シロトラ。

黒谷

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16:赤い悪意。

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 ぞくりと背筋に冷たいものが駆け上がる。
「……お、おおお、オスカー頭首……!」
「ロウ?」
「あ、ああ、アドルフ、オスカー……!」
 赤い悪魔を視界にとらえたロウが、刹那。
 生まれたての子鹿のように、震えはじめた。
 目の焦点があっていない。
 そんなに有名な人物なのだろうか。
 だが魔王とかいう悪魔の中で、そんな名前はきいたことがないし、まあわたしも詳しくないのでわからない。
「ロウ! ロウ!」
 ロウにはわたしの声も、届いていないみたいだった。
 ずっと呆然と、赤髪の悪魔をみつめている。
「せっかく天沼矛を『強奪』させたというのに、この天沼矛は使い物にならなくてね。……そこの小僧が、わざわざ『具現化』など使ったために」
「ひっ……!」
 赤い瞳にみつめられたロウは、すくみ上がる。
 その悪魔の手には、わたしの大切な。
 大切な首飾りが、握られていた。
 具現化、というのが何かはわからないが、一つ、わかることがある。
 それは、その悪魔のものではないということだ。
 悪魔が持つに、ふさわしいものではないということだ。
「――それ、返却願います。さもなくば貴方を切り裂くことになりますよ」
 わたしはロウの一歩前に出て、悪魔を睨み付けた。
 その赤い悪魔の、一歩前に出て、悪魔はわたしを睨み付ける。
「その前に某が君を切り裂くことになる」
 わたしのカタキが、不意に割り込んできた。
 相も変わらず、無表情な瞳だ。
「……いいですよ、やってみますか? わたしと貴方、どちらが切り裂けるか」
 わたしは鬼切を構える。
 今度は、大丈夫。
 戦っているのは、わたしだけじゃない。
 わたしだけじゃあ――ない!

がしっ

 悪魔の背後から、見覚えのある影。
「! な、何……」
「あははー、ぼくのとら姉をいじめるなー!」
 ミュウだ。
 ミュウは悪魔に背後から抱きつくと、そのまま分身をはじめた。あっという間に悪魔はミュウに押さえつけられる。
 男の子とは思えない手際のよさだ。
「くっ、この、はな――」
「無駄ですわ」
 ついでに、ルイスさんも押さえにかかる。
 赤髪の悪魔はそんな様子を無表情でみつめていた。
 どうしてこいつはこんなに冷静なんだろうと、思いつつも――、しかし、目の前の悪魔に、カタキに、狙いを定める。
「終わりですね」
 だからわたしは堂々と、悪魔を。
 鬼切で――、切り裂いた。
 その少し前に、ミュウとルイスさんがぱっと離れる。
 うーん、まさに絶妙のコンビネーション。

ズバッ!

