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第24話 魔槍グングニル
しおりを挟む「ユウト様!!」
リリアの空を切る叫び声。
椅子を引かれて無理矢理距離を空けられたと気付いたのは、セラさんが僕を庇うように前に出ているのを見た後だった。
「下がっていろ」
さすがに平和ボケが過ぎていた。
自分が嫌になるくらい間抜けな判断だった。
疑問を感じた時点でさっさと【神眼】で鑑定すれば良かったのに。
「この変装メイク時間掛かったんですけどねぇ~」
ゼンさんは、口を三日月のように歪めて、粘質な笑い声をあげる。さらにその口ぶり。
顔がくしゃりと潰れた。
彼の全身が幽鬼のように揺らめいた。
「…………」
セラさんが無言で剣を抜く。命を奪う刀身が明確な敵へと向けられる。
侵入者であろう男は礼儀正しく一礼をした。
巨大なコウモリのような翼を威嚇するように広げる。
「私の名はカルラ。魔王軍の幹部候補です」
スーツによく似た服装をしている。
一見すると人間に見えた。
だけど耳が人ではありえないほど尖っている。
そして、何よりも……その醜悪な笑みが本能的嫌悪を呼び起こす。
肩の上にはなぜか西洋人形がケタケタと笑みを浮かべていた。
何あの人形……怖くない?
腰を折って一礼した時に、肩から落ちそうになっていたのを「おっと」と言って抑えていた。
「失敬。大切な物なのでね」
礼儀正しく顔に微笑を湛えていた。
それでもどこか不穏さを感じさせる笑み。
僕は油断なくカルラと名乗った男を【神眼】で鑑定した。
――――――――
カルラ(夢魔族)
95歳
Lv36
生命 1720
攻撃 160
防御 230
魔力 570
俊敏 130
幸運 110
スキル【伝心】【操心】
――――――――
【伝心】の文字が目に入る。
もしかして、こいつがリリアに指示を出していた魔族なのか?
「油断するまで待っていましたが……いやあ、まさかこんなつまらないミスで――ッ!?」
一瞬でセラさんがカルラに肉薄していた。
間に合わないタイミングに思える。
だけど、カルラの周りで耳障りな金属音と共に火花が散った。
短剣が……浮いてる?
サイコキネシスのような力を持っているんだろう。
魔族の男の周囲に短剣が重力を無視する動きを見せながら浮かんでいた。
「少しはお喋りを楽しみましょうよ。守護神さん?」
「…………」
沈黙するセラさんを見て尚も不気味に笑う男は、ねっとりとした視線を投げかけてきた。
「悪鬼の守護神セラ・グリフィス。レベル56。スキルは【調理】【未来視】【剣術】【速力】【復讐者】ですよね?」
ブラフだった……って、わけじゃないんだろう。
無数のスキルの中から偶然当てれるわけがない。
「べらべら喋る奴だな」
「ああ、失敬しました。お喋り好きなのでね。私の言葉で絶望する人間が大好きなんですよ」
「なら、そのついでに教えてもらおうか……何故知っている?」
魔族の男は無言のままニタリと笑う。
焦れた様にセラさんが再び魔族へと攻撃を加えるがまた防がれてしまう。
「この槍に貫かれて頂けるならお答えしますが?」
いつの間にか手元には身の丈ほどの大槍が握られていた。
「……グングニルか」
「その通り。持ち主の生命を削ることを代償とするスキルを有した魔槍です。使い過ぎると寿命が削れるので嫌なのですが……さすがに悪鬼の守護神相手なら致し方なしでしょう」
グングニル……北欧神話に出てくる狙ったものを必ず貫くと言われているあれか。
名前からしてロクでもない能力なんだろう。
というか武器がスキルを持ってるって……ありなのか。
「さすがに無策でこんなところまで来ませんよ。この一撃は悪鬼の守護神といえども防げません。放てば百発百中。狙ったものを必ず貫く必殺の槍です」
そのままなのか……それ反則なんじゃないの?
チート武器だよ。
助太刀したいところだけど、さすがに実戦経験がない僕は足手まといだろう。
いくらステータスとスキルがあっても、誰かを殺したことなんてないんだから。
足が竦む。それを悟られないように自分を叱責した。
「ああ、召喚されたばかりの無知な勇者君はご存知なかったようですね。この世界では有名な武器なんですよぉ? なにせ絶対に躱せないですからねぇ?」
にちゃりと口元を歪めて、煽ってきた。
乗る価値のない挑発だ。だけど、不安はある。
それなのに相手を見据えるセラさんは気負った様子もなくそこに佇んでいた。
その姿はあの男の言う様に守護神の名に恥じない姿だった。
「お前達」
そこでセラさんは僕たちを呼んだ。
いきなりだったのでびっくりした。
僕がセラさんを見ると彼女が言ってくる。
「あれは私にも防げない」
「え゛!?」
体が強張る。
え、無理なの?
魔族カルラは笑みを深めた。
文字通り悪魔のようなその表情。
「さて、貴女とのお喋りはここまでにしておきましょう……メインディッシュも残っていますからね」
その言葉の意味に疑問を感じる間もなくカルラはグングニルを構えた。
え、というか、え!?
どうするのこれ!?
「いきますよ」
まるで僕の恐怖心を味わうかのようにゆっくりと、緩慢な動きで槍を持つ腕を振り上げた。
ッッッ!!!!!!!!!!
暗闇で蝋燭を灯したような、そんな一瞬の淡い光が視界に広がった。
気付けばセラさんがその場から消えていた。
いや――
「セラさんッ!!」
彼女は部屋の隅まで吹き飛ばされていた。
槍が、がらん……っ、と音を立てて転がる。
「なるほど、さすが悪鬼の守護神……といったところですかね」
セラさんの鎧は大きく欠損していた。
壁に叩きつけられた彼女の体に血が伝う。
無事かどうかは分からない。少なくとも意識はないようだった。
「確かに、百発百中なのは間違いありません。だから貴女は――当たってから軌道を変えたんですね」
僕はセラさんの安否以上に、己の身の危険をひしひしと感じていた。
危険を知らせる警報ベルが体内でけたたましく鳴り響く。
「くくく、そんなことができるのは貴女くらいのものでしょう……しかし、無傷では済まなかったようですね」
どうする。いや、これ本当にどうする!?
脳内で現状を整理する。
何故かカルラは動かない。まるで何かを待っているかのようにニヤニヤと粘質な笑みを浮かべ続けている。
その姿に恐怖を煽られながらも周囲を見渡す。
グングニルは……奪って使えないかな。いや、無理だろう。もう一度【神眼】で鑑定したけどカルラの生命力は半分以上減っていた。
恐らく本当に命を削って使用しているんだろう。減ってる生命力を見るに、僕が使えば一発で全部持っていかれる。
幸いなのは一撃で半分以上の生命力を消費したということは二撃目はないってことだろう。
とは言っても生命力はHPのようなものだ。相手が生命力を回復する手段を持っていないという保証もない。
転がってきた槍を後方に蹴り飛ばした。これで相手の武器は奪えたことになる……けど、カルラの余裕は崩れなかった。
次に純粋な戦闘力では……これも厳しいところだ。
レベル56らしいセラさんの攻撃を防ぐ自由自在の短剣。防げる気も突破できる気もしない。
今更だけど、もっとレベルを上げておけばよかった……本当に今更だな。
セラさんを背負って逃げるのも悪手だろう。
宿舎の周りを警護していた騎士の人達は……いや、もしかしたらそれは期待できない可能性がある。こいつはゼンさんに成りすましていた。
ゼンさんのふりをしたまま、命令するなりして警護を遠ざけていても不思議ではなかった。
だったら異変に気付いた誰かの助けが来るまで粘るしかない。
「ユウト様!」
リリアが僕を庇うように前に出た。
けど……駄目だ。彼女のステータスでは戦力には成り得ない。
そんなリリアを見てカルラは醜悪な笑みをさらに深めた。
「くふふっ、これで準備は完璧! パーフェクトですね! 調節に時間は掛かりましたが、上手く事を運べて良かったです!」
その言葉の意味は分からなかった。でも、どうやら何かよくないことを考えてるらしい。
僕は前に出てくれたリリアを庇うように背後へと隠した。
「リリア……逃げてくれ」
「いけません! それではユウト様が!」
彼女は退かなかった。
一瞬でもカルラから視線を逸らしたことをすぐに後悔するも、僕の隙を狙った攻撃はやってこない。
短剣は相変わらずふわふわと魔族の周囲を回っている。
「ところで勇者君。その魔族には随分と懐かれているようですね?」
「……それが?」
「くふふっ、そんなに警戒しないでくださいよぉ?」
カルラを油断なく見据えた。警戒心を最大にまで引き上げた。
リリアも居るんだ。ここは僕が前に出ないといけない。
ステータスから考えて、少なくともリリアよりは対応できるだろう。
「いくつか質問宜しいでしょうか?」
僕はその言葉の意味が分からなかった。
だけど、少しでも時間稼ぎになるならと頷く。
手がなくても時間の経過はこちらに有利に働くはずだから。
(リリア、お願いだからここは退いてくれ……時間は稼ぐから他の人を呼んできてほしい)
小声で伝える。返事は返ってこなかった。
「まずは……勇者サヤマ・ユウトさん。淫魔が人族を慕うなんておぞましいと思いませんか?」
「……思いませんよ。リリアのことを知った風に言わないでほしいんですけど?」
ふむふむ……と、深く頷く。
「そうですかね? 軽い女だと思いますが」
……落ち着け。動揺を誘っているだけだ。
血が上りかけた頭。何とか冷静さを保つ。
「あなたにリリアの何が分かるんですか?」
「分かりますよ。だって、その女の意思と感情は私が操ったものなんですからね」
「は?」
その問いの答え。
魔族の男の言葉は僕の理解を完全に超えたものだった。
「リリア――刺しなさい」
何かがぶつかったような軽い衝撃。
パニックに陥った脳内とは裏腹に体の機能は正常に作動する。
熱い。一瞬だけそう感じた。
「え……」
僕がリリアに刺されたと理解したのはその直後の事だった。
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