3 / 10
空白の十日間
episode2 生徒会長の覗き疑惑
しおりを挟む
「きゃっ」
しーちゃんのスカートがマリリン・モンローの如く舞い上がる。白いレースの下着。しーちゃんが慌ててスカートを抑え、赤面しながら振り向くと、ヒデくんがわざとらしく顔をそらしていた。
「み、見た?」
ヒデくんは素早く首を横に振るが、顔をそらすという行為が「見た」ことを物語ってしまっている。
しーちゃんは大きくため息をつきながら席につく。
「ヒデくんにパンツを見られたの今日で二回目よ」
「二回目」? 私が不思議そうな顔をすると、ヒデくんが誤解させないように、慌てて弁解する。
「体育のアレは仕方ないだろ」
「体育のアレ」? 私が首を傾げると、しーちゃんが愚痴っぽく説明する。
「今日、体育の授業があったの。この授業は男女別々で行われてて、女子は体育館の更衣室で着替えることになっていたんだけどね、なんと男子がみんな更衣室に入ってきて大騒ぎ。最初は覗きかと思ったんだけど、どうやら連絡ミスがあったみたいで、間違えて更衣室に来ちゃったみたいなの」
なるほど。男子からしてみれば、いわゆるラッキースケベというやつだったのか。女子たちの下着姿を思い出したのか、ヒデくんは少し顔を赤くしながら、「俺は悪くない」と言わんばかりに愚痴を言う。
「まったく、女子の誤解を解くのにどれだけ苦労したことか。怒鳴られ、叱られ、罵倒され、本当に大変だったんだぜ」
そういえば、今日は隣のクラスがやけに騒がしかった。休憩時間に、女子の怒号のようなものが聞こえてきた時は何事かと思ったものだ。そんなことを回顧していると、しーちゃんは犯罪者を見るような目でヒデくんを睨みつける。
「でも、私ちょっと疑ってるのよ。実は連絡ミスなんか嘘なんじゃないかって」
美人が怒ると怖いというのは本当らしい。ヒデくんは思わず狼狽えた。
「おいおい、やめてくれよ。俺が覗きなんかするわけないだろ」
ツンとした表情のしーちゃん。涙目のヒデくん。私は「はあ」とため息をついた。覗き疑惑なんかで二人の間に亀裂がはいってしまっては困る。私はパンと手を叩いた。二人の注目が私に集まる。
「こういうときは、冷静になって考えてみよ?」
二人は顔を見合わせると、同時に頷いた。
かくして、夕暮れ迫る生徒会室で、生徒会長の覗き疑惑を巡る、彼にとっては切実な推理が幕を上げたのだ。
私はせっせとホワイトボードを引っ張ってくる。黒ペンをシェイクし、ホワイトボードの上方につま先立ちでキュキュッと文字を書いていく。さて、今回の議題はこれだ。
議題:なぜ男子は更衣室にやって来たのか
「さて、まずは被告人の主張を聞こうかしら?」
しーちゃんは検事の如く腕を組みながらヒデくんに鋭い視線を送る。ヒデくんは「被告人って……」と苦笑いしながら主張を述べた。
「今回から授業する種目が変わっただろう? そこで前回、授業終わりに大島先生が来て、着替場所について口頭で連絡したんだ。『次回から男子は体育館で着替えるように』って。俺以外のやつも聞いてるし、間違いないよ」
私がヒデくんの主張を書き留めていると、しーちゃんはその主張を崩さんとして甲第一号証を提示する。ヒデくんのデスクに置かれたのは、オリエンテーションの資料だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二年一組
体育科オリエンテーション(陸上・バレーボール)
陸上:加藤華 バレーボール:大島秀樹
○前半(第1回~第6回)
男子・・・陸上
女子・・・バレーボール
○後半(第7回~第12回)
男子・・・バレーボール
女子・・・陸上
陸上組はグラウンド、バレーボール組は体育館集合で女子は更衣室を利用すること
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ほら、ここに書いてあるでしょ。『女子は更衣室を利用すること』って。しかもこの資料を作成したのは大島先生らしいわ。こっちにはちゃんと物的証拠があるのよ」
「でも大島先生はその資料を見ながら、『次回から男子は体育館で着替えるように』って言ったんだぜ。案外、連絡ミスしたのは加藤先生のほうなんじゃないか?」
「そんなわけないわ。だって加藤先生は『資料に変更はない』って言ってたもの」
二人の視線がぶつかり合い火花を散らす。パンツごときでどうしてこんなに熱くなるのか。食べ物の恨みは怖いと聞くが、パンツの恨みも怖いらしい。私は半ば呆れながら書記を続けるのだった。
