それは恋の予感

あやむろ詩織

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それは恋の予感

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 俺はアデル。

 ラソン町にある孤児院出身の冒険者だ。
 幼い頃に町を離れ、王都に出てから冒険者になった俺は、必死になって腕を磨き、十数年が経って、少しは名が知られる存在になった。

 そんな頃、手紙でやり取りをしていた孤児院の院長が高齢により引退することを知ったのだ。
 俺も小さい頃はお世話になった場所だったので、引き継ぎの人が来るまでは、孤児院の手伝いをするために帰郷することを決めた。

 元々荷物らしい荷物を持っていなかった俺は、着の身着のままラソン町まで馬車を乗り継いで帰ってきていた。

 久方ぶりに戻ったラソン町に、あまり変わりはなかった。
 昔は広い町だと思っていたが、王都から戻った今となっては、随分とこじんまりとした町だなと感じる。

 孤児院に続く、商店街の通りをゆっくり歩く。

 ラソン町唯一の商店街は、郵便屋や雑貨屋、パン屋、服飾屋など生活に必要な店が全て並んでいる。
 院長に頼まれて、手紙を出しに訪れたり、買い物に来たことを懐かしく思い出す。

 外れには、可愛い造りをした菓子屋があった。
 この店に買いに来たことはなかったが、仲が良い親子三人で営んでいたのはよく知っていた。
 俺が孤児院に居た頃は、そこの娘が週の頭に、菓子作りで出た余り物を持ってきてくれたのだ。
 
 それが嬉しくて、嬉しくて、菓子屋の娘が来る日は、前日からソワソワした。

 明るい栗色の髪をした、可愛い女の子。
 ミーカという名のその女の子が来た日は、孤児院中が甘い香りを漂わせるようだった。

 あの頃の甘酸っぱいような気持ちが蘇ってくる。

 残念ながら、生きるのに必死だった孤児の俺は、ミーカに告白することも、話すことすら出来ずに、職を探して町を後にしたけど……。

 今はどうしているんだろうか。
 もう結婚して、子供でもいるんだろうか。
 俺とは違って。

 俺も王都に出て、一端の冒険者になってからは、女性からそれなりに声をかけられたりもしたが、どうも無愛想なたちで、なかなか交際にまで行きつかなかったのだ。
 そもそも冒険者の仕事で忙しくしていたのもあるけれど。

 胸のどこかが疼くのを感じながら、恐る恐る菓子屋の扉を押す。
 ベルが鳴って、奥から若い女性が出てきた。

「いらっしゃいませ」

 彼女だ。
 明るい栗色の髪はそのままに、すっかり大人の女性らしく、魅力的に成長したミーカがいた。
 
「あ、はい」

 すっかりきょどって店内を見回す俺に、彼女は優しく購入の用途を聞いて、おすすめの商品を教えてくれる。
 孤児院のみんなで食べられるお菓子を探していた俺は、ミーカのおすすめの中で、アルファベットクッキーを購入することにした。

「じゃあ、それを」

「ありがとうございます!」

 丁寧に包装してくれる彼女の様子に、表情には出さずに心の中でドギマギして、もう少しだけ一緒にいたくなる。
 口下手な俺でも出せる会話というと――。

「あの、店には一人で? 以前はご両親が……」

 急に質問した俺に、ミーカは少しびっくりして、次に穏やかながらに寂しそうな表情をした。

「両親をご存知なんですね。実は、両親は数年前に、事故で亡くなりまして」

「それは大変でしたね……」

 お悔みを述べる俺に、ミーカは静かに微笑んで相槌を打つ。
 両親を亡くした悲しみを噛み下してきたのだろう。
 昔の俺のように。

 店を出る俺を、ミーカは幼い頃の笑顔で見送ってくれた。

 それから俺は、すぐに所属を王都からラソン町の冒険者組合に変えた。

 住処も決めて、すっかり移住した俺は、仕事の合間を縫って、今日もミーカの菓子屋に足を運ぶ。

 気が付けば常連待遇になっていた。
 顔を出すと、ミーカは笑顔で声をかけてくれて、雑談を交わす間柄になっていた。
 口下手な俺は、なかなかうまい言葉を返せないけど、ミーカは気にもせず、楽しそうだ。

 ミーカは両親亡きあと、一人で店を切り盛りしていて、多忙ゆえに恋人もいないようだ。

 情報収集には余念がないのだが、どうミーカに接近したらいいのかが分からない。
 下手に言いよって、会いに行きにくくなるのも嫌だし。
 ミーカに二度と会いたくないとか言われたら、ショックでダンジョンに籠ってしまうのは間違いない。
 どうしたもんか。

**

「だからアデル兄は駄目なんだよ! 女なんてな、強引に行くぐらいがいいんだよ」
「「そーだ!」」

 悩んでいる俺に発破をかけるのは、孤児院の少年たちだ。
 俺の片思いは、すっかり子供たちの知られる所となり、ミーカがお菓子のお裾分けを持ってきてくれるたびに、はやしたてられる。
 情けないことに、気恥ずかしくて逃げるけど。

「やめなさいよ! アデル兄はね、この年にしては珍しいくらい純粋なの。いつかはミーカ姉ちゃんも気付いてくれるだろうから、みんなで見守ってあげましょうよ」
「「そーよ!」」

 俺の肩を持ってくれるのは少女たち。
 みんな良い子たちだ。
 ミーカは孤児院に菓子を持ってきたついでに遊んで行ったりもするので、子供たちにはよく懐かれている。

 俺は、少女たちに庇われて、逆に居たたまれない気分になった。
 そそくさと、逃げるように孤児院をあとにして、今日もその足で、ミーカの菓子屋に寄る。気持ち悪がられるかと思って、毎日顔を出したりはしない。本当はミーカといつだって話したいけど。
 
 特に最近は、クリスマスシーズンになって、忙しそうにしているので、あまり長話もしていないし、ミーカ成分が圧倒的に足りない。

 遠くから未練がましく店を眺めていた俺は、店内でミーカに話しかける男の姿を見つけてしまった。
 やけにミーカに慣れ慣れしくしているように見える。

 なんのつもりだ、あの男は⁉
 よくよく見ると、数年前にラソン町に支店を出した商会の、息子のうちの一人だった。
 何回か荷運びや護衛の仕事を受けたことがあるので知っている。

 たしかマイクとかいう男で、女に軽いひょろっとした優男だ。

 気に食わない。
 むかむかしていると、マイクは笑顔満面で店を去っていった。

 嫌な予感がする。

 なんとなくミーカの顔が見れない俺は、気付かれないように店を離れて、冒険者組合にやってきた。

 そして隣接している食事処で一人管を巻いている。

 気になる!
 あの男はミーカと何を話していたんだ!
 マイクの満面の笑みの理由は!
 誰か教えてくれ~!

「お! 珍しいじゃねぇか。お前がこんな所にいるなんてよ!」

 うだうだと悩んでいると、顔なじみのベテラン冒険者が声をかけてきた。
 当然のように隣の席に座るのは、ケビンという四十手前の冒険者で、若い頃は傭兵として各地を転々としていたが、ラソン町でお針子をしていた奥さんに惚れて、冒険者として定住するようになった変わり種だ。クエストで一緒になることもよくある。

「なんだよ! 辛気臭い顔してよぉ」

 そう言って、俺の背中をバンバン叩いてくる。
 俺はケビンさんに先輩としてのアドバイスをもらうことにした。

「ケビンさん……、どうやって奥さんを射止めたんですか?」

「そうだなぁ、とりあえず物で釣ってみるのはどうだ? あとは褒め言葉だな!」

「物。褒め言葉」

「あんまり難しく考えんな。とにかく男女の仲ってのは、気持ちだよ、気持ち! 一度くらい上手くいかなくても、諦めなければいいんだよ」

「気持ち……」

 気持ちだけなら、他の人間には負けてない。
 幼い頃から、会えなくなっても温めてきたこの気持ちは、誰よりも強い。
 ミーカを誰かに奪われる前に、アピールするんだ。

「ケビンさん、ありがとうございます!」

 おうと頷くケビンさんと、クエストの話をしながら夜が更けていく。
 明日から、どうやってミーカに気持ちを伝えていこうか。

**

 タイミングを図っているうちに、いつの間にかクリスマスイブになってしまった。

 子供たちの情報によると、マイクは毎日ミーカに会いに行っていたようだが、俺だって好きで手をこまねいていたわけじゃない。
 クエストの要請があったり、孤児院の手伝いを頼まれたりで、何やかんやしているうちに時が経っていたんだ。

 今日こそ、俺はミーカにアピールする!

 そう意気込んで店に向かった俺だったが、今、ミーカの菓子屋の前で呆然と立っていた。
  
 マイクがなぜか、ミーカに別れを告げていたのだ。

 え? もしかしてもう付き合ってたのか?
 でも、別れを告げたということは、ミーカがフリーになったわけだし、俺としてはありがたいのか?
 いやでも、振られたばかりのミーカの気持ちを思うと、俺がいきなり言い寄るのはどうなんだ。まずは、ミーカの心が癒えるのを待たないと。
 いやそれでまた他の男が近づいたりしたら……。

 うじうじと悩む俺は、町中を歩く人の注目を浴びていたようだ。
 通りの端によってミーカがいつもと変わらずに店内で仕事をしている姿を見守る。

 幼い頃から変わらない真剣な横顔。

 好きだなぁ。

 気が付くと、空は夕焼けに染まり、粉雪が舞い始めていた。

 俺は意を決して店内に入った。

「いらっしゃいませ」

 ミーカはいつもと変わらぬ様子で、俺を迎え入れてくれた。
 店内に他の客はいない。

 雑談を交わしながら、ミーカのおすすめ商品に決めて、ラッピングをしてもらう。
 商品を手渡されて、このままでは話が終わってしまうと危惧した俺は、なんとか話を捻じ曲げて、先程のマイクとのやり取りを聞くことに成功した。

 「ああ、見てたんですか。マイクとは別に付き合っていたわけじゃないんですけどね。勝手に恋のさや当てにされてたらしくて、いきなり店の中で別れをもちかけられたんですよ」

 たまったものじゃないですよね、と軽口を叩くミーカに、俺は思わず破顔した。

「そうなのか!」

 良かったあ‼ 
 ほんと良かった。
 安堵した俺は、なぜか頬が赤く色づいたミーカに、買ったばかりのクッキーの箱を押し付けた。

「これ……俺の気持ちだ!」

 言い切ると、俺は、ガランッガランとベルの音を盛大に立てながら、店から走り去った。

 いやいやいやいや、そうじゃないだろう!

 店から少し離れたところで、俺は頭を抱えてうずくまった。

 ミーカに、自分の店の物を贈ってどうするんだ!
 それを俺の気持ちって、俺はアホか!

「ああああぁ!」

 いやでも一歩前進だ!
 次は花とか渡すか!

 意気込む俺は、次はお返しにミーカから贈り物をされることを、まだ知らない。

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みんなの感想(1件)

ちゃび
2022.05.26 ちゃび

甘酸っぱぁくて ほわほわする(///ω///)♪可愛い❤️

解除

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