2 / 9
1章
分岐点
しおりを挟む
教室を出た俺の目にまず最初に飛び込んできたのは、駅のプラットフォームにある案内のような標識だった。
右に行くとリンフェルに、左に行くと他の8つの世界にいけることがご丁寧にも日本語で記されている。
誰がこんなものを書いたのかという問いに対して、頭の中の自分が<悪魔>だと囁いた。
ここでようやく、俺は違和感に気がついた。
担任の最後の講義によって俺達が何故この世界に連れてこられたのか、その理由はわかった。
しかし、悪魔が何故俺達を支援しようとしているのか、その理由はわからないままだった。
状況証拠から推測すると、恐らく悪魔は俺達を<狭間人>にしたかったのだろう。
しかし、それが何故なのか、今の俺には全く見当がつかなかった。
俺が足を止めて考えにふけっている間に、先頭にいた日比谷先輩はその標識に従って左に曲がった。
少し懸念もあったが天喰達もそちらに向かっていたはずなので、俺は自分の考えを口にすることなく先輩の後を追った。
しばらくの間、腸のように赤黒くうねる通路を歩くと、大きな肉の壁が俺達の進路を遮った。
行き止まりかと心配する俺達をおちょくるように、扉はくぱぁと自動で開閉した。
これってケツの穴に似てね?
そうツッコミを入れたかったが、女子がいるので俺は必死で口を引き結んだ。
扉の先は下の層へと通じる階段になっていた。
アパートの地下室に入る時のような、あるいは、ビルの非常用階段の扉を開ける時のような。
薄暗く、どことなく淀んだ空気を俺はこの場所から感じた。
階段の終わりにまで俺達が到達すると、肉壁や内臓では無い普通の扉が俺達を出迎えた。
扉の先に聞き耳を立てても、防音性なのか、はたまたこの先に誰もいないのか全く音がしない。
扉の先を警戒をしながらも先輩が皆を代表してゆっくりと扉を開ける。
すると、目の前を何かが高速で横切っていった。
「きゃあっ。」
扉から流れ込んでくる強風に体を煽られ、遠野さんがか細い悲鳴を上げた。
「大丈〇で〇か。遠〇〇ん。」
日比谷先輩が咄嗟に扉を閉めたが、耳鳴りが続いているせいで何て言ってるかいまいちわからなかった。
「い、今のは電車でござるか。」
一瞬ではあったが、どうやら胎芽も俺と同じものを見たらしい。
遠野さんが落ち着きを取り戻した後に、俺は扉を少しだけ開けて外の様子を伺ってみた。
暗くていまいちわかりづらいが、目の前の空洞に線路のような金属製のレールが引かれていることがわかった。
「今なら行けそうだ。」
線路の奥から電車が来ないことを目視と音で確認した俺は、線路を渡ってプラットフォームによじ登った。
乗降場の高さはだいたい2メートルぐらいだろうか。
身長175cmの俺が手を伸ばしてギリギリ指が届くくらいだった。
「一ノ瀬、早くこっちに。胎芽、そこの椅子を押さえてやってくれ。」
早速教室から持ってきた椅子が役に立つ時が来たようだ。
片足でケンケンとジャンプしながら、一ノ瀬がまずこちらに近づいて来る。
そのままジャンプをして椅子に乗り移ると椅子が倒れる恐れがあるため、胎芽に俺が持ってきた椅子を支えてもらうことにした。
二人が四苦八苦している間、その光景を俺は呑気に眺めていたわけではない。
俺は上から一ノ瀬の体を引っ張る係を買って出ていた。
ギブスのせいで一ノ瀬は片足をあまり曲げることができなかった。
だからまずは健康な足を乗降場に乗せ、その後に俺が体を引っ張ってぐるぐると転がしながら乗降場へと大男の体を引き上げた。
「すまん。助かった。ありがとな、二人とも。」
気にするなと手を挙げて答えていると、胎芽の様子がおかしいことに気がついた。
椅子を使って登っているおかげで頭は見えているのに、なかなかこちらに上がって来ようとしない。
「竿留氏ぃ~。」
泣きそうな顔で懇願された俺は、何も言わずに胎芽を引っ張り上げた。
100キロ近くあるという一ノ瀬と似たような重量がずしりと腕に伝わってくる。
胎芽も100キロあるんだろうなぁと俺は察してしまった。
「ふう、一人だったらここで詰んでましたな。」
「そだな。やっぱ持つべきものは仲間だな。」
はっはっは、と呑気に笑い合う胎芽と一ノ瀬に俺は苦笑いを浮かべた。
この二人を安全な場所にまで連れて行けるかな?と少し不安になったからだ。
「日比谷先輩、すみません。椅子をとってもらえますか。」
俺が日比谷先輩に声をかけた時、野原さんは椅子を使ってプラットフォームに登って来ようとしていた。
先輩は胎芽と同じように椅子を抑えて、背の低い彼女が登りやすいようにフォローしている。
いちいち降りて拾ってくるのはちょっとめんどくさかったので、どうせ下にいるならと先輩に頼んでしまった。
「はいよ。」
「ありがとうございます。」
先輩から椅子を受け取った俺は、一ノ瀬の所にその椅子を持って行った。
床にぺたりと座った状況だと立ち上がるのに時間がかかり、悪魔に襲ってこられた時に逃げられないと思ったからだ。
俺が一ノ瀬を立ち上がらせている間に、野原さんはホームの奥へと走っていった。
そちら側にも階段があり、案内板が天井からぶら下がっている。
「ネイレスト行きの電車は、1番線にあるみたい!」
「ここは何番線だろ?」
「9番線ね。」
「げっ、反対側じゃん。」
「一ノ瀬、さっさと立て!置いてくぞ。」
「へーい。」
「先ほど、電車が通過しておりましたが、目的地はわかりまするか?」
「えっと、あれは……リンフェル行きの直通?電車みたい。」
「直通電車という言葉はありそうで無いかもしれませぬな。直通運転ならありますが……複数の路線及び区間や鉄道事業者にまたがって旅客列車を運転することにござる。」
「私はあまり駅に止まらない電車という意味でこの言葉を使ったから、間違った使い方をしてるわね。本当は何て言葉を使えばいいのかしら。」
「恐らく、特急とか急行という言葉を使うのが良いかと。」
「特急、急行ね。教えてくれありがとう、勇弥くん。また一歩ネイティブに近づけた気がするわ。」
「いやいや、野原さんは十分ネイティブだと思いまする。」
胎芽のツッコミに対して、野原さんはニカリと笑みを浮かべた。
日本人特有のアルカイックスマイルではなく、顔全体で嬉しいという感情を現わしている。
「おい、おまえら、1番線に行くぞ。」
日比谷先輩の号令を聞いた一ノ瀬がのそりと椅子から立ち上がった。
まだほとんど移動はしていなかったが、少しふらついているような気がした。
肩を貸そうかとそれとなく一ノ瀬に提案してみたが、大丈夫だとやんわり断られた。
日比谷先輩を先頭に階段を再びのぼり、連絡通路のようなものの上から8本の線路を跨ぐ。
こうして1番線のホームに降りた俺達は、ホームで電車がを待つことになった。
「そういえば、皆の<境界>はどういうものだった?私はね……。」
暇になってお喋りをしたくなったのか、野原さんが俺達に向かって話題を振ってきた。
しかし、その話題の行きつく先は地雷原だったので、俺は慌てて彼女の話を止めに入った。
「あのさ、話を遮って悪いんだけど……俺は自分の<境界>を皆に話すつもりはないんだ。それでもいいならこの場にいるし、駄目なら席を外すわ。」
「お互いの弱点を知っていた方が助け合えると思うのだけれど、どうして<境界>について話してくれないのかしら?」
彼女の言い分はもっともだった。
<境界>の弱点は割と致命的なものなので、助け合える間柄であれば教え合った方が良いだろう。
しかし俺にとってこの話題は、アウティングの危険性のある非常に繊細な話題だった。
俺は自分がゲイであることを一ノ瀬にバレたくない。
だから、どう返答したものかと言葉に詰まってしまった。
<境界>を偽るというのは恐らく無理だろう。
俺の<境界>は弱点が特殊過ぎるので、弱点の見せ合いなどしたら100%バレてしまう。
では、弱点を知られると悪用される可能性もある、という切り口で説明するのはどうだろうか?