こんな時はコーヒーに限る。ケトルでお湯を沸かす。よいしょと背伸びをして棚からコーヒー豆をとる。今日はモカにしようかしら。豆をミルに入れて、踏ん張りながらジョリジョリと挽く。ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、挽いた粉をドリッパーに投入。お湯で少し粉を蒸らし、数えること二十秒。くるりと円を描きながらお湯を注ぐ。書記ちゃん特製モカブレンドの完成だ。華やかな香りが部屋中にふわっと広がる。
「はい、どうぞ」
険悪ムードの二人にモカブレンドの差し入れ。ヒデくんにはミルクを添える。
「サンキュー、書記ちゃん」
「ありがとう」
少し緩んだ二人の表情にほっと肩を撫で下ろす。「ふう」と一息つきながら席に着くと、コーヒーをそっと口に含む。うん、悪くない。
私たち三人はコーヒーを飲みながらホワイトボードを眺めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
議題:なぜ男子は更衣室にやって来たのか
○ヒデくんの主張
・大島先生は「次回から男子は体育館で着替えるように」と言った。
・大島先生はオリエンテーション資料を見ながら言った。連絡ミスの可能性は低い。
→加藤先生の連絡ミス。間違えたのは女子のほう。
○しーちゃんの主張
・オリエンテーションの資料には「女子は更衣室を利用すること」と記載されている。
・資料作成者は大島先生。連絡ミスはありえない。
・加藤先生は「資料に変更はない」と言った。こちらも連絡ミスの可能性は低い。
→連絡ミスは嘘。男子は覗きにやって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「つまり、加藤先生が連絡をミスしたか否かが重要なポイントというわけか」
ホワイトボードを見て、ヒデくんが呟く。すると「よし」と言って勢いよく立ち上がった。
「加藤先生に聞いて、白黒つけてくる。連絡ミスだったら俺に謝れよ、しーちゃん」
ヒデくんは自信満々の様子で生徒会室を飛び出して行く。五分後、ヒデくんが帰ってきた。悄然とした顔で。
「連絡ミスなんかしてないって……」
しーちゃんが勝ち誇った顔でひざまずくヒデくんを見下ろす。まるで女王様だ。
「ほら、やっぱり覗きじゃない。まったく、ヒデくんも迂闊だわ。自分で墓穴を掘りに行くなんて……って、あれ?」
しーちゃんの頭にはてなマークが浮かぶ。
「覗きなら、自分で墓穴を掘りに行くような真似をするわけないわよね。ってことは、覗きじゃない?」
ヒデくんの瞳に光がさす。正義の審判は彼を無罪と認めたようだ。しかし、これで我々の推理は霧の中に迷い込んでしまった。連絡ミスはなく、覗きでもない。なら一体どんな間違いがあったというのか?
「そもそも、なんで大島先生は『次回から男子は体育館で着替えるように』なんて言ったのかしら?」
しーちゃんがふりだしに戻って考え直す。
「バレーボールが体育館で行われるからだろ? 音楽室からそのまま体育館に行って着替えるんだから、男子にとっては楽なんだ」
「女子からすると、美術室から体育館に行くのは早いけど、そこからグラウンドに行くのがかなり手間ね」
どうやら体育の前の授業も男女別だったらしい。よく考えれば、前の授業が合同なら更衣室に向かう途中で、行き先が一緒だと気づくはずだ。
「そう考えると、女子は教室や他の更衣室で着替えたほうが楽ね。だけど、『資料に変更はない』と加藤先生は言った。ということは……」
しーちゃんはオリエンテーション資料をじっと見る。「あっ」という声を出して目を見開いた。ヒデくんが食いつくように訊ねる。
「もしかして、なにか分かったのか?」
しーちゃんは少し浮かない顔で、コクンと肯いたのだ。
「悪い悪い。ちょっと紛らわしかったか」
頭を掻く大島先生をヒデくんとしーちゃんが鋭く睨みつける。
「ちょっとどころじゃないですよ。『女子は更衣室を利用すること』じゃなくて、『バレーボール組は体育館集合で女子は更衣室を利用すること』。つまり、バレーボール組のときは更衣室を利用することが決まってたけど、陸上組のときの着替場所は指定されてなかったなんて」
しーちゃんが凄い剣幕で迫ると、大島先生は狼狽えがら言い訳をする。
「俺はバレーボール担当だったから、バレーボールのときだけ指定しておいたのよ。陸上のほうは加藤先生にお任せしてな。十中八九、体育館の更衣室は使わないだろうし、『資料には書かなかったけど、まあ、男子が使ってもいいか』って思ったんだ」
今度は冤罪をかけられたヒデくんが、ぴしゃりと大島先生の言い分を否定する。
