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3章
この身朽ち果てるまで、我の忠誠はお主のものだ。
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スオルムを救出するために王宮を出発しようとした俺達を土砂降りの大雨が出迎えた。
まるで台風のように無慈悲に降り注ぐ水の雫は、先ほど降り始めたとは思えない程に水かさを増している。
王城は城下町よりも高台にあるため地面の水はある程度捌けているようだが、視線を町の方に向けると靴が沈む程度には水かさを増していることがわかった。
デブロフンディスの目を開いたまま、今度は頭上に視線を向ける。
すると、この雨が<精霊の涙>という名の魔法であることがわかった。
・精霊の涙
階級:精級
属性:水
効果:精霊の力を帯びた雨を降らせ範囲内の敵全ての熱を奪う。
衝突した雨粒一粒につき対象のHPを1削り、水濡れを付与する。
この効果は術者と対象のレベル差、魔力差、抵抗力によって変動する。
貴方への予測効果:0ダメージ、水濡れ
「……この雨に触れるとどんどん体力が奪われていくみたいだな。俺は抵抗できそうだけど、ブルとシュタウフェンは大丈夫そうか?」
デブロフンディスの目で魔法の詳細が見えた俺とは違い、ブルは軒下から手を伸ばして実際に雨の具合を確かめていた。
しばらくすると、眉間に皺を寄せながら大男は腕をひっこめた。
どうやら少しだけダメージがあったらしい。
そのことに気づいた大男は<インベントリ>から何か服のようなものを取り出し始めた。
「ちーとばかしピリピリすっから、俺はこのレインコートを着ていくことにするわ。レベル15のスワンプフロッグの皮でできた安もんだが、今の俺ならこれでなんとかなんだろ。」
「お!レインコートかぁ、珍しいな。元居た世界じゃ傘しか使ってこなかったから盲点だった。ただ雨を防ぐだけじゃなくて、この世界だと水属性に対する抵抗力も上がんだな。」
「ああ、お前の言う通りこれは水属性に対する抵抗力を上げる防具だ。ただ雨を防ぐためのもんじゃねえ。それと傘は手が塞がって不便だからこの世界の住人は滅多に使わねえな。もし使う奴がいるとすりゃあ、貴族みてえなお洒落好きぐれえじゃねえか?」
「確かに、執事とかメイドとかに持たせてそう。……今度防具屋に寄ることがあれば俺もレインコートを購入してみようかな?」
「そうした方がいいな。スオルムの故郷に行くなら必要になりそうだ。ほんで、お前はどうすんだ?ダメージは受けねえって言ってもかなり濡れるぞ?」
「どうせ濡れるんだから俺みたいに服を脱いじまおうぜ!パンツ一枚履いてりゃしょっ引かれることもないぞ。」
(やっぱりパンいちで行くつもりだったのか……)
薄々感づいていたのでそれほど驚くような発言ではなかったが、いざ提案されてみるとそそられるものはあった。
俺の魔力量が高いからか、この雨に触れても俺はダメージは受けない。
しかし、服が濡れるという事象までは防ぐことができないので、このまま追跡を開始すると道中あのべっとりと服が皮膚に張りつくような不快感を感じ続ける羽目になってしまうのだ。
ジークがどうかはわからないが、俺の場合はロプトの耳飾りがあるため服を脱いだところで防御力は変わらない。
であれば、ちょっとぐらい脱いでも問題ないのではなかろうか?
そんな風に思えてくる。
「うーむ。ロプトの耳飾りがあるから別に脱いでも防御力は変わらないし、服が水に濡れたままなのは気持ち悪いから俺も脱いじゃおうかな。」
「お待ちください、勇者様。勇者様がパンツ一枚で雨の中を走り回っていたなどという話が皆に伝われば、陽奈様の威信にも関わります。どうぞ、こちらの石をお持ちください。」
ぐうの音もでないほどの正論とはこのことである。
男子高校生のようなジークの勢いに乗せられ、あやうく露出狂の肩書までつく所だった。
「……これは?」
シュタウフェンが俺に手渡してきたのは翡翠色の綺麗な石だった。
よくよく見るとその石には<R>という文字が刻まれている。
「Rという文字を刻印した印石です。私の魔力が続く限り、旅を妨げる厄災から勇者様を守ってくれるでしょう。」
シュタウフェンの説明を聞きながら人差し指と親指に小石を挟んで軽く掲げてみる。
デブロフンディスの目を通せばより詳細な効果がわかると思ったからだ。
案の定、このアイテムの効果が目を通して伝わってきたが、それ以上に気になることが視界の端のログに表示されていた。
・Rの印石を取得しました。
・印石の刻印を解析しました。
・デブロフンティスの加護により、ハーヴァマールのエッダを構築しました。
・解析結果に応じた刻印魔法を解放しました。
随分と既視感があるログだなと、俺は自分にしか見えない通知を見ながら瞬時に考えを巡らせた。
最初にこのログを見たのは、確かゴートと一緒に魔術書を読もうと魔法書に触れた時のことだった。
俺の加護がその魔法書を勝手に解析した結果、俺はゾディアックの断章という強力な魔法ツリーを手に入れた。
今思うとあの戦争を乗り切れたのは、強力なバフをかける魔法と空中を飛べる使い魔を召喚する魔法の貢献が大きかったように思う。
きっとこのハーヴァマールのエッダもゾディアックの断章と同じように俺達の戦闘に一役買ってくれるだろう。
そう思うと、なんだか自分がまたちょっとだけ強くなった気がした。
「さあ、勇者様。その石を持ったままこちらへ。」
シュタウフェンに促されるままに、印石を持ったまま城の表玄関にある軒下のような場所を出る。
すると俺に当たるはずの雨粒は全て皮膚に触れる前に弾かれ、いつの間にか肌寒さすらも感じなくなっていた。
「そんな便利なもんがあるなら俺たちにも分けてくれよ。そうすりゃパンいちにならんですむ。」
「申し訳ありません、ジーク殿。レベル30の私の魔力では二人で精一杯です。」
デブロフンディスの目で確認したかぎり、シュタウフェンの話に偽りはなかった。
戦争中に俺はたくさんの兵士にバフをかけていたが、あれはヒーラーやバッファーといった支援職よりのパッシブスキルを取得していたからできた芸当だった。
彼はどちらかというと攻撃タイプの魔法使いのようで、魔力の自然回復力ではなく魔法の威力を上げるスキルや記憶力を上げるスキルを優先してとっているようだった。
ゲームでもポーションがぶ飲みで攻撃魔法をぶっ放すタイプの人間はいるので、彼のような魔法使いはむしろ一般的な魔法使いと言えた。
「ありがとうございます、シュタウフェンさん。おかげでずぶ濡れにならずにすみそうです。」
ハーヴァマールのエッダには既に<R>の記述があるため、俺がシュタウフェンの代わりに人数分の印石を用意することができた。
しかし、彼の好意を無下にしたくなかったので、俺は新しい魔法を取得したことを黙っていることにした。
「礼には及びません。私はただ陽奈様の名誉を守るために行動したまで……。」
俺が感謝の言葉を述べると、男はくいっと眼鏡をあげて口元が綻ぶのを覆い隠した。
何故そんな態度をとるのかはよくわからなかったが、女勇者に近づくなと言われたファーストコンタクトよりも随分マシな態度になってきた気はする。
――魔法の雨への対策を各々施した俺たちは、ようやく降りしきる雨の中を走り始めた。
特に追跡の手順を打ち合わせしたりはしていなかったが、各々何かしらかのスキルで追手の足取りを追跡しているのだと俺は考えることにした。
ちなみに俺は<アトラスの羅針盤>というスキルでスオルムがいる方角をなんとなく探知することができた。
このスキルはゲイルを返り討ちにした時にちゃっかり入手していたスキルである。
あの時から俺の視界の右上には常時ミニマップが表示され、一度あったことのある人間や街の位置を針の向きで把握できることができるようになっていた。
急ごしらえのこの臨時パーティは、レベルによるステータス差からジークが俺達を先導するような隊列で進んでいる。
もし彼が道を間違えたらその時にでも方角を指摘しようと俺は考えていた。
「力也、大丈夫か?結構なスピードで走ってると思うが……」
王城と城下町を抜け街道を西へ西へと進んでいくと、ブルが心配そうな表情を浮かべながら俺に声をかけてくれた。
大男が心配するのも無理はない。
何せ俺達はいま50メートル走を7秒台で走るような勢いで走っているのだ。
時速で言うとだいたい25~26kmくらいは速度が出ている状況だろうか。
これは自転車と同じくらいか少し早いレベルである。
「数日前ならやばかったけど、今なら大丈夫。」
戦争後に新たに取得した狩猟スキル(月)のおかげで、俺は獲物を追跡する技術を得た。
このスキルのおかげで獲物を追っている間はスタミナの消費量を下げることができるようになったのだ。
今心配しなければならないのは、俺よりもむしろ……。
「ハアハアハアハア……。」
魔力や体力を回復させる薬品を飲み、印石で自分を強化してようやく、シュタウフェンは俺たちのスピードについて来れていた。
雨避けのルーンを貰った借りがあるため放っておくわけにもいかず……俺は走りながら<第二の手>の詠唱を始めた。
「乗ってください!」
背後から必死で追いかけてくる魔法使いに、俺は文字通り救いの手を差し伸べた。
へとへとだったシュタウフェンは俺の助けを断ったりせずに、リレーのバトンを手渡す時の必死さで第二の手の上に倒れ込んだ。
「ぜー……ぜー……ぜー……ぜー……。も、申し訳ありません。」
第二の手を自分の元へ引き寄せると、シュタウフェンは息を整えながら頭を下げた。
陛下からの依頼に急に割り込んで来た魔法使いに対して、ジークはあまり良い顔をしていなかった。