しかしそれは、この場の交友関係を疑っていると言っているように聞こえなくもない。
「小生も<境界>のことは他人に話したくないでござるなぁ。話したくない理由を話すと、<境界>を特定されてしまう故、理由も話すことができないでござる。」
俺の<境界>に察しがついたのか、胎芽がフォローを入れてくれた。
こういう時に仲間がいてくれるのは非常に心強い。
空気を読んで日比谷先輩か一ノ瀬が別の話題をふってくれないかなぁと、俺は心の中で願っていた。
「自分の<境界>を晒せない奴に俺の<境界>は知られたくねえな。野原さん、向こうで話しませんか?」
「う、うん。」
「一ノ瀬、お前はどうすんだ?」
俺や胎芽の発言に、日比谷先輩は少し苛立っているようだった。
明らかにチームワークを乱しているのはこちらなので、申し訳ないという気持ちが胸の内にわいてくる。
一ノ瀬は何も言わずに、ただ俺達のやり取りを聞いていた。
彼が口を開かないことで立ち位置を察した日比谷先輩は、野原さんと一緒に俺達の声が届かない場所へと移動した。
物理的に離れた距離と同じかそれ以上に、俺達と彼らの関係が遠ざかったような気がした。
「俺の<境界>はさ、大輔の言う通り<生>と<死>の狭間にあったんだけどよ。いまいち弱点ってやつがピンとこないんだよなぁ。」
二人が立ち去った後に、何故か一ノ瀬が唐突に自分の<境界>を語り始めた。
彼の発言の意図がわからず、俺は怪訝そうに一ノ瀬の様子を伺った。
「野原さんとのやり取り、聞いてなかったのか?お前の<境界>を知っても、俺は絶対教えないからな。」
「別に言いたくなけりゃ言わなくていい。その代わり、俺の相談には乗ってくれ。」
「……はぁ?勘弁してくれ。」
一ノ瀬に関わると俺は彼を好きになってしまう予感がした。
だから俺は、極力こいつとは関わるつもりがなかった。
それなのに、こいつはグイグイ俺のテリトリーに踏み込んでくる。
それが正直、もどかしい。
「いいだろ別に、どうせ電車が来るまで暇なんだからさ。」
「まあ、それはそうだけど。」
「その話、小生が加わっても?」
「もちろん。大助の友達は俺の友達だ。」
「見た目通り豪快な御仁でござるな。小生は勇弥胎芽(いさや たいが)と申す。」
「一ノ瀬崇(いちのせ たかし)だ。よろしくな。」
「待て待て、何初めましてみたいなやり取りしてんだよ。同じクラスだろ。」
「実際まともに話すのは今日が初めだよな。」
「ですな。小生は帰宅部故、そもそも竿留氏しか友達がいないでござる。」
いつもなら、俺もお前しか友達はいねえよと冗談を返す所だが、一ノ瀬の前ではそんなクサイ台詞をまだ言えそうになかった。
「友達なんて多けりゃいいってもんじゃないからな。本当に信頼できる人間とだけ仲良くなればいいんだ。」
俺の代わりに胎芽を励ましたのは一ノ瀬だった。
正直な話、まさかこの男からそんな言葉が出て来るとは思わなかった。
いつも明るく振舞ってはいるが、体育会系も上下関係とか色々あって大変なんだろうなあと心中を察してしまった。
「ちなみに俺も友人と呼べる奴は大輔だぞ。こんな状況でも俺の怪我のことを真っ先に心配してくれてたしな。」
恥ずかしげもなく俺に笑いかける男に、俺の胸はズキリと傷んだ。
俺が彼を助けているのは、きっと下心があってのことで、彼が思っているであろう男同士の友情などではない。
「俺の<境界>は……<男女の境界>だ。魔淵先生の話が本当なら、俺がタイプだと思った人間以外の攻撃を防いでくれるんだと思う。」
好意を寄せている相手に嘘をつくのがしんどくなり、俺はつい口を滑らせてしまった。
もうどうにでもなれと俺は覚悟を決めたが、男は俺の予想以上に鈍感だった。
「好みのタイプがわかっちまうのか。それは女の前じゃ言えねーよな。」
何を勘違いをしたのか、一ノ瀬は納得したとばかりにうんうんと頷いた。
挙句、あいつらには絶対に言わないから安心してくれと、俺の背中をポンポンと叩く始末だ。
試しにわざと背中側の<境界>を濃くして、<境界>の中にまで触れられることをアピールしてみたが、一ノ瀬には俺の気持ちが全く伝わらなかった。
「はぁ。……胎芽の<境界>はなんだったんだ?」
話題がつきるのも気まずいと考えた俺は、この場で唯一<境界>を公開していない男に話題を振ることにした。
野原さんへの発言はやはり俺のフォローをするためだったのか、胎芽は躊躇うことなく自身の<境界>を俺達に教えてくれた。
「小生の<境界>は竿留氏流に言えば、<現想の境界>って感じでしたね。」
「幻想?漢字は?」
「<現実>の現に、<空想>の想と書き申す。察するに小生は、銃とかミサイルなんかには弱く、魔法とか剣とかには強いんじゃないかと。」
「その理屈なら剣も防げない気がするんだが……。」
「小生の中では剣もファンタジーの産物なので恐らくは。ただ、包丁なんかは防げる気がしないでござる。」
「そういうの、感覚的に防げるって感じんのか?」
「ですな。」
「うーむ。」
「ま、一ノ瀬は1つずつ試していくしかないんじゃないか。ひとまず生者の攻撃は防げるようだから、例えば怪我をしている人に攻撃されたらどうなるのかとか。」
「死者の攻撃も試した方がいいかもしれませんな。アンデッドとかリッチとか、ファンタジーものの敵では定番でござる。」
「アンデッドにリッチ……って、なんのことだ?」
「一ノ瀬、お前ゲームとかやらないのか?」
「スマホの使い方がわからん。」
「まじか。」
「一ノ瀬殿はすごいでござるな。小生達はゲーム無しであの世界を生きれないでござる。」
「これから行く世界はゲームなんかねえだろ?お前ら生きていけんのか。」
「逆でござるよ、一ノ瀬氏。今から行く世界はきっと剣や魔法のある世界にござる。そんな世界に小生はずっと憧れていたのでござる。」
「お前は楽しそうでいいな。胎芽。」
「一ノ瀬……お前もしかして、不安なのか?」
「ああ、ちょっとな。この足が治るまで、働き口が見つかるかどうかもわかんねえし。一人でやってけるかどうか。」
どうやら一ノ瀬は異世界に行くという行為を、外国に行くのと同じ感覚で捉えているようだった。
日本から諸外国に連れ去られ、そこで暮らさなければならなくなったら、俺も不安で仕方なかっただろう。
しかし、<境界>などという特殊な力が有り、魔法などもあるということであれば話は変わってくる。
「心配することは無いと思いまする。ゲームやアニメなら冒険者ギルドというものがあり申す。そこで魔物を討伐し、生計を立てれば良いでござるよ。」
流石にここまで楽観的にはなれなかったが、俺も胎芽と同じ感覚で異世界に行くという行為を捕らえていた。
だから全く不安にもならなかったが、そういった知識がなければさぞ不安になったことだろう。
現に一ノ瀬は冒険者ギルドってなんだろう?と言いたげな顔をしていた。
「ま、そんなに不安になるなって。ひとまず足が治るまでは、俺が働いて養ってやるよ。これは、あー、貸しだからな。」
