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第三章「終幕」
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しおりを挟むふらふらと頼りない杖は、しかしなんとかあの地の底までたどり着いた。
血の底は保護されたモンスターたちで溢れかえっていて、魔女の帰りを待ちわびていた。
「魔女さまだ! 魔女さまが、ベルダナとルシーダをつれて、帰ってきた!」
それは生存の喜びだった。
自由を得たものの喜びだった。
嬉しそうに歌い、踊る彼らをみて、魔女は青白い顔で微笑む。
「ははは。元気そうで何よりだ、キミたち」
声音こそいつも通りだが、体が大丈夫ではないことを、ルシーダはよくわかっていた。
魔女の体を支えながら、ルシーダは彼女の体を引きずるように連れていく。
「どいて、どいて。魔女さまを寝かせなきゃ!」
しかしルシーダの言葉は、皆には届かない。
長らく虐げられてきた彼らは、久しぶりの自由におぼれていた。
「るーちゃん!」
「リリイ!」
モンスターたちの波を飛び越えて、小さな白い彼女がルシーダの頭に乗っかった。
彼女の背には、小さな小瓶がある。
「魔女さまのために、とっておいたのよ! 使うでしょ?」
「リリイ! ナイスだ!」
ルシーダはそれを受け取ると、ポケットに放り込んだ。
まずは、家の中に。ベッドの上に寝せないと。
「ルシーダ、あの中にいければいいのか?」
「にーちゃん、瞬間移動できそう?」
「目に見える範囲だからな。なんとかなるだろ。しっかりつかまっててくれ」
いうやいなや、ベルダナはルシーダとリリイ、魔女を連れてぱっと姿を消す。
次にルシーダの目に入ったのは、あの木の幹の中にたてられた簡素な家だった。
「ナイスだぞにーちゃん!」
「へへ」
ルシーダは、いつの間にか目を閉じている魔女を抱きかかえると、ベッドへと急いだ。
彼女をベッドの上に転がすと、「ん」とようやくのこと目が開く。
「おや、私、寝ていたね」
「いいんだ魔女さま! 薬なら僕とにーちゃんが塗るから、ゆっくり寝ててくれ!」
「まてまて。私はまだ、キミ、ベルダナの傷を治してないよ」
魔女は、す、と指先をベルダナに向けた。
それから、ぱちんと指を弾く。
「……あり、がとう」
「ふふふ。どういたしまして」
そうしている間にも、魔女のベッドは赤に染まっていく。
ルシーダは小瓶をポケットから取り出した。
……果たしてこれで足りるのだろうか。
「ああ、ルシーダ。それはキミたちの非常用にとっておくといい。お言葉にあまえて私は少し眠るから──あとは、任せてもいいかな?」
魔女の弱々しい視線をうけて、ルシーダはぐっと涙をこらえて頷いた。
ベルダナも同じように頷くのを見てから、魔女は、ふっとその瞼を閉じた。
魔女は暗い意識の底で、何かが自分の名を呼ぶのを聞いた気がした。
──地上は、死者の国から這い出た兵たちに覆い隠されていた。
魔女の血を門として出てきた彼らは、生者という生者を一人残さず連れ去った。
どんなに泣き叫んでも、兵らは容赦なく、均等にそうした。
星が残した自浄機能。
万が一文明が悪しき方向に進んだ際の、抵抗機能。
それを、魔女は有していた。
それこそが、魔女の最終手段だった。
「あ、はは」
力なく、ミランダは笑った。
もう手足は地獄の番犬に食いちぎられて失った。
しかし不思議と痛みはなかった。
傷口も、ただの真っ黒な空間がそこに見えるだけだ。
「どこで、間違えたんだろ」
全ての魔女、すべての欠片を得れば、星に成れる。
星に成れば、この世界のどんな願いもかなえられるはずだった。
誰も不自由しない、誰も不幸にならないそんな世界を夢見たはずだ。
そのためにはいくつかの犠牲はつきものだと思った。
モンスターも、魔女も、そのためには犠牲になってしかるべきだと思った。
「なりたかったなー、星」
もうどうしようもなかった。
十二の魔女を食べて得た魔法は、彼らにはまるで通じなかった。
たぶん、地上の誰もが彼らには敵わないのだ。
「最弱というのは、とんだ嘘っぱちでしたね」
ずるずると体を引きずるようにして、男がミランダの隣に座り込んだ。
「あら、アラン将軍」
「どうも、ミス・ミランダ」
アランも片腕を失っていた。
おそらくはそのへんを暴れまわる番犬に噛みちぎられたのだろう。
「あの魔女は、恐らく一番強いのでしょう。奪わないということは、奪われないということですから」
「? さっきは奪う覚悟もない最弱の魔女、とか言ってなかった?」
「おや聞こえていたんですか」
「もちろん魔法で現場の声はきいていたわよ。貴方が負けたことも知ったわ」
あーあ。ミランダは項垂れた。
「でもね、アラン将軍。私後悔はないのよ。やり切ったもの。全部、後悔がないくらいやり切ったわ」
「そうですか」
「遅かれ早かれこうなっていた気もするけれど。ま、そうね、どうせなら私が星になって、貴方が王になった時の方がよかったわ」
「?」
「最高の景色で世界を終えたいって私ずっと思ってたから」
アランは、はは、と笑い声を漏らした。
かなわないと思った。
彼女は、真性の悪だ。
欲望を欲望のまま、抑えもせず、あまつさえそのまま終わりたいときた。
まあそれもそういう女性なのはわかっていたことだった。
少し予想外なのは、自分がまきこまれていることだ。
「貴女の中では、私が理想の王なんですか?」
「ええ、そうよ」
少しの迷いもなく、ミランダは頷いた。
「時に冷徹で、仲間に対して情に厚い。敵には無情。最高じゃない?」
「身勝手なだけですよ」
「身勝手だからこそ、『ニンゲンの王』なんじゃない」
二人はケラケラと笑い合った。
ゆっくりと、遠くから体の大きな刑吏が歩いてきているのが見えた。
けれど怖がったりはしなかった。
当然のもののように、二人は受け止めた。
ほどなくして、地上のニンゲンは消え去った。
ありとあらゆるそれらは地獄の門に食べられた。
兵も刑吏も、開かれた門に大人しく帰っていった。
ニンゲンの消え去った大地は、静かで穏やかだった。
あれだけ燃え盛っていた戦火は消え去って、残ったのは灰だけだった。
もっとも、地底に逃げ込んだモンスターたちに、そんなことは知る由もなかったが。
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