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01:不安の先の未来
しおりを挟む中学校生活最後の秋を迎えた。
まだ完璧には色づかない山々を見つめて、わたしはため息をつく。
この中学校は、学校自体がどこにでもありふれる平凡かつそれほど平和でもない。
時折上級生に絡まれたり、普通にいじめが横行しているような、そんな学校。
その名も――私立彩酉中学校。
たいへんヘンテコな名前をしているが、そんなことは生徒も先生も校長も当然自覚済みだ。
そんなとてつもなく平凡な中学校に通うわたしも、やはりとてつもなく平凡な中学生で。
普通に、人間が大嫌いだった。
「あのなあ、トラコ。オマエ進路どうするつもりだ?」
山々とは違い、限りなく明るいオレンジ色に染まった教室の中。
キョウラクの声が響く。
キョウラクはわたしを半ば哀れむように見つめていた。
現在、いわゆる『進路』について絶賛面談中。
正直なところ、わたしにとっては死ぬほどどうでもいい時間である。
たとえるなら、カップ麺についてくるあの乾燥した歯ごたえのない小ネギほどにどうでもいい。
「あ―……」
言葉に詰まって、わたしは唸る。
「おいおいおい。わかってるのかオマエ。わざわざ一番最後に時間とって、一番時間かけてるんだぞ?」
「……そりゃ、ゴ苦労サマデスネ」
「なんでカタコトなんだよ。なんかすっげー腹立つわ……」
呆れ顔に多少苛つきが混ざり込んで、キョウラクはパタンとファイルを閉じた。
京洛 言葉(ことは)。通称、キョウラク。
わたしのというよりはわたしの祖父の古くからの友人で、現在はわたしの担当教師である。
個人的な関係があるからか、わたしへの干渉がひどい。
……とまえに告げたら、公私混同はしない主義だと言われた。どこがだ。
「いいか? 確かに高校に進学することもできるぞ。中高一貫性だしな。でもオマエ勉強嫌いだろう」
「ああ、うん、そうですね」
「だったらよ、ほら。オマエ運動神経いいし、もっと他にできることもあるだろ。やりたいこととか、ないのか」
「ああ、うん、そうですね」
「……オレは今、無性にオマエを殴りたい。ていうか教師という立場さえ無ければ殴ってた」
「そりゃ、幸いです」
視線を再び窓に戻す。
夕暮れの世界は嫌いじゃない。
真っ赤な炎に包まれたように、世界が燃えてみえるからだ。
――別に、世界が滅んで欲しい、なんていう世紀末論者じゃあないのだけれど。
例えば、わたしが今、三十人ほど誰かを殺したって、世界は何も動かない。変わりはしない。わたし一人が屋上で何を叫んだって、誰一人も動かないだろう。また腹を切って自害しても、たいしたニュースにもならないだろう。
世界はあまりに広すぎる。
そんな箱の中で、やりたいことなんて。
漠然としすぎていて、想像もつかないことばかりだ。
たかだか十五年生きただけで、将来を決めろだなて、そんな無茶な。……と、言いたいことは山ほどあったが、口に出すほどのことでもない。
キョウラクにそう呟いたところで、何も変わらないだろう。
こういうのは、多分。
わたし自身に、問題があるのだから。
「ていうかトラコ。オマエ、進路希望欄に『始末屋』って書くことねーだろ。厨二病はそろそろ、卒業してくれ」
「ヤです。……あ、別に必殺シゴト人でもいいですよ。わたしの憂さ晴らしさえできるシゴトなら」
「始末屋も必殺シゴト人も憂さ晴らししてるわけじゃあないんだけどな」
「同じようなもんですよ。要するに、自己満足ですから」
「オマエの言っているような人間のことは、ただの『殺人鬼』と呼ぶ」
「じゃあ殺人鬼でいいですよ。気さくで爽やかお人好し。笑顔のすてきな殺人鬼になります」
「人間失格の零崎? つうかよくねーから! 進路希望に『殺人鬼』って、校長にそれを提出するオレの身にもなれ!」
怒鳴られて、わたしはわずかにしゅんとした。
函館市一の問題児などといわれるわたしには、ぴったりの職業だと思ったのだけれども。
だがしかし自覚はない。これっぽっちもない。
ただ髪が生まれつき銀髪で、目が琥珀色で、容姿の色がホワイトタイガーカラーだっただけで、上級生にはよく絡まれた。
それを撃退していたら、いつの間にかついた二つ名は容姿からか、『ホワイトタイガー』やら、『白虎(しろとら、と読む)』。
別に喧嘩が好きなわけでも、反骨精神を持っているわけでも、ない。
まあ、気に入ってないわけでもないが。
「それからなトラコ。お前、いい加減制服、着用してくれ。教頭から毎日小言言われる」
「知らないですって。仕方ないでしょう、寒いんですから」
夏場はともかくとして、冬場は寒いことを理由に、わたしは教室内でも体育館でもどこでも、常時黒いファーつきポンチョを着て登校し、そのまま過ごしている。
当然理由があってのことだ。
「わたしが体温調節苦手なの、知ってるでしょう」
「うっ」
生まれつき、容姿の異変があるように。
わたしの身体には、いろいろと異常点が存在するのだ。
例えば、百メートルなんて本気で走れば七秒だし、全力を出せば鉄だって蹴りで折れる。
代償なのか、体温調節は全く駄目。ついでに睡魔に弱い。それから、太陽光と蛍光灯――つまるところ光にも。
アルビノではない(紫外線そのものは弱いだけで平気)らしいが、だったらなんなのかって話だ。
「そりゃ、そうなんだけどさ……」
―――そうして、それゆえに。
わたしは両親に捨てられた。
物心ついて、まもない頃だったような気がする。
記憶が定かではないので、なんともいえないが、そんな捨てられ者のわたしを拾ったのは、物好き酒豪、なまくら神主だった。