変な意味に捉えられないよう言葉を選びながら、俺は一ノ瀬を元気づけることにした。
一ノ瀬がこの世界に残ると宣言した時から、俺は彼の怪我が治るまでは一緒にいようと考えていた。
それは俺にとって彼と一緒にいる為の免罪符のようなものなので、貸しだとは正直思っていない。
それでも、こういう風に言った方が、変に遠慮されないような気がした。
一ノ瀬が何か返答をしようとした時、電車の汽笛が線路の奥の闇の中から聞こえてきた。
気をそらされた俺達はいったん会話を止め、音の鳴る方へと顔を向けた。
その電車は、無機物ではなく有機物で出来ていた。
何故そんなことが分かったのかと言うと、答えは単純明快。
電車の先頭についていた頭と目が合ったのだ。
「今、虫みたいな顔がついてなかったか?」
一ノ瀬の言葉に俺と胎芽は互いの顔を見合わせてコクコクと頷いた。
電車が止まり、プシューと体内から蒸気を吐き出しながら扉が開く。
中は教室と同じように内臓のようなものがうねっていた。
「これに乗るでござるか!?」
「溶けちまうんじゃねえか?」
「……<境界>の力を信じよう。まずは俺から行く。」
ムカデのような姿をした電車に<境界>の力をまとった俺が足を踏み入れた。
ねちゃりという気色の悪い音が床からするが、靴が溶けたりすることはない。
消化液が出そうな穴がないか素早く確認し、壁なども触った後に、二人に早く中に入るよう呼び掛けた。
「あ、日比谷先輩と野原さんは?」
安全を確保するのに必死で二人が電車に乗ったか確認する暇が無かった。
閉まるドア、通り過ぎていく景色、その中に二人の姿があった。
どうやら二人は電車に乗らないという選択をしたようである。
去り際に見た二人の姿から察するに、俺のことが気に食わなかったというよりも、虫の体に入るという行為を耐えられないといった様子だった。
日比谷先輩がなんとか説得していたようだが、次の電車が来るまで交渉は長引きそうだった。
ネイレストの北方に広がるコールドウッドの森。
その森のはずれに木造の小屋があった。
小屋の中には傷ついた人狼(ワーウルフ)がおり、ベッドの上で苦しそうに寝息をたてている。
「先生、お兄ちゃんはいつ良くなるの?」
兄の体を診察するフクロウのような外見の獣人に向かって、少女は消え入りそうな声で尋ねた。
彼女の頭やお尻には兄と呼んだ男と同じフサフサな耳と尻尾がついていたが、それ以外の見た目は人間とほとんど変わらなかった。
「いいかい、ルナ。よく聞きなさい。」
ワーウルフにかけていた【看破の魔法】を解いた医者は、少女の両肩にそっと手を置いた。
「君のお兄さんは竜の呪いを受けているようです。この呪いを解かない限り、どんなドルイドも彼を治療をすることはできないでしょう。」
頼みの綱である医者が匙を投げてしまったので、ルナは途端にパニックに陥った。
「そんなぁ。私、これからどうすれば……。」
「……ルナ。もし本当に、君がお兄さんを救いたいと、そう望むなら……これを使ってみなさい。」
「……ご本?」
「この本は、願いを叶える書物と言います。そこに、お兄さんを助ける方法があるはずです。」
「でも私、ご本は読めなくて……。」
「それは心配ありません。この表紙に血をたらせば全てうまくいきます。私が帰ったら試して見なさい。」
「ネルヴァ先生。もう行っちゃうの?」
「すまない。君達と一緒にいることが知られたら、私も村の外に追い出されてしまう。ルナ、君は賢い子だ。わかってくれるね?」
ネルヴァに諭されたルナは、それ以上彼を呼び止めようとはしなかった。
ただ本を両手で抱きしめ、深々とお辞儀をする。
「お兄ちゃんを診てくれて、ありがとうございました。」
「ああ、君達に世界樹の加護があらんことを。」
ネルヴァを見送ったルナは、小屋の鍵をしっかりと閉めた後に包丁を取りに台所へ駆けて行った。
料理を作るのはもっぱら彼女の仕事であるため、包丁の場所はすぐにわかる。
しかし、その鋭利な刃物の切っ先を見ていると、自傷を行う覚悟が揺らいだ。
「あ、そうだ。タオルを替えないと……。」
熱が出ている兄のおでこに置く水タオルをルナは唐突に作り始めた。
答えを先延ばしにする行為であることはわかっていたが、あと一歩勇気を出すことがでなかったのだ。
「ルナ……。すまない……。」
タオルを新しいものに替えている最中、兄がそんな言葉を発した。
意識を取り戻したのかと思ったがそうではない。
うなされているだけだった。
「お兄ちゃん……。」
自分の体を傷つけるのは怖かったが、苦しそうに呻く兄の顔を見てようやく少女の覚悟が決まった。
鉄と呪いの匂いのする兄の部屋から静かに立ち去り、ルナは二階にある自室で自分の指を包丁で薄く傷つけた。
痛みと共に床においた本の上にポタリとポタリと赤い血が垂れていく。
その血が本の表紙の窪みをなぞり始め、怪しげな魔法陣の形に光り輝いた。
その色は明らかにネイレストに住む人間が使う魔法ではなかった。
「駄目!」
今にも発動しようとする得体の知れない魔法を止めようと、ルナは本に飛び掛かった。
しかし、本から放たれる魔力の奔流によって、ルナは吹き飛ばされてしまう。
「お兄……ちゃん。」
壁に頭をぶつけ昏倒しそうになるのを、かろうじてルナは堪(こら)えた。
魔法を学んだことがないためハッキリとはわからなかったが、それでも彼女は全身の毛が逆立つのを感じた。
体の中に流れる獣人の血は、何か巨大なものが召喚されそうなことを察知していた。
本能に従い彼女が咄嗟に部屋の外へ出ると、それと同時に本の中から巨大なムカデが現れた。
それは木造の屋根を突き破り、空に向かって勢いよく飛び出した。
「あっぶねー。<境界>が無かったら、頭を打って死んでたぞコレ。」
ムカデの体の中から何故か人の声がした。
この巨大な生き物に食べられた可哀そうな人なのかもとルナは思ったが、ムカデの腹の中からはさらに別の声もする。
「どうして急にムカデは立ち上がったのでしょう?」
「とりあえず外に出ようぜ。扉も開いてることだしな。」
呆然と立ち尽くすルナの前に、3人の人間の男が現れた。
年は成人したてぐらいに見えたが、外見に惑わされてはいけないとルナは思った。
彼らは竜のように大きなムカデの体の中から出て来たのだ。
きっと悪魔か何かに違いない。
「お兄ちゃんたち、誰?」
年端もいかない少女では、そう尋ねるのが精いっぱいだった。
目の前にいる男達が本当に兄を助けてくれるのか確認がしたかったが、次から次へと起こる不可解な現象に頭が回らなかったのだ。
「うおっ、第一村人発見!犬耳幼女がいるでござる。」
「うんなことよりココ、ひとんちだぞ。なんで電車に乗ったのに、ひとんちに出てんだよ。」
「……お嬢ちゃん。ご両親はどこかな?家を壊してしまった理由を説明したいんだけど。」
自分と同じぐらい慌てている男たちを見て、もしかすると、悪い人じゃないのかな?とルナは思った。