 すさまじい勢いで鮮血が吹き出す。
「ぐ、う!」
「言ノ葉を刀にのせてみましたから、並大抵の攻撃力ではないすよ」
 続いて、わたしは、赤い悪魔を睨み付ける。
 そうしている間にも、ロウはずっと震えたまま、視線を赤い悪魔から外そうとしなかった。
「く……」
「何をしているこの愚息め」
「!」
 刹那、悪魔の身体が真横に吹っ飛んだ。
 今後は、レオンではない。
「――愚息って……!」
 まぎれもなく、赤い悪魔の攻撃だった。
 バロックさんと対峙したまま、どうやって攻撃したのかはわからないが……、間違いなく、吹き飛ばした。
 吹き飛ばされた悪魔の方は、壁に軽くめり込んでいる。
 ……仲間では、ないのだろうか。
「ふん。出来損ないめ。……まあいい。小僧、こちらにきて『具現化』を解除しろ」
「……あ……!」
 赤い悪魔は一度視線を悪魔へとうつした後、もう一度、ロウをみつめて、呟いた。
 するとロウは、おかしいことに、ふらふらと歩き始める。
 どうやら様子がおかしい。
「ちょっと、一体どうし……、……貴方の仕業ですか」
「そのとおり。察しがいいな小娘」
 赤い悪魔を睨み付けると、彼は楽しそうに笑った。
 ロウはふらふら、ふらふらと悪魔の方へ歩いていく。
 止めようにも、何故だかわたしの身体も、動かなくなっていた。
「……! バロックさん、これは……!」
 となりに立つバロックさんをみつめる。
 が。
「すみません……彼の能力を忘れていました……」
 バロックさんも、動けないようだった。
 なんていうことでしょう。
 ちなみにすっかりスーツの男は蚊帳の外だ。
 こちらをみたまま、まったく動かない。
 それはロウの状況と少し、似ていた。
「彼の能力は『支配』。ある一定距離のもの、全てを支配下におくことができるのです……」
 すさまじくでたらめな能力だった。
 さすがにそれはない。
 ていうか、なにげに絶体絶命だ。
「――具現化、解除」
 ロウがもうろうとした顔で、天沼矛に、触れた。
 とたんにまばゆい光が溢れ出す。
「……!」
 スーツの男はその様子をみつめていた。
 光は巨大な矛を象り、徐々に変化していく。
 すっと、糸がきれたように、ロウが倒れる。
「ロウ! ロ……!」
「悪いが儂はうるさいのが嫌いでね」
 声が、ふいに出なくなった。
 それどころか、もっと、重要な。
「……ッ」
 呼吸が、できない。
「残念ながら、そろそろさようならとしよう。……そこの人間。貴様も同様にな。もう利用価値もあるまい」
「………」
「ああ、もう聞こえてはいないか。……どうも人間に『能力』を使うと、効率が悪い。ただの人形になってしまう」
 赤い悪魔はちらりとスーツの男をみるなり、ニタリと笑ってくるりときびすを返した。
 なんていう悪魔だ。
 今更ながらに、わたしは、敵がこいつ一人だったことを理解した。
 このスーツも、エレベーターで待機しているという男も、わたしの、カタキでさえも。
 しかし、崩れ落ちる男をみながら、さすがのわたしも、そろそろ、やばい気がしてくる。
 元どおりのサイズらしい天沼矛を抱えた赤い悪魔は、それを抱え直して、歩き出した。
 ……ああ、もう、だめか。
 酸素が、さんそが、な


「×××××―――――ッ!!!!!」


 ドッと、音が、溢れた。
 とっさに鼓膜を守る。
「!?」
それは悪魔も同じことのようで、突然のことにバッと振り返って、こちらをみた。
「……はあ……っ……はあ……っ」
「……ほほう」
 よくみれば、ルイスさんが、大声を、いや何かを発したらしく必死に息を整えている。
 脳内に直接たたき込まれた衝撃で、ロウも起き上がった。もう大丈夫のようだ。呼吸も、できる。
 なにより、身体が、動く。
「え、あ……オレ、一体……」
「ロウ、無事ですか!」
「うん、まあ……」
 まだ意識がハッキリしないのか、ぼんやりと辺りを見渡すロウ。
 よし……!
「貴様の『バウンドボイス』、儂は少々甘くみていたようだ。――死ね」
「!」
 安堵も一瞬。
 刹那、赤い悪魔の攻撃が、ルイスに伸びた。
「ルイスさん!」
 手を伸ばすも――間に合わない。
 ルイスさんは、身じろぎ一つしなかった。
 ああ、いやだ。
 もうこれ以上、誰かを――。


「呼ばれて飛び出てッじゃじゃじゃじゃあああんッ!」


 ドッゴォォォォォオオンッと派手な音が、響いた。
 あまりの衝撃で思わず目をつむったが、正解だったようで辺りには土煙のようなものが舞っていた。
 ――つまり、それほど大きな衝撃だったということだ。
「大丈夫か」
「……! は、はい……」
 そんな中で、目をあけて一発目。
 飛び込んできたのは無事に抱き上げられているルイスさんと、ルイスさんを抱き上げている、見知らぬ男性だった。……なんとなく、雰囲気が悪魔ではありそうだが。
 男は頭にミニハットをつけていて、ワイシャツの上に着流しを羽織っている。
 その声は、悪魔を吹き飛ばした音とは、違う、男性の低い声だった。
「んふふー。楽勝なんだよー♪」
 その悪魔の、少し後ろ。
 よくみればそこにも、見知らぬ少女が、立っていた。
 青い髪に青い瞳。やる気のなさそうな、気怠さをひめた、瞳がわたしを見つめる。
 声は、先ほどの悪魔を吹き飛ばした声と、同じ。
 ひどくのほほんとした、女の子の声だった。
「君がトラコちゃん? 父さんの命令で君たちを特別に守りに来てあげたよーん! ね、レオンー」
「けっ」
 そこにはレオンもちょうど重なるようにして立っていた。
 不機嫌そうに、顔は歪んでいる。
 だけどきてくれたこと自体が――嬉しい。
「……帝王の兵器か。くだらん」
「!」
 ふいに声が響いた。
 赤髪の悪魔の声、だ。
「わー、オスカーだー」
 びくりと震えたロウとは違って、女の子はひどく楽しげに赤髪の悪魔を見つめる。
「おい起きろロイズ。それから堕天使ども。こいつらを始末しろ」
「うっ……」
 その声で、壁にめり込んでいた悪魔が、ゆっくりと動き始める。
 が、動ける状態ではないようで、血まみれのうえにフラフラだった。千鳥足みたいだ。
「もう、だから言ったじゃないの」
 そして頭上からも、声がした。
 ハッと上をみる。
「やあトラコちゃん♪ 僕はそこの無神経な悪魔と違って、ちゃあんと名乗るよー。僕は北魔界魔王、アルマロスだよ。よろしくね」
「……!」
 ニタリと、シルクハットをかぶった、銀髪の悪魔がわたしに微笑む。
 気持ち悪い。
「死んでください」
「おっと! ――無効化」
 振り袖から出した瓶『雷』で貫撃を放ったが、悪魔はいとも簡単に、左手でそれを消してしまった。
 うーん。わたしはどこぞのコインを弾く女の子ではないのだけれど悔しい。
「――まあ予想はしてましたけど、やっぱりこうなるんですねえ。あ、私はですね、ソロモン七十二柱が一人、シャクスと申します。よろしくどうぞ?」
「ここにもですか……」
 次は抜刀しようとしていたわたしの肩を、茶髪の、どこか鳩みたいな悪魔が掴んでいた。
「! シャクスお前! オレのトラコに触るな!」
「おや失敬」
 それをみていてどうやら正気に戻ったらしいロウが、シャクスに向かって怒鳴り散らす。
 なんだか状況がどんどん悪化していっているというのに、相手には焦りの色がみえない。
 が、次の瞬間。
青い髪の女の子が、シャクスを文字通り、ぐしゃりとつぶした。
 いや正確には、頭上から拳をたたき込んだ。
 さすがに赤髪の悪魔と、銀髪の悪魔の目が見開かれる。それはそうだろう。
「あははー! 鳩はお呼びじゃないよんー」
 正確にはお前も呼ばれてはいないぞ、と思いつつも、わたしは赤い悪魔を警戒する。
 そんな様子を興味なくみていた悪魔は、やがて視線をふらふらしながらこちらへ少しずつ向かっている悪魔へとうつした。
 ……わたしの胸に嫌な予感が去来する。
 先ほどの、場面を思い出す。
 瞬間、わたしは走った。
「役に立たない愚息め。やはり死んでいろ」
「ッ!」
 赤い悪魔が、わたしのカタキに、手を伸ばす!
 わたしは、全力で走って間合いに入り、刀を抜く体勢になった。
 そのさい背後で炎が吹き出したり、スーツの男がその炎に包まれて絶叫していたり、ミュウがつぶされたと思ったシャクス……実際は床に埋まっただけのようだが、それに向かって思い切り蹴る殴るの暴行をくわえているのがみえたが――あえて無視することにした。
「―――」
「!」
 ありったけの気持ちをのせて、刀を抜く!
 
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