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おそるおそるマカナが下敷きにしている男の顔を見ると、さっきの土気色の顔をした男だった。
気を失っているが、マカナが落ちるときとっさに馬を下り、抱き止めて衝撃を殺し自らクッションになってくれたらしい。
その一部始終を見ていたもう一人の男がわなわなと震えながら怒りの声を上げた。
「おおお前ぇ~! なんてことを!」
「わっ、ごめんなさいわざとじゃないんです~!」
「クーレイ副団長が死んだらどうしてくれる! まずい、早く診療所に運ばないと。マカナというやつを連れてこい!」
「あの~……」
「なんだ! 早く副団長の上からどけ!」
「……僕がマカナ、です。えへ」
お前かよ! というツッコミと共にマカナは引っ立てられ、副団長という男は数人がかりで診療所へと運ばれた。他の騎士たちは血まみれで汚いため裏手にある水場で身体を洗ってもらっている。
マカナは簡易ベッドに寝かせた男の身体を点検しながら服を脱がせていく。真っ赤なのは前面のみで、背中側の服は元の紺色をしていた。
やはり血は本人のものでなく、兜の下の顔も綺麗なものだ。意外なことに、肌の張りはマカナより若そうに見えた。濡羽色の髪は肩より長く、革紐で結ばれている。
遠慮なく上半身の服を切り開いて裸にすると、あちこちに闘いの古傷がある。分厚い筋肉に覆われた身体は彫刻のように美しい。
「きれいな骨格……じゃなくて。ああー、噛まれたんだね? この傷口……ガラガラ・マムシか!」
右の前腕に巻かれた包帯を取ると、四箇所の牙痕が見えた。毒は血と共に絞り出したようだが、傷口は紫色に変色している。体内に毒が回らないようにするためだろう、上腕部はきつく包帯で縛られていた。
珍しい魔獣の毒に興奮しマカナがぶつぶつ喋っていると、男が目を閉じたまま口を開いた。意識が戻ったようだ。
「どうだ」
「んー、大型の動物でも即死する毒なんだけどね。きみなら大丈夫かもしれない。すぐに解毒薬を調合するから、じっとしててね」
低く、怒っているような声音だった。医務官を前にすると人は素直になることが多いものの、逆に見下したり激昂する者もいる。だから特にマカナは気にしなかった。
男の眉間に皺は寄っているが、弱音ひとつ吐かないところはさすが騎士だと思う。顔を近づけると毒に汚染された血の香りがして、ついうっとりとしそうになりマカナは自分を抑えた。
まずは飲んで、と鎮静作用のある液剤を口移しで飲ませると、男はぎょっとして目を開く。深い青と目が合ったものの、マカナは構わない。
男の喉が動き、飲んだことを確認すると解毒薬を作るために背を向けた。
しばらくすると聞こえてくる呼吸の音も安定してきた。鎮静剤で身体が楽になってきたのだろう。
調合し終えた薬の半分を水で溶き、男に飲ませるためまた口に含んだ。
それを見ていた男が慌てたように叫ぶ。
「自分で飲める!」
「んっ」
驚いて含んだ薬を飲んでしまった。目を丸くしながらマカナは起き上がろうとする男の背にクッションを挟んでやり、薬の入った椀を手渡した。
苦い薬をごくごく飲む男を見ながら、やはり強いなぁと思う。意識障害も出ていないらしい。
マカナが患部をもう一度洗い流し、残った半分の薬を塗り込もうとしたときだった。ぷく、と傷口から血が浮いてくる。その色はまだ少し悪く、やはりまだ毒が混じっているようだ。
(どうしよう、珍しい毒の味を確かめたい……!)
男が死にそうな顔をしていたときはさすがに医務官としての義務感で動いていたが、本来毒を前にすると理性なんて吹っ飛ぶのがマカナという男である。
この田舎町では慢性病やぎっくり腰の患者ばかり相手していて、マカナの研究はずっと孤独なものだった。こうして外から珍しい毒が持ち込まれるのは初めてで、ついに興奮が上回ってしまう。
顔を近づけ、小さく出した舌でぺろっと舐める。鉄のような味と、舌先から痺れるような毒の感覚。脳から発せられる危険信号がマカナを恍惚とさせる。
ああ、足りない。もっと、もっと毒を感じたい……!
頬を赤らめ、潤んだ瞳で患部を覆うように唇を押しつける。ちぅ……と毒入りの血を吸い上げようとしたとき、グワンッと頭が後ろに揺れるほどの勢いで顔を離された。
「なっ、何をしている! 死ぬほど強い毒を舐めるやつがあるか!」
「ぁん……だって、この毒初めてなんだもん……」
舌に残る微量の毒を繊細に感じとり、マカナはとろんと蕩けた顔で唾を飲み込んだ。男は気色悪いと言わんばかりに顔を歪ませ、独りごちる。
「なんなんだ、こいつは……」
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