それが今、唯一の保護者であり、祖父であり、通称じじいである。
じじいとキョウラクはどうやら古く長い付き合いらしく、それゆえに、わたしとキョウラクとの付き合いも長い。遊び(という名のいじめ)相手だったこともあるし。
ただ、こいつが教師だということだけは現在、非常に残念な点だ。
しかも知らないでこの中学校に入学してきたおかげで、最初はずいぶんと、びっくりした。
多分知らなかったのはわたしだけで、じじいとキョウラクは知っていたようだったが。
「……なあ。本当に、やりたいことないのか」
諦めたのか、心境が変わったのか。
ずいぶんと真剣な表情で、声音で、京洛は呟いた。
昔を回想していたわたしも、一度思考をストップする。
それからコクリ、と一度だけ頷いた。
キョウラクはため息で答える。
「そうか。……まあ、なんだ。まだ時間はあるから、なんかあったら、連絡してくれ。景生さんもな、すっげえ心配してんだぞ?」
「まさか。だって毎日飲んだくれてるじじいですよ?」
「飲んだくれなきゃ景生さんじゃない」
「なん…だと……」
■□■□
いつどこで誰に聞いた話かは忘れてしまったが、人生をもう一度、最初からやり直す人間が、ごく稀にいるのだという。
いわゆる、タイムスリープ。
彼らは生前の記憶を持ったまま生まれ、そして同じ時をもう一度、過ごす。
しかしながら、それを求む人間は、どれほどいるだろう。
自らの過去、失敗を取り消そうと、やり直そうとする人間は。
――少なくとも、わたしには必要ない。
何回やり直したって、同じ選択をすると確証が、あるからだ。
「ほほう? それで、お前っていう子は謝らない、と?」
「はい。だって絶対、やると思いますし、いつかは落としますから」
「俺の大事に大事にしていたっつー、サボテンの鉢をぶっ壊しといて?」
「ええ。わたしじゃなくたって、野良猫にでもやられてたかもしれないでしょう」
「まあそうだよな。うんうん、でもお前が壊したっていう事実は、真実だな」
……なんて、先ほどまでじじいと罵り合っていたわたしは現在。
函館山北麓にある神社へ使いっ走りに行かされたその、帰り道。
五稜郭でぶらぶらと散策をしている。
帰宅して早々、神社にきていた狐と遊んでいたら、サボテンの鉢を見事にぶっ壊してしまったからだ。
でも反省はしていない。後悔もしていない。苛立ちは、多少残ったが。
「疲れました……」
函館市内でもわりと外れにある神社、柚原神社が、わたしの自宅。
そこに帰るには、どんなにがんばっても、電車かバスに乗らなければならない。
が、残念ながらわたしが北麓にある陽上大神宮から帰った時には、もはやそれら交通機関の出発時刻は過ぎていた。
湯ノ川にゆく市電はしばらくなさそうだし、バスもしばらくない。ならば散策が一番。……と、そういうことである。
や、本当のところ歩いてでも帰れる。ていうか歩いていればそのうちバスの時間になるからだ。
もうすでに陽はすっかり暮れて、道を行く人も少ない。
たまにぽつり、ぽつりと帰宅途中のサラリーマンとすれ違う程度だ。
平日とあってか、観光客は少ない。
外人らしき観光客はたくさんみえたが、まあ、そんなものだろう。
「おっ! お嬢さん、そこのお嬢さん! 今ここの公園でね、サーカスやってるよ! みていかない?」
「えっ」
ぼーっとしながら歩いていたわたしは、突如腕を強引に掴まれて立ち止まった。
相手はいわゆる客引きのお兄さん。
その顔は子犬のように無邪気で、一切の悪気がないことを証明している。
(……うーん、ちょっと困りました)
悪気がない相手には、こちらも悪気を出しづらい。
つまるところ、暴力で追い返すという選択肢がないのだ。
なにしろ向こうはあくまでも善意で動いているのだから。
しかしまあ、サーカスなんてみていたら、遅くなるどころか帰り時刻は一体何時になるんだか……。
考えもつかない。
「……湯ノ川まで帰らないといけないから無理ですね」
しれっと、わたしは今考えついた言い訳を口に出す。
「そんなこといわずに! 大丈夫大丈夫、タクシー代くらい出すから!」
「ええ……」
なにっ、ぬかったか!
引き下がらないお兄さんに、わたしは心底困り果てた。
正直疲れているから、鯛焼きでも買って帰りたい。
とは思っているものの、わたしの腕を彼はガッチリと掴んでいる。
ちらりとみえる横顔はやはりきらきらと輝いていた。
観光客じゃあ、ないんだけどなあ……。
「ほらほら! もうすごいよ? 種も仕掛けも一切なしだから!」
「お金ないですよ」
「たらららったら~♪ 初回無料サービス券~」
なぜだろう。
今一瞬だけ、いらっときた。
「ほうら、楽しんでおいで! すっごいおもしろいから!」
強引にチケットを手渡されて、背中を押される。
目の前には大きな白いドーム。
周囲に人影は、まるでない。それどころか、騒音も、小さな音一つも、聞こえない。
なんだか騙されたような、本当はサーカスなんてやってないのでは、という疑念が生じる。
空では星が瞬き始めて、月がゆっくり上へのぼっていた。
「……なんだかなあ」
シロトラ、なんてかっこよく呼ばれる自分が、こんなに流されやすい性格だということは、わりとコンプレックスだったりする。
ああやって無邪気な笑顔で、強引に迫られると、困ってしまう自分が、嫌だ。
しかしこうなってしまっては流されるしかないので、わたしは一歩踏み出して、ドームの中へと入った。
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