ルナがなんて答えようか迷っていると、壊した屋根はそのままに、ムカデだけが本の中に吸い込まれていく。
「パパもママもいないよ?家にいるのはお兄ちゃんだけ。」
無邪気な声音でルナが返事を返すと、3人の男たちは露骨に狼狽した。
「こんな小さな子の両親がいない!?どういうことだ。」
「な、なんか訳あり家族な気がするでござる。どうするでござるか、竿留氏!」
「二人とも慌てすぎ。女の子が怖がっちゃうでしょ。……俺は竿留大輔。お嬢ちゃんの名前は?」
威圧感を与えないようにするためか、竿留と名乗った男は膝を曲げてルナと目の高さを合わせた。
その姿が何故か兄の姿と重なり、ルナは目頭が熱くなった。
自分が悲しい時、兄はよくそうやって目線を合わせてから、ルナの頭を撫でてくれた。
「……ルナ。私の名前はルナ。」
「ルナか。いい名前だ。」
「月の女神の名前と一緒ですな。」
「だな。このふくよかな男が勇弥胎芽。で、こっちの体格のいいのが一ノ瀬崇だ。ルナのお兄さんは今どこにいるんだ?できれば、家を壊してしまった事情を説明したい。」
「お兄ちゃんは怪我をして寝込んでるから話せないの。こっち。」
傷ついた兄の姿を見せれば、手助けをしてくれるかもしれない。
そう考えたルナは家を壊した人間達を兄の部屋にまで連れて行った。
「お願いします。お兄ちゃんを助けてください。」
ベッドに横たわる傷だらけの兄を見ると、男たちは顔を見合わせた。
「回復魔法は、この世界に回復魔法はないでござるか?」
「あります。でも、効かないって、ネルヴァさんが言ってました。」
「ネルヴァさん?」
「村のお医者さん。」
「ネルヴァさんは他に何て言ってたかな?」
「お兄ちゃんは竜の呪いを受けてるんだって。だから、回復魔法が効かないの。」
「ドラゴンなんていんのか、この世界。確か竜ってのは別の世界にいるって話だったよな?」
「だね。……この世界はネイレストって名前かな?」
「うん。」
「なるほど。一応目的地には着いたのか。」
「竜を倒せば呪いが解けるのでは?」
「竜、倒せるか?」
「俺の足が直ればワンチャン。」
「いやぁ、無理だろ流石に。仮に<境界>で竜の攻撃を防げたとしても、俺達の攻撃が通らないだろ。」
「……一つ、思いついたことがあり申す。」
そう言って小太りな男がポケットから取り出したのは、学生証と呼ばれるカードだった。
「この学生証は日本から持ってきたものなので、こちらの世界には無いものにござる。つまり……」
人差し指と中指の間にカードを挟むと、勇弥は目を閉じ、何かを念じ始める。
しばらくすると、<狭間人>達の目には学生証が透明なヴェールに包まれるのが見えた。
「竿留氏。同じようにこれに<境界>を使用してみてくだされ。」
勇弥の手から竿留の手にカードが渡る。
竿留が同様に目を閉じ、何かを念じるが、学生証がヴェールに包まれることはなかった。
「ぐぬぬ、ぐぬぬ。……駄目だ。俺には出来ん。衣服には<境界>が纏えるのに。」
「あくまで小生の仮説ですが、衣服に<境界>が纏えるのは恐らく衣服を体の一部と認識しているせいか、もしくは無意識の内に自分が必要なものは受け入れているからだと思いまする。」
「確かに、酸素まで<境界>で遮ったら死ぬし、光を遮ったら前が見えないもんな。いやでも、それだと<境界>の概念と矛盾しないか?むしろ<境界>の内側で……いや、それはないか。すまん。続けてくれ。」
「自分の弱点であればこのように、自分以外の物質も<境界>で覆うことはできまする。もちろん動かすと、こんな感じに物体が<境界>を貫通してしまうので、<境界>の座標を操作するのにコツはいりますが……」
「その話、最終的にこの狼人間を救うことに繋がんのか?」
「えーと、つまり、その御仁を<境界>で覆うことができれば、呪いだけを弾けるのではないかと!」
「胎芽。おまえ、天才か!」
「ふっふっふ、照れるでござる。」
「それじゃあ、早速やってくれ。」
「いやいや、竿留氏。小生の<境界>では無理でござる。」
「あー、そうか。お前はファンタジーなものに強いんだもんな。……一ノ瀬ならいけたりしない?ほら、この人、死にかけてるし。」
「お、おう。やるだけやってみるか。」
男達の話は難しく、ルナには全く何の話をしているのかわからなかった。
それでも兄が治ることに期待して、男たちのやり取りを静かに見守った。
足を怪我している巨漢の男が、兄に向って手をかざし始める。
<狭間人>ではないルナには<境界>そのものを視認することはできなかったが、兄と一ノ瀬という男の間に生まれた空気の揺らぎのようなものには気づくことができた。
「くそっ。俺も無理だな。<境界>が弾かれる。」
「そか……ダメージを受けている相手が弱点って予想は外れたか。」
「お兄ちゃん……治らないの?」
泣きそうな顔で少女が確認を取ると、3人の男が顔を曇らせた。
やがて、ぽっちゃりした男が、バランスの良い体型の男に声をかける。
「竿留氏も試しにやってみてはどうですかな。」
竿留と呼ばれた男は一瞬困ったような表情を浮かべた。
それから何かを考えるそぶりを見せた後に、こう口にする。
「そ、そうだな。俺は犬好きだし、案外いけるかもしれん。」
兄がもし健在なら、犬呼ばわりされたことを怒るだろうとルナは思った。
兄もルナも狼の獣人と人間の子供なので、犬では無いからだ。
巨漢の男の時とは違い、竿留は兄の体に直接手を触れた。
男が目を閉じ、しばらくすると、兄の傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「ル……ナ……?」
かすれた声ではあったが寝言では無い。
目を覚ました兄が妹のことを呼んでいた。
「お兄ちゃん!」
元気になって良かったと、ルナは上半身を起こした兄に抱き着いた。
これまで我慢していた涙が塞き止められずに流れ出す。
そんなルナの頭をワーウルフの男は優しく撫でた。
右に行くとリンフェルに、左に行くと他の8つの世界にいけることがご丁寧にも日本語で記されている。
誰がこんなものを書いたのかという問いに対して、頭の中の自分が<悪魔>だと囁いた。
ここでようやく、俺は違和感に気がついた。
担任の最後の講義によって俺達が何故この世界に連れてこられたのか、その理由はわかった。
しかし、悪魔が何故俺達を支援しようとしているのか、その理由はわからないままだった。
状況証拠から推測すると、恐らく悪魔は俺達を<狭間人>にしたかったのだろう。
しかし、それが何故なのか、今の俺には全く見当がつかなかった。
俺が足を止めて考えにふけっている間に、先頭にいた日比谷先輩はその標識に従って左に曲がった。
少し懸念もあったが天喰達もそちらに向かっていたはずなので、俺は自分の考えを口にすることなく先輩の後を追った。
しばらくの間、腸のように赤黒くうねる通路を歩くと、大きな肉の壁が俺達の進路を遮った。
行き止まりかと心配する俺達をおちょくるように、扉はくぱぁと自動で開閉した。
これってケツの穴に似てね?
