ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした

おもちDX

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「たぁくん、孤高のおネコさま業再開したってほんと?」
「やめてください仕事みたいに言うのは。でも……まぁ、そうなるかな」
「はぁ~~~っ」

 鷹哉が肯定すると、質問したジュンはなんとも言えない複雑な表情に顔をしかめ、マスターは鷹哉にまで聞こえるように大きなため息をついた。
 マスターはなぜだか納得いってないみたいだが、文句があるならはっきり言ってほしい。

 とはいえ、店で相手を見つけるのはもうやめにした方がいいかもしれない。常連には手を出さないようにしているものの、何かあったときに店に押しかけられると困るし……。
 風邪から復帰して以降、どうも気乗りしなくていまだに相手を探せないでいる。このままではまずい。

(今日はバイト上がったら、別のバーで引っ掛けるか……)

「ミステリアスな美人さんだね。君はバイトかな?」

 深夜帯が近づいてきて、このあとの予定を考えていたときだった。
 二回りは上に見えるおじさんが、カウンターの端から話しかけてくる。さっきまでは一緒に来た人とテーブル席で飲んでいたが、ひとりだけこっちに移動してきたみたいだ。

「バイトっす。おかわりはいかがですか? それ、ウイスキーですよね」
「いや、いいよ。こっちが立たなくなったら困るからね。もったいないだろう? 私は君よりだいぶ歳上だけど、夜には自信があるんだ」

 自意識過剰な発言にちょっと眉をひそめる。下ネタは日常茶飯事だけど、この男は視線がギラギラとしていて否が応でも目的が見える。ジュンとの会話が聞こえていたとか?

「あははー、そうなんですね。すごいなぁ」
「どうだね? 一度試してみないかい」
「すみません。今日はちょっと……予定があって」

 今日も来週もこいつは無理。つーかここではもう探さないんだってば。だれか拡散してくださいお願いします。

 鷹哉が断ったことで脈がないと伝わったのか、男はチェックを告げて席を立った。一緒に来た人は置いて帰るらしい。
 マスターは忙しそうなので自分で会計し、ドアの外まで見送る。

「なんだ。本当はその気なんじゃないか」
「あの……困ります!」

 見送りはここの客みんなにやっていることだ。それを勘違いして、男は鷹哉の身体にベタベタ触ってくる。
 暗がりのなか、ドアと男に挟まれ身動きが取れなくて焦った。太っているから、無駄に体格がいいのだ。加齢臭が鼻をつきえずきそうになる。

「はぁっ、はぁっ。可愛いお尻だね。エッチできるホテルにいこう」
「行きませんて! 離してください!」

 まじキモいんですけど! 無理!
 大声を出せば店の中に聞こえるか……? この時間帯に同じ階で営業している店はもうない。

 勝手に尻を揉まれ、ぞっと鳥肌が立ったとき。
 ――第三者の声がその場に響いた。

「そこのあなた。彼はあなたの行為をとても嫌がっているようです。刑法二百二十三条、強要罪なら三年以下の懲役。刑法百七十六条の不同意わいせつ罪が認められれば、十年以下の懲役になりますよ」
「は、え……?」

 男はポカンとして振り返り、鷹哉も信じられずに目を見開いた。男の肩越しに、スーツ姿の男性が見える。
 
「その手を離しなさい。いまの状況はそこの防犯カメラにしっかりと記録されていますからね。離さないと今すぐ通報します」
「わっ。待ってくれ待ってくれ! 私は何もしていない!」

 年齢的に社会的立場のある人なのかもしれない。間違っても通報されては困ると、男はハンズアップして見せてから転がるように逃げていく。
 エレベーターを待つより階段を選んだらしい。ドスドスという足音が遠くなり、そのうちに聞こえなくなった。

 沈黙がその場を包み、いたたまれなくて視線をウロウロと彷徨わせる。どうして善がここにいるのか全く分からない。

「……助かりました。ありがとう、ございます」
「あああああの! ごめん。これは決してストーカーではないから!」

 馴れ馴れしくして引かれたくない。そもそもあんなことがあった後で、いったいどんな態度を取ればいいのか。善から何を言われるのも怖くて、他人行儀な態度で頭を下げる。
 しかし善の態度は出会ったころに逆戻りしている。また法的な心配をしているようだと、変わらない様子にちょっとだけ気が抜けた。

「どうしてここにいるんですか? あ、普通に飲みに来たならどうぞ。おれはもう上がるんで」

 訊いてから、酒を飲みに来た以外の理由があるかよ? と自問した。いやでも、自分を裏切った男に会う可能性が高い場所にわざわざ来るなんて思わないだろ。
 
(もしかして、法的措置に出る……? 詐欺とか詐称罪? やべぇ、土下座で示談とかできるかな)

 ホッとしたり緊張したり、ぱっと見は無表情でも、鷹哉の頭のなかはだいぶ混乱していた。うつむき加減の善が口を開く。

「……気になって。体調はもう、大丈夫なのか?」
「知ってたのか? 全然。このとーり。元気ですよ」
「よかった……!」

 まさか鷹哉がしばらく休んでいたことを知っているとは思わなかった。嫌いなやつ相手に、よく心配できるなと感心する。
 両手を広げて快癒をアピールすると、善はあからさまに胸を撫で下ろした。こわばっていた表情が緩まり、優しい顔が現れる。

「…………」

 突然、衝動的に抱きつきたくなった。ああ、善のこんなところが好きだったのだと思い出すように心が温まり、愛おしさがあふれ出す。目の奥が熱くなった。
 もっとも、つい一歩だけ踏み出した足はそこから動かなくなった。

 違う。自分にこんなことをする権利はない。善に歩み寄る権利なんて。
 先のことを考えずに行動して好きな人を傷つけることを、もう二度としたくない。
 ぐっと唇を噛みしめて、視線を足元に下ろす。後悔と切なさで息が苦しい。

「……嫌だったら殴ってくれ」
「……っ!」

 意図の掴めないことばと、視界に磨かれた革靴が入りこんできたのは同時だった。ふわっと身体を抱きしめられ、スーツの生地に頬が当たる。
 
 嬉しい。けど、どうして。
 しばらく宙をさまよっていた両手は、善の背中に落ち着いた。

「泣かないで、たかやくん」
「……ごめんっ。おれ……善にひどいことした……」

 気づけば頬を熱いものが伝っている。滑らかでしっとりとした質感の布地に、水滴が吸い込まれてゆく。せきを切ったように、涙と、謝罪の言葉がこぼれ出てくる。

 軽い気持ちで嘘をついたこと。弁護士と付き合うのが面白そうだと思ったこと。ご飯を奢ってもらえればラッキーだと思っていたこと。
 懺悔するように吐き出せば、「うん……うん」と善は優しい相槌で受け止めてくれる。ひどいことを言っているのに……抱きしめた腕が解かれることはなかった。

 激情も時間が経つほどに落ち着いて、息も整ってきた鷹哉がスン、と鼻をすすったときだった。

「たぁくん、退勤つけておいたから。これ、荷物」
「!!!」

 背後からマスターの声が聞こえ、慌てて振り返る。鷹哉の荷物を差し出すマスターと、ドアの隙間からこちらを覗く常連さんの顔、顔、顔。
 目と鼻を真っ赤にした鷹哉は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、善の胸に顔を隠した。

 スーツをぐしゃぐしゃにされながらも、頬がゆるんで仕方ない善が荷物を受け取る。

「さ、行こうか」

 鷹哉ははじめて素直に、こくっと頷いた。


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