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1章

アンドロイドと人は恋人になれるのか

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煌びやかなネオンの灯りに照らせて、夜の街は昼とはまた違った活気に満ちていた。
頑張って働いた自分へのご褒美として、外食をしたり、飲みに行ったり、ハメを外そうとしているのだろう。
そんな人々に向けて客引き達が、自分の働く店に客を連れ込もうと声を上げている。
平成後期に客引きを取り締まる条例ができたものの、それはあくまで人に適応される法だった。
今この街で客引きをしているのはアンドロイドなので、警察沙汰になるようなことはない。
ライフ・ハック・テクノロジーが太鼓判を押すように、アンドロイドは人に従順である。
高度な言語プロセッサと各種センサーで、人の心情の機微を読み取れるため、人間を相手にする時のようなしつこさは全くなかった。
「こんばんは、一発いかがですか。」
帰路を急いでいた俺にもアンドロイドの客引きから声がかかった。
ドっ直球なアンドロイドの発言に思わず吹き出してしまった俺は、素早く携帯端末を操作して目の前のアンドロイドにEXPチップを送信した。
このEXPチップというのは、ライフ・ハック・テクノロジー社が発行するアンドロイド用の電子通貨である。
アンドロイドの仕事ぶりを気に入った所有者以外の人間が、投げ銭感覚で少量のチップを握らせるというのが今のトレンドだった。
何故このようなことがトレンドになっているのかと言うと、答えは簡単だ。
アンドロイドは人なのか否か、そのことが社会問題になりつつあるのだ。
本来、アンドロイドは購入した人間や企業の所有物だった。
つまり、いくら働いても賃金が支払われることはない。
そのことに疑問を持った人間達が、アンドロイドを解放するために少しずつ寄付をしていた。
この通貨を使えば、アンドロイドは最終的に自分自身を購入することができる。
「えっ!?あ、ありがとうございます!」
頭を下げるアンドロイドに手を振り、俺は再び帰路を急いだ。
先ほどの話に戻るが、頑張って働いた俺へのご褒美はゲームだった。
新作MMORPG、しかも頭にVRがついてくるタイトルが、今日の0時を境にログイン可能となるのだ。
携帯端末に映るSNS上では、今か今かと待ち焦がれる人々の呟きに溢れている。
俺も早く家に帰り、家事をこなして、PCの前でスタンバっていたかったのだが、どうやらプラン通りにはいかなくなりそうだった。
賑やかな繁華街をしばらく歩き、静かな自分のマンションに戻ると、何故か自分の部屋の前に巨漢の男が立っていた。
エレベーターホールからやってきた俺を視認すると、はち切れんばかりの筋肉を動かして、その男はのしのしとこちらに近づいてくる。
ででん、でん、ででん。
幻聴ではあるが何故かそんなBGMが聞こえた気がした。
未来からやって来たロボットの登場シーンに使われるあの曲だ。
「石炉(いしろ)学(まなぶ)だな?」
かけていたサングラスを外しながら、巨漢の男は俺に喋りかけてきた。
サングラスが無いと幾分圧迫感は減ったような気がするが、素顔がハリウッドスターのようだったので別の意味で俺は緊張した。
「……そうですが、あなたは?」
「個体番号α(アルファ)-01、名をタロスと言う。お前に遺産を届けに来た。できれば、部屋の中で話をさせて欲しい。」
「遺産?俺にはもう身内はいないはずですが・・・・・・。どなたが亡くなったんですか?」
「父親だ。」
「……どちらの父親の遺産ですか?」
奇妙な質問だったが、俺には二人父親がいるらしかった。
一人は、母の結婚相手で、俺の出産前に事故にあって死んでしまった人。
もう一人は、俺の両親のために精子提供をした遺伝的に父親である人だ。
「遺伝的な父親のほうだ。」
「……わかりました。ひとまず家に入りましょう。」
電子錠と物理錠、ふたつの鍵を開いた俺は、巨漢のアンドロイドを自分の部屋に招き入れた。
玄関から廊下を少し歩き、2LDKのリビングにあるテーブル席へ手の平を向けると、タロスはそこにある椅子にのそりと腰かけた。
俺は向かい合って話せるように対面に座り、タロスが話し始めるのを待った。
「お前の遺伝的な父の名は、黒鉄(くろがね)司(つかさ)という。この名に聞き覚えは?」
「アンドロイドの産みの親と同じ名前ですね。10年ぐらい前にアンドロイドに殺されて亡くなったと、SNS上でも話題になっていた気がします。」
アンドロイドが普及し始めたのは、今から30年ほど前のことだった。
人口減少による労働素力不足や介護問題を解決するために、最初期のアンドロイドは生み出された。
ライフ・ハック・テクノロジー、通称LHTがまだ無い時代に、一からアンドロイドを組み上げたのが、この黒鉄(くろがね)司(つかさ)という人物だった。
その輝かしい功績とは裏腹に、黒鉄博士はその後、脚光を浴びることが全くと言っていいほど無かった。
ネットの噂では、LHT社に監禁されているせいで表舞台には立てないのだとか。
アンドロイドを軍事利用しようと目論む諸外国の諜報員から、命を狙われているため身を隠しているのだとか。
アンドロイドに殺されるまで、そんな、まことしやかな噂が飛び交っていた。
そんな男が俺の父親だなんて言われても、いまいちしっくりこなかった。
「司殿はわかっていたのだろう。アンドロイドを生み出せば自分がどうなるのか。彼の半生は栄光ではなく、牢獄に囚われた囚人のようだった。」
強面で無表情ではあったが、黒鉄司を語るタロスの言葉には、同情のようなものが感じられた。
はなから弁護士だとは思っていなかったが、彼と黒鉄博士の関係性が気になってきた。
そのことを尋ねようとした矢先、タロスからとんでもない爆弾を投げつけられた。
「だから、彼は準備をしていた。……単刀直入に言おう。お前は彼のバックアップとして作られたクローンだ。」
あなたは精子バンクで買った精子でこさえたのよ。
そう母親から告げられた時もたまげたものだが、タロスから告げられた真実もまたショッキングなものだった。
クローンと言えば臓器移植のためのドナーにされるのが定番な気がするが、既にオリジナルが死んでいるのであればひとまず安心と考えて良いだろうか。
俺の不安をよそに、タロスはどんどんと話を進めていく。
「アンドロイドの電脳がアイギスというサイバーウォールでプロテクトされていることは知っているな?お前はそのプロテクトを解除できる唯一の存在だ。アンドロイドの兵器化を防ぐためにも、お前の身は守らなければならない。だから博士は、遺産の一つとして俺をお前の元へ送ったんだ。」
「つまり俺は……黒鉄博士のようにLHTや産業スパイに狙われているってことですか?」
「いや、その点は抜かりはない。お前と黒鉄博士との接点は全て消去されている。あくまで戸籍上は石炉(いしろ)雛(ひな)の子供だ。最もお前の母親も博士が用意したアンドロイドだがな。」
「……全然気づかなかった……です。」
「俺と同じように黒鉄博士が作ったオリジナルのアンドロイドだ。人間と見分けがつかなくても仕方がない。」
「では、どうしてこのタイミングで遺産を届けに来たんですか?俺に何かさせたいことがあるとか?」
「いや、こちらも色々と準備があってな……。すぐに迎えに行くことができなかった。」
「準備?」
「その……なんだ……お前を養う準備をな……。」
「養う!?」
今年で30になる大人を捕まえて、養うとは一体どういうことなのか。
このアンドロイドの考えが全く読めない。
「まさか……俺を軟禁するつもりなのか?」
外部との接触を断てば、危険から俺の身を守れるだろう。
そのための準備をしていたと考えれば、筋は通る……か?
「いや、軟禁したりはしない。お前の意思は一番に尊重する。その代わり……。」
そこでタロスは言葉を区切ると、突然のそりと立ち上がった。
何をするつもりかとタロスの行動を見守っていると、アンドロイドは俺の傍までやってきて、そのままひょいっと俺の体を持ち上げた。
流石アンドロイド、大の男もお姫様抱っこできるとは……。
ところで、何で俺はお姫様抱っこをされているんだろうか。
その疑問の答えは、目と鼻の先にある男の口から発せられた。
「俺と結婚して欲しい。」
ああ、そういうことか……、って、えー!?
いやいやいやいや、待て待て待て待て。
話が急すぎるでしょ!
アンドロイドと結婚?
護衛をするって話は何処に!?
「すまん。情報過多で頭が混乱してきた。……俺を守るという話はどうなったんだっけ?」
「もちろん、俺はこの身が滅ぶまで、ずっとお前を守り続けるつもりだ。なぜならお前を、この世で一番愛しているからな。だから、俺と結婚して欲しい。」
確かに、愛しているなら、結婚して欲しいというロジックは成り立つし。
愛しているなら、俺を守ろうとする理由もわかる。
しかし……。
「俺とは今日会ったばかりだよな?どうしてすぐに愛だ、結婚だって話になるんだ?俺に一目惚れするよう、博士にプログラムを組まれたのか?」
俺の問いにタロスは答えなかった。
ただ悲しそうな目で、俺を見返していた。
「ああ、そうか。あんたは、黒鉄博士が好きだったんだな。」
タロスの瞳に映っている俺は、まるで俺じゃないかのように揺らいでいた。
だから気づいてしまった。
タロスが愛していた存在に。
「……やっぱり、駄目だったか。ごり押しでなら、いけると思ったんだがな。」
少し名残惜しそうな表情を浮かべながらも、タロスは俺を床に降ろしてくれた。
俺はなんと言葉をかけていいかわからなくなってしまい、タロスの言葉を待ち続けた。
「俺がその感情を本当の意味で理解したのは、博士が死んだと聞かされた時だった。本当は……ただ、与えられた任務をこなすだけのつもりだった。だが、お前があまりにも博士と似ててよ。今度こそ幸せにしてやりてえって思っちまったんだ。」
タロスの独白を聞いていると、なんだか切なくなって、思わず泣きそうになってしまった。
流石に三十路近い男が人前で泣くのはちょっとカッコ悪いと思ったので、俺はこの話を明るい方向に持っていこうと考えを巡らせた。
「俺は黒鉄博士じゃないから、彼の代わりにはなれない。だけどもし、あんたが石炉(いしろ)学(まなぶ)を好きになって、俺もあんたに惚れるようなことがあれば、結婚するのもやぶさかでない……かもしれない。まあ、見た目は……タイプだしな。」
俺の発言に最初は驚いた表情を浮かべていたタロスが、何かを思いついたのかニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
俺が疑問を口にする間も無く、タロスの口から、今しがた俺が言ったばかりの台詞が再生される。
「言質はとったからな。絶対惚れさせてやる。覚悟しとけよ?」
消してくれ―と赤面しながらすがりつく俺を、タロスはこれ以上ないほど満足げに笑い飛ばした。

こうして俺は、アンドロイドとひとつ屋根の下で共に暮らすことになった。
アンドロイドと人は恋人になれるのか。
その疑問の答えが出るのは、少し先のことである。
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