか音さえ筒抜けで、これは使えると思った。歩の部屋は角部屋だからいい。自分の部屋の反対側の壁には防音シートを貼った。

実は……歩は学生時代、男友達とのやりとりで、男性向けのシチュエーションボイスにハマっていると言っていたことがあった。

――えっちな声を聞かせれば、興奮してもらえるかも。
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