「加藤先生に確認したら、『女子はずっと更衣室を利用するものだと思ってた』って言ってましたよ。いい大人なんですから、ちゃんと『ほうれんそう』してください」
「はい、すいません……」
生徒からまともな説教を受けた大島先生はトボトボと生徒会室から退出する。ヒデくんは舌打ちをすると、大島先生の文句を言った。
「まったく、もうちょっとマシな文章が書けないもんかね。書記ちゃんを見習ってほしいよ」
しーちゃんは「そうそう」と同意する。
「ほんとよ。いつも丁寧な書記をありがとね、書記ちゃん」
大島先生の失態により棚ぼた的に褒められたわけだが、そんなことはどうでもいい。背景がどうであれ、褒められて嬉しくない人なんていないのだ。私が「えへへ」と顔を緩ませていると、険悪だった二人が仲直りを始める。
「大島先生のせいでパンツを見られた上に、ヒデくんに冤罪をかけちゃった。ごめんね、ヒデくん」
「いや、いいよ。悪いのは全部あんにゃろうなんだからさ」
二人の仲が元通りになってくれて何より。そう思っていたところに、窓から突風が吹き抜ける。神経を尖らせていたしーちゃんは素早くスカートを抑えるが、私は間に合わず、スカートがふわりと浮かんだ。ヒデくんが慌てて顔を背ける。耳が赤い。
「書記ちゃん、その……すまん」
私は「ふふ」と笑って軽く流してやる。
「いいよ、パンツぐらい。私のパンツなんて見ても嬉しくないでしょ」
私の発言を耳にしてしーちゃんは啞然とする。
「そんな、ダメよ、書記ちゃん。女の子にとって下着を見られることは大問題なんだから」
そんなこと言われても、たかがパンツじゃないか。「身の程を知るべし」。そう思い、しーちゃんに肩を揺さぶられながら苦笑いをする私は、どうやら女の子としてのプライドが欠けているらしい。
式春香。通称「書記ちゃん」。モットーは「身の程を知るべし」。依頼者と探偵の影に隠れ、ささやかな活躍をする地味な女の子。丁寧で緻密な書記をする彼女は、意外にも自身の貞操には無頓着なようだった。
しーちゃんのスカートがマリリン・モンローの如く舞い上がる。白いレースの下着。しーちゃんが慌ててスカートを抑え、赤面しながら振り向くと、ヒデくんがわざとらしく顔をそらしていた。
「み、見た?」
ヒデくんは素早く首を横に振るが、顔をそらすという行為が「見た」ことを物語ってしまっている。
しーちゃんは大きくため息をつきながら席につく。
「ヒデくんにパンツを見られたの今日で二回目よ」
「二回目」? 私が不思議そうな顔をすると、ヒデくんが誤解させないように、慌てて弁解する。
「体育のアレは仕方ないだろ」
「体育のアレ」? 私が首を傾げると、しーちゃんが愚痴っぽく説明する。
「今日、体育の授業があったの。この授業は男女別々で行われてて、女子は体育館の更衣室で着替えることになっていたんだけどね、なんと男子がみんな更衣室に入ってきて大騒ぎ。最初は覗きかと思ったんだけど、どうやら連絡ミスがあったみたいで、間違えて更衣室に来ちゃったみたいなの」
なるほど。男子からしてみれば、いわゆるラッキースケベというやつだったのか。女子たちの下着姿を思い出したのか、ヒデくんは少し顔を赤くしながら、「俺は悪くない」と言わんばかりに愚痴を言う。
「まったく、女子の誤解を解くのにどれだけ苦労したことか。怒鳴られ、叱られ、罵倒され、本当に大変だったんだぜ」
そういえば、今日は隣のクラスがやけに騒がしかった。休憩時間に、女子の怒号のようなものが聞こえてきた時は何事かと思ったものだ。そんなことを回顧していると、しーちゃんは犯罪者を見るような目でヒデくんを睨みつける。
「でも、私ちょっと疑ってるのよ。実は連絡ミスなんか嘘なんじゃないかって」
美人が怒ると怖いというのは本当らしい。ヒデくんは思わず狼狽えた。
「おいおい、やめてくれよ。俺が覗きなんかするわけないだろ」
ツンとした表情のしーちゃん。涙目のヒデくん。私は「はあ」とため息をついた。覗き疑惑なんかで二人の間に亀裂がはいってしまっては困る。私はパンと手を叩いた。二人の注目が私に集まる。
「こういうときは、冷静になって考えてみよ?」
二人は顔を見合わせると、同時に頷いた。
かくして、夕暮れ迫る生徒会室で、生徒会長の覗き疑惑を巡る、彼にとっては切実な推理が幕を上げたのだ。
私はせっせとホワイトボードを引っ張ってくる。黒ペンをシェイクし、ホワイトボードの上方につま先立ちでキュキュッと文字を書いていく。さて、今回の議題はこれだ。
議題:なぜ男子は更衣室にやって来たのか
「さて、まずは被告人の主張を聞こうかしら?」