そうツッコミを入れたかったが、女子がいるので俺は必死で口を引き結んだ。
扉の先は下の層へと通じる階段になっていた。
アパートの地下室に入る時のような、あるいは、ビルの非常用階段の扉を開ける時のような。
薄暗く、どことなく淀んだ空気を俺はこの場所から感じた。
階段の終わりにまで俺達が到達すると、肉壁や内臓では無い普通の扉が俺達を出迎えた。
扉の先に聞き耳を立てても、防音性なのか、はたまたこの先に誰もいないのか全く音がしない。
扉の先を警戒をしながらも先輩が皆を代表してゆっくりと扉を開ける。
すると、目の前を何かが高速で横切っていった。
「きゃあっ。」
扉から流れ込んでくる強風に体を煽られ、遠野さんがか細い悲鳴を上げた。
「大丈〇で〇か。遠〇〇ん。」
日比谷先輩が咄嗟に扉を閉めたが、耳鳴りが続いているせいで何て言ってるかいまいちわからなかった。
「い、今のは電車でござるか。」
一瞬ではあったが、どうやら胎芽も俺と同じものを見たらしい。
遠野さんが落ち着きを取り戻した後に、俺は扉を少しだけ開けて外の様子を伺ってみた。
暗くていまいちわかりづらいが、目の前の空洞に線路のような金属製のレールが引かれていることがわかった。
「今なら行けそうだ。」
線路の奥から電車が来ないことを目視と音で確認した俺は、線路を渡ってプラットフォームによじ登った。
乗降場の高さはだいたい2メートルぐらいだろうか。
身長175cmの俺が手を伸ばしてギリギリ指が届くくらいだった。
「一ノ瀬、早くこっちに。胎芽、そこの椅子を押さえてやってくれ。」
早速教室から持ってきた椅子が役に立つ時が来たようだ。
片足でケンケンとジャンプしながら、一ノ瀬がまずこちらに近づいて来る。
そのままジャンプをして椅子に乗り移ると椅子が倒れる恐れがあるため、胎芽に俺が持ってきた椅子を支えてもらうことにした。
二人が四苦八苦している間、その光景を俺は呑気に眺めていたわけではない。
俺は上から一ノ瀬の体を引っ張る係を買って出ていた。
ギブスのせいで一ノ瀬は片足をあまり曲げることができなかった。
だからまずは健康な足を乗降場に乗せ、その後に俺が体を引っ張ってぐるぐると転がしながら乗降場へと大男の体を引き上げた。
「すまん。助かった。ありがとな、二人とも。」
気にするなと手を挙げて答えていると、胎芽の様子がおかしいことに気がついた。
椅子を使って登っているおかげで頭は見えているのに、なかなかこちらに上がって来ようとしない。
「竿留氏ぃ~。」
泣きそうな顔で懇願された俺は、何も言わずに胎芽を引っ張り上げた。
100キロ近くあるという一ノ瀬と似たような重量がずしりと腕に伝わってくる。
胎芽も100キロあるんだろうなぁと俺は察してしまった。
「ふう、一人だったらここで詰んでましたな。」
「そだな。やっぱ持つべきものは仲間だな。」
はっはっは、と呑気に笑い合う胎芽と一ノ瀬に俺は苦笑いを浮かべた。
この二人を安全な場所にまで連れて行けるかな?と少し不安になったからだ。
「日比谷先輩、すみません。椅子をとってもらえますか。」
俺が日比谷先輩に声をかけた時、野原さんは椅子を使ってプラットフォームに登って来ようとしていた。
先輩は胎芽と同じように椅子を抑えて、背の低い彼女が登りやすいようにフォローしている。
いちいち降りて拾ってくるのはちょっとめんどくさかったので、どうせ下にいるならと先輩に頼んでしまった。
「はいよ。」
「ありがとうございます。」
先輩から椅子を受け取った俺は、一ノ瀬の所にその椅子を持って行った。
床にぺたりと座った状況だと立ち上がるのに時間がかかり、悪魔に襲ってこられた時に逃げられないと思ったからだ。
俺が一ノ瀬を立ち上がらせている間に、野原さんはホームの奥へと走っていった。
そちら側にも階段があり、案内板が天井からぶら下がっている。
「ネイレスト行きの電車は、1番線にあるみたい!」
「ここは何番線だろ?」
「9番線ね。」
「げっ、反対側じゃん。」
「一ノ瀬、さっさと立て!置いてくぞ。」
「へーい。」
「先ほど、電車が通過しておりましたが、目的地はわかりまするか?」
「えっと、あれは……リンフェル行きの直通?電車みたい。」
「直通電車という言葉はありそうで無いかもしれませぬな。直通運転ならありますが……複数の路線及び区間や鉄道事業者にまたがって旅客列車を運転することにござる。」
「私はあまり駅に止まらない電車という意味でこの言葉を使ったから、間違った使い方をしてるわね。本当は何て言葉を使えばいいのかしら。」
「恐らく、特急とか急行という言葉を使うのが良いかと。」
「特急、急行ね。教えてくれありがとう、勇弥くん。また一歩ネイティブに近づけた気がするわ。」
「いやいや、野原さんは十分ネイティブだと思いまする。」
胎芽のツッコミに対して、野原さんはニカリと笑みを浮かべた。
日本人特有のアルカイックスマイルではなく、顔全体で嬉しいという感情を現わしている。
「おい、おまえら、1番線に行くぞ。」
日比谷先輩の号令を聞いた一ノ瀬がのそりと椅子から立ち上がった。
まだほとんど移動はしていなかったが、少しふらついているような気がした。
肩を貸そうかとそれとなく一ノ瀬に提案してみたが、大丈夫だとやんわり断られた。
日比谷先輩を先頭に階段を再びのぼり、連絡通路のようなものの上から8本の線路を跨ぐ。
こうして1番線のホームに降りた俺達は、ホームで電車がを待つことになった。
「そういえば、皆の<境界>はどういうものだった?私はね……。」
暇になってお喋りをしたくなったのか、野原さんが俺達に向かって話題を振ってきた。
しかし、その話題の行きつく先は地雷原だったので、俺は慌てて彼女の話を止めに入った。
「あのさ、話を遮って悪いんだけど……俺は自分の<境界>を皆に話すつもりはないんだ。それでもいいならこの場にいるし、駄目なら席を外すわ。」
「お互いの弱点を知っていた方が助け合えると思うのだけれど、どうして<境界>について話してくれないのかしら?」
彼女の言い分はもっともだった。
<境界>の弱点は割と致命的なものなので、助け合える間柄であれば教え合った方が良いだろう。
しかし俺にとってこの話題は、アウティングの危険性のある非常に繊細な話題だった。
俺は自分がゲイであることを一ノ瀬にバレたくない。
だから、どう返答したものかと言葉に詰まってしまった。
<境界>を偽るというのは恐らく無理だろう。
俺の<境界>は弱点が特殊過ぎるので、弱点の見せ合いなどしたら100%バレてしまう。
では、弱点を知られると悪用される可能性もある、という切り口で説明するのはどうだろうか?
しかしそれは、この場の交友関係を疑っていると言っているように聞こえなくもない。
「小生も<境界>のことは他人に話したくないでござるなぁ。話したくない理由を話すと、<境界>を特定されてしまう故、理由も話すことができないでござる。」
俺の<境界>に察しがついたのか、胎芽がフォローを入れてくれた。
こういう時に仲間がいてくれるのは非常に心強い。
空気を読んで日比谷先輩か一ノ瀬が別の話題をふってくれないかなぁと、俺は心の中で願っていた。
「自分の<境界>を晒せない奴に俺の<境界>は知られたくねえな。野原さん、向こうで話しませんか?」
「う、うん。」
「一ノ瀬、お前はどうすんだ?」
俺や胎芽の発言に、日比谷先輩は少し苛立っているようだった。
明らかにチームワークを乱しているのはこちらなので、申し訳ないという気持ちが胸の内にわいてくる。
一ノ瀬は何も言わずに、ただ俺達のやり取りを聞いていた。
彼が口を開かないことで立ち位置を察した日比谷先輩は、野原さんと一緒に俺達の声が届かない場所へと移動した。
物理的に離れた距離と同じかそれ以上に、俺達と彼らの関係が遠ざかったような気がした。
「俺の<境界>はさ、大輔の言う通り<生>と<死>の狭間にあったんだけどよ。いまいち弱点ってやつがピンとこないんだよなぁ。」
二人が立ち去った後に、何故か一ノ瀬が唐突に自分の<境界>を語り始めた。
彼の発言の意図がわからず、俺は怪訝そうに一ノ瀬の様子を伺った。
「野原さんとのやり取り、聞いてなかったのか?お前の<境界>を知っても、俺は絶対教えないからな。」
「別に言いたくなけりゃ言わなくていい。その代わり、俺の相談には乗ってくれ。」
「……はぁ?勘弁してくれ。」
一ノ瀬に関わると俺は彼を好きになってしまう予感がした。
だから俺は、極力こいつとは関わるつもりがなかった。
それなのに、こいつはグイグイ俺のテリトリーに踏み込んでくる。
それが正直、もどかしい。
「いいだろ別に、どうせ電車が来るまで暇なんだからさ。」
「まあ、それはそうだけど。」
「その話、小生が加わっても?」
「もちろん。大助の友達は俺の友達だ。」
「見た目通り豪快な御仁でござるな。小生は勇弥胎芽(いさや たいが)と申す。」
「一ノ瀬崇(いちのせ たかし)だ。よろしくな。」
「待て待て、何初めましてみたいなやり取りしてんだよ。同じクラスだろ。」
「実際まともに話すのは今日が初めだよな。」
「ですな。小生は帰宅部故、そもそも竿留氏しか友達がいないでござる。」
いつもなら、俺もお前しか友達はいねえよと冗談を返す所だが、一ノ瀬の前ではそんなクサイ台詞をまだ言えそうになかった。
「友達なんて多けりゃいいってもんじゃないからな。本当に信頼できる人間とだけ仲良くなればいいんだ。」
俺の代わりに胎芽を励ましたのは一ノ瀬だった。
正直な話、まさかこの男からそんな言葉が出て来るとは思わなかった。
いつも明るく振舞ってはいるが、体育会系も上下関係とか色々あって大変なんだろうなあと心中を察してしまった。
「ちなみに俺も友人と呼べる奴は大輔だぞ。こんな状況でも俺の怪我のことを真っ先に心配してくれてたしな。」
恥ずかしげもなく俺に笑いかける男に、俺の胸はズキリと傷んだ。
俺が彼を助けているのは、きっと下心があってのことで、彼が思っているであろう男同士の友情などではない。
「俺の<境界>は……<男女の境界>だ。魔淵先生の話が本当なら、俺がタイプだと思った人間以外の攻撃を防いでくれるんだと思う。」
好意を寄せている相手に嘘をつくのがしんどくなり、俺はつい口を滑らせてしまった。
もうどうにでもなれと俺は覚悟を決めたが、男は俺の予想以上に鈍感だった。
「好みのタイプがわかっちまうのか。それは女の前じゃ言えねーよな。」
何を勘違いをしたのか、一ノ瀬は納得したとばかりにうんうんと頷いた。
挙句、あいつらには絶対に言わないから安心してくれと、俺の背中をポンポンと叩く始末だ。
試しにわざと背中側の<境界>を濃くして、<境界>の中にまで触れられることをアピールしてみたが、一ノ瀬には俺の気持ちが全く伝わらなかった。
「はぁ。……胎芽の<境界>はなんだったんだ?」
話題がつきるのも気まずいと考えた俺は、この場で唯一<境界>を公開していない男に話題を振ることにした。
野原さんへの発言はやはり俺のフォローをするためだったのか、胎芽は躊躇うことなく自身の<境界>を俺達に教えてくれた。
「小生の<境界>は竿留氏流に言えば、<現想の境界>って感じでしたね。」
「幻想?漢字は?」
「<現実>の現に、<空想>の想と書き申す。察するに小生は、銃とかミサイルなんかには弱く、魔法とか剣とかには強いんじゃないかと。」
「その理屈なら剣も防げない気がするんだが……。」
「小生の中では剣もファンタジーの産物なので恐らくは。ただ、包丁なんかは防げる気がしないでござる。」
「そういうの、感覚的に防げるって感じんのか?」
「ですな。」
「うーむ。」
「ま、一ノ瀬は1つずつ試していくしかないんじゃないか。ひとまず生者の攻撃は防げるようだから、例えば怪我をしている人に攻撃されたらどうなるのかとか。」
「死者の攻撃も試した方がいいかもしれませんな。アンデッドとかリッチとか、ファンタジーものの敵では定番でござる。」
「アンデッドにリッチ……って、なんのことだ?」
「一ノ瀬、お前ゲームとかやらないのか?」
「スマホの使い方がわからん。」
「まじか。」
「一ノ瀬殿はすごいでござるな。小生達はゲーム無しであの世界を生きれないでござる。」
「これから行く世界はゲームなんかねえだろ?お前ら生きていけんのか。」
「逆でござるよ、一ノ瀬氏。今から行く世界はきっと剣や魔法のある世界にござる。そんな世界に小生はずっと憧れていたのでござる。」
「お前は楽しそうでいいな。胎芽。」
「一ノ瀬……お前もしかして、不安なのか?」
「ああ、ちょっとな。この足が治るまで、働き口が見つかるかどうかもわかんねえし。一人でやってけるかどうか。」
どうやら一ノ瀬は異世界に行くという行為を、外国に行くのと同じ感覚で捉えているようだった。
日本から諸外国に連れ去られ、そこで暮らさなければならなくなったら、俺も不安で仕方なかっただろう。
しかし、<境界>などという特殊な力が有り、魔法などもあるということであれば話は変わってくる。
「心配することは無いと思いまする。ゲームやアニメなら冒険者ギルドというものがあり申す。そこで魔物を討伐し、生計を立てれば良いでござるよ。」
流石にここまで楽観的にはなれなかったが、俺も胎芽と同じ感覚で異世界に行くという行為を捕らえていた。
だから全く不安にもならなかったが、そういった知識がなければさぞ不安になったことだろう。
現に一ノ瀬は冒険者ギルドってなんだろう?と言いたげな顔をしていた。
「ま、そんなに不安になるなって。ひとまず足が治るまでは、俺が働いて養ってやるよ。これは、あー、貸しだからな。」
変な意味に捉えられないよう言葉を選びながら、俺は一ノ瀬を元気づけることにした。
一ノ瀬がこの世界に残ると宣言した時から、俺は彼の怪我が治るまでは一緒にいようと考えていた。
それは俺にとって彼と一緒にいる為の免罪符のようなものなので、貸しだとは正直思っていない。
それでも、こういう風に言った方が、変に遠慮されないような気がした。
一ノ瀬が何か返答をしようとした時、電車の汽笛が線路の奥の闇の中から聞こえてきた。
気をそらされた俺達はいったん会話を止め、音の鳴る方へと顔を向けた。
その電車は、無機物ではなく有機物で出来ていた。
何故そんなことが分かったのかと言うと、答えは単純明快。
電車の先頭についていた頭と目が合ったのだ。
「今、虫みたいな顔がついてなかったか?」
一ノ瀬の言葉に俺と胎芽は互いの顔を見合わせてコクコクと頷いた。
電車が止まり、プシューと体内から蒸気を吐き出しながら扉が開く。
中は教室と同じように内臓のようなものがうねっていた。
「これに乗るでござるか!?」
「溶けちまうんじゃねえか?」
「……<境界>の力を信じよう。まずは俺から行く。」
ムカデのような姿をした電車に<境界>の力をまとった俺が足を踏み入れた。
ねちゃりという気色の悪い音が床からするが、靴が溶けたりすることはない。
消化液が出そうな穴がないか素早く確認し、壁なども触った後に、二人に早く中に入るよう呼び掛けた。
「あ、日比谷先輩と野原さんは?」
安全を確保するのに必死で二人が電車に乗ったか確認する暇が無かった。
閉まるドア、通り過ぎていく景色、その中に二人の姿があった。
どうやら二人は電車に乗らないという選択をしたようである。
去り際に見た二人の姿から察するに、俺のことが気に食わなかったというよりも、虫の体に入るという行為を耐えられないといった様子だった。
日比谷先輩がなんとか説得していたようだが、次の電車が来るまで交渉は長引きそうだった。
ネイレストの北方に広がるコールドウッドの森。
その森のはずれに木造の小屋があった。
小屋の中には傷ついた人狼(ワーウルフ)がおり、ベッドの上で苦しそうに寝息をたてている。
「先生、お兄ちゃんはいつ良くなるの?」
兄の体を診察するフクロウのような外見の獣人に向かって、少女は消え入りそうな声で尋ねた。
彼女の頭やお尻には兄と呼んだ男と同じフサフサな耳と尻尾がついていたが、それ以外の見た目は人間とほとんど変わらなかった。
「いいかい、ルナ。よく聞きなさい。」
ワーウルフにかけていた【看破の魔法】を解いた医者は、少女の両肩にそっと手を置いた。
「君のお兄さんは竜の呪いを受けているようです。この呪いを解かない限り、どんなドルイドも彼を治療をすることはできないでしょう。」
頼みの綱である医者が匙を投げてしまったので、ルナは途端にパニックに陥った。
「そんなぁ。私、これからどうすれば……。」
「……ルナ。もし本当に、君がお兄さんを救いたいと、そう望むなら……これを使ってみなさい。」
「……ご本?」
「この本は、願いを叶える書物と言います。そこに、お兄さんを助ける方法があるはずです。」
「でも私、ご本は読めなくて……。」
「それは心配ありません。この表紙に血をたらせば全てうまくいきます。私が帰ったら試して見なさい。」
「ネルヴァ先生。もう行っちゃうの?」
「すまない。君達と一緒にいることが知られたら、私も村の外に追い出されてしまう。ルナ、君は賢い子だ。わかってくれるね?」
ネルヴァに諭されたルナは、それ以上彼を呼び止めようとはしなかった。
ただ本を両手で抱きしめ、深々とお辞儀をする。
「お兄ちゃんを診てくれて、ありがとうございました。」
「ああ、君達に世界樹の加護があらんことを。」
ネルヴァを見送ったルナは、小屋の鍵をしっかりと閉めた後に包丁を取りに台所へ駆けて行った。
料理を作るのはもっぱら彼女の仕事であるため、包丁の場所はすぐにわかる。
しかし、その鋭利な刃物の切っ先を見ていると、自傷を行う覚悟が揺らいだ。
「あ、そうだ。タオルを替えないと……。」
熱が出ている兄のおでこに置く水タオルをルナは唐突に作り始めた。
答えを先延ばしにする行為であることはわかっていたが、あと一歩勇気を出すことがでなかったのだ。
「ルナ……。すまない……。」
タオルを新しいものに替えている最中、兄がそんな言葉を発した。
意識を取り戻したのかと思ったがそうではない。
うなされているだけだった。
「お兄ちゃん……。」
自分の体を傷つけるのは怖かったが、苦しそうに呻く兄の顔を見てようやく少女の覚悟が決まった。
鉄と呪いの匂いのする兄の部屋から静かに立ち去り、ルナは二階にある自室で自分の指を包丁で薄く傷つけた。
痛みと共に床においた本の上にポタリとポタリと赤い血が垂れていく。
その血が本の表紙の窪みをなぞり始め、怪しげな魔法陣の形に光り輝いた。
その色は明らかにネイレストに住む人間が使う魔法ではなかった。
「駄目!」
今にも発動しようとする得体の知れない魔法を止めようと、ルナは本に飛び掛かった。
しかし、本から放たれる魔力の奔流によって、ルナは吹き飛ばされてしまう。
「お兄……ちゃん。」
壁に頭をぶつけ昏倒しそうになるのを、かろうじてルナは堪(こら)えた。
魔法を学んだことがないためハッキリとはわからなかったが、それでも彼女は全身の毛が逆立つのを感じた。
体の中に流れる獣人の血は、何か巨大なものが召喚されそうなことを察知していた。
本能に従い彼女が咄嗟に部屋の外へ出ると、それと同時に本の中から巨大なムカデが現れた。
それは木造の屋根を突き破り、空に向かって勢いよく飛び出した。
「あっぶねー。<境界>が無かったら、頭を打って死んでたぞコレ。」
ムカデの体の中から何故か人の声がした。
この巨大な生き物に食べられた可哀そうな人なのかもとルナは思ったが、ムカデの腹の中からはさらに別の声もする。
「どうして急にムカデは立ち上がったのでしょう?」
「とりあえず外に出ようぜ。扉も開いてることだしな。」
呆然と立ち尽くすルナの前に、3人の人間の男が現れた。
年は成人したてぐらいに見えたが、外見に惑わされてはいけないとルナは思った。
彼らは竜のように大きなムカデの体の中から出て来たのだ。
きっと悪魔か何かに違いない。
「お兄ちゃんたち、誰?」
年端もいかない少女では、そう尋ねるのが精いっぱいだった。
目の前にいる男達が本当に兄を助けてくれるのか確認がしたかったが、次から次へと起こる不可解な現象に頭が回らなかったのだ。
「うおっ、第一村人発見!犬耳幼女がいるでござる。」
「うんなことよりココ、ひとんちだぞ。なんで電車に乗ったのに、ひとんちに出てんだよ。」
「……お嬢ちゃん。ご両親はどこかな?家を壊してしまった理由を説明したいんだけど。」
自分と同じぐらい慌てている男たちを見て、もしかすると、悪い人じゃないのかな?とルナは思った。
ルナがなんて答えようか迷っていると、壊した屋根はそのままに、ムカデだけが本の中に吸い込まれていく。
「パパもママもいないよ?家にいるのはお兄ちゃんだけ。」
無邪気な声音でルナが返事を返すと、3人の男たちは露骨に狼狽した。
「こんな小さな子の両親がいない!?どういうことだ。」
「な、なんか訳あり家族な気がするでござる。どうするでござるか、竿留氏!」
「二人とも慌てすぎ。女の子が怖がっちゃうでしょ。……俺は竿留大輔。お嬢ちゃんの名前は?」
威圧感を与えないようにするためか、竿留と名乗った男は膝を曲げてルナと目の高さを合わせた。
その姿が何故か兄の姿と重なり、ルナは目頭が熱くなった。
自分が悲しい時、兄はよくそうやって目線を合わせてから、ルナの頭を撫でてくれた。
「……ルナ。私の名前はルナ。」
「ルナか。いい名前だ。」
「月の女神の名前と一緒ですな。」
「だな。このふくよかな男が勇弥胎芽。で、こっちの体格のいいのが一ノ瀬崇だ。ルナのお兄さんは今どこにいるんだ?できれば、家を壊してしまった事情を説明したい。」
「お兄ちゃんは怪我をして寝込んでるから話せないの。こっち。」
傷ついた兄の姿を見せれば、手助けをしてくれるかもしれない。
そう考えたルナは家を壊した人間達を兄の部屋にまで連れて行った。
「お願いします。お兄ちゃんを助けてください。」
ベッドに横たわる傷だらけの兄を見ると、男たちは顔を見合わせた。
「回復魔法は、この世界に回復魔法はないでござるか?」
「あります。でも、効かないって、ネルヴァさんが言ってました。」
「ネルヴァさん?」
「村のお医者さん。」
「ネルヴァさんは他に何て言ってたかな?」
「お兄ちゃんは竜の呪いを受けてるんだって。だから、回復魔法が効かないの。」
「ドラゴンなんていんのか、この世界。確か竜ってのは別の世界にいるって話だったよな?」
「だね。……この世界はネイレストって名前かな?」
「うん。」
「なるほど。一応目的地には着いたのか。」
「竜を倒せば呪いが解けるのでは?」
「竜、倒せるか?」
「俺の足が直ればワンチャン。」
「いやぁ、無理だろ流石に。仮に<境界>で竜の攻撃を防げたとしても、俺達の攻撃が通らないだろ。」
「……一つ、思いついたことがあり申す。」
そう言って小太りな男がポケットから取り出したのは、学生証と呼ばれるカードだった。
「この学生証は日本から持ってきたものなので、こちらの世界には無いものにござる。つまり……」
人差し指と中指の間にカードを挟むと、勇弥は目を閉じ、何かを念じ始める。
しばらくすると、<狭間人>達の目には学生証が透明なヴェールに包まれるのが見えた。
「竿留氏。同じようにこれに<境界>を使用してみてくだされ。」
勇弥の手から竿留の手にカードが渡る。
竿留が同様に目を閉じ、何かを念じるが、学生証がヴェールに包まれることはなかった。
「ぐぬぬ、ぐぬぬ。……駄目だ。俺には出来ん。衣服には<境界>が纏えるのに。」
「あくまで小生の仮説ですが、衣服に<境界>が纏えるのは恐らく衣服を体の一部と認識しているせいか、もしくは無意識の内に自分が必要なものは受け入れているからだと思いまする。」
「確かに、酸素まで<境界>で遮ったら死ぬし、光を遮ったら前が見えないもんな。いやでも、それだと<境界>の概念と矛盾しないか?むしろ<境界>の内側で……いや、それはないか。すまん。続けてくれ。」
「自分の弱点であればこのように、自分以外の物質も<境界>で覆うことはできまする。もちろん動かすと、こんな感じに物体が<境界>を貫通してしまうので、<境界>の座標を操作するのにコツはいりますが……」
「その話、最終的にこの狼人間を救うことに繋がんのか?」
「えーと、つまり、その御仁を<境界>で覆うことができれば、呪いだけを弾けるのではないかと!」
「胎芽。おまえ、天才か!」
「ふっふっふ、照れるでござる。」
「それじゃあ、早速やってくれ。」
「いやいや、竿留氏。小生の<境界>では無理でござる。」
「あー、そうか。お前はファンタジーなものに強いんだもんな。……一ノ瀬ならいけたりしない?ほら、この人、死にかけてるし。」
「お、おう。やるだけやってみるか。」
男達の話は難しく、ルナには全く何の話をしているのかわからなかった。
それでも兄が治ることに期待して、男たちのやり取りを静かに見守った。
足を怪我している巨漢の男が、兄に向って手をかざし始める。
<狭間人>ではないルナには<境界>そのものを視認することはできなかったが、兄と一ノ瀬という男の間に生まれた空気の揺らぎのようなものには気づくことができた。
「くそっ。俺も無理だな。<境界>が弾かれる。」
「そか……ダメージを受けている相手が弱点って予想は外れたか。」
「お兄ちゃん……治らないの?」
泣きそうな顔で少女が確認を取ると、3人の男が顔を曇らせた。
やがて、ぽっちゃりした男が、バランスの良い体型の男に声をかける。
「竿留氏も試しにやってみてはどうですかな。」
竿留と呼ばれた男は一瞬困ったような表情を浮かべた。
それから何かを考えるそぶりを見せた後に、こう口にする。
「そ、そうだな。俺は犬好きだし、案外いけるかもしれん。」
兄がもし健在なら、犬呼ばわりされたことを怒るだろうとルナは思った。
兄もルナも狼の獣人と人間の子供なので、犬では無いからだ。
巨漢の男の時とは違い、竿留は兄の体に直接手を触れた。
男が目を閉じ、しばらくすると、兄の傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「ル……ナ……?」
かすれた声ではあったが寝言では無い。
目を覚ました兄が妹のことを呼んでいた。
「お兄ちゃん!」
元気になって良かったと、ルナは上半身を起こした兄に抱き着いた。
これまで我慢していた涙が塞き止められずに流れ出す。
そんなルナの頭をワーウルフの男は優しく撫でた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる