書記ちゃんは推理しない

Aoi

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空白の十日間

episode2 生徒会長の覗き疑惑

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「きゃっ」
 しーちゃんのスカートがマリリン・モンローの如く舞い上がる。白いレースの下着。しーちゃんが慌ててスカートを抑え、赤面しながら振り向くと、ヒデくんがわざとらしく顔をそらしていた。
「み、見た?」
 ヒデくんは素早く首を横に振るが、顔をそらすという行為が「見た」ことを物語ってしまっている。
しーちゃんは大きくため息をつきながら席につく。
「ヒデくんにパンツを見られたの今日で二回目よ」
 「二回目」? 私が不思議そうな顔をすると、ヒデくんが誤解させないように、慌てて弁解する。
「体育のアレは仕方ないだろ」
 「体育のアレ」? 私が首を傾げると、しーちゃんが愚痴っぽく説明する。
「今日、体育の授業があったの。この授業は男女別々で行われてて、女子は体育館の更衣室で着替えることになっていたんだけどね、なんと男子がみんな更衣室に入ってきて大騒ぎ。最初は覗きかと思ったんだけど、どうやら連絡ミスがあったみたいで、間違えて更衣室に来ちゃったみたいなの」
 なるほど。男子からしてみれば、いわゆるラッキースケベというやつだったのか。女子たちの下着姿を思い出したのか、ヒデくんは少し顔を赤くしながら、「俺は悪くない」と言わんばかりに愚痴を言う。
「まったく、女子の誤解を解くのにどれだけ苦労したことか。怒鳴られ、叱られ、罵倒され、本当に大変だったんだぜ」
 そういえば、今日は隣のクラスがやけに騒がしかった。休憩時間に、女子の怒号のようなものが聞こえてきた時は何事かと思ったものだ。そんなことを回顧していると、しーちゃんは犯罪者を見るような目でヒデくんを睨みつける。
「でも、私ちょっと疑ってるのよ。実は連絡ミスなんか嘘なんじゃないかって」
 美人が怒ると怖いというのは本当らしい。ヒデくんは思わず狼狽えた。
「おいおい、やめてくれよ。俺が覗きなんかするわけないだろ」
 ツンとした表情のしーちゃん。涙目のヒデくん。私は「はあ」とため息をついた。覗き疑惑なんかで二人の間に亀裂がはいってしまっては困る。私はパンと手を叩いた。二人の注目が私に集まる。
「こういうときは、冷静になって考えてみよ?」
 二人は顔を見合わせると、同時に頷いた。
 かくして、夕暮れ迫る生徒会室で、生徒会長の覗き疑惑を巡る、彼にとっては切実な推理が幕を上げたのだ。

 私はせっせとホワイトボードを引っ張ってくる。黒ペンをシェイクし、ホワイトボードの上方につま先立ちでキュキュッと文字を書いていく。さて、今回の議題はこれだ。

議題:なぜ男子は更衣室にやって来たのか

「さて、まずは被告人の主張を聞こうかしら?」
 しーちゃんは検事の如く腕を組みながらヒデくんに鋭い視線を送る。ヒデくんは「被告人って……」と苦笑いしながら主張を述べた。
「今回から授業する種目が変わっただろう? そこで前回、授業終わりに大島先生が来て、着替場所について口頭で連絡したんだ。『次回から男子は体育館で着替えるように』って。俺以外のやつも聞いてるし、間違いないよ」
 私がヒデくんの主張を書き留めていると、しーちゃんはその主張を崩さんとして甲第一号証を提示する。ヒデくんのデスクに置かれたのは、オリエンテーションの資料だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二年一組
体育科オリエンテーション(陸上・バレーボール)
陸上:加藤華 バレーボール:大島秀樹

○前半(第1回~第6回)
男子・・・陸上
女子・・・バレーボール
○後半(第7回~第12回)
男子・・・バレーボール
女子・・・陸上
陸上組はグラウンド、バレーボール組は体育館集合で女子は更衣室を利用すること
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ほら、ここに書いてあるでしょ。『女子は更衣室を利用すること』って。しかもこの資料を作成したのは大島先生らしいわ。こっちにはちゃんと物的証拠があるのよ」
「でも大島先生はその資料を見ながら、『次回から男子は体育館で着替えるように』って言ったんだぜ。案外、連絡ミスしたのは加藤先生のほうなんじゃないか?」
「そんなわけないわ。だって加藤先生は『資料に変更はない』って言ってたもの」
 二人の視線がぶつかり合い火花を散らす。パンツごときでどうしてこんなに熱くなるのか。食べ物の恨みは怖いと聞くが、パンツの恨みも怖いらしい。私は半ば呆れながら書記を続けるのだった。

 こんな時はコーヒーに限る。ケトルでお湯を沸かす。よいしょと背伸びをして棚からコーヒー豆をとる。今日はモカにしようかしら。豆をミルに入れて、踏ん張りながらジョリジョリと挽く。ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、挽いた粉をドリッパーに投入。お湯で少し粉を蒸らし、数えること二十秒。くるりと円を描きながらお湯を注ぐ。書記ちゃん特製モカブレンドの完成だ。華やかな香りが部屋中にふわっと広がる。
「はい、どうぞ」
 険悪ムードの二人にモカブレンドの差し入れ。ヒデくんにはミルクを添える。
「サンキュー、書記ちゃん」
「ありがとう」
 少し緩んだ二人の表情にほっと肩を撫で下ろす。「ふう」と一息つきながら席に着くと、コーヒーをそっと口に含む。うん、悪くない。
 私たち三人はコーヒーを飲みながらホワイトボードを眺めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
議題:なぜ男子は更衣室にやって来たのか

○ヒデくんの主張
・大島先生は「次回から男子は体育館で着替えるように」と言った。
・大島先生はオリエンテーション資料を見ながら言った。連絡ミスの可能性は低い。
→加藤先生の連絡ミス。間違えたのは女子のほう。
○しーちゃんの主張
・オリエンテーションの資料には「女子は更衣室を利用すること」と記載されている。
・資料作成者は大島先生。連絡ミスはありえない。
・加藤先生は「資料に変更はない」と言った。こちらも連絡ミスの可能性は低い。
→連絡ミスは嘘。男子は覗きにやって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「つまり、加藤先生が連絡をミスしたか否かが重要なポイントというわけか」
 ホワイトボードを見て、ヒデくんが呟く。すると「よし」と言って勢いよく立ち上がった。
「加藤先生に聞いて、白黒つけてくる。連絡ミスだったら俺に謝れよ、しーちゃん」 
 ヒデくんは自信満々の様子で生徒会室を飛び出して行く。五分後、ヒデくんが帰ってきた。悄然とした顔で。
「連絡ミスなんかしてないって……」
 しーちゃんが勝ち誇った顔でひざまずくヒデくんを見下ろす。まるで女王様だ。
「ほら、やっぱり覗きじゃない。まったく、ヒデくんも迂闊だわ。自分で墓穴を掘りに行くなんて……って、あれ?」
 しーちゃんの頭にはてなマークが浮かぶ。
「覗きなら、自分で墓穴を掘りに行くような真似をするわけないわよね。ってことは、覗きじゃない?」
 ヒデくんの瞳に光がさす。正義の審判は彼を無罪と認めたようだ。しかし、これで我々の推理は霧の中に迷い込んでしまった。連絡ミスはなく、覗きでもない。なら一体どんな間違いがあったというのか?

「そもそも、なんで大島先生は『次回から男子は体育館で着替えるように』なんて言ったのかしら?」
 しーちゃんがふりだしに戻って考え直す。
「バレーボールが体育館で行われるからだろ? 音楽室からそのまま体育館に行って着替えるんだから、男子にとっては楽なんだ」
「女子からすると、美術室から体育館に行くのは早いけど、そこからグラウンドに行くのがかなり手間ね」
 どうやら体育の前の授業も男女別だったらしい。よく考えれば、前の授業が合同なら更衣室に向かう途中で、行き先が一緒だと気づくはずだ。
「そう考えると、女子は教室や他の更衣室で着替えたほうが楽ね。だけど、『資料に変更はない』と加藤先生は言った。ということは……」
 しーちゃんはオリエンテーション資料をじっと見る。「あっ」という声を出して目を見開いた。ヒデくんが食いつくように訊ねる。
「もしかして、なにか分かったのか?」
 しーちゃんは少し浮かない顔で、コクンと肯いたのだ。

「悪い悪い。ちょっと紛らわしかったか」
 頭を掻く大島先生をヒデくんとしーちゃんが鋭く睨みつける。
「ちょっとどころじゃないですよ。『女子は更衣室を利用すること』じゃなくて、『バレーボール組は体育館集合で女子は更衣室を利用すること』。つまり、バレーボール組のときは更衣室を利用することが決まってたけど、陸上組のときの着替場所は指定されてなかったなんて」
 しーちゃんが凄い剣幕で迫ると、大島先生は狼狽えがら言い訳をする。
「俺はバレーボール担当だったから、バレーボールのときだけ指定しておいたのよ。陸上のほうは加藤先生にお任せしてな。十中八九、体育館の更衣室は使わないだろうし、『資料には書かなかったけど、まあ、男子が使ってもいいか』って思ったんだ」
 今度は冤罪をかけられたヒデくんが、ぴしゃりと大島先生の言い分を否定する。
「加藤先生に確認したら、『女子はずっと更衣室を利用するものだと思ってた』って言ってましたよ。いい大人なんですから、ちゃんと『ほうれんそう』してください」
「はい、すいません……」
 生徒からまともな説教を受けた大島先生はトボトボと生徒会室から退出する。ヒデくんは舌打ちをすると、大島先生の文句を言った。
「まったく、もうちょっとマシな文章が書けないもんかね。書記ちゃんを見習ってほしいよ」
 しーちゃんは「そうそう」と同意する。
「ほんとよ。いつも丁寧な書記をありがとね、書記ちゃん」
 大島先生の失態により棚ぼた的に褒められたわけだが、そんなことはどうでもいい。背景がどうであれ、褒められて嬉しくない人なんていないのだ。私が「えへへ」と顔を緩ませていると、険悪だった二人が仲直りを始める。
「大島先生のせいでパンツを見られた上に、ヒデくんに冤罪をかけちゃった。ごめんね、ヒデくん」
「いや、いいよ。悪いのは全部あんにゃろうなんだからさ」
 二人の仲が元通りになってくれて何より。そう思っていたところに、窓から突風が吹き抜ける。神経を尖らせていたしーちゃんは素早くスカートを抑えるが、私は間に合わず、スカートがふわりと浮かんだ。ヒデくんが慌てて顔を背ける。耳が赤い。
「書記ちゃん、その……すまん」
 私は「ふふ」と笑って軽く流してやる。
「いいよ、パンツぐらい。私のパンツなんて見ても嬉しくないでしょ」
 私の発言を耳にしてしーちゃんは啞然とする。
「そんな、ダメよ、書記ちゃん。女の子にとって下着を見られることは大問題なんだから」
 そんなこと言われても、たかがパンツじゃないか。「身の程を知るべし」。そう思い、しーちゃんに肩を揺さぶられながら苦笑いをする私は、どうやら女の子としてのプライドが欠けているらしい。

 式春香。通称「書記ちゃん」。モットーは「身の程を知るべし」。依頼者と探偵の影に隠れ、ささやかな活躍をする地味な女の子。丁寧で緻密な書記をする彼女は、意外にも自身の貞操には無頓着なようだった。




 





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