しーちゃんは検事の如く腕を組みながらヒデくんに鋭い視線を送る。ヒデくんは「被告人って……」と苦笑いしながら主張を述べた。
「今回から授業する種目が変わっただろう? そこで前回、授業終わりに大島先生が来て、着替場所について口頭で連絡したんだ。『次回から男子は体育館で着替えるように』って。俺以外のやつも聞いてるし、間違いないよ」
私がヒデくんの主張を書き留めていると、しーちゃんはその主張を崩さんとして甲第一号証を提示する。ヒデくんのデスクに置かれたのは、オリエンテーションの資料だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二年一組
体育科オリエンテーション(陸上・バレーボール)
陸上:加藤華 バレーボール:大島秀樹
○前半(第1回~第6回)
男子・・・陸上
女子・・・バレーボール
○後半(第7回~第12回)
男子・・・バレーボール
女子・・・陸上
陸上組はグラウンド、バレーボール組は体育館集合で女子は更衣室を利用すること
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ほら、ここに書いてあるでしょ。『女子は更衣室を利用すること』って。しかもこの資料を作成したのは大島先生らしいわ。こっちにはちゃんと物的証拠があるのよ」
「でも大島先生はその資料を見ながら、『次回から男子は体育館で着替えるように』って言ったんだぜ。案外、連絡ミスしたのは加藤先生のほうなんじゃないか?」
「そんなわけないわ。だって加藤先生は『資料に変更はない』って言ってたもの」
二人の視線がぶつかり合い火花を散らす。パンツごときでどうしてこんなに熱くなるのか。食べ物の恨みは怖いと聞くが、パンツの恨みも怖いらしい。私は半ば呆れながら書記を続けるのだった。
こんな時はコーヒーに限る。ケトルでお湯を沸かす。よいしょと背伸びをして棚からコーヒー豆をとる。今日はモカにしようかしら。豆をミルに入れて、踏ん張りながらジョリジョリと挽く。ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、挽いた粉をドリッパーに投入。お湯で少し粉を蒸らし、数えること二十秒。くるりと円を描きながらお湯を注ぐ。書記ちゃん特製モカブレンドの完成だ。華やかな香りが部屋中にふわっと広がる。
「はい、どうぞ」
険悪ムードの二人にモカブレンドの差し入れ。ヒデくんにはミルクを添える。
「サンキュー、書記ちゃん」
「ありがとう」
少し緩んだ二人の表情にほっと肩を撫で下ろす。「ふう」と一息つきながら席に着くと、コーヒーをそっと口に含む。うん、悪くない。
私たち三人はコーヒーを飲みながらホワイトボードを眺めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
議題:なぜ男子は更衣室にやって来たのか
○ヒデくんの主張
・大島先生は「次回から男子は体育館で着替えるように」と言った。
・大島先生はオリエンテーション資料を見ながら言った。連絡ミスの可能性は低い。
→加藤先生の連絡ミス。間違えたのは女子のほう。
○しーちゃんの主張
・オリエンテーションの資料には「女子は更衣室を利用すること」と記載されている。
・資料作成者は大島先生。連絡ミスはありえない。
・加藤先生は「資料に変更はない」と言った。こちらも連絡ミスの可能性は低い。
→連絡ミスは嘘。男子は覗きにやって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「つまり、加藤先生が連絡をミスしたか否かが重要なポイントというわけか」
ホワイトボードを見て、ヒデくんが呟く。すると「よし」と言って勢いよく立ち上がった。
「加藤先生に聞いて、白黒つけてくる。連絡ミスだったら俺に謝れよ、しーちゃん」
ヒデくんは自信満々の様子で生徒会室を飛び出して行く。五分後、ヒデくんが帰ってきた。悄然とした顔で。
「連絡ミスなんかしてないって……」
しーちゃんが勝ち誇った顔でひざまずくヒデくんを見下ろす。まるで女王様だ。
「ほら、やっぱり覗きじゃない。まったく、ヒデくんも迂闊だわ。自分で墓穴を掘りに行くなんて……って、あれ?」
しーちゃんの頭にはてなマークが浮かぶ。
「覗きなら、自分で墓穴を掘りに行くような真似をするわけないわよね。ってことは、覗きじゃない?」
ヒデくんの瞳に光がさす。正義の審判は彼を無罪と認めたようだ。しかし、これで我々の推理は霧の中に迷い込んでしまった。連絡ミスはなく、覗きでもない。なら一体どんな間違いがあったというのか?
「そもそも、なんで大島先生は『次回から男子は体育館で着替えるように』なんて言ったのかしら?」
しーちゃんがふりだしに戻って考え直す。
「バレーボールが体育館で行われるからだろ? 音楽室からそのまま体育館に行って着替えるんだから、男子にとっては楽なんだ」
「女子からすると、美術室から体育館に行くのは早いけど、そこからグラウンドに行くのがかなり手間ね」
どうやら体育の前の授業も男女別だったらしい。よく考えれば、前の授業が合同なら更衣室に向かう途中で、行き先が一緒だと気づくはずだ。
「そう考えると、女子は教室や他の更衣室で着替えたほうが楽ね。だけど、『資料に変更はない』と加藤先生は言った。ということは……」
しーちゃんはオリエンテーション資料をじっと見る。「あっ」という声を出して目を見開いた。ヒデくんが食いつくように訊ねる。
「もしかして、なにか分かったのか?」
しーちゃんは少し浮かない顔で、コクンと肯いたのだ。
「悪い悪い。ちょっと紛らわしかったか」
頭を掻く大島先生をヒデくんとしーちゃんが鋭く睨みつける。
「ちょっとどころじゃないですよ。『女子は更衣室を利用すること』じゃなくて、『バレーボール組は体育館集合で女子は更衣室を利用すること』。つまり、バレーボール組のときは更衣室を利用することが決まってたけど、陸上組のときの着替場所は指定されてなかったなんて」
しーちゃんが凄い剣幕で迫ると、大島先生は狼狽えがら言い訳をする。
「俺はバレーボール担当だったから、バレーボールのときだけ指定しておいたのよ。陸上のほうは加藤先生にお任せしてな。十中八九、体育館の更衣室は使わないだろうし、『資料には書かなかったけど、まあ、男子が使ってもいいか』って思ったんだ」
今度は冤罪をかけられたヒデくんが、ぴしゃりと大島先生の言い分を否定する。
「加藤先生に確認したら、『女子はずっと更衣室を利用するものだと思ってた』って言ってましたよ。いい大人なんですから、ちゃんと『ほうれんそう』してください」
「はい、すいません……」
生徒からまともな説教を受けた大島先生はトボトボと生徒会室から退出する。ヒデくんは舌打ちをすると、大島先生の文句を言った。
「まったく、もうちょっとマシな文章が書けないもんかね。書記ちゃんを見習ってほしいよ」
しーちゃんは「そうそう」と同意する。
「ほんとよ。いつも丁寧な書記をありがとね、書記ちゃん」
大島先生の失態により棚ぼた的に褒められたわけだが、そんなことはどうでもいい。背景がどうであれ、褒められて嬉しくない人なんていないのだ。私が「えへへ」と顔を緩ませていると、険悪だった二人が仲直りを始める。
「大島先生のせいでパンツを見られた上に、ヒデくんに冤罪をかけちゃった。ごめんね、ヒデくん」
「いや、いいよ。悪いのは全部あんにゃろうなんだからさ」
二人の仲が元通りになってくれて何より。そう思っていたところに、窓から突風が吹き抜ける。神経を尖らせていたしーちゃんは素早くスカートを抑えるが、私は間に合わず、スカートがふわりと浮かんだ。ヒデくんが慌てて顔を背ける。耳が赤い。
「書記ちゃん、その……すまん」
私は「ふふ」と笑って軽く流してやる。
「いいよ、パンツぐらい。私のパンツなんて見ても嬉しくないでしょ」
私の発言を耳にしてしーちゃんは啞然とする。
「そんな、ダメよ、書記ちゃん。女の子にとって下着を見られることは大問題なんだから」
そんなこと言われても、たかがパンツじゃないか。「身の程を知るべし」。そう思い、しーちゃんに肩を揺さぶられながら苦笑いをする私は、どうやら女の子としてのプライドが欠けているらしい。
式春香。通称「書記ちゃん」。モットーは「身の程を知るべし」。依頼者と探偵の影に隠れ、ささやかな活躍をする地味な女の子。丁寧で緻密な書記をする彼女は、意外にも自身の貞操には無頓着なようだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる