婚約破棄された私が、なぜか虎に変身してしまいました。オークションにかけられたりもしたけど、元気ですわ(改題)

あやむろ詩織

文字の大きさ
3 / 4

3 平穏な虎生活

しおりを挟む

 お腹が膨れた私は、侍女によって魔道具のネグリジェを着せられて、ベッドルームに通された。

 なんだか当たり前のように、次々と魔道具の衣装が出てくるけど、これってオーダーメイドよね。稀少だし高価な物だから、すぐ手に入るような代物じゃないはずなのだけど。

 ふと室内に目を向ける。
 実家のキングサイズのベッドのゆうに三倍はあるベッドの上に、ラシャドが半裸で寝そべっていた。

「ガウー(なぜ半裸)⁉」

「寝るときは服を着ない主義なんだ」

「グルゥ……(なんということでしょう……)」

 色気あふれるラシャドを意識から逸らすように、あえてつぶさに室内を観察する。
 そもそもなんで私は、ラシャドがくつろぐベッドルームにいるのだろうか。
 その疑問は、天井付近に浮いている、球状の物体を見つけて、霧散した。
 
 あら、あんなところにボールが浮いているわ。

 なぜか体がうずうずする。
 あのボールに飛びついて、転げまわりたい。
 パンチしたい。

 野生の本能が溢れ出てきた私は、心の赴くままにボールに飛びかかる――。

 ――ひとしきりじゃれて跳ねて遊びまくった私はようやく一息つく。

 そこには玉の残骸が転がっていた。

 ……私じゃないわ。
 この虎の体のせいなのよ。
 だって猫科だもの。
 普段泊まらない豪華なスイートルームにはしゃいでいるわけでは、断じてないのよ!

 ふと、この玉はなんだったのだろうかと思う。
 そして、ラシャドの存在も思い出した。

 和やかに虎の私の痴態を眺めていたラシャドは、ボールの残骸を見つめる私の疑問に気付いたようだった。
 この打てば響く手ごたえ。
 さすが、虎好きだけはあるわね。

「それはラペルジェムと言って、寝ている間に、侵入者を感知するオリジナル魔道具の一種だ」

「ガゥゥゥ……(聞きたくなかった……)」

 そんな大切なもので遊び、あまつさえ壊してしまってごめんなさい。
 どうしても、衝動を抑えることが出来なかったの。
 このままだと、いつしか虎としての意識が100パーセントになって、ただのペットとして生涯を終えることになるわね。

 私は項垂れた。
 
「そんなに落ち込むな。お前が心配するようなことは何もない」

 ラシャドの、その諭すような静かな声音は、じわじわとしみこむように私の心に響いた。

 優しいわ。
 だからこそ申し訳ない。
 私、実は虎じゃないのよ。ただの公爵令嬢なの。
 虎好きのラシャドがもし気付いたら、どれだけがっかりすることかしら。

 感傷的になった私は、しょんぼりと尻尾を垂らして、とぼとぼと窓際による。
 窓に映る私の姿は、どこをどう見ても、やっぱりただの虎だった。

 ラシャドは、私のなんとも言えない落ち込みを察したのか、何も言わずに側にいてくれる。

「今日は疲れただろう。もう眠るか?」

 そういえば、私はどこで眠ればいいのかしら。ベッドにはラシャドがいるし。あの隅っこにある大きなソファかしら。寝心地よさそうね。

「何を探しているんだ。お前の寝る場所は、俺の隣だ」

 な、なんですって~⁉ 私、まだ未婚の乙女なんですけど! まあ、今の私は虎だからいいのか。

 ドキドキしながら、尻尾を大きく振り振り、ベッドの端っこの方に乗っかる。
 即座に、ラシャドが距離をつめてきた。
 ブランケットをかけられて、肩あたりをトントンと優しく叩いてくれる。

「寝物語をしてやろう。俺の生まれた国では……」

 ラシャドは私が落ち着けるように、静かに故郷の話をし始める。
 その話は楽しくて、面白くて、私もいつか行ってみたいなあと素直に思う。
 
 ラシャドの美声を聞いていると、うつらうつらと睡魔が襲ってきて、私は知らないうちに熟睡していた。

 朝、目が覚めたら、ラシャドにもたれて眠っていたわ。
 重たくなかったかしら。

********************

 それから、数日が経った。

 相変わらず、虎の姿のままだけど、とても快適なホテル暮らしを送っている。

 三食昼寝、遊び付きの日々だ。
 テラスにはプールと、噴水つきの庭園があって、好きに遊べるようになっている。
 無表情が通常運転の侍女たちが付き合ってくれるんだけど、ボールを補足するのが早くてビックリする。
 ちなみに遊び用のボールは、ラシャドからのプレゼントだ。

 令嬢生活を送っていた時は、婚約者に対するストレスや、皇子妃教育に加え、将来の領主業の勉強もあって、いつも疲れてピリピリしていた私だけど、今は元気溌剌よ。
 絶対に、肌艶が良くなっているわ。

 ラシャドはとても忙しそうにしている。

 だけど、食事と眠りの時間はいつも一緒だ。

 彼は、優しくて、ウィットに富んでいて、話題も豊富。
 私が知らなかった世界中の話をしてくれる。

 いつの間にか私は、ラシャドのことを心から愛し始めていた。
 一応まだ婚約者がいる身なのに。

 ずっと彼の傍にいたい。
 虎ではない、私自身を見てほしい。

 彼が優しくしてくれると、嬉しいけど、胸が痛い。

 わかってしまったのだ。

 たとえ、私が虎から人間の姿に戻っても、ラシャドは手の届かない所にいる人だということに。
 十中八九、彼はとても高貴な人物だ。小国の公爵令嬢如きでは釣り合わない。
 大国の王女あたりではないと……。

 ……だけどもしかしたら、虎のままでいれば、いつまでもずっとラシャドの側にいられるかもしれない――

 ――いえ、だめよ!
 このまま全てを諦めたら、肉食系令嬢と言わしめた私の名折れだわ。
 別にそんなあだ名気に入ってないけど。

 犯人を突き止めて、変身を解かせて、今度はこちらから王子に三下り半を叩きつけてあげるのよ。そして、私からラシャドに求婚するわ!

********************

 うとうとお昼寝をしていると、ラシャドの声がどこか遠くから聞こえてきた。
 時計を見ると、時刻は四時。

 今日は帰りが早いのね。

 私は、するりとリビングルームから出ると、声のする方に向かい、音を立てずに近寄る。

 ここは執務室だわ。

 中から、ラシャドとキースが話す声が聞こえる。

「殿下、各方面に諜報員を配置しておりますが、以前、術者の痕跡は辿れないようです」
「そうか。やはりおびき寄せるしかないか」
「それにしても、あの虎が、現在行方不明のクラーク公爵家ご令嬢だというのは、真のことなのですか? 何度聞いても、信じがたいのですが」
「キース、お前は魔法から目を背けすぎだ。まあ致し方ないか」

 二人の会話を扉越しに聞きながら、私は頭が真っ白になった。

 なんてこと!
 ラシャドは私が本当は虎ではなくて、この国の公爵令嬢だということを知っていたの⁉
 一体、いつから⁉

「ガウウゥッ(どういうことですの)⁉」

 私は、勢い執務室の重厚な扉に体当たりした。
 ラシャドとキースが驚いた顔をしている。

「シエナ! 聞いていたのか⁉」

 ぐるるるとうなり、話を聞くまでは動かない態勢をとる私に、ラシャドは深くため息をつく。

「はあ。シエナに気付かれる前に、問題を片付けたかったんだがな……。キースは席を外してくれ。シエナと二人で話すことがある」

 キースが後ろ髪を引かれる様子で出ていくと、ラシャドは備え付けのソファを私に勧めた。
 私は首を横に振って、ラシャドに向き合う。

「ガオゥゥ(私が虎ではないと気付いていたの)?」

「ああ。オークション会場で、初めてシエナを目にした時から気付いていた。クラーク公爵令嬢だと判明したのは、調査したからだがな」

 最初から、私が虎ではないと知っていたということ――。

 戸惑う私に、ラシャドは神妙な面持ちで話を続ける。

「天空に浮かぶ要塞都市ファマール皇国の話を知っているか?」

「……ガウゥゥ(噂では聞いたことがあります)」

「その国の皇族は、代々真実の目を持って生まれる。魔術や詐術が一切効かない、その名の通り、真実を見極めるための目だ」

 私は、ラシャドの金色に輝く瞳を見つめる。

「俺はファマール皇国の皇子だ」

 やはり。

 そんな気がしていた。

 私の手には届かない遠い高貴な存在。

 この問題が解決したら、二度と会えなくなるかもしれない。

「シエナがかけられた魔術は、転幻の術といって、術者が人間を使い魔にするためのものだ。術者は獲物を逃さない。必ず接触してくる」

 ラシャドが一息つく。

「だから、シエナに護衛をつけ、結界のある安全な場所にいる間に、術者を特定し、魔法を無効化してしまいたかった。……だが、情けないことに、真実の目を持つ俺でも、シエナにかけられた魔術の大元を辿ることが出来なかった」

 ラシャドが、こんなにも私のことを考えて動いてくれていたとは、思ってもみなかった。
 驚いて瞬きすら出来ない。
 
「そして、転幻の術をかけられた者が、他者からそのことを指摘されると、術者との繋がりを意識して、術者から見つけられやすくなる。もう一刻の猶予もないだろう」

 ラシャドが近づいて、虎である私の目線に合わせるように屈みこむ。

「先程、諜報員の一人から情報が届いた。シエナにかけられた魔術の残滓が、宮殿から見つかったと。おそらく、近くに術者もいることだろう」

「ガウッ(私、行くわ)!」

「罠の可能性もある。術者に見つかれば、どんな手を使われるか分からない。お前を危険な目に合わせたくない」

「ガウッ。ガオォゥッ(それでも行くわ。虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うでしょう)?」

「危うき事、虎の尾を踏むがごとしとも言うぞ」

「ガウゥゥゥ(自分の落とし前は自分でつけたいのです)」

私は、ラシャドの金色の瞳をじっと見つめた。

「ガウ、ガオゥー(もちろん、連れて行ってくださいますわすよね)」

 私の目とラシャドの目が、束の間、交錯する。

 先に目をそらしたのはラシャドだった。

「お前には敵わないな」

 ラシャドはどことなくすっきりした顔をしていた。

「シエナ。近いうちに、宮殿で王家主催の夜会がある。共に出てくれるか?」

「ガウッ(もちろんですわっ)‼」

 話はまとまった。
 でも、不思議に思うことがある。

 今まで、ラシャドはただの虎好きだと思っていたが、私が人間であることに気付いていたのであれば、話が変わってくる。

 どうしてこれほど親身に助けてくれるのだろうか。
 なんの関係もないはずなのに。

「ガウ、ガウガウ(どうして、私を助けてくださるの)?」

「どうしてだと思う?」

 ラシャドの瞳は真剣だった。

 私は言葉に詰まった。
 なぜか頬が赤く染まっていく気がする。

 ラシャドがほほ笑む。

「シエナの姿が元に戻ったら、ゆっくり話そう」
「……ガウ(ええ)」

 私は、前肢で頬を叩き、ピーンと尻尾を立てた。
 気を取り直さないと。

 犯人め! 私を虎にした報いは百倍にして返してあげるわ! 待ってなさいよ!


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~

希羽
恋愛
​「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」 ​才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。 ​しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。 ​無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。 ​莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。 ​一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

【完結】婚約破棄中に思い出した三人~恐らく私のお父様が最強~

かのん
恋愛
どこにでもある婚約破棄。 だが、その中心にいる王子、その婚約者、そして男爵令嬢の三人は婚約破棄の瞬間に雷に打たれたかのように思い出す。 だめだ。 このまま婚約破棄したらこの国が亡びる。 これは、婚約破棄直後に、白昼夢によって未来を見てしまった三人の婚約破棄騒動物語。

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『目には目を歯には歯を』 プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。

婚約破棄されるのらしいで今まで黙っていた事を伝えてあげたら、一転して婚約破棄をやめたいと言われました

睡蓮
恋愛
ロズウェル第一王子は、婚約者であるエリシアに対して婚約破棄を告げた。しかしその時、エリシアはそれまで黙っていた事をロズウェルに告げることとした。それを聞いたロズウェルは慌てふためき、婚約破棄をやめたいと言い始めるのだったが…。

今さら「間違いだった」? ごめんなさい、私、もう王子妃なんですけど

reva
恋愛
「貴族にふさわしくない」そう言って、私を蔑み婚約を破棄した騎士様。 私はただの商人の娘だから、仕方ないと諦めていたのに。 偶然出会った隣国の王子は、私をありのまま愛してくれた。 そして私は、彼の妃に――。 やがて戦争で窮地に陥り、助けを求めてきた騎士様の国。 外交の場に現れた私の姿に、彼は絶句する。

処理中です...