俺のように印石を渡せていれば関係も改善できたのだろうが、彼にはアイテムを渡せていないため、現状は足を引っ張ってしまっているという評価なのだろう。
ブルはこうなることを予想していたようで特に気にしてなさそうだったが、俺はパーティーがギスギスする前に別の話題を振ることにした。
「魔法使いは長距離を移動する手段を何か持っていたりするんでしょうか?例えば空を飛ぶ使い魔に乗ったり魔法で瞬間移動ができたり……。」
「転移の魔法はありますが膨大な魔力が必要なので個人が使えるものではありません。この魔法の雨の下では馬も使えませんし、恐らく徒歩で移動していると思います。」
「なら、すぐ見つかりそうだな。スオルムを連れてんなら移動も遅いはずだ。」
「痕跡の濃度から察するに、奴らはまだニダヴェリルを抜けていないようだぞ?このペースなら、あと数分で追いつくな!」
「ニダヴェリル?」
「ギムレーと同じように、第一関所のある西の砦のことだ。」
「なるほど。敵も近いならそろそろ戦闘の段取りを決めましょう。……精霊を取り戻したいって話でしたが、具体的な方法ってあるものなんですか?」
「一番確実な方法は精霊を使役している人間を殺すことでしょうか。魔法で縛るものがいなくなれば、精霊は自由になることができますから。自由になった精霊に私が契約を持ちかければ、精霊を取り戻すことができるはずです。」
「精霊を取り戻したら貴方と野原さんの関係はどうなってしまうのでしょう?他人事ではありますが、同郷の人間がこの世界でやっていけるのかは……やはり気になります。」
「誤解しないでいただきたいのですが、私は陽菜様一筋です。ですが、水の精霊の境遇があまりに不憫だったので、私は彼女に幸せになって欲しいと願っているのです。」
「念のため確認なのですが、貴方が精霊を幸せにする。そういう話では無いですよね?」
「もちろん違います。彼女に相応しい相手が現れるまで、悪い魔法使いに狙われないように保護をしたいと考えています。」
「貴方にそうまで言わせる水の精霊の境遇とは一体?もう少しだけ詳しく教えてもらえますか?」
「そうですね……勇者様は精霊と人が結ばれた時にどんな子が産まれるかご存じでしょうか?」
「あいにく、存じあげません。何か穢れや忌み子の概念があるのでしょうか?」
「いいえ、そういったものはありません。そもそも精霊と人間の間に人の子は生まれないからです。」
シュタウフェンの話を聞いた時、俺がまず想像したたのは勇者と人間の間に子供は生まれるのかという問いだった。
勇者は人間よりも上位の存在という話だが、精霊なのか神なのか割と曖昧な感じである。
話が脱線するので質問をすることはなかったが、これは頭の片隅にでもいれておいたほうが良い気がした。
「水の精霊は私の祖先が契りを交わし、以来我が家をずっと見守ってくださいました。彼女は惚れた相手が別の女性と子を成したのにも関わらず、我が家をずっと見守ってくださっていたのです。そんな話を幼少期に聞かされた私は彼女と契約ができなくなりました。」
(それは確かに気まずいな……)
シュタウフェンの話を聞いていた俺はそんな感想を抱いた。
そもそも俺はゲイなので、こういった家督を継ぐような話とは無縁である。
それを抜きにしても、惚れた男の子供(他人)を見守る上位存在とイチャコラした上で、さらに自分の本妻と子孫を作るなんてよくわかんないことはしたくなかった。
「私が契約しなかったことで精霊は我が家との繋がりが薄くなり、その隙をつかれて彼女は無理やりヘルメスに使役されてしまいました。これは私の招いたことです。だから私は彼女を取り戻し、今度こそ自由に、そして幸せになってもらおうと考えています。」
シュタウフェンの言い分は、彼が女勇者と契約していなければ割と納得できるものだった。
恐らく真面目なこの男は今のような話を女勇者にしてしまったのだろう。
自分の出自の話をすることになれば当然精霊の話に触れることになるわけで……。
それを聞いた女勇者が「ん?」と疑問を覚えるのも無理はない。
「敵が見えて来たぞ。全員戦闘準備!」
シュタウフェンから話を聞いている間に、どうやら敵に追いついてしまったようだ。
デブロフンディスの目を細めると、雨と闇に紛れて3人の魔法使いが数百メートル先を歩いているのが見える。
魔法使い達の頭上には、雨除けの傘のように魔法でフワフワ浮かせられたスオルムがいた。
「クソ野郎共が……。あれじゃスオルムの体力が減り続ける一方だ。」
「俺がヨミを抑える。その間にお前らは残りを頼む。」
「わかりました。ブル、念のためコレを持って行ってくれ。お守りだ。」
俺が投げ渡したものを、ブルはよく確認もせずにポケットの中にしまった。
俺は好きな人間相手にはトコトンポジティブな人間なので、何も聞かれないのは信頼の証だと内心喜んでいた。
「……私はどうすればいいですか。」
万が一にでも死なせてしまったら面倒なことになりそうなので、俺はあらかじめ考えていた作戦をシュタウフェンに伝えた。
「俺たちがイグ・アを取り返したら、戦いが終わるまで彼の身を守ってください。それまでは自分の身を第一に考え距離を取って戦ってください。」
「わかりました。」
シュタウフェンに指示を伝えた俺は<インベントリ>から弓を取り出し、自ら開戦の狼煙を上げた。
追手が迫っていることを知らない3人の魔法使いは戦利品を担いで呑気に夜道を歩いていた。
周囲は土砂降りの雨が降っていたが、エトルの印石の力で3人は全く雨の影響を受けていない。
にもかかわらずスオルムはヨミの魔法によって空中に浮かされ、彼の傘であるかのように弄ばれていた。
当然、彼は印石を渡されていなかったため、気を失った体を無慈悲に雨が打ち続けている。
今彼の体温は爬虫類であれば冬眠しそうなほどにまで下がっていた。
「ねーねー、お師匠様。まだ魔法を解いちゃダメなの?僕そろそろ疲れてきたんだけど。」
「私たちがニダヴェリルにつくまでの辛抱ですよ。今魔法をとけば馬で追いかけられてしまいますからね。」
「エトル君、エトル君。ニダヴェリルまであとどれくらいかな?」
「あと30分ぐらいだろう。夜雨で視界が悪いが、晴れていれば砦が見えてくるころだ。」
「ふーん、そうなんだ。そこまで行けば馬が止めてあるんだよね?」
「ええ、そうですよ。だから頑張りましょう。帰ったら、楽しい楽しい実験が待っています。」
「ワクワクドキドキ!赤の他人からスキルを継承できるようになったら、ますます神様なんて必要なくなるもんね。そうしたらこの世界の神様はどうやって信仰を守るのかな……あっ、その前に……追っ手をどうにかしないと。」
ヘルメスの表情が突然虚ろなものにかわる。
彼が空を見上げると、頭の中に莫大な情報が流れ込んできた。
「何人来てますか?」
降らせた雨の雫を通して、ヘルメスは人の気配を探ることができた。
精霊と心を通わした本来の魔法であれば、力也たちが城を出た瞬間に気づかれていたことだろう。
しかし彼はいま精霊と無理やり契約をしているため、その効果はオリジナルとは比較にならないほど拙いものだった。
「二人……かな?エトル君みたいに印石を使われてたらそもそも探知できないけど。一人はさっき先生と戦ってた天然の人です!」
「弱りましたね。あの方と私の魔法は相性が悪い。」
「くっくっく。あんなに動揺した先生、始めてみました。」
「失礼だぞ、ヘルメス。」
「……甲殻騎士団がいなくなっても油断はできませんね。我々も早くレベルを上げなければ。いざとなったら、そのトカゲを囮にして逃げますよ。」
「えー?せっかく実験ができると思ったのに。」
「我々の第一目標は実験材料の確保ではなく異端者になることですから……引き際はわきまえないといけませんよ。」
「なら、少し急いだ方がいいかも。」
「どうしました?」
「追っ手がもう追いついたみたい。」
三人の魔法使いが背後を振り返ると、暗雲立ち込める夜空に幾つもの星が瞬くのが見えた。
「Yよ、我らを守れ!」
<Y>という文字が刻印された種子をエトルが地面にばらまくと、その種はすぐに発芽してイチイの木になった。
刹那、星だと誤認していたものが雨と共に降り注ぎ、大樹の幹に何本もの光の矢が突き刺さる。
「あっぶな~。イグ・アに当たったらどうするつもりなんだろ。」
「そもそもこっちは当てるつもりがないんでな!」
意識が矢に向けられている間に木の盾を迂回したのか、ヨミに接近したジークが不意をついて彼を殴りつけた。
俺の目から見ても首は明後日の方向へ折れているはずなのに、ヨミはあの気味の悪い笑顔を見せながら折れた首をもとの位置に戻し始めた。
「この程度じゃ私は死なないとまだわからないのですか?」
「ほう、そうかいそうかい。でも、首を治すまで動けねえみてーだな。イグ・アはもらってくぜ。」
ヨミが回復している内にスオルムを回収したジークは、そのままイグ・アをこちらに向かって放り投げた。
既にシュタウフェンは地面に降りていたので、俺は<第二の手>を使って彼を優しく受け止める。
戦闘中なので一瞬しか彼の容態を確認する暇は無かったが、スオルムのHPは残りわずかしかなかった。
思わず糞野郎と言いたくなった口を一度つぐみ、俺は相手を本気で殺すために<射手の目>の魔法を唱え始める。
「数多の英霊の養育者にして、半人半馬の賢者よ。」
「勇者って言っても戦闘は素人さんだね。戦闘中に精級の魔法なんて詠唱できないでしょ。」
相手も魔法使いなので魔法の危険性は十分に理解しているようだった。
戦闘中でも使いやすい短文詠唱の魔法を唱え、俺の魔法が完成するのを妨害してくる。
「水の精霊よ、我に力を……<アイス・ジャベリン>!」
エルメスが魔法で作りだしたのはバスと同じくらいの大きさの巨大な氷の槍だった。
流石にこのサイズを詠唱中に避けるのはしんどい。
そう考えた俺は<第二の手>でそれをぶん殴り、粉々にすることにした。
レベルが上がったおかげで両手を顕現させることができるようになったので、スオルムを守りながら俺自身を守る……というような使い方もできるようになっていた。
「我はいま学び舎の門戸を叩き、あまねく神々の教えを乞い願う。」
「<アイス・ランス>、<アイス・ランス>、<アイス・ランス>!」
俺の詠唱が止まらないことに慌てたヘルメスが、先ほどよりも小さい氷の槍を何本も俺達に向けて放ってきた。
手で防げるのは二人までと判断し、シュタウフェンやブルを狙い始めたのだろう。
レベルの低い人間がパーティにいたので、この策は意外に効果的だった。
「<剣神流、二の太刀>」
俺を庇うように目の前に立ったブルが、厳かにそう呟く。
俺が自分よりもシュタウフェンを庇う……そう見越しての判断だった。
「<流水紋、観世水(かんぜみず)>」
ブルの描いた剣の軌跡が俺に届きそうな氷の槍を全て散らしていく。
「ありがとう。」
喉元まででかかった感謝の言葉を俺は唾をのんで必死で飲み込んだ。
これで詠唱が中断したら流石に笑い話にもならないからだ。
「いつか巣立つその日まで、未熟の身にどうかその加護を……<射手の目>。」
詠唱が完了して大量のバフを得た俺の矢は、まさにギリシャ神話のケイローンが放つ矢のようだった。
蟻の軍団を蹴散らした時よりも凶悪になったその魔法の矢は、隕石のように降り注いで範囲内の敵を頭上から襲撃した。
バフ無しであればイチイの木によって防がれていたその矢も、今では幹に穴を開け、その先に隠れていた魔法使い達に矢じりの先を届かせていた。
その様は矢が刺ささるという表現では生温く、むしろミサイルによって爆撃されたような有様だった。
俺が放った一射の後に立っていたのはヨミだけだった。
ヘルメスとエトルは瀕死の重傷を負い、あっという間に戦闘不能にまで追い込むことができた。
「……強い。まさか召喚されて間もない勇者がコレほど戦えるとは思ってもみませんでした。」
一瞬の躊躇いもなく、エルメスの首をハネようとしたブルの刀をジークと戦っていたはずのヨミが掴む。
まだ足止めをされているだろうと思っていた俺達は、完全に虚を突かれてしまった。
「月は潮の満ち引きに作用する。」
刀を引き抜こうとしたブルへ、ヨミが呪詛の言葉を吐き出した。
俺がヤバいと感じたその瞬間、ブルが立っている地面がえぐれ、大男は苦悶の声をあげながら地面に片膝をついた。
デブロフンディスの目で看破するまでもなく、ブルが重力魔法の影響下にあることは明白だった。
「<剣神流、壱の太刀>」
ブルへの追撃を防ごうと俺が矢をつがたのと同時に、大男もヨミから離れようと半ば強引にスキルを使用した。
「<疾風迅雷>」
ズザザザザと膝で地面を耕しながら、ブルは片膝をついた状態でこちらに向かって移動をしてきた。
ブルの咄嗟の機転に驚いたヨミは、追撃しようとしていた手を止めてマジマジとこちらの様子を伺う。
俺はその間抜け面に、今しがたつがえた矢を放ってやった。
「おい、力也!お前のお守り、全然御利益がねえぞ!」
「お守りがあったからそれで済んでんの!無かったら今頃ああだからね?」
俺が指で指し示した方向には車にひかれたカエルのように今にも地面と同化しそうなジークの姿があった。
彼の頭上には小さな月のようなものが怪しく輝いており、そこから強力なGが放たれているのがわかった。
あの具現化した月の話はジークから直接聞いていなかったので、おそらく彼も見るのは初めてだったのだろう。
以前の戦闘で攻撃を食らわなかったことを過信し、より高位の魔法に対する対処を行ってしまった……というより脱げたり濡れるからと防具を装備していないのが彼の敗因だった。
何にしてもこれは……とてつもなくヤバい状況である。
「シュタウフェン!死にたくなかったら手持ちの印石とその材料を寄越せ!!」
流石に丁寧な口調で話している余裕など無かったので、俺は有無を言わさぬ口調でシュタウフェンからアイテムを譲ってもらった。
紙一重の状況ではあったが、ヨミは俺達を追撃しようとはせずに仲間の回復を優先させていた。
恐らくレベルの高いジークとブルの動きを封じたことで勝ちを確信しているのだろう。
そのナメプが命になることを相手にわからせる必要があった。
既にデブロフンディスの目でエトルの魔法は見ていたので、RだけでなくYも俺は使えるようになっていた。
シュタウフェンから貰った印石の材料を使い、俺は矢じりを使って<Y>の刻印をイチイの種に刻んだ。
「Yよ、我らを守れ!」
完成したルーンをジークとブルに向かって投擲すると、イチイの苗木がヨミの重力魔法を押し上げながらすくすくと育っていった。
旅を妨げる厄災から身を守るというRのルーンと違いYは仲間を守ることに特化した防御用のルーンだった。
格上のヨミの呪いを防げるかは一か八かなところがあったが、バフの効果を上昇させる<竜脈の修験者>のスキルと合わせて俺は賭けに勝つことができた。
「……すまん、助かった。もう少しで潰れるところだった。」
魔法を解除できたものの、ジークは過重に耐え切れずに骨を折ってしまったようだった。
このままの状態でヨミと戦闘をするのは流石に難しいだろう。
(俺とブルでなんとかするしかないか……。)
そんなことを考えていると、意外にもヨミの方が俺に交渉を持ちかけてきた。
「お互い、痛み分けと言ったところでしょうか……。イグ・アはお返ししますので、それで手を打ちませんか?」
一応ヨミに対抗する手段が無いわけではなかったが、ジークがヨミに負けた時点で撤退するべきだと俺は考えていた。
問題は野原さんが持ち込んだ精霊の件である。
シュタウフェンがもたらした印石が思いのほか役立っているので、その点は考慮しないわけにはいかなかった。
「魔法が効かないならブルがいる分こちらが有利だ。そこのふたりなら俺だけで殺せるしな。手をうつなら王都で魔法を行使した罪人もこちらに引き渡してもらおう。」
「怪我人と足手纏いを連れているのに随分と強気ですね。ああ、なるほど。シュタウフェンから水の精霊の解放を頼まれましたか。なら、ご安心ください。ヘルメスが契約した時にはもう精霊に魂は残っていませんでしたから。」
「……魂がない?それはどういう意味だ。」
「何かを与えずに何かを得ることはできない。愛を与えずにその恩寵を求め続ければ、精霊の魂はドンドンすり減るだけです。彼はそのことに気づいていたと思いますが、時すでに遅しと言ったところでしょうか。」
「……仮に彼女を愛するものが現れても。精霊は助からないのですか?」
俺の指示をしっかり守り、出すぎた行動を控えていたシュタウフェンがここにきてヨミの注意を引くようなことをやり始めた。
正直勝手な行動は控えて欲しかったのだが、会話の主導権を奪われてしまってはシュタウフェンに合わせるしかない。
どんな答えが返って来るか見守っていると、ヨミは意識を取り戻したヘルメスに何かを耳打ちした。
ヨミの言葉に弱弱しく頷いたヘルメスが天に向かって手をかざすと、雨が止んでこの世界の夜空が見えた。
何故彼は魔法を止めたのだろうか。
不思議に思いデブロフンディスの目を凝らすと、何か大きな塊が雨の代わりに降ってくる。
それは、スライムのようなゲル状の生き物だった。
「壊れた精霊を愛せるものなど、我々の他にいるでしょうか?彼女はもう人の形すら保っていないというのに。」
地面に落ちてきたスライムはヘルメスの頭に登ろうと、ヌルヌルと体をくねらせて彼のローブを這いあがった。
これがもし精霊の本当の姿だと言うのなら、シュタウフェンの先祖はなかなかに上級者だったとしか言いようがない。
「まさか……そんな……。」
変わり果てた精霊の姿を見たシュタウフェンは、ショックのあまり放心状態になってしまった。
どうやら彼の先祖が上級者だったという説は的外れだったようだ。
せめて人の姿を保っていれば救える可能性もあったのかもしれないが、ヨミの言う通り知能の低い粘性物質を愛せる者がいるとは思えなかった。
「条件を飲もう。ブル、撤収だ。」
俺の判断にシュタウフェンは反論しなかった。
落ちこんでいるようにも見えたが、今はスオルムとジークの面倒を見るので精一杯だった。
撤退をする準備をしている間に攻撃されるかとも思いきや、3人の魔法使いはこちらへ背を向けて去っていった。
あまりに潔い対応に、スオルムを狙うことだけが魔法使いの狙いではなかったのではないかと俺は疑いを持ち始めていた。
王宮に戻るとすぐに、ジークは医療施設へと運び込まれた。
全身の骨がポキポキ折れていたはずなのだが、レベルの高さも相まって彼は後遺症もなく回復する見込みだ。
一方のスオルムは王宮の治癒師の力をもってしても意識を取り戻すかは運次第になってしまった。
ブルに話は聞いていたが、この世界の回復魔法は効果がとてつも無く微々たるものらしい。
スキルさえあれば治る骨折などの状態異常とは違い、失った体力、つまりゲームなどで言うところのHPだけは、時間をかけなければ回復しないようだった。
その弱点を補うために、本来は体力を自動回復させるスキルを取得するのだろうが、スオルムは人では無い為それも叶わなかった。
スキルが無いせいで生死の境を彷徨っているスオルムを助けるために、俺は王宮にある書庫で回復魔法や魔法薬の知識を探しまわった。
もちろん祝賀会の終わりにはきちんと顔を出し、パーティーを開いてくれたことに対する感謝の言葉も述べたりした。
これは俺達がいなくなっていたことを参加者にバレないようにするための対応だったので、勇者として勤めを果たさなければならなかった。
「シュタウフェンはこの先、女勇者とやっていけると思うか?」
本を読むのに飽きたのか、ブルが俺に話しかけてきた。
先に寝てていいと言っていたのにも関わらず、ブルは俺に付き合ってくれていた。
「たぶん大丈夫だと思うよ。」
シュタウフェンの家を守護していた水の精霊の顛末を話すと、野原さんは少しだけ安心したような表情を浮かべた。
シュタウフェンは彼女に惚れていたわけではなく、その境遇に対して同情していただけだということが理解できたからだ。
(いや、この分析はあまりにもオブラートに包んだ物言いだな……。)
睡眠不足で思考が鈍り始めた俺は、角の立たない言い方にまで思考を落とし込むのを半ば諦め始めていた。
女勇者が安心したのはシュタウフェンの気持ちを理解したからではない。
正確には水の精霊がスライムになったことで、彼の好意が精霊に向けられないと判断したのだ。
「そうなのか?だいぶショックを受けてるように見えたがな。」
「あれはただ、同情していた相手を助けられなくてショックだったって話なんだと思う。だから立ち直れるさ。」
「ふうん……。お前は俺がスライムになったらショックを受けたりするのか?」
「するする!ブルがスライムになったら俺は立ち直れないかも。……あ、でもその後に絶対治す方法を探すから安心してくれ。」
「お前は本当にぶれねえな……。どんだけ俺のことが好きなんだよ。」
「えへへ、べた惚れです。あ、そうだ。ブルは俺がスライムになったらどうする?ショックを受けて飲んだくれになったりする?」
「そうだなお前がスライムになったら……オナホにでもして使うか。」
「ちょっと、ブルさんや。俺の扱い酷くない?そこは嘘でもいいから悲しいって言ってくれ。」
「……スライムになっても一緒に居てやるって言ってんだよ。」
「えっ!?ど、どうしたんだよ急に。突然デレられても心の準備ができてないんですけど。あれ……もしかして俺、夢でも見てるのか?」
「夢じゃねえから安心しろ。てか、お前は俺のオナホになっても喜びそうだけどな。」
「あの、ブルさん?上げるか下げるかどっちかにしてくんない?」
「俺の言葉にお前が勝手に一喜一憂してるだけだろ。」
「まあ……確かに?てか、そもそも俺はブルからいっぱい愛をもらってるから、限界突破をしても魂がすり減ったりしないしな。だから俺がスライムにはなることはない」
「愛というか、子種だろ?……結局スライムになってもやることは変わんねえじゃねえか。」
「うは、ひっでえ会話だな。深夜のテンションやばいわ。」
ひとしきり笑うと、本を探す効率も上がったような気がした。
しかしこんな短い時間では、特効薬になりそうな薬や魔法のたぐいを見つけることができなかった。
「ま、こんなことをしなくても、スオルムを助ける方法はありそうだけどな。」
俺が頭を抱えていると、ブルが俺を背後から抱きしめてきた。
元気を出せとでも言うように、何度か首筋にキスを落とされる。
「方法って?」
心地よい感覚に身を委ねていると、ブルがこれだよこれと囁いた。
「これ?ああ、キスをしろってこと?」
「眠った騎士を助けるには鉄板の方法だろ?」
「こっちにもそんな童話があるのか。てか、姫じゃなくて騎士なんだな。」
「魔物と戦って負傷すんのは、大抵騎士や兵士だからな。その方がリアリティがあるだろ?」
「確かに。でも俺がキスしてもスオルムが限界突破できるようになるだけなんじゃないか?」
「いや、限界突破ができるようになったタイミングで、俺はお前からスキルを1つ授かってんだよ。その様子だと……気づいてなかったみてーだな?」
「初耳すぎる。ちなみにどんなスキルを使えるようになったんだ?」
俺が興味本位で尋ねると、ブルはその時入手したスキルの詳細を俺に開示してくれた。
・番狂せ<Lv1>
パッシブスキル
自身のレベルより対象のレベルが高い場合に効果が発動する。
戦闘中、技量差によって生じたスキをつくと、対象に致命傷を与えることができる。
自身と敵対する対象の技量が自分よりも劣る場合、スキルによる補正を無視して攻撃を受け流すことができる。
「何と言うか、ブルだから使えるって感じのスキルだな。レベルが高い相手に普通は技量で勝てないだろ。」
「スキルの内容自体は重要じゃない。とにかく、早いとこスオルムのとこに向かおうぜ。」
「これ、罠だったりしない?俺がスオルムとキスしたら、不倫乙。離婚だ離婚。みたいな話になったりとか。」
「なんねえよ。」
「なら、試してみるかぁ。」
不安そうに顔を曇らせながらも俺が決心をすると、ブルはポンポンと頭を撫でてくれた。
図書館からスオルムのいる医療室へ向かうと、スオルムに治癒の魔法をかけている術師に呼び止められた。
寝ずに治療をほどこしてくれている治療師の方には申し訳なかったが、少し席を外して欲しいと頼み込み医療室から出て行ってもらった。
周囲から人の気配がいなくなったことを確認した俺は、診察台の上で寝ているスオルムにそっとキスをした。
「そこじゃ駄目みたいだな。」
ブルにダメ出しをされてしまったが、俺はちゃんとスオルムの口にキスをした。
ディープキスじゃないから駄目なのではないかと本気で検討をした後に、俺はあることに気がついた。
「……たぶん、枷のせいだ。」
寝ているスオルムにはシーツがかけられていた。
それをはがすと、鍛えられた腹部が露わになった。
腹の下にはコックリングのような枷が、力を失ったスオルムの逸物にはめられている。
俺がそれを外そうとスオルムの逸物に触れると、イグ・アの逸物がどんどん固くなっていった。
「と、とれた。」
枷を外し終えると、自由になった喜びからスオルムの逸物がブルンと跳ねた。
ブルのように太マラでは無かったが、それは上反りで形のよい姿をしていた。
臨戦態勢になったスオルムの逸物を見ていると、俺はなんだかドキドキしてきてしまった。
普段の俺ならブルの手前理性が働くはずだった。
しかし、今日は何かが違っていた。
(喉が……乾いたな……)
それは今まで感じたことの無い飢餓感のようなものだった。
○化のための渇望のようなものが、俺の内側から湧き上がってくる。
疲れているせいか……頭が回らない。
これは本当に俺の感情なのだろうか。
「おいおい、キスはどうしたよ。」
ブルのからかう声が聞こえて、俺はハッとして逸物から口を離した。
どうやら理性がぶっ飛び、無意識に逸物を咥えていたらしい。
「まあ、そのままだと治療師がびっくりしちまうからな。抜いてやったらどうだ?」
ブルから免罪符を得た俺は、スオルムの逸物に舌を這わせた。
味わっている場合では無かったが、それは果物のように爽やかな味がした。
捕まえられてからずっと抜いていなかったのだろう。
スオルムの限界は呆気なく訪れた。
弱々しく震えるスオルムを愛おしく感じ、俺は吐き出された精を最後まで飲み干した。
「これで通過儀礼は完了だな。後はこいつを救ってくれるスキルが付与されているといいんだが……。」
・先祖返り<Lv1>
パッシブスキル
体力が1割をきると自動で竜化する。
俺達が各々スキルを利用してスオルムの容態を確認すると、こんな説明がポップアップに表示された。
彼の体力はゲームでいうところのレッドゲージ、つまり1割を切った状態だったので、パッシブ効果が今まさに発動しようとしていた。
「ブル!」
「わかってる!」
スオルムの体を抱き抱えたブルは医療施設の窓から飛び降りて、そのまま城の裏手にある大きな庭へと向かった。
ブルがスオルムを地面に降ろす頃には、スオルムは元の大きさの5倍になっていた。
「危なかったな。」
「ああ、ここならどんだけデカくなっても大丈夫だろ。」
俺とブルが見守っていると、寝ているスオルムは人間の頃の10倍の大きさの竜になった。
「……むう。」
竜化をすると自動で体力が回復するらしく、スオルムはすぐに目を覚ました。
まさか寝ている間に自分が竜になっているなんて誰も思わないだろう。
彼が周囲の状況を確認しようと体をひねったことで、巨大な尻尾がブワンと俺達を薙ぎ払おうとした。
「危なっ!」
咄嗟に跳躍したので俺もブルもなんとかかわせたが、俺はいま無意識の内に3メートル以上の高さにまで跳躍していた。
「おい、スオルム!俺のことがわかるか?」
気絶する前に襲われた記憶が蘇ったのか、スオルムは警戒するように唸り声をあげていた。
ブルが声をかけると、ようやく俺たちが傍にいることを理解し、安心したのか彼は警戒を解いた。
「ブル、それに力也殿……やはり助けに来てくれたのだな。」
「当然だろ。お前を故郷に帰してやるって話だったからな。」
「ああ、感謝するぞ二人とも。ところで……お主ら少し見ない間に小さくなったのではないか?」
「はっはっはっ。俺達じゃなくて、お前がでっかくなってんだよ。」
「我がでっかく?」
「話は後だ。とりあえず、手をこうやって動かしてみろ。」
「こうか?」
ブルが指示した動きは、俺たちがGUIを開くのによくやる手の動きだった。
「何が見える?」
ブルの問いかけに、スオルムは言葉ではなく大粒の涙で答えを返した。
自分が助かったことよりも、スキルを得たことに感動しているようだった。
「スキルだ……我にもスキルが……」
「ああ、そうだ。だからとりあえず、竜化を解除しろ。兵士達が騒ぎ出す前にな。」
悪戦苦闘をしながらも、スオルムは竜化を解除した。
もとに戻ったスオルムは真っ先にブルを抱きしめ、そして戸惑いながらも俺を抱きしめた。
「ありがとう、人間の友よ。そして、我が勇者よ。この身朽ち果てるまで、我の忠誠はお主のものだ。」
俺を抱きしめていたスオルムが仰々しく俺にひざまずいたので、俺はどう反応して良いかわからなくなった。
「こいつは忠誠よりも別のもんを欲しがると思うぞ。意識不明の重傷だったお前が、どうやってスキルを得たと思う?」
ブルの問いを真面目に考えていたスオルムが、自分の総排出腔を見た後に俺のことを見た。
俺は何も言えずに顔を真っ赤にして、スオルムからそっぽを向いた。
患者がいないことに気づいた治療師が騒ぎ始めたのでそれ以上追求されることはなかったが、これからの異世界生活はますます波乱万丈になる気がした。
まるで台風のように無慈悲に降り注ぐ水の雫は、先ほど降り始めたとは思えない程に水かさを増している。
王城は城下町よりも高台にあるため地面の水はある程度捌けているようだが、視線を町の方に向けると靴が沈む程度には水かさを増していることがわかった。
デブロフンディスの目を開いたまま、今度は頭上に視線を向ける。
すると、この雨が<精霊の涙>という名の魔法であることがわかった。
・精霊の涙
階級:精級
属性:水
効果:精霊の力を帯びた雨を降らせ範囲内の敵全ての熱を奪う。
衝突した雨粒一粒につき対象のHPを1削り、水濡れを付与する。
この効果は術者と対象のレベル差、魔力差、抵抗力によって変動する。
貴方への予測効果:0ダメージ、水濡れ
「……この雨に触れるとどんどん体力が奪われていくみたいだな。俺は抵抗できそうだけど、ブルとシュタウフェンは大丈夫そうか?」
デブロフンディスの目で魔法の詳細が見えた俺とは違い、ブルは軒下から手を伸ばして実際に雨の具合を確かめていた。
しばらくすると、眉間に皺を寄せながら大男は腕をひっこめた。
どうやら少しだけダメージがあったらしい。
そのことに気づいた大男は<インベントリ>から何か服のようなものを取り出し始めた。
「ちーとばかしピリピリすっから、俺はこのレインコートを着ていくことにするわ。レベル15のスワンプフロッグの皮でできた安もんだが、今の俺ならこれでなんとかなんだろ。」
「お!レインコートかぁ、珍しいな。元居た世界じゃ傘しか使ってこなかったから盲点だった。ただ雨を防ぐだけじゃなくて、この世界だと水属性に対する抵抗力も上がんだな。」
「ああ、お前の言う通りこれは水属性に対する抵抗力を上げる防具だ。ただ雨を防ぐためのもんじゃねえ。それと傘は手が塞がって不便だからこの世界の住人は滅多に使わねえな。もし使う奴がいるとすりゃあ、貴族みてえなお洒落好きぐれえじゃねえか?」
「確かに、執事とかメイドとかに持たせてそう。……今度防具屋に寄ることがあれば俺もレインコートを購入してみようかな?」
「そうした方がいいな。スオルムの故郷に行くなら必要になりそうだ。ほんで、お前はどうすんだ?ダメージは受けねえって言ってもかなり濡れるぞ?」
「どうせ濡れるんだから俺みたいに服を脱いじまおうぜ!パンツ一枚履いてりゃしょっ引かれることもないぞ。」
(やっぱりパンいちで行くつもりだったのか……)
薄々感づいていたのでそれほど驚くような発言ではなかったが、いざ提案されてみるとそそられるものはあった。
俺の魔力量が高いからか、この雨に触れても俺はダメージは受けない。
しかし、服が濡れるという事象までは防ぐことができないので、このまま追跡を開始すると道中あのべっとりと服が皮膚に張りつくような不快感を感じ続ける羽目になってしまうのだ。
ジークがどうかはわからないが、俺の場合はロプトの耳飾りがあるため服を脱いだところで防御力は変わらない。
であれば、ちょっとぐらい脱いでも問題ないのではなかろうか?
そんな風に思えてくる。
「うーむ。ロプトの耳飾りがあるから別に脱いでも防御力は変わらないし、服が水に濡れたままなのは気持ち悪いから俺も脱いじゃおうかな。」
「お待ちください、勇者様。勇者様がパンツ一枚で雨の中を走り回っていたなどという話が皆に伝われば、陽奈様の威信にも関わります。どうぞ、こちらの石をお持ちください。」
ぐうの音もでないほどの正論とはこのことである。
男子高校生のようなジークの勢いに乗せられ、あやうく露出狂の肩書までつく所だった。
「……これは?」
シュタウフェンが俺に手渡してきたのは翡翠色の綺麗な石だった。
よくよく見るとその石には<R>という文字が刻まれている。
「Rという文字を刻印した印石です。私の魔力が続く限り、旅を妨げる厄災から勇者様を守ってくれるでしょう。」
シュタウフェンの説明を聞きながら人差し指と親指に小石を挟んで軽く掲げてみる。
デブロフンディスの目を通せばより詳細な効果がわかると思ったからだ。
案の定、このアイテムの効果が目を通して伝わってきたが、それ以上に気になることが視界の端のログに表示されていた。
・Rの印石を取得しました。
・印石の刻印を解析しました。
・デブロフンティスの加護により、ハーヴァマールのエッダを構築しました。
・解析結果に応じた刻印魔法を解放しました。
随分と既視感があるログだなと、俺は自分にしか見えない通知を見ながら瞬時に考えを巡らせた。
最初にこのログを見たのは、確かゴートと一緒に魔術書を読もうと魔法書に触れた時のことだった。
俺の加護がその魔法書を勝手に解析した結果、俺はゾディアックの断章という強力な魔法ツリーを手に入れた。
今思うとあの戦争を乗り切れたのは、強力なバフをかける魔法と空中を飛べる使い魔を召喚する魔法の貢献が大きかったように思う。
きっとこのハーヴァマールのエッダもゾディアックの断章と同じように俺達の戦闘に一役買ってくれるだろう。
そう思うと、なんだか自分がまたちょっとだけ強くなった気がした。
「さあ、勇者様。その石を持ったままこちらへ。」
シュタウフェンに促されるままに、印石を持ったまま城の表玄関にある軒下のような場所を出る。
すると俺に当たるはずの雨粒は全て皮膚に触れる前に弾かれ、いつの間にか肌寒さすらも感じなくなっていた。
「そんな便利なもんがあるなら俺たちにも分けてくれよ。そうすりゃパンいちにならんですむ。」
「申し訳ありません、ジーク殿。レベル30の私の魔力では二人で精一杯です。」
デブロフンディスの目で確認したかぎり、シュタウフェンの話に偽りはなかった。
戦争中に俺はたくさんの兵士にバフをかけていたが、あれはヒーラーやバッファーといった支援職よりのパッシブスキルを取得していたからできた芸当だった。
彼はどちらかというと攻撃タイプの魔法使いのようで、魔力の自然回復力ではなく魔法の威力を上げるスキルや記憶力を上げるスキルを優先してとっているようだった。
ゲームでもポーションがぶ飲みで攻撃魔法をぶっ放すタイプの人間はいるので、彼のような魔法使いはむしろ一般的な魔法使いと言えた。
「ありがとうございます、シュタウフェンさん。おかげでずぶ濡れにならずにすみそうです。」
ハーヴァマールのエッダには既に<R>の記述があるため、俺がシュタウフェンの代わりに人数分の印石を用意することができた。
しかし、彼の好意を無下にしたくなかったので、俺は新しい魔法を取得したことを黙っていることにした。
「礼には及びません。私はただ陽奈様の名誉を守るために行動したまで……。」
俺が感謝の言葉を述べると、男はくいっと眼鏡をあげて口元が綻ぶのを覆い隠した。
何故そんな態度をとるのかはよくわからなかったが、女勇者に近づくなと言われたファーストコンタクトよりも随分マシな態度になってきた気はする。
――魔法の雨への対策を各々施した俺たちは、ようやく降りしきる雨の中を走り始めた。
特に追跡の手順を打ち合わせしたりはしていなかったが、各々何かしらかのスキルで追手の足取りを追跡しているのだと俺は考えることにした。
ちなみに俺は<アトラスの羅針盤>というスキルでスオルムがいる方角をなんとなく探知することができた。
このスキルはゲイルを返り討ちにした時にちゃっかり入手していたスキルである。
あの時から俺の視界の右上には常時ミニマップが表示され、一度あったことのある人間や街の位置を針の向きで把握できることができるようになっていた。
急ごしらえのこの臨時パーティは、レベルによるステータス差からジークが俺達を先導するような隊列で進んでいる。
もし彼が道を間違えたらその時にでも方角を指摘しようと俺は考えていた。
「力也、大丈夫か?結構なスピードで走ってると思うが……」
王城と城下町を抜け街道を西へ西へと進んでいくと、ブルが心配そうな表情を浮かべながら俺に声をかけてくれた。
大男が心配するのも無理はない。
何せ俺達はいま50メートル走を7秒台で走るような勢いで走っているのだ。
時速で言うとだいたい25~26kmくらいは速度が出ている状況だろうか。
これは自転車と同じくらいか少し早いレベルである。
「数日前ならやばかったけど、今なら大丈夫。」
戦争後に新たに取得した狩猟スキル(月)のおかげで、俺は獲物を追跡する技術を得た。
このスキルのおかげで獲物を追っている間はスタミナの消費量を下げることができるようになったのだ。
今心配しなければならないのは、俺よりもむしろ……。
「ハアハアハアハア……。」
魔力や体力を回復させる薬品を飲み、印石で自分を強化してようやく、シュタウフェンは俺たちのスピードについて来れていた。
雨避けのルーンを貰った借りがあるため放っておくわけにもいかず……俺は走りながら<第二の手>の詠唱を始めた。
「乗ってください!」
背後から必死で追いかけてくる魔法使いに、俺は文字通り救いの手を差し伸べた。
へとへとだったシュタウフェンは俺の助けを断ったりせずに、リレーのバトンを手渡す時の必死さで第二の手の上に倒れ込んだ。
「ぜー……ぜー……ぜー……ぜー……。も、申し訳ありません。」
第二の手を自分の元へ引き寄せると、シュタウフェンは息を整えながら頭を下げた。
陛下からの依頼に急に割り込んで来た魔法使いに対して、ジークはあまり良い顔をしていなかった。
俺のように印石を渡せていれば関係も改善できたのだろうが、彼にはアイテムを渡せていないため、現状は足を引っ張ってしまっているという評価なのだろう。
ブルはこうなることを予想していたようで特に気にしてなさそうだったが、俺はパーティーがギスギスする前に別の話題を振ることにした。
「魔法使いは長距離を移動する手段を何か持っていたりするんでしょうか?例えば空を飛ぶ使い魔に乗ったり魔法で瞬間移動ができたり……。」
「転移の魔法はありますが膨大な魔力が必要なので個人が使えるものではありません。この魔法の雨の下では馬も使えませんし、恐らく徒歩で移動していると思います。」
「なら、すぐ見つかりそうだな。スオルムを連れてんなら移動も遅いはずだ。」
「痕跡の濃度から察するに、奴らはまだニダヴェリルを抜けていないようだぞ?このペースなら、あと数分で追いつくな!」
「ニダヴェリル?」
「ギムレーと同じように、第一関所のある西の砦のことだ。」
「なるほど。敵も近いならそろそろ戦闘の段取りを決めましょう。……精霊を取り戻したいって話でしたが、具体的な方法ってあるものなんですか?」
「一番確実な方法は精霊を使役している人間を殺すことでしょうか。魔法で縛るものがいなくなれば、精霊は自由になることができますから。自由になった精霊に私が契約を持ちかければ、精霊を取り戻すことができるはずです。」
「精霊を取り戻したら貴方と野原さんの関係はどうなってしまうのでしょう?他人事ではありますが、同郷の人間がこの世界でやっていけるのかは……やはり気になります。」
「誤解しないでいただきたいのですが、私は陽菜様一筋です。ですが、水の精霊の境遇があまりに不憫だったので、私は彼女に幸せになって欲しいと願っているのです。」
「念のため確認なのですが、貴方が精霊を幸せにする。そういう話では無いですよね?」
「もちろん違います。彼女に相応しい相手が現れるまで、悪い魔法使いに狙われないように保護をしたいと考えています。」
「貴方にそうまで言わせる水の精霊の境遇とは一体?もう少しだけ詳しく教えてもらえますか?」
「そうですね……勇者様は精霊と人が結ばれた時にどんな子が産まれるかご存じでしょうか?」
「あいにく、存じあげません。何か穢れや忌み子の概念があるのでしょうか?」
「いいえ、そういったものはありません。そもそも精霊と人間の間に人の子は生まれないからです。」
シュタウフェンの話を聞いた時、俺がまず想像したたのは勇者と人間の間に子供は生まれるのかという問いだった。
勇者は人間よりも上位の存在という話だが、精霊なのか神なのか割と曖昧な感じである。
話が脱線するので質問をすることはなかったが、これは頭の片隅にでもいれておいたほうが良い気がした。
「水の精霊は私の祖先が契りを交わし、以来我が家をずっと見守ってくださいました。彼女は惚れた相手が別の女性と子を成したのにも関わらず、我が家をずっと見守ってくださっていたのです。そんな話を幼少期に聞かされた私は彼女と契約ができなくなりました。」
(それは確かに気まずいな……)
シュタウフェンの話を聞いていた俺はそんな感想を抱いた。
そもそも俺はゲイなので、こういった家督を継ぐような話とは無縁である。
それを抜きにしても、惚れた男の子供(他人)を見守る上位存在とイチャコラした上で、さらに自分の本妻と子孫を作るなんてよくわかんないことはしたくなかった。
「私が契約しなかったことで精霊は我が家との繋がりが薄くなり、その隙をつかれて彼女は無理やりヘルメスに使役されてしまいました。これは私の招いたことです。だから私は彼女を取り戻し、今度こそ自由に、そして幸せになってもらおうと考えています。」
シュタウフェンの言い分は、彼が女勇者と契約していなければ割と納得できるものだった。
恐らく真面目なこの男は今のような話を女勇者にしてしまったのだろう。
自分の出自の話をすることになれば当然精霊の話に触れることになるわけで……。
それを聞いた女勇者が「ん?」と疑問を覚えるのも無理はない。
「敵が見えて来たぞ。全員戦闘準備!」
シュタウフェンから話を聞いている間に、どうやら敵に追いついてしまったようだ。
デブロフンディスの目を細めると、雨と闇に紛れて3人の魔法使いが数百メートル先を歩いているのが見える。
魔法使い達の頭上には、雨除けの傘のように魔法でフワフワ浮かせられたスオルムがいた。
「クソ野郎共が……。あれじゃスオルムの体力が減り続ける一方だ。」
「俺がヨミを抑える。その間にお前らは残りを頼む。」
「わかりました。ブル、念のためコレを持って行ってくれ。お守りだ。」
俺が投げ渡したものを、ブルはよく確認もせずにポケットの中にしまった。
俺は好きな人間相手にはトコトンポジティブな人間なので、何も聞かれないのは信頼の証だと内心喜んでいた。
「……私はどうすればいいですか。」
万が一にでも死なせてしまったら面倒なことになりそうなので、俺はあらかじめ考えていた作戦をシュタウフェンに伝えた。
「俺たちがイグ・アを取り返したら、戦いが終わるまで彼の身を守ってください。それまでは自分の身を第一に考え距離を取って戦ってください。」
「わかりました。」
シュタウフェンに指示を伝えた俺は<インベントリ>から弓を取り出し、自ら開戦の狼煙を上げた。
追手が迫っていることを知らない3人の魔法使いは戦利品を担いで呑気に夜道を歩いていた。
周囲は土砂降りの雨が降っていたが、エトルの印石の力で3人は全く雨の影響を受けていない。
にもかかわらずスオルムはヨミの魔法によって空中に浮かされ、彼の傘であるかのように弄ばれていた。
当然、彼は印石を渡されていなかったため、気を失った体を無慈悲に雨が打ち続けている。
今彼の体温は爬虫類であれば冬眠しそうなほどにまで下がっていた。
「ねーねー、お師匠様。まだ魔法を解いちゃダメなの?僕そろそろ疲れてきたんだけど。」
「私たちがニダヴェリルにつくまでの辛抱ですよ。今魔法をとけば馬で追いかけられてしまいますからね。」
「エトル君、エトル君。ニダヴェリルまであとどれくらいかな?」
「あと30分ぐらいだろう。夜雨で視界が悪いが、晴れていれば砦が見えてくるころだ。」
「ふーん、そうなんだ。そこまで行けば馬が止めてあるんだよね?」
「ええ、そうですよ。だから頑張りましょう。帰ったら、楽しい楽しい実験が待っています。」
「ワクワクドキドキ!赤の他人からスキルを継承できるようになったら、ますます神様なんて必要なくなるもんね。そうしたらこの世界の神様はどうやって信仰を守るのかな……あっ、その前に……追っ手をどうにかしないと。」
ヘルメスの表情が突然虚ろなものにかわる。
彼が空を見上げると、頭の中に莫大な情報が流れ込んできた。
「何人来てますか?」
降らせた雨の雫を通して、ヘルメスは人の気配を探ることができた。
精霊と心を通わした本来の魔法であれば、力也たちが城を出た瞬間に気づかれていたことだろう。
しかし彼はいま精霊と無理やり契約をしているため、その効果はオリジナルとは比較にならないほど拙いものだった。
「二人……かな?エトル君みたいに印石を使われてたらそもそも探知できないけど。一人はさっき先生と戦ってた天然の人です!」
「弱りましたね。あの方と私の魔法は相性が悪い。」
「くっくっく。あんなに動揺した先生、始めてみました。」
「失礼だぞ、ヘルメス。」
「……甲殻騎士団がいなくなっても油断はできませんね。我々も早くレベルを上げなければ。いざとなったら、そのトカゲを囮にして逃げますよ。」
「えー?せっかく実験ができると思ったのに。」
「我々の第一目標は実験材料の確保ではなく異端者になることですから……引き際はわきまえないといけませんよ。」
「なら、少し急いだ方がいいかも。」
「どうしました?」
「追っ手がもう追いついたみたい。」
三人の魔法使いが背後を振り返ると、暗雲立ち込める夜空に幾つもの星が瞬くのが見えた。
「Yよ、我らを守れ!」
<Y>という文字が刻印された種子をエトルが地面にばらまくと、その種はすぐに発芽してイチイの木になった。
刹那、星だと誤認していたものが雨と共に降り注ぎ、大樹の幹に何本もの光の矢が突き刺さる。
「あっぶな~。イグ・アに当たったらどうするつもりなんだろ。」
「そもそもこっちは当てるつもりがないんでな!」
意識が矢に向けられている間に木の盾を迂回したのか、ヨミに接近したジークが不意をついて彼を殴りつけた。
俺の目から見ても首は明後日の方向へ折れているはずなのに、ヨミはあの気味の悪い笑顔を見せながら折れた首をもとの位置に戻し始めた。
「この程度じゃ私は死なないとまだわからないのですか?」
「ほう、そうかいそうかい。でも、首を治すまで動けねえみてーだな。イグ・アはもらってくぜ。」
ヨミが回復している内にスオルムを回収したジークは、そのままイグ・アをこちらに向かって放り投げた。
既にシュタウフェンは地面に降りていたので、俺は<第二の手>を使って彼を優しく受け止める。
戦闘中なので一瞬しか彼の容態を確認する暇は無かったが、スオルムのHPは残りわずかしかなかった。
思わず糞野郎と言いたくなった口を一度つぐみ、俺は相手を本気で殺すために<射手の目>の魔法を唱え始める。
「数多の英霊の養育者にして、半人半馬の賢者よ。」
「勇者って言っても戦闘は素人さんだね。戦闘中に精級の魔法なんて詠唱できないでしょ。」
相手も魔法使いなので魔法の危険性は十分に理解しているようだった。
戦闘中でも使いやすい短文詠唱の魔法を唱え、俺の魔法が完成するのを妨害してくる。
「水の精霊よ、我に力を……<アイス・ジャベリン>!」
エルメスが魔法で作りだしたのはバスと同じくらいの大きさの巨大な氷の槍だった。
流石にこのサイズを詠唱中に避けるのはしんどい。
そう考えた俺は<第二の手>でそれをぶん殴り、粉々にすることにした。
レベルが上がったおかげで両手を顕現させることができるようになったので、スオルムを守りながら俺自身を守る……というような使い方もできるようになっていた。
「我はいま学び舎の門戸を叩き、あまねく神々の教えを乞い願う。」
「<アイス・ランス>、<アイス・ランス>、<アイス・ランス>!」
俺の詠唱が止まらないことに慌てたヘルメスが、先ほどよりも小さい氷の槍を何本も俺達に向けて放ってきた。
手で防げるのは二人までと判断し、シュタウフェンやブルを狙い始めたのだろう。
レベルの低い人間がパーティにいたので、この策は意外に効果的だった。
「<剣神流、二の太刀>」
俺を庇うように目の前に立ったブルが、厳かにそう呟く。
俺が自分よりもシュタウフェンを庇う……そう見越しての判断だった。
「<流水紋、観世水(かんぜみず)>」
ブルの描いた剣の軌跡が俺に届きそうな氷の槍を全て散らしていく。
「ありがとう。」
喉元まででかかった感謝の言葉を俺は唾をのんで必死で飲み込んだ。
これで詠唱が中断したら流石に笑い話にもならないからだ。
「いつか巣立つその日まで、未熟の身にどうかその加護を……<射手の目>。」
詠唱が完了して大量のバフを得た俺の矢は、まさにギリシャ神話のケイローンが放つ矢のようだった。
蟻の軍団を蹴散らした時よりも凶悪になったその魔法の矢は、隕石のように降り注いで範囲内の敵を頭上から襲撃した。
バフ無しであればイチイの木によって防がれていたその矢も、今では幹に穴を開け、その先に隠れていた魔法使い達に矢じりの先を届かせていた。
その様は矢が刺ささるという表現では生温く、むしろミサイルによって爆撃されたような有様だった。
俺が放った一射の後に立っていたのはヨミだけだった。
ヘルメスとエトルは瀕死の重傷を負い、あっという間に戦闘不能にまで追い込むことができた。
「……強い。まさか召喚されて間もない勇者がコレほど戦えるとは思ってもみませんでした。」
一瞬の躊躇いもなく、エルメスの首をハネようとしたブルの刀をジークと戦っていたはずのヨミが掴む。
まだ足止めをされているだろうと思っていた俺達は、完全に虚を突かれてしまった。
「月は潮の満ち引きに作用する。」
刀を引き抜こうとしたブルへ、ヨミが呪詛の言葉を吐き出した。
俺がヤバいと感じたその瞬間、ブルが立っている地面がえぐれ、大男は苦悶の声をあげながら地面に片膝をついた。
デブロフンディスの目で看破するまでもなく、ブルが重力魔法の影響下にあることは明白だった。
「<剣神流、壱の太刀>」
ブルへの追撃を防ごうと俺が矢をつがたのと同時に、大男もヨミから離れようと半ば強引にスキルを使用した。
「<疾風迅雷>」
ズザザザザと膝で地面を耕しながら、ブルは片膝をついた状態でこちらに向かって移動をしてきた。
ブルの咄嗟の機転に驚いたヨミは、追撃しようとしていた手を止めてマジマジとこちらの様子を伺う。
俺はその間抜け面に、今しがたつがえた矢を放ってやった。
「おい、力也!お前のお守り、全然御利益がねえぞ!」
「お守りがあったからそれで済んでんの!無かったら今頃ああだからね?」
俺が指で指し示した方向には車にひかれたカエルのように今にも地面と同化しそうなジークの姿があった。
彼の頭上には小さな月のようなものが怪しく輝いており、そこから強力なGが放たれているのがわかった。
あの具現化した月の話はジークから直接聞いていなかったので、おそらく彼も見るのは初めてだったのだろう。
以前の戦闘で攻撃を食らわなかったことを過信し、より高位の魔法に対する対処を行ってしまった……というより脱げたり濡れるからと防具を装備していないのが彼の敗因だった。
何にしてもこれは……とてつもなくヤバい状況である。
「シュタウフェン!死にたくなかったら手持ちの印石とその材料を寄越せ!!」
流石に丁寧な口調で話している余裕など無かったので、俺は有無を言わさぬ口調でシュタウフェンからアイテムを譲ってもらった。
紙一重の状況ではあったが、ヨミは俺達を追撃しようとはせずに仲間の回復を優先させていた。
恐らくレベルの高いジークとブルの動きを封じたことで勝ちを確信しているのだろう。
そのナメプが命になることを相手にわからせる必要があった。
既にデブロフンディスの目でエトルの魔法は見ていたので、RだけでなくYも俺は使えるようになっていた。
シュタウフェンから貰った印石の材料を使い、俺は矢じりを使って<Y>の刻印をイチイの種に刻んだ。
「Yよ、我らを守れ!」
完成したルーンをジークとブルに向かって投擲すると、イチイの苗木がヨミの重力魔法を押し上げながらすくすくと育っていった。
旅を妨げる厄災から身を守るというRのルーンと違いYは仲間を守ることに特化した防御用のルーンだった。
格上のヨミの呪いを防げるかは一か八かなところがあったが、バフの効果を上昇させる<竜脈の修験者>のスキルと合わせて俺は賭けに勝つことができた。
「……すまん、助かった。もう少しで潰れるところだった。」
魔法を解除できたものの、ジークは過重に耐え切れずに骨を折ってしまったようだった。
このままの状態でヨミと戦闘をするのは流石に難しいだろう。
(俺とブルでなんとかするしかないか……。)
そんなことを考えていると、意外にもヨミの方が俺に交渉を持ちかけてきた。
「お互い、痛み分けと言ったところでしょうか……。イグ・アはお返ししますので、それで手を打ちませんか?」
一応ヨミに対抗する手段が無いわけではなかったが、ジークがヨミに負けた時点で撤退するべきだと俺は考えていた。
問題は野原さんが持ち込んだ精霊の件である。
シュタウフェンがもたらした印石が思いのほか役立っているので、その点は考慮しないわけにはいかなかった。
「魔法が効かないならブルがいる分こちらが有利だ。そこのふたりなら俺だけで殺せるしな。手をうつなら王都で魔法を行使した罪人もこちらに引き渡してもらおう。」
「怪我人と足手纏いを連れているのに随分と強気ですね。ああ、なるほど。シュタウフェンから水の精霊の解放を頼まれましたか。なら、ご安心ください。ヘルメスが契約した時にはもう精霊に魂は残っていませんでしたから。」
「……魂がない?それはどういう意味だ。」
「何かを与えずに何かを得ることはできない。愛を与えずにその恩寵を求め続ければ、精霊の魂はドンドンすり減るだけです。彼はそのことに気づいていたと思いますが、時すでに遅しと言ったところでしょうか。」
「……仮に彼女を愛するものが現れても。精霊は助からないのですか?」
俺の指示をしっかり守り、出すぎた行動を控えていたシュタウフェンがここにきてヨミの注意を引くようなことをやり始めた。
正直勝手な行動は控えて欲しかったのだが、会話の主導権を奪われてしまってはシュタウフェンに合わせるしかない。
どんな答えが返って来るか見守っていると、ヨミは意識を取り戻したヘルメスに何かを耳打ちした。
ヨミの言葉に弱弱しく頷いたヘルメスが天に向かって手をかざすと、雨が止んでこの世界の夜空が見えた。
何故彼は魔法を止めたのだろうか。
不思議に思いデブロフンディスの目を凝らすと、何か大きな塊が雨の代わりに降ってくる。
それは、スライムのようなゲル状の生き物だった。
「壊れた精霊を愛せるものなど、我々の他にいるでしょうか?彼女はもう人の形すら保っていないというのに。」
地面に落ちてきたスライムはヘルメスの頭に登ろうと、ヌルヌルと体をくねらせて彼のローブを這いあがった。
これがもし精霊の本当の姿だと言うのなら、シュタウフェンの先祖はなかなかに上級者だったとしか言いようがない。
「まさか……そんな……。」
変わり果てた精霊の姿を見たシュタウフェンは、ショックのあまり放心状態になってしまった。
どうやら彼の先祖が上級者だったという説は的外れだったようだ。
せめて人の姿を保っていれば救える可能性もあったのかもしれないが、ヨミの言う通り知能の低い粘性物質を愛せる者がいるとは思えなかった。
「条件を飲もう。ブル、撤収だ。」
俺の判断にシュタウフェンは反論しなかった。
落ちこんでいるようにも見えたが、今はスオルムとジークの面倒を見るので精一杯だった。
撤退をする準備をしている間に攻撃されるかとも思いきや、3人の魔法使いはこちらへ背を向けて去っていった。
あまりに潔い対応に、スオルムを狙うことだけが魔法使いの狙いではなかったのではないかと俺は疑いを持ち始めていた。
王宮に戻るとすぐに、ジークは医療施設へと運び込まれた。
全身の骨がポキポキ折れていたはずなのだが、レベルの高さも相まって彼は後遺症もなく回復する見込みだ。
一方のスオルムは王宮の治癒師の力をもってしても意識を取り戻すかは運次第になってしまった。
ブルに話は聞いていたが、この世界の回復魔法は効果がとてつも無く微々たるものらしい。
スキルさえあれば治る骨折などの状態異常とは違い、失った体力、つまりゲームなどで言うところのHPだけは、時間をかけなければ回復しないようだった。
その弱点を補うために、本来は体力を自動回復させるスキルを取得するのだろうが、スオルムは人では無い為それも叶わなかった。
スキルが無いせいで生死の境を彷徨っているスオルムを助けるために、俺は王宮にある書庫で回復魔法や魔法薬の知識を探しまわった。
もちろん祝賀会の終わりにはきちんと顔を出し、パーティーを開いてくれたことに対する感謝の言葉も述べたりした。
これは俺達がいなくなっていたことを参加者にバレないようにするための対応だったので、勇者として勤めを果たさなければならなかった。
「シュタウフェンはこの先、女勇者とやっていけると思うか?」
本を読むのに飽きたのか、ブルが俺に話しかけてきた。
先に寝てていいと言っていたのにも関わらず、ブルは俺に付き合ってくれていた。
「たぶん大丈夫だと思うよ。」
シュタウフェンの家を守護していた水の精霊の顛末を話すと、野原さんは少しだけ安心したような表情を浮かべた。
シュタウフェンは彼女に惚れていたわけではなく、その境遇に対して同情していただけだということが理解できたからだ。
(いや、この分析はあまりにもオブラートに包んだ物言いだな……。)
睡眠不足で思考が鈍り始めた俺は、角の立たない言い方にまで思考を落とし込むのを半ば諦め始めていた。
女勇者が安心したのはシュタウフェンの気持ちを理解したからではない。
正確には水の精霊がスライムになったことで、彼の好意が精霊に向けられないと判断したのだ。
「そうなのか?だいぶショックを受けてるように見えたがな。」
「あれはただ、同情していた相手を助けられなくてショックだったって話なんだと思う。だから立ち直れるさ。」
「ふうん……。お前は俺がスライムになったらショックを受けたりするのか?」
「するする!ブルがスライムになったら俺は立ち直れないかも。……あ、でもその後に絶対治す方法を探すから安心してくれ。」
「お前は本当にぶれねえな……。どんだけ俺のことが好きなんだよ。」
「えへへ、べた惚れです。あ、そうだ。ブルは俺がスライムになったらどうする?ショックを受けて飲んだくれになったりする?」
「そうだなお前がスライムになったら……オナホにでもして使うか。」
「ちょっと、ブルさんや。俺の扱い酷くない?そこは嘘でもいいから悲しいって言ってくれ。」
「……スライムになっても一緒に居てやるって言ってんだよ。」
「えっ!?ど、どうしたんだよ急に。突然デレられても心の準備ができてないんですけど。あれ……もしかして俺、夢でも見てるのか?」
「夢じゃねえから安心しろ。てか、お前は俺のオナホになっても喜びそうだけどな。」
「あの、ブルさん?上げるか下げるかどっちかにしてくんない?」
「俺の言葉にお前が勝手に一喜一憂してるだけだろ。」
「まあ……確かに?てか、そもそも俺はブルからいっぱい愛をもらってるから、限界突破をしても魂がすり減ったりしないしな。だから俺がスライムにはなることはない」
「愛というか、子種だろ?……結局スライムになってもやることは変わんねえじゃねえか。」
「うは、ひっでえ会話だな。深夜のテンションやばいわ。」
ひとしきり笑うと、本を探す効率も上がったような気がした。
しかしこんな短い時間では、特効薬になりそうな薬や魔法のたぐいを見つけることができなかった。
「ま、こんなことをしなくても、スオルムを助ける方法はありそうだけどな。」
俺が頭を抱えていると、ブルが俺を背後から抱きしめてきた。
元気を出せとでも言うように、何度か首筋にキスを落とされる。
「方法って?」
心地よい感覚に身を委ねていると、ブルがこれだよこれと囁いた。
「これ?ああ、キスをしろってこと?」
「眠った騎士を助けるには鉄板の方法だろ?」
「こっちにもそんな童話があるのか。てか、姫じゃなくて騎士なんだな。」
「魔物と戦って負傷すんのは、大抵騎士や兵士だからな。その方がリアリティがあるだろ?」
「確かに。でも俺がキスしてもスオルムが限界突破できるようになるだけなんじゃないか?」
「いや、限界突破ができるようになったタイミングで、俺はお前からスキルを1つ授かってんだよ。その様子だと……気づいてなかったみてーだな?」
「初耳すぎる。ちなみにどんなスキルを使えるようになったんだ?」
俺が興味本位で尋ねると、ブルはその時入手したスキルの詳細を俺に開示してくれた。
・番狂せ<Lv1>
パッシブスキル
自身のレベルより対象のレベルが高い場合に効果が発動する。
戦闘中、技量差によって生じたスキをつくと、対象に致命傷を与えることができる。
自身と敵対する対象の技量が自分よりも劣る場合、スキルによる補正を無視して攻撃を受け流すことができる。
「何と言うか、ブルだから使えるって感じのスキルだな。レベルが高い相手に普通は技量で勝てないだろ。」
「スキルの内容自体は重要じゃない。とにかく、早いとこスオルムのとこに向かおうぜ。」
「これ、罠だったりしない?俺がスオルムとキスしたら、不倫乙。離婚だ離婚。みたいな話になったりとか。」
「なんねえよ。」
「なら、試してみるかぁ。」
不安そうに顔を曇らせながらも俺が決心をすると、ブルはポンポンと頭を撫でてくれた。
図書館からスオルムのいる医療室へ向かうと、スオルムに治癒の魔法をかけている術師に呼び止められた。
寝ずに治療をほどこしてくれている治療師の方には申し訳なかったが、少し席を外して欲しいと頼み込み医療室から出て行ってもらった。
周囲から人の気配がいなくなったことを確認した俺は、診察台の上で寝ているスオルムにそっとキスをした。
「そこじゃ駄目みたいだな。」
ブルにダメ出しをされてしまったが、俺はちゃんとスオルムの口にキスをした。
ディープキスじゃないから駄目なのではないかと本気で検討をした後に、俺はあることに気がついた。
「……たぶん、枷のせいだ。」
寝ているスオルムにはシーツがかけられていた。
それをはがすと、鍛えられた腹部が露わになった。
腹の下にはコックリングのような枷が、力を失ったスオルムの逸物にはめられている。
俺がそれを外そうとスオルムの逸物に触れると、イグ・アの逸物がどんどん固くなっていった。
「と、とれた。」
枷を外し終えると、自由になった喜びからスオルムの逸物がブルンと跳ねた。
ブルのように太マラでは無かったが、それは上反りで形のよい姿をしていた。
臨戦態勢になったスオルムの逸物を見ていると、俺はなんだかドキドキしてきてしまった。
普段の俺ならブルの手前理性が働くはずだった。
しかし、今日は何かが違っていた。
(喉が……乾いたな……)
それは今まで感じたことの無い飢餓感のようなものだった。
○化のための渇望のようなものが、俺の内側から湧き上がってくる。
疲れているせいか……頭が回らない。
これは本当に俺の感情なのだろうか。
「おいおい、キスはどうしたよ。」
ブルのからかう声が聞こえて、俺はハッとして逸物から口を離した。
どうやら理性がぶっ飛び、無意識に逸物を咥えていたらしい。
「まあ、そのままだと治療師がびっくりしちまうからな。抜いてやったらどうだ?」
ブルから免罪符を得た俺は、スオルムの逸物に舌を這わせた。
味わっている場合では無かったが、それは果物のように爽やかな味がした。
捕まえられてからずっと抜いていなかったのだろう。
スオルムの限界は呆気なく訪れた。
弱々しく震えるスオルムを愛おしく感じ、俺は吐き出された精を最後まで飲み干した。
「これで通過儀礼は完了だな。後はこいつを救ってくれるスキルが付与されているといいんだが……。」
・先祖返り<Lv1>
パッシブスキル
体力が1割をきると自動で竜化する。
俺達が各々スキルを利用してスオルムの容態を確認すると、こんな説明がポップアップに表示された。
彼の体力はゲームでいうところのレッドゲージ、つまり1割を切った状態だったので、パッシブ効果が今まさに発動しようとしていた。
「ブル!」
「わかってる!」
スオルムの体を抱き抱えたブルは医療施設の窓から飛び降りて、そのまま城の裏手にある大きな庭へと向かった。
ブルがスオルムを地面に降ろす頃には、スオルムは元の大きさの5倍になっていた。
「危なかったな。」
「ああ、ここならどんだけデカくなっても大丈夫だろ。」
俺とブルが見守っていると、寝ているスオルムは人間の頃の10倍の大きさの竜になった。
「……むう。」
竜化をすると自動で体力が回復するらしく、スオルムはすぐに目を覚ました。
まさか寝ている間に自分が竜になっているなんて誰も思わないだろう。
彼が周囲の状況を確認しようと体をひねったことで、巨大な尻尾がブワンと俺達を薙ぎ払おうとした。
「危なっ!」
咄嗟に跳躍したので俺もブルもなんとかかわせたが、俺はいま無意識の内に3メートル以上の高さにまで跳躍していた。
「おい、スオルム!俺のことがわかるか?」
気絶する前に襲われた記憶が蘇ったのか、スオルムは警戒するように唸り声をあげていた。
ブルが声をかけると、ようやく俺たちが傍にいることを理解し、安心したのか彼は警戒を解いた。
「ブル、それに力也殿……やはり助けに来てくれたのだな。」
「当然だろ。お前を故郷に帰してやるって話だったからな。」
「ああ、感謝するぞ二人とも。ところで……お主ら少し見ない間に小さくなったのではないか?」
「はっはっはっ。俺達じゃなくて、お前がでっかくなってんだよ。」
「我がでっかく?」
「話は後だ。とりあえず、手をこうやって動かしてみろ。」
「こうか?」
ブルが指示した動きは、俺たちがGUIを開くのによくやる手の動きだった。
「何が見える?」
ブルの問いかけに、スオルムは言葉ではなく大粒の涙で答えを返した。
自分が助かったことよりも、スキルを得たことに感動しているようだった。
「スキルだ……我にもスキルが……」
「ああ、そうだ。だからとりあえず、竜化を解除しろ。兵士達が騒ぎ出す前にな。」
悪戦苦闘をしながらも、スオルムは竜化を解除した。
もとに戻ったスオルムは真っ先にブルを抱きしめ、そして戸惑いながらも俺を抱きしめた。
「ありがとう、人間の友よ。そして、我が勇者よ。この身朽ち果てるまで、我の忠誠はお主のものだ。」
俺を抱きしめていたスオルムが仰々しく俺にひざまずいたので、俺はどう反応して良いかわからなくなった。
「こいつは忠誠よりも別のもんを欲しがると思うぞ。意識不明の重傷だったお前が、どうやってスキルを得たと思う?」
ブルの問いを真面目に考えていたスオルムが、自分の総排出腔を見た後に俺のことを見た。
俺は何も言えずに顔を真っ赤にして、スオルムからそっぽを向いた。
患者がいないことに気づいた治療師が騒ぎ始めたのでそれ以上追求されることはなかったが、これからの異世界生活はますます波乱万丈になる気